第45話:マッド・ティーパーティ
楊妃の創造した部屋は、どことなく中華風。
壁画には、色とりどりの龍が舞い踊ってるし。
圧巻なのは天井画。まさに……豪華絢爛。雲の隙間で暴れ狂う二匹の龍は、金箔を駆使してるっぽい。
「さぁ、そこに」
どうやら楊妃は、自らお茶を淹れてくれるらしい。
「……どうも」
部屋中央のテーブルは、低めの造り。
これは台湾茶の淹れ方………薫風ってやつだ。お茶の香りと味わいの移ろいを楽しむ、伝統的な淹れ方。ロココさんが天界で振る舞ってくれたことがある。
「みんな……座ろう」
緊張は解かずに。
楊妃の優雅なふるまいに、心を囚われないように。
目の前にいるのは、少女じゃなくて体長五メートルはある筋肉ゴリラな武神だと思わないと……。
「どうじゃ?」
「………けっこうなお点前で」
本当に、美味しい。
最初の一杯めだから味が淡いけれど……茶葉の香りがすぅっと鼻を抜けていく。
「なによりじゃ。高山で育った良い茶葉が手に入ってのぉ」
なるほどね。
地球の凍頂烏龍茶みたいなもんか。
「さぁ、味の移ろいを楽しもうぞ?」
…………。
……嵐の前の静けさ。
ゆるりと茶を注ぐ楊妃に、逆らう者は誰もいない。小さめな杯を差し出して、二杯、三杯と、穏やかに時を流す……。
湯気の気配、お湯が茶器を打つ音、茶葉が開いて漂う香りまで……すべてが優雅に、穏やかに……時を流してくれる……。
それでも皆、緊張は解いてない。
「……大丈夫ですよ」
「カグヤさん?」
「もし何かしはる気なら、こんなにゆったりとお茶を振るまったりしはりませんよ。ねぇ?」
なるほど。
確かにそうか。
「さて、それはどうじゃろうな?」
「あら? 怖い怖い」
二人とも微笑みながら、けん制しあっておられる。
「でも、そろそろお互い、喉が潤ったんちゃいます?」
「うむ。ではそろそろ語ろうではないか。穏やかにのぉ」
「―――っ」
絵に描いたようにわかりやすい。
言ってることとやってることが違う……。
現にみんな、一斉に後方へ飛び退いた。美少女が気まぐれに放ったオーラに、死の重圧を感じて……。
「何をしておる? さぁ、座るがよい。お主らに手を出すつもりはないのでな」
「つまり、その圧の内に入って来いと?」
「はて……できぬと申すか? だとしたら妾の見立て違いかのぉ」
「あ? 調子にのってんじゃねぇぞ?」
ニヤリと微笑む美少女の煽りに、わかりやすくキレたハルルは、ズカズカと間合いに入って椅子に座る。
それに続いて、みんなも座りなおす。
死の間合いに、身を置くために……。
「では、交渉開始じゃ。妾の願いは一つ………祭りじゃよ」
「祭り?」
「そうじゃ。お主ら、祭りで主役を務めてもらえぬかのぉ」
「……ウゼェから回りくどい言い方は止せ」
ハルル、まだキレてる……。
「せっかちな男は女に嫌われるぞぇ?」
「じゃあ俺は例外だな」
「俺もハルルに同意。いいから、はやく条件を」
ルルルも怒ってる……?
それとも、焦ってる?
「つまらぬ男どもじゃのぉ」
「でもそれは、祭りを見るまでわからないでしょ?」
「……そうじゃな。陸人とやらの言は正しかろう」
良かった。
俺たちに価値を見出してるのは、間違いない。
「さてさて、どんな祭りがよいかのぉ」
「「「は?」」」
「クソ………」
しまった。
俺の見通しが甘かった。
地下闘技場への出場―――命を賭けて戦う。これが楊妃の言う祭り―――俺らが支払う対価だと思ってた。
でも、どうやら違う。
最悪だ。
楊妃は、こちらの反応を見て条件を定めるつもりだ。
「そうじゃ! 竜人族を全て滅ぼす祭りはどうじゃ?」
「―――っ!?」
「ハルルにルルル、陸人とやらは竜人族じゃのぉ。同士討ちでも演じてたもれ……フフフフフ」
最低条件―――命を賭けるところから始めて、こちらが最も嫌がる案を飲みこませようって腹積もりだ。
「それとも……どうじゃ? どこかの大都市を吹き飛ばす祭りもよかろう?」
ニヤニヤと醜悪な笑顔を隠すこともしない。
多分、想像して楽しんでる。どちらの選択が、俺たちにより大きな苦痛をもたらすかを。
「陸人っ」
「………うん」
このまま、傍観してるのは悪手だ。楊妃は、どんどんと提案を悪化させる。
けど……どうしたらいい?
クソっ!
こんなとき兄さんがいてくれたら……。
「あらあら……」
「……なんじゃ? なにを笑おておる?」
カグヤさん?
「楊妃さんは、ご存じないんやなぁと思いましてね」
「妾が? 何を知らぬと申すのじゃ?」
ピキピキと―――茶器がひび割れる。
楊妃の不快感が重たいオーラになって、間合いにある全てのものを押しつぶそうとしてる……。ひょっとしたら、重力系の能力保持者か?
「祭りの楽しみ方……ですよ。ご存知ないんやねぇ」
「なんじゃんと?」
「いやまさか……祭りは見物客の方が楽しいと思てはりますの?」
「―――ほぅ?」
「当然、参加する側の方が面白いのにねぇ。残念やわぁ」
「……なるほどのぉ。確かに……一理あるか」
カグヤさん、ナイス。
「では、趣向を変えるとしよう。妾が直接、相手になろうぞ」
満足げにほほ笑む楊妃に、カグヤさんは小さく首を振った。
「なんじゃ? まだ不満があると申すか?」
「いえ……そんなことは」
「苦しゅうない……申してみよ」
「それではお言葉に甘えて」
「………申せ」
「まだまだ甘い―――そう思いましてねぇ」
「ほぅ? もっと良い案があると申すか?」
「えぇ」
「では、申してみよ」
「あらあら。只という訳には……」
「面白い―――……妾に取引を持ちかけるとはのぉ」
「ふふふふふ?」
「まぁ、これも一興じゃな。さぁさぁ! 条件を申せ!」
「……私の案を採用すること」
「……ほぅ? では、その案とやらを申してみるがよい。ただし、妾の交渉条件を下回るものであった場合―――」
「―――私の首をすぐに撥ねればよろしいかと」
「よい度胸じゃのぉ。気に入ったぞ、カグヤとやら」
「ふふふふふ」
「ちょっと待っ―――」
「―――ジェイ。ここはカグヤさんに任せよう」
「でもよぉ」
「大丈夫。このなかでカグヤさんが一番、頭が切れる。信じて任せた方がいい」
万が一、楊妃が動いたら………俺が竜種をフル稼働させる。
それで数秒かせげれば、アーサーが謁見の間を展開してくれるはず。
そのまますぐに、スライムのゲートを開いて。ここはいったん逃げる。
あとは神々に、楊妃の動きを掴んでもらえばいい。兄さんの手がかりを得られるはずだ。
「では、提案しましょう。我らの探し人をいったん、私たちに返しなさいな」
「いったん、じゃと?」
「えぇ。私たちは全力で死守する。それを全て打ち破って―――」
「―――万策尽きたお主らを踏みにじりながら取り返せばよいと?」
「えぇ。祭りの主役はあなた」
「気に入った!」
「そうおっしゃると思てましたよ」
凄い……。
楊妃の残虐さを逆手に取って、こっちが最善を尽くせる案に食いつかせた。
これで兄さんを守るために作戦を練る時間が得られる。人を集める時間も得られる。
「カグヤさん、よくわかったね。コイツがカイトを拘束してるってさぁ」
「「ルルルに同意」」
「目撃情報レベルにしては妾の示した条件が厳しすぎる―――カグヤはそう推察したのじゃろ?」
「えぇ。楊妃さんのおっしゃる通りです」
なるほど……。
「カグヤさん、ありがとうございます」
俺も今、理解できた。
俺たちと兄さんが傷つく未来を避けるために、カグヤさんはさっき、自分の命を賭けてくれたんだ。
兄さんを拘束してる―――そう楊妃自身の口から聞いていたら―――……。交渉の途中とはいえ、俺は冷静じゃいられなかった。間髪おかずに殴り掛かってた。ハルルもジェイも、それに続いてたと思う。
そしたら交渉は決裂―――こちらにも死傷者が出てただろう。
仮にそれで兄さんが取り戻せても―――深く悲しむ。「オレのためにお前らが死んでどうするんだっ」なんてさ。わんわん泣きながら………兄さんはすごく怒ったろうから。
「礼を言う」
「僕も」
「俺様もだ」
ハルルもルルルもジェイも、理解したらしい。
静かな戦いを人知れず始めて皆を救った女傑に、頭を下げてる。
カグヤさんが来てくれて………本当に良かった。
「では具体に入ろうぞ。お主らが捜している男は―――」
楊妃の視線の先から白銀の扉が現れて……重たそうにゆっくりと開いていく。
「―――コイツで間違いないかのぉ?」
……兄さん。
兄さん………。兄さん………っ。
「ねぇ楊妃―――それは何? 封印?」
「ルルルに同意。それはテメェの仕業か?」
「解かねぇってんなら、殴ってでも解消させてやるぜぇ?」
兄さんの全身が、薄紫の結晶に包まれてる。まるで紫陽花のような結晶は―――神々しくこそあれ、禍々(まがまが)しくはない。
「……そういうこと」
「ほぅ? カグヤは察したようじゃのぉ?」
「楊妃さんがなぜ人探しをしてはるのか―――気になってましたんよ」
確かに……。
「楊妃さん……その封印が解けなくて困ってはるんやないの?」
「え?」
「だから目撃情報―――おそらく楊妃さんが化けた姿を夜な夜な宿で晒した。これが解けそうな人を―――カイトをよく知る者たちを探してはったんやないの? 余興もかねて、やろけどねぇ」
「………茶を淹れ直すとしようかの」
「おおきに」
つまり、カグヤさんの推察は正しかったらしい。
「ねぇカグヤさん、どういうこと?」
「どうやらこの茶会を続けてくれはるらしいわ。きっと話してくれはるんやろうねぇ」
「あぁ。少し事情を説明してやろうかのぉ。カグヤへの褒美じゃ」
「ふふふふふ」
これで兄さんの居場所が神々にも捕捉できなかった理由が、わかるかもしれない。
「はてさて……。そこのお主、何者じゃ?」
「―――っ!?」
「なに、その茶会とやらに参加したくてね」
声がするまで、気配を感じなかった。
でも背後に漂うオーラは……温かくて優しいこのオーラは……間違いない。
アポロンさんだ。
「これはこれは……見事な神威じゃのぉ」
アポロンさん……模造神体でこの場に降臨を?
……待てよ。
つまりこの空間には、神々の力が及ぶ?
だとしたら、兄さんを補足できなかったのは―――……あの水晶の封印ってことになる?
「招待状が必要かな?」
「いや、不要じゃ。歓迎しよう」
「では、まずは手土産を受け取ってくれ」
「「「―――っ!?」」」
小さな太陽のように蠢く火炎球が―――……室温を一気に上げる。
「まさかお主―――禁忌を破るつもりかのぉ?」
「楊妃と言ったな? 勘違いするな。僕のボスは一人だけさ」
「……では、気の済むように」
「ちょ、お前なに―――」
「ハルル、大丈夫だから」
「………わかった」
「では、失礼するぞ」
火炎球から生じた熱線は、光の速度で水晶の端を穿つ。
しかしそれは、水晶の表面に飲まれて消えた……。
「この僕の力が防がれるか。つまり―――」
「―――お主の察しの通りじゃよ」
「すまない陸人、僕は急ぎ戻る必要がある。カイトは任せるぞ?」
「はい! お気をつけて」
「お前もな。無理はするな。ボスのためにも」
「はい!」
ニヒルな微笑みを浮かべながら、アポロンさんが焔のなかに溶けて消えた。
「で、誰だぁ? あのクソイケメンはよぉ」
「しかも超強ぇ」
「……ハルルに同意」
「う~ん……親衛隊?」
「「「なにそれ?」」」
「カッコ良くて強くて勇ましくて愛情深い、兄さんの味方ってことだよ」
きっと今ごろ、天界で状況を報告し、みんなと封印について分析してくれてるに違いない。さっきの熱線で得たデータを基にして。
「さて、思わぬゲストじゃったが……説明が省けたというもの。そうじゃろ?」
「えぇ。あの封印は間違いなく神の力―――それも上位の」
「そうじゃ」
「楊妃、説明しろ。カイトを封印したのは神ってことか?」
「ハルルに同意。説明がほしい」
「俺様にも頼むぜぇ」
いつの間にか修復された茶器に、茶が満ちてる。
「さぁ、座るがよい。説明してやろう」
テーブルに置かれた巨大なダイヤの塊に、兄さんの笑顔が映し出される。ちょうどあの日、兄さんが消えたあの場所の景色とともに……。
今日もありがとうございました!




