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第40話:知己との再会

陸人視点です。

 


「あっ、ヤバい! 遅刻する!」

「マジだ! じゃあリク先生! 五時間めの魔法学で!」

「うん。また後でね」

 アカデメイアのカフェテリア。

 生徒たちがチャイムと同時に駆けだして。その足音が、変化をもたらす。

 先ほどまでの喧騒がまるで幻だったかのように……静寂が我が物顔で空間を支配し始めるこの瞬間が……たまらなく好きだ。

 その支配に敬意を表して。思わずオレも息をひそめる。

 カップがテーブルを叩く微かな音でさえ、今は大騒音に等しい。呼吸の音でさえ、今は雷雨に等しい。

 よりいっそう、身も心も行動も控えめにして……この静かさに己を同化させていく。

 うん。やっぱりいい。

 アカデメイアの講師になって、手に入れたものはたくさんある。

 安定した収入に住居、そしてカワイイ教え子たちと若干の名声。そしてこの静寂が支配するカフェテリアの独占権は、それらに並ぶくらいの報酬だ。

 しかし……今日はその報酬を味わう時間は短いらしい。

 カフェテリアの入り口を大きく開く音。そして、まったく隠す気のない強者のオーラ。

 まさに静寂の破壊者が背後から、まっすぐ近付いてくる。文字通り、まっすぐ。テーブルや椅子を気にするそぶりも見せない。

 つまりこの破壊者のお目当ては俺ってこと。

 でも、不快感はない。

 だって俺は知ってるから。この破壊者との面会には、この静寂以上の価値があるってことを。

「久しぶりだね」

 振り向かずとも、誰だかわかる。その強くてぶっきら棒なオーラを間違うことはない。

「おぅ! 陸人は……思ったより元気そうじゃん?」

「うん! ハルルも!」

「あったりまえだろ?」

 自然と、互いに苦笑が零れる。交わしたハグに、思ったより力がこもったから。

「マジで久しぶり」

「……うん」

「元気だったか?」

「……うん」

 声に感情がこもることってあるでしょ?

 それ。まさに今が……それ。

 ハルルと会うのは一年ぶりくらいで。

 ふと懐かしさがこみあげてきて。ちょっとだけ、声が湿っぽくなる。旧友と再会しただけなのに感傷的すぎるって言われるかもしれないけど。

 仕方ないんだ。

 だって、ハルルとの再会が一年ぶりってことは―――

「悪ぃ。見つからなかった」

「うん。だと思った」

 ―――バカ兄貴が行方不明になってから、もう二年ってことだから。

「ま、座りなよ。学園のランチも懐かしいでしょ?」

「おぅ! でもまぁ、期待はできねぇけどな」

 大声でその発言をする主が一般客なら、店主も黙ってないだろう。味に不満があるなら出ていけと言われても、おかしくはない。

 でも、【希望(ホープ)】のハルルと知れば、店主も黙るしかない。

 別にハルルが怖いわけじゃなくて。

 俺たちがあのバカ兄貴のおかげで肥えた舌を持つことを、みんな知ってるから。

「まぁまぁ、そう悪いもんでもないよ」

 オレの言い方もちょっとアレだけど。

 今日は許してほしい。

 アカデメイアのマエステリアにして魔法学の講師―――人あたりが良くみんなに優しいと評判のオレが、こうして辛口トークをかわせる数少ない相手。この旧友の顔に免じて。

「じゃあ牛丼大盛り汁だく肉マシマシにアイスコーヒーのグランデを五セットで!」

 注文を取りに来たハイネさんに、さわやかな笑顔を見せながら……素早く優しく無遠慮に手を握るハルル。

 その足を、テーブルの下でガツンと蹴りつけてやるけど……。

 しかし効果はなかったようだ。

 だって平気な顔して口説き続けてるし。海人族のお姉さんも、嬉しそうにほほ笑んでおられるし。

 これはどうやら―――

「じゃあ、ハイネちゃんの仕事上がりまでここで待ってていい?」

「ありがとうございます! 急ぎますね!」

「よっしゃ! じゃあまた後で!」

「はい!」

 ―――マッチング成功みたいだ。

 まぁ、ハルルが竜人族でも指折りの名貴族の血筋だってことは知れ渡ってるし。ハルルが伴侶を求めて旅してるってことも有名だし。ハイネさんからしても悪いチャンスじゃないってことだろうけど……。

「ハルル」

「ん?」

「ハイネさん、生徒からも人気あるんだからな? 泣かせるなよ?」

「おっけ。わかった」

 ニシシっと笑った精悍な顔つきのイケメンは、確か今年、十九歳になるはず。長ければ600年くらい生きる竜人族からすれば、まだまだガキだけど。

 でも、成人として扱われる年齢ではある。それに恋愛は自由だし。ま、双方合意なら問題ないわけだけども……。

 友としては、複雑。

 かつての三秒で恋して歩く男として知られたハルル。声をかけた数だけ確実に振られる友は、もういないらしいから。

 今や三秒で恋に落とす男へと、改名を果たしたっぽい。

 まぁ、それもそうか。

 武人として引き締まった身体を携えつつ、どこか少年のような曇りなき眼を輝かせるイケメン。そのヤンチャっぽい笑顔に……なかなか勝てる者はいないだろう。

 現に、ハイネさんはこの学園でもガードが高くて有名。教師や生徒から数多寄せられるお誘いを笑顔で一蹴する。そんなハイネさんが会話を始めて一分後にはデートの約束をしちゃってるなんて……。

「ハルル……ちゃんと兄さんを探してたわけ?」

 この二年、伴侶探しの方にエネルギーと時間を全投資してきたでしょ?

「あったりまえだろ? 煉獄、海人族の隠れ里を中心に、丁寧に調べてきたぜ?」

「………それ、どっちも出会い系スポットじゃん」

 海神族の隠れ里なんて、超有名な歓楽街じゃん。

「てかハルル……もう大丈夫なわけ?」

 まさか再発した?

「……おぅ。心配ねぇよ」

 付き合いが長いからわかる。今、照れ隠しが笑顔に混じった。

「ならいいけど……」

 心配ではある。

 兄さんの行方が知れなくなってから、ハルルはかなり荒れて。

 心の隙間を埋めるみたいに、色恋に走った。もう、手当たり次第に、節操なく。

 修練も冒険もすっぽかして。ずっと、毎日、違う寝屋で違う誰かと時を過ごして……温もりを補おうとしてたんだと思う。

 見るに見かねたんだろうけど。グーパン連打でハルルを百メートルほどふっ飛ばしたクルドおじさんが、まるで誘拐するようにハルルを抱えて二人旅に出た日のこと……俺もよく覚えてる。

 だって俺も、クルドおじさんと一緒になって連打を放った一人だから。

 だってハルルが……兄さんが生きてるって可能性を諦めたように思えちゃって。悔しかったから。

「俺、そういうのは卒業したし。今は清く正しい伴侶探し中ってとこだ」

「清く正しい、ね」

 ハイネさんとのやり取りを見る限り、その言葉を信じていいか微妙ではあるけども。

 でも、今の生き生きとしたハルルの瞳は、信じていいかも。

 なにせ旅に出た時のハルルの瞳は、絶望一色だったから。

「てか煉獄と隠れ里を選んだのはさ……俺が楽しむわけじゃなくてよ。だってほら、アイツ………な?」

「……まぁ、そうだけども」

 でも兄さん、超絶奥手だし。

 いや、奥手なんて表現じゃ不十分。もうあれは、臆病になってた。女性に関して。

 だから多分、そういうところには行ってないと思う。

「で、ここに帰ってきたってことは……武術大会だよね?」

「さっすが陸人! よくわかってるじゃん!」

 三十以下の年齢制限付き。若者のナンバーワンを決める大会。その名も異種族総合武術大会が、一月後にこの都市で開催される。

 名誉や賞金を求めて、腕に覚えのある若者がこの都市国家―――ホープに集い始めているわけで。人も増え、交流も増え、いつもより都市中が活気に満ちている。

「カイトもひょっとしたら……参加するんじゃねぇかなぁって思ってさ」

 うん。俺も同感。

 参加してくれたらいいんだけどなぁって、毎日、願いながら……大会の準備に参加してる。

「で……どうよ? 国王陛下―――大和おじさんは? それに王妃殿下は?」

「父さんは去年、兄さんの捜索を公式には打ち切ったよ。母さんも同意済み」

「……そっか」

「うん。ヒュム族の国家体制に関わるからね。第一皇太子殿下の座を空席のままにしておくことはできないとの進言が、臣下から多数寄せられてたし」

「臣下ってどうせ、なんの役にも立たないバカ領主どもだろ?」

「……うん」

 父さんと母さんが、どれほど兄さんのことを心配してるか。俺はわかってるようで、わかってなかった。公式に捜査が打ち切かれたあの日、あの時までは。

 そう。あれは打ち切りが内々に決定した日の夜。

 涙を零しながら愛おしそうに……兄さんの手帳を抱きしめた母さんが零した嗚咽の痛ましさといったら……。母さんを抱きしめる父さんが零した謝罪の痛ましさといったら……思わず、己の無力さを呪ったくらいだ。

 その翌朝。父さんの決定が臣下全員に伝えられた後の……会議室でのこと。

 衰弱しきった母さんに向かって、「王妃失格だ」なんて口々に暴言を吐いた臣下たちに、一斉に殴り掛かったのはその場に居合わせた俺とイルル、そしてジェイ。

 神気を解放したアーサーとガウェインが謁見の間にオレらを隔離してくれなかったら……多分、怒りのまま拳をふるってた。

 もちろん、光の帝位精霊が解放した神気は強烈で。冒険者でもない臣下たちが耐えられるはずもなくて。一か月間ほど寝込む羽目になったみたいだけど……。

 多分、アーサーとガウェインも、わざとやったに違いない。二人はとても、兄さんを慕っていたから。

「そう言えば……神々からお告げは? なんもねぇの?」

「……うん」

 ハルルは知ってるんだ。時折、オレが神々の会議に参加してるってこと。

 でも、みんなにはまだ内緒にしてる。世界樹、そして叡智の箱攻防戦のどさくさで、オレが神になったことは。

 だから苦し紛れに、神々の神託を預かる巫女のような存在になったと、親しい仲間に伝えてある。

「未だ行方知れず、だってさ」

「……そっか」

 そうなんだよ。

 兄さんの行方を探しているのは、オレたちだけじゃない。

 神界の神々―――偉大なる各種族の守護神の座にある偉大なる神々が協力してくれてるんだ。

 言わずと知れたポセイドン様、トール様、ラグナ様、イブ様、そしてディーテ様も、兄さんの行方を掴めずにいる。

 兄さんとゆかりのあるアポロン様、オロチ様、ツクヨミ様、シヴァ様、それにアマテラ様とその眷属のみなさんも、兄さんを探してくれてる。

 それだけじゃない。

 偉大なる正神教の神々―――大天使ミカエル様、ラファエル様、ガブリエル様。そして大悪魔王ルシファー様も、兄さんを探してくれてる。

 それなのに……見つからないんだ。あの超有能神器ロココさんの力をもってしても、兄さんの行方を掴めずにいるんだよ。

 現状、神々の推論は4つ。


 兄さんが死して魂が消滅した。

 兄さんの魂と体が別の宇宙へと転移した。

 兄さんの魂と体が強大な神の力によって幽閉されている。

 兄さんの魂と体を、兄さんが幽閉している。


 魂の消滅は、可能性が低い。なにせ、この星の輪廻転生を司っているのは、かの偉大なる女神ガイア様なのだから。後継者である兄さんの魂を見逃すはずはない。

 それ以外の選択肢については、どれも等しく可能性はあると見なされてる。

 2番目の選択肢については、この宇宙の創造神が検証にあたってくれているらしい。

 3番目の選択肢については、神々がその可能性を検証してくれている。

 そして4番目の選択肢。これだった場合、天界にいても情報は十分に得られない可能性が高いとのこと。そこで【希望(ホープ)】のメンバー、そして父さんたち救星のメンバーを中心に、多くの冒険者たちがネットワークを活用して、地道に、捜索を続けてくれている。

 カグヤさんたちハイエルフの里の皆さんだけじゃない。死線を共にしたウルルさんとナルルさん率いる【花龍】、それに【深海】や【紫電】。兄さんと縁のある有名パーティがみんな、捜索に協力してくれてる。

 なのに……見つからない。

 まったく……世話の焼ける兄さんだよ。本当に。

 みんな、みんな兄さんが大好きで。みんな兄さんを心配してるんだから。

 さっさと帰ってくればいいのに。

「な? お前もそう思うだろ?」

 手首のバングルを撫でると、嬉しそうにプルプルっと震える。

 スライムが擬態したこのバングルの正式な所有者は兄さん。創造神が兄さんに授けたギフトを、オレが預かってるだけだけど……癒し効果ヤバい。

「ところでよ。陸人は出ねぇの?」

「大会?」

「そうそう」

「……検討中」

「ってことは、ナナか?」

「正解」

 ナナちゃんと俺、付き合って三年になるけども。

 海人族の伝統と文化に、なかなか心と頭がついていってはいないわけで。大小含めると、ほぼほほぼ毎日、ケンカしてばっかりだ。

 武術大会の出場も、オレは前向きなんだけど。ナナちゃんが大反対中。曰く「リクが大会で優勝してモテモテになったら、私だけの王子様じゃなくなる可能性が高くなるでしょ? それは嫌なの!」とのこと。そのくせ自分は、いろんな男性に声をかけられたって、毎日のように俺に自慢してくる始末。「私は海人族だからいいの! 愛は大事にしたいの!」……だそうだ。なるほどさっぱりわからん状態のまま、三年が経とうとしてる。

「お前……やっぱ尻に敷かれてんのなぁ」

「ノーコメントで」

 ナナちゃんも、兄さんがいなくなってからは大変だった。半年くらい毎日、本当に毎日……部屋に引き籠ってずっと泣いてた。

 そんな様子を隣で見てきたこともあって、俺はなるべくナナちゃんの言うことや考えを尊重してきた。ナナちゃんの傷が癒えるようにって願って行動してきた結果……前述の通りに。

 てかナナちゃん、自覚したっぽいんだよね。自分の深層心理―――実は兄さんのことが大好きだったって。

 もちろん、今も昔も、俺のことを大好きだって言ってくれるけど。

 ナナちゃんの心の中には、兄さんがいて。思い出の中の兄さんは、なんのチートかイケメン補正が爆上がり状態になっちゃってて。大好きが止められない状態に突入してるっぽいんだよ。

 だから、はやいところ本物の兄さんを見てもらって。多少は幻滅してもらって……「あ、カイト君への思いは勘違いでした」って、冷静な砂狐モードに移行してもらわなくちゃ。

「ま、本音で話せよ。大会のことも、二人の関係のこともな」

「うん……わかっては、いるんだけどね」

 本人を前にすると……なかなか言い出せなくて。

「陸人……安心しろ」

「安心?」

「おぅ。ヒュム族の第一皇太子殿下陸人。その婚約者の座を、ちょっとやそっとで逃すような妹じゃねぇよ。なにせアイツ、王子様に夢見て拗らせてるとこあっから。ガキの頃からずっとな……」

「……そっか。そうかも」

 それは、確かに。本当にそうかも。

「リク……お前、大丈夫か? 冗談だぞ今の……」

「ん、どうだろ? どうかな? 俺、大丈夫そう?」

 自分じゃもう、わかんないや。

 でもハルルの冗談を素直に丸飲みするくらいには……ヤバいのかも。

「無理すんなよ? カイトのことも、ナナのことも、国のことも。お前が一人で全部背負うような話じゃないぞ?」

「……ありがと」

 でも、仕方ないよハルル。

 そこそこ背負っちゃってるんだもん。

 俺だって別に、知りたくはなかったけどさ。その……恋愛に、ある種の打算と計算がつきものだってこと。知りたくもなかったし、理解したくもなかったけどさ。

 でもヒュム族の第一皇太子ともなると、社交界―――貴族やそのご家族とも交流しなくちゃいけなくて。

 家柄と財力を騙しあいに投資して。

 肉体と色香に権力を(まぶ)して。

 軽いダンスのお誘いを一夜の情事と翻訳するレベルの尾ひれと背ひれが付着した衣装で……心を着飾り()かしあう。その主戦場が恋愛だなんて……この若さで学ぶことになっちゃった。

 それもこれも……兄さんが居なくなったせいだ。

 だから兄さん、はやく帰ってきてよ。

 そして……俺を叱ってよ。

 恋愛に夢を見て何が悪いって、まっすぐに笑いながら。

 俺を救ってよ。

 この退屈で濁りきった灰色の(まつりごと)の世界から。

 そして、連れ出して。

 魔法と精霊とバトル―――成長に満ちた青春(ダンジョン)の日々へ。









今日もありがとうございました!

マッチポンプの方との進度調整のため、連載を一時止めておりましたが、今日から、ボチボチ再開します。どうぞよろしくお願いいたします。

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