第44話:ブラッディ・メアリ
陸人視点です。
正式名称……古代都市デルフォイ。
通称―――地塗之都。こっち方が、知れ渡ってると思う。
中世イタリアのコロシアムを巨大にしたような造形の都市。
推定人口三万人の都市は、十数年前までは、小さな集落が点在するだけの巨大遺跡に過ぎなかった。その歴史を変えたのは……ダンジョン。
いわゆる第二世代にカテゴリーされているダンジョンが登場すると、この巨大遺跡には、攻略者たちの足場となる都市機能がドンドン生み出されていった。道具屋、加治屋に飯屋兼宿屋。
仕事があれば人が集まり、人が集まれば都市の開発は進む。
そしてこの遺跡は、多くの人々の受け皿になれるほど巨大で、ある意味では機能的な構造をしている。
地塗之都は、地下街、地上階、そして上層階の三層構造になってる。
上層階はこの都市の領主や豪商の居住区画。ここは見栄を満たしたい人々の受け皿に。
地上階は市民の住居ゾーンと商業ゾーン。ここは衣食住を満たしたい人の受け皿に。
そしてここ………地下街。崩落した地上階の地面からわずかに陽が差し込むものの、人目を忍ぶには打ってつけで。わかりやすくもここは、欲望を満たしたい人の受け皿になった。
「……マジ臭ぇ」
足を踏み入れた瞬間……汗に血なまぐささをブレンドした薬の臭いが、俺たちを出迎えてくれる。
鼻をつまみ眉間に皺を寄せてる友に黒いタオルを手渡せば、即座に口元を覆った。獣人は嗅覚に優れてる。だからジェイには……さぞキツイに違いない。
「サンキュ!」
気持ちは、わかる。竜人族の俺も、正直、回れ右をしたくなるくらいだから。
けど、地下街の壁面にまでしみ込んだこの臭いは、免罪符なんだ。ここは非合法地帯―――地上と異なる価値観が支配する都市。この異臭を受け入れるのであれば、全ての欲が許される。
「それにしても……知らなかったなぁ。地下空間にも建物がいっぱいあるんだねぇ」
「つまり……あれがメアリの従者が住処ってわけだな?」
「うん」
地下街には、戦闘狂が世界中から集まってくる。
かれらのお目当ては……試合。それも、夜な夜な地下武道場で開催される非合法の賭博試合だ。
ある者は試合に出るため。ある者は賭けに興じるため。またある者はそのおこぼれに預かるため……ここに集う。
死を対価に興奮や名声を手に入れようとする者。
金の対価に命を賭けて戦わざるを得ない者。
賭博試合に出る理由は様々あるんだろうけど、突き詰めればこのどっちか。
そんな出場者に群がるのは、同じく血と金に飢えた観戦者たちで。毎夜、様々な思惑を乗せた莫大な金が、血しぶきとともに舞い踊る。まさにならず者たちの舞台。
もちろん、戦士にも休息の時はある。
幕間―――試合の後から次夜の開戦まで、この都市の主役は入れ替わるんだ。酒、クスリ、セックスの三拍子に魅入られた者の……あるいは不幸にもそれらに捉われた者が支配する舞台へと、都市は早変わりする。主役の誰しもが快楽と不満を口すさびながら街を闊歩して、刹那の即興劇を演じる。
戦士であれ幕間の主役であれ、降壇料は同じ。
都市が求めるのは一つ。
………血だ。
戦死か、病死か、首つりか。いずれにしても血を伴わずにはここから抜け出せない。
彼らの血を啜る蠱惑の美女に、見えない鎖で縛られた従者の集う都―――血塗之都。
兄さんが目撃された宿も、地下街にある。
「カイトが目撃されたのは?」
「うん。南西にある。宿の名前は―――五刻飯店でしたよね?」
「えぇ、その通りです」
「よっしゃ! 急ごうぜ!」
「待ってジェイ……移動するなら上がいい」
告げながら建物の上に飛び上がれば、みんな即座に反応した。さすが猛者たち。
「なんで上から行くんだ?」
「下を見てみて。通路がけっこう混みあってるでしょ?」
「なるほどな……」
「あと、こっちを見上げてるヤツが何人かいるでしょ?」
「あぁ。つまり俺らをカモにしよってねらってたわけだな?」
「そういうこと」
それに、トラブルを避けたい。ひったくりやスリ、当たり屋っぽい犯罪者が、身なりの綺麗なよそ者を狙ってる。きっと俺たちはもう、目を付けられてる。こっちが五人だから、隙を伺ってるんだろう。いやひょっとしたら、俺らから金目のものを巻き上げるために、仲間を募り始めてるかもしれない。
「だからこの街で移動するなら屋根伝いが鉄則ね」
「「「了解!」」」
「じゃあ行こう」
屋根の上も、完全に安全じゃないんだけどね。現に移動は、とってもスムースだ。
ちょいっとジャンプして屋根に上がれるような強者をねらうのは、犯罪者からすればリスクが高い。ちょっと道路を歩けば、ふらついてる酔っ払いを見つけることは難しくないわけだから。
「なぁ陸人……」
「ん?」
「お前、ここに来たことあんのか?」
「あ、僕もハルルに同意。宿の場所知ってるみたいだしさぁ」
う~ん……。
「……」
「………まぁいいじゃねぇかよぉ。今は詮索してる場合じゃねぇしな!」
ニシシっと笑ったジェイに場の流れを任せて、俺は沈黙を選ぶことにする。
別にやましいことはないんだけど……説明には困るから。
確かに俺はこの都市のことを―――地下街のことを知ってる。それは、天界で知り合ったとある神から、ここの噂を聞いて、興味本位に訪れたことがあるからだ。もちろん、兄さんを探す目的もかねての訪問だったわけだけども……。
うん……ぶっちゃけ大変だった。
あれは地下街を散策して二日目のこと。俺は身分を隠すために変な仮面をつけて……地下闘技場のトーナメント表を、優勝目指して駆けのぼってた。囚われていた百人の子どもたちを救うために。かれらをこの都市から解放するために。
子どもたちは、地下闘技場の戦士として―――つまり命を賭した見世物になるために、地下街にやって来た。自分の明るい未来と引き換えに、仲介人から金を手に入れて。それを全て親に手渡して。
偽善者って言われそうだけど……見て見ぬ振りはできなかった。兄さんならきっと、同じことをしただろうし。
それに、子どもたちを救うことが知り合いの神の願いだと察したから。
その名も、太陽神アポロン。愛と太陽の戦士って感じのする、ドイツ系っぽい赤髪正統派イケメンさん。
アポロンさんは、神兄さんの五賢帝と称される強大な力を持つ土地神のおひとり。そしてかれらのなかで最も―――感情的な神。
これ、俺の憶測じゃなくて。ネタ元は神兄さん。
正確には、神兄さんが神々への取材を基に創った、神々の戯れ用ゲーム。その名も『テイルズオブル・スーパーファイナルクエストの冒険Ⅲ』。ちなみにⅠとⅡはない。このあたり……さすが兄さんだよね。わかってる。日本の国民的某ロープレに敬意を表したに違いないんだ。Ⅲは、三作めでありながら最初の物語って神設定は伝説だからね。
で、神々の許可を得て、その取材資料を見せてもらったんだよ。
そのなかにあったアポロンさんのインタビューを詠んでたから……。俺は、察することができたんだ。かの神は子どもたちを救って欲しいんだって。だから俺に声をかけてきたんだって。
はるか昔……アポロンさんを崇めていた剣闘士やその子孫は、戦いに巻き込まれ数奇な運命を辿った。かの神はきっと、かれらと百名の子どもたちの行末を重ねたんだ。
「………元気かなぁ」
また挨拶に行こっと。
「なぁ陸人……あそこだよな?」
「うん! 急ごう!」
木目の扉に刻まれた宿名は―――五刻飯店。
ここに兄さんが……。
+++ +++ +++ +++
「ヒッヒッヒ……これはこれは、ようこそいらっしゃいました」
薄暗い店内。
一階はほとんど酒場スペース。
つまりこの店は飲食がメインで、希望すれば二階の部屋で宿泊可能。大部屋に布団があるだけだろうけど。
「大人数でありがたいねぇ。さぁさぁ、そこのテーブルが空いてるよ。何を召し上がられるかね?」
勧められたテーブルから酔っ払いを蹴飛ばした女将は―――
「じゃあ、私のお勧めにしとこうねぇ」
―――ぼったくることに決めたらしい。
「千ジェムにまけとくよ……ヒッヒッヒ」
あきらかに高すぎる。やっぱぼったくる気だな。
「いや、飯はいらねんだ。ちょっと聞きたいことがあってなぁ」
サラリと手を握るハルルに、怪訝そうな表情を浮かべた女将は……ニヤリと微笑んだ。
「なんだい?」
「なぁ女将さんよ……ここいらで若い男のヒュムを見なかったか?」
「若い、男のヒュムだね?」
ハルルの質問を反復しながら、宿屋の女将は舐め回すように俺らを見た。いわゆる値踏みってやつだ。
「あぁ。十五くらいのな。ここいらじゃ若いヒュムなんて目立つだろ?」
「さぁて……どうだったかねぇ」
手のひらを見せつけた老婆に、俺は百ジェム硬貨をたっぷりと握らせる。少なくともさっきのぼったくり代―――千ジェム以上は握らせないと意味がないから。
「これで……どうか」
老婆は重みを量るように手を動かして……満足そうに頷いた。
「ヒッヒッヒ……これはこれは……素敵な旦那様だこって」
「それで……どうだろ?」
「あぁ……思い出せそうだねぇ」
老婆は硬貨を全部、袋にしまい込んだ。良かった……本当に。
「なら頼むよ。俺がエールをご馳走するからさ」
「……エールをかい?」
「あぁ。キンキンに冷えたやつを」
「……一杯かね?」
しめた!
「もちろん全員分」
さて……これでどうだ?
「ヒッヒッヒ……ご馳走になるよ。付いておいで……」
よし!
そそくさと歩く女将は、見た目にそぐわぬ機敏な動きで厨房―――その隣にある扉をくぐっていく。
「こっちだよこっち……急ぎな」
なるほどね。
二階は大部屋。そして扉の先は、個室のある秘密フロアってとこか。
「行こう」
「え?」
露骨な視線が集まり始めた。
俺らが求めてる情報に興味を持った奴と、俺らのことを売れるように風貌を覚えようとしてる奴……。あと、美男美女揃いの俺らに興味をそそられてる奴ってとこかな。
「さ、みんなもこっちに」
女将を追わなくちゃ。
「ねぇ陸人……エールは? 驕らなくていいの?」
「ルルルに同意、なんだけど?」
「うん。本当に驕るわけじゃないからね」
「ふふふ……なるほどねぇ。ブラッディ・メアリ―――ほんに面白いところやねんなぁ」
さすがハイ・エルフ。カグヤさんはどうやら、会話の内容じゃなくて、意味を読み解いちゃったらしい。マジで心強い!
「え? どういうことなの?」
「おそらく手に握らせたのは交渉の手数料。冷えたエールは報酬ランクの比喩、何杯おごるかは報酬量の比喩やったんと違います?」
「えぇ。高い報酬だったんで……かなり期待できます」
秘密だらけの交渉方法に気づくのに、前回、俺なんてほぼ半日かかった。金を握らせるまで、誰も教えてくれなかったし……。
「実は、地下街の宿にいる店主と女将は、交渉の代理人なんだ。今回は、俺が伝えた報酬が、先方が女将に提示してた条件に見合ったってこと」
代理人は、情報の具体的な内容を知らない。自分の身を守るために、あえて聞かないようにしてるんだろう。
「で? 陸人が示した報酬ってなんなの?」
「冷えたエールは……最上級の報酬って暗号」
「最上級の報酬ってまさか―――」
「―――命。場合によっては地下闘技場に出場するってこと」
「………ちょっと待てよ陸人。全員分ってことは―――俺らもか?」
「うん」
今は最善を尽くしたいんだ。
やっと…………やっと見つけたんだから。兄さんに繋がる糸を。
「あら? えらい信頼してもろて私は誇らしいわぁ」
「え?」
「俺様もだぜ!」
「ジェイに同意! 僕も!」
「あぁ。わかってんじゃねぇか!」
「……あ」
これは……ヤバい。
「……事後報告でゴメン」
しまった……。みんなの命も交渉材料にしちゃってた。
完全にやらかした……。めっちゃ怒られちゃう案件だこれ。
「……ククッ」
「……プククククッ」
あれ?
みんな笑ってる? よね?
「ぶわっはっはっは………ひぃ~」
「クハハハハ……ヤッベェよバカだコイツ! マジでバカっ」
「あ~腹痛てぇ! てか……陸人よぉ、アレだなお前!」
「……ジェイさんに同意します……ふふっ」
「ププ……俺もジェイに同意」
「僕も!」
「……?」
なんなの?
なんでそんなニマニマ見つめてくるの?
「「「カイトに似てきたんじゃね?」」」
「……嘘でしょ?」
そんなバカな……。
でも今のうっかりが証拠だって言われたら……否定できない。きっと、百年くらいネタにされる。‘うっかり魂全員分ベット事件’とかネーミングされてさぁ……はぁ。
「はぁ~笑った笑った! 腹が痛てぇ……ククッ」
みんな、優しいからさ。いっぱい笑うことで俺の気持ちを楽にしようとしてくれたんだろうけど……。ハルルはガチ爆笑だよね?
「ねぇハルルお兄ちゃん……もう僕をイジめないで?」
ハルルの弱点―――お兄ちゃん呼びを発動!
「ちょおまっ……それは……ずりぃだろ……」
「………?」
「あぁもぅ悪かったって! 笑いすぎたよ俺も」
効果は抜群!
「ったく……しゃあねぇからもう笑うのは止めといてやるよ」
「それはどーも」
あと百年くらいは、この方法を使わせてもらおっと。
「さてと。冗談はこれくらいにして……確認しとくぞ?」
「ん?」
「さっきのは、陸人一人が命を賭けるくらいじゃ不足だったってことだよな?」
「うん。ハルルの言う通り」
「つまり、かなり期待できる情報を相手が持ってるわけだよな?」
「そうそう」
「相手の持つ情報次第では、交渉決裂の可能性もあるんだよな?」
「うん。情報の概要を聞いて、代金を支払うかどうかは、俺たちが判断できる。その上で騙されたら―――」
「―――騙された方が悪いわけですねぇ」
カグヤさん、キレッキレだ。
カグヤさんが同行してくれて……本当に心強い。交渉は、場合によっては知力戦になるから。
「はい。もちろん騙した方を俺らが裁いても、誰も問題にしませんがね」
それがこの街のルール。
「さぁ……ここだよ。言い値なら交渉は成立するだろうさ」
ここはきっと、この宿で最高ランクの部屋だ。
廊下は清掃されてるし、扉に鍵穴もある。
「……あとは好きにやんな」
足早に去りながら女将は振り向いて………口パクで―――……ん? 止めろ? 今、止めろって言った?
「行くぞ」
ハルルが部屋に押し入る背を見つめながら、その警告を心に留めることに決める。俺らが気前のいい乗客だったから、注意してくれたのかな……。
+++ +++ +++
「邪魔するぜ!」
暗い室内を照らすのは、二本のロウソク。微風のせいで明暗がユラユラと揺れて……大きめのベッドに優雅に寝そべる少女の顔が、見え隠れする。
種族は……ヒュムか? だとしたら年齢は十五くらい?
「誰じゃ?」
「―――っ」
ゆったりとした紫色の着物は、色白い肌を際立させる。漆黒の長髪はシルクのように灯を弾いて……妖艶に笑う唇の赤さを補色してる。思わずハルルが息を飲むほどに―――少女は美しい。あと数年も経てば傾国の美妃と称されるのは間違いないほどに。
「無礼を詫びます。俺は陸人―――あなたと交渉に来た」
「ほぅ? ならばこちらが期待する対価は理解しておるわけじゃな?」
「えぇ」
ふわりと体を起こした少女の動きに……ジェイは警戒を示した。明らかに武人の―――戦闘経験が豊かな者の立ち振る舞いだ。動きに隙が無い。無さすぎる……。
「失礼ですが……名前を伺っても?」
「そうじゃのぉ。妾のことは―――楊妃。そう呼ぶがよい」
「ではこちらも―――」
ベッドサイドに腰掛けて、少女はゆるりと俺らを見まわした。
こちらの自己紹介を聞きながら、一人ひとりを値踏みするように見つめては……口の端をあげて満足そうに頷く。さっきの女将とは違う……俺らの強さをまるで解析するような重たい視線に、ルルルがさりげなく動いた。その判断は、的確だ。今、カグヤさんを庇える位置にいるのは、ルルルだから。
「では楊妃さん……俺らの欲してる情報を頂きたい」
「お主ら―――腕に覚えはあるようじゃのぉ」
「……見積もり以上の価値はありますよ」
ここは、高く売り込んでおいて損はない。
「よかろう。では、茶でも振る舞ってやろうかのぉ。仔細は別室で……良いな?」
「いいですけど……別室?」
こんな安宿に個室風呂なんてない。トイレは共用だ。
つまり別室への扉なんて、この部屋のどこにも見当たらない。
「案内しよう」
楊妃が着物の袖を振るえば、小さな虹が浮かび上がって……空間に亀裂が走る。
「急ぐがよい」
楊妃はその中に消えた。
こんな魔法は、見たことがない。精霊の力を借りてる素振りもなかった。
つまり少女は未知の力を、さりげなく俺たちに披露して見せたわけだ。
「……ごめん。思ってたよりヤバい相手かも」
未知の力だけじゃない。さっきまでの身のこなしから察するに……楊妃は格闘スキルも並外れてるはずだ。不気味すぎる……。もし楊妃が俺らと命を賭けた試合を希望してきたら……どうする?
「……アホ」
「へ?」
「ハルルに同意するぜぇ。謝罪は無礼ってもんだろぉ?」
「ふふふふふ……ジェイさんのおっしゃる通りやねぇ」
「うん。それにみんなきっと陸人と同じことをしたよ。カイトのためならね」
まったく、兄さんは……やっぱりスゴイ。そばに居なくても、俺のミスをフォローしてくれるなんてさぁ。
「………ありがと」
頭をグシャグシャっと撫でてくるみんなに、ちょっとだけ泣きそうになる。
兄さん、良かったね。こんなにも深く仲間から愛されるなんてさぁ……。本当に良かったよ。日本で耐え忍んでた頃の兄さんに教えてやりたい。将来、こんなに素敵な仲間に、こんなに深く愛されるようになるんだよって。
でも……こんな大人気なのにさ。なんでモテないんだろ?
今日もありがとうございました!




