第3話:誕生会
オレのアカデメイア生活は、好調に始まった。
初日から、借金二千五百万ジェム(うち五百万は父)を抱えて……
でも美人顧問のサークルには入れたし。
ナナちゃんとのデートもできたし。夢だけど。
あとは借金を母さんに隠し通すだけでいい。
でも母さんは勘が鋭い。要注意だ。
不気味な緊張感が漂う中、オレの誕生日パーティは間もなく始まる。五名の出席者で。父さん、母さん、オレ、双子の弟の陸人、そしてクルドおじさんだ。
口封じ包囲網は、完璧。
すでに父と息子の借金密約は成立している。
弟の陸人は体が弱く、アカデメイアには入学していない。
おじさんの子どもたちは欠席。急きょ、体調不良を起こしてもらった。オレの手作り桜餅をたっぷり手渡して。丁寧に仮病のお願いをしてある。
クルドおじさんも、グル。
領主直々に賄賂外交が行われた。謎の割引チケットは効果抜群らしい。
準備は万端。
今、絶対にバレてはいけない食事会が開幕する。
まずはチラッと、おじさんにアイコンタクト。
「ゴホン。いや本日はお招きありがとう。カイトに陸人、おめでとう!」
「おじさんありがとう!」
「すまないな。皆体調が悪くて、俺だけになっちまった」
「いいんだよ。これも仕方がないことさ」
「そうか―― いや、間違った。そうだな。ハハハハハ」
「ハハハハハ」
会話が不自然だっておじさん。間違ったとか言っちゃうし。台本を練りすぎたかもしれない……
「いや、クルドだけでもありがたいさ。そうだよなカイト! 」
「その通りだよ父さん! クルドおじさんありがとう! 」
「いいんだよ。これも仕方がないことさ」
「ハハハハハ」
おじさんそれオレのセリフ。しかもさっき言ったとこ。
「兄ちゃんソースかけて」
「はいはい。あ、次は焼き魚食うか? 」
陸人、いい変化球をありがとう。台本を知らないだけはある。
「ん、ありがと。食べる」
陸人はちょっと父さん似のイケメンさんである。さすが最愛の弟。
頭がよくて物知りだ。オレらは最強の兄弟だと思う。
「それで? 」
「……何? 」
「何って…… アカデメイアよ。どうだったの? 」
来た。
母さんからの質問。対策は万全だ。
「北斗おじさんに会ったよ。母さんによろしくってさ!」
「そう。あ、北斗さんって学長だったかしら?」
「うん。それがどうかしたの? 」
「入学初日に、学長に呼び出されるようなことでもしたの?」
「ブフォ!?」
「あっつ!? ちょっと父さん! 何だよ汚いなぁも~」
「まったく。大きな赤ちゃんねアナタは」
母さんはタオルで陸人を優しく拭きながら、父ちゃんに手ぬぐいを投げて、、、顔面直撃。この扱いの差よ......
それにしても緊急事態である。いきなり核心をついて来るとは。
「まさか! 気にかけてくれてるんだよ。話しかけてくれたんだよそうに違いないよ」
ちょっと自分でも何を言ってるか意味不明だ。
これはヤバい。
「ちゃんと北斗さんや先生方の言うことをきくのよ? 」
「大丈夫!」
大声で笑いながら、スープを食べる。
でもなぜか上手く飲めない。
「それフォークよ」
「あ、これはうっかり! ハハハハ」
「…… 変な子ね」
「いいんだよ。これも仕方がないことさ。ハハハ」
クルドおじさん…… ちょっと黙っててくれる?
ズドオォォォン…
この地響きは…… アイツだ。あ、しまった!?
「あら? ラグナさんが帰ってきたのかしら?」
「…… そうかも」
完全に忘れてた。
「ちょっとオレ様子見てくる!」
命に代えても口を封じねばなるまい。
ドラゴンの。
+++
「ラグナ! ちょっと話が…… 」
「おぉカイト! これを見るがいい」
中庭は、新鮮な魚介類が山盛りだ。
大猪も転がっている。
ご馳走だらけだ。
「すげぇ!? 採ってきたの? 」
「うむ。遅くなったがな。誕生日プレゼントだ」
「ラグナありがとう! 大好き! 」
しっぽに抱き着くと、ブンブンと振り回してくれる。
ガキの頃から、この遊びが大好きなんだ。
「ラグナさんお帰りなさい」
「見てよ母さん!これ全部、採ってきてくれたんだって!」
「うむ。たっぷり食べて、大きくなるがいい」
「うん!」
「カイトご馳走作ってくれる? 」
「任せて!」
料理はオレの特技の一つ。
なぜか食材を見ると新しい調理法を思いついては、厨房に立っちゃう。
母さんの経営してる酒屋【竜の憩い場】の人気メニューは、オレの創作料理ばかりだ。
「そしてこれは詫びだ。母殿、受け取ってくれ」
「え?」
今、詫びって言った? 何の??
「いつもの食費代より大きめのものが見つかった」
ラグナの手には、輝く金属の塊。
それってまさか…… 特大のヒヒイロカネ?
それが母さんの手に……
「すいません。気を使わせてしまって」
「いや、我が悪いのだ」
「うちの子が寝坊したから悪いんです。いつもご迷惑をおかけしてばかりで」
「母さん? ラグナ?? まさか…… 」
「破壊した舞台の借金は自分で稼いで返すのよね? 」
「は、はい!」
「立派ね。これで弁償しておくから、カイトはお母さんに支払ってね? 」
「……わ、、かった」
急に喉がカラカラに、、、うまく言葉が出てこない......
「そろそろ幼馴染の皆にも声をかけて。せっかくの二人の誕生日に、こんなにたくさん頂いたご馳走だもの。みんなで食べないとね? 」
「わ、、、かりました」
オレにはわかる。
家の中の、父さんとクルドおじさんの姿勢が。
間違いなく土下座謝罪待機中に違いない。
「嘘はダメよ。わかった?」
「ひゃい!」
「それでお父さんは何かしなかった? お父さんも何かしたんじゃないの?」
「五百万ジェムのステンドグラス割ってました……」
「そう、、、、フフフ」
ごめんよ父ちゃん。
母さんには勝てないよ。潔く叱られてくれ……
今さっき家計がとんでもなく潤ったから。多分母さん機嫌いいし。
「ラグナありがと。助かった」
どこからか聞こえる助けを求める叫びは、聞こえないことにする。
「うむ。気にするな」
これだけ気配りが上手なんだから。ラグナはきっとモテるんだろうな。
ドラゴンに恋愛があるのか不明だけど。
「食費ってヒヒイロカネで払ってるの? 」
「うむ。山中で見つけた金塊や深海の真珠も使うな」
「いつの間にか我が家金持ちじゃん」
そんな気配は一向にしないけど。
父さんの稼ぎはダンジョンだ。領主はボランティアでやってる。
母さんは店での稼ぎがあるし、ダンジョンでも稼ぐ。
それに今知ったけど、ラグナの食事代もある。
あれ? 真珠や金塊って、オレの報酬なんじゃ…… だってラグナが嬉しそうに食べてる料理は、オレが作ってるわけだし。
まぁいいや。
ちいさなことは気にしない……
よっし!
「みんなぁーーーー! 集合だ! バーベキューするぞ~」
大きく息を吸い込んで叫ぶと、近所中の扉が一斉に開いた。
+++
急きょ道路沿いで開催決定。
ご近所を交えた大バーベキュー大会。
クルドファミリー、勢ぞろいだ。ナナちゃんの姿もある。
そして北斗おじさんの姿も。あと見知らぬ通行人も勝手に混じってる。
けど、誰も咎めない。
今日は、誕生パーティだから。めでたい日は皆で喜びを分かちあう。竜人族を魅了したヒュム族の文化のひとつなんだって。母さんが言ってた。
「お前らまたその話してんのか? 」
バーベキューで盛り上がる人たち。
その喧騒から距離を置いて家族の時間を過ごしていると、クルドおじさんがあきれ顔でやってきた。
「カイトは信じてないみたいだけどな」
誕生日に父さんは決まってこの話をする。
オレと陸人が生まれたあの日。突如起こった出来事のこと。
「あぁ。確かに名乗ったんだよ。大天使ガブリエルだって」
「天使なんているわけないじゃん!」
「本当なのよ。ガブリエル様がこうおっしゃったの。『汝ととも祝福された子がいる』ってね」
「天使とか悪魔とか神様とかさぁ。実際にはいないって!」
オレは決まってこの話を否定する。信じていないって。
だってほら…… 陸人が決まって溜息をつくから。自分は祝福されていないのかと呟きながら。
こんな時は母さんが決まって弟を抱きしめる。母の愛がたっぷりよと告げながら。
照れくさそうに笑う陸人と母さんを父さんと二人で見守るこの時間が、大好きだ。
「でも兄ちゃん。じゃあ洞窟の、、、ダンジョンの女神様は? どうなのさ? 」
やれやれ。
今年も始まったか。
隣を見ると父さんは複雑な顔をしている。
父さんは洞窟の女神を信じてる。幼小の頃に火傷を治してもらった話。ダンジョン、魔法、精霊召喚。この全ての誕生に立ち会ってきたって話。こんなことができるのは神以外に考えられないと、父さんはいつも言ってる。
だから陸人と同じ立場だ。
でも、、、
「ダンジョンはある。桜餅も配られる。ただそれだけだろ? 」
オレは、信じていないっていう立場なんだ。
「天啓は? 」
「…… 皆で同じような夢を見ることもある」
「無理があるでしょ? 」
「いや、目に見えない存在だからって神様とは限らないじゃん」
「それはそうだけども…… 」
「そのダンジョンに目に見えない存在が居て、それを神だと言ってるのはオレらなの」
この点は、実は父さんとオレは同意見だったりする。
実際、女神だと言い始めたのは集落の住民たちだそうだ。
「でも、神だって名乗ることもあるらしいじゃん」
「自己申告だろ? 見えない存在がそう言ってるだけじゃん」
「なら神は、自分が神だってことをどうやって証明したらいいのさ」
「…… もういいだろ」
オレはいつもここで口を紡ぐ。「神がいるなら陸人を助けてみろ! 」…… そう叫んで、昔、母を泣かせたことがあるから。そしてオレも大泣きしたから。「カイトを誇りに思う。立派な兄だ」、そう言って父さんが珍しくオレを褒めてくれたから。
この父さんの言葉で気が付いたんだ。
オレが神の存在を否定するのは、陸人を思ってなのかもしれない。
自分だけが祝福されてしまったと、心のどこかで陸人に申し訳なく思ってるのかもしれない。神を認めれば、陸人が祝福されていないことを認めることにもなる。そのせいで陸人は体が弱いのかもしれないと思うと怖い。
本心は自分でもまだわからずにいるんだ。
神はいるのかもしれない。
以外に、、、身近なところに。
「よくない! だって三百年絶滅とされたドラゴンだって実際はいたじゃんか!」
視線を送ると、ラグナがビクっと背筋を震わせた。
ガブガブ飲んでいた酒樽からそっと頭をかかげてオレたちをチラ見する。
毎年、偉大なドラゴンもこの議論に巻き込まれている。
「う、、、うむ。我はドラゴンだ」
「ほら!」
「ドラゴンは生き物だろ? 神とは違う!」
「もう良いではないか二人とも」
「でも兄ちゃんが……」
「いかんな。誕生日にケンカする奴にはドラゴンブレスをお見舞いしてくれよう!」
プファぁ~と大きな口を開けたラグナは、ニヤリと笑った。
「酒クサっ!? 」
ラグナの口を封じようとしても、ピクリとも動かない。
さすが伝説の生物だ……
「クサ!? なんか父さんが寝てる時の匂いがする」
陸人は涙目なんじゃないだろうか。
「ぬ? それはすまん! まさかそれほどとはな!」
でも、毎年こうして議論を落ち着かせてくれる。伝説どおりだ。龍は知能が高い。会話の空気まで読めるのだから。
「陸人? 父さんこんなクサい? ここまでクサくないよね??」
「あなた。ハーブ入りの風呂でも入ったら?」
「……わかった。念のため。あくまでも念のためな」
へこみながらも、父さんは爆笑してるクルドおじさんに拳骨を叩き落とした。
「おい大和! お前も若くないんだから…… ブハハハハっ!!」
「ウルセー! お前の方がおっさんだろうがっ」
救星同士のケンカを、見物客は煽り始めた。
母さんは笑い、ラグナもクルドおじさんの家族も笑い、陸人も笑っている。
これ以上のプレゼントはない。
最高の誕生日だ。
本日もありがとうございました!