5章-2:白宴祭一日目
ー2012.10.06ー
ウエイトレスの練習やら能力の練習やらで時は流れ、白宴祭の初日がやってきた。
フォートレス能力専門高等学校は、既に過ぎた残暑に負けないくらいの熱気に包まれ、普段はただの通り道である校舎の間もどこのクラスともしれない出店でごった返しとなっていた。
「みなさん、いよいよ本番ですが、その前に、特別指導に来ていただいたゴートンさんとセリカさん、何か一言お願いできますか?」
時刻は白宴祭開催前の早朝、一通りの仕込みを終えた1-Dクラスの全員が集まっている。その視線を一心に受けて、つきっきりで給仕のノウハウを指導してきたゴードンさんとセリカさんが喉を鳴らした。
「そうですね……………とりあえずみなさんには最低限必要なことは一通り伝えました。あとはやるべき事を、しかるべき時にやり遂げてください」
「それと、女子のみなさんは恥ずかしがらずに思い切ってやることです。がんばってくださいね!」
「では、もう少し準備を整えてから開会式に向かいましょう!」
「ただ今より、第85回フォートレス能力専門高等学校白宴祭、開祭式を執り行います。司会進行は、生徒会副会長、江ノ元 密季が勤めさせていただきます。初めに、魁ヶみ…………玄ちゃん校長先生にご挨拶をいただきます」
「魁ヶ峰丘 玄呉柔郎じゃ!勝手に略すでないわい!以上!!」
((((挨拶短ッ!?))))
「続きまして、沢村 豪生徒会長の挨拶です」
「全く、ミッちゃんはいつも堅いよー」
「そんな事はいいので続けてください。あと『ミッちゃん』はやめてください」
「校長をあだ名で読んだミッちゃんの言えることではないな。それはそれとして───」
そういって、沢村生徒会長は
スゥーーッ、と大きく息を吸って、
「元『キィィィィン』ァァァァァァふぐゥ!?」
((((……………………??))))
何か叫んだ。あのマイクの音特有のキーンで全く理解できなかったが。
ちなみに最後の音はうるささにキレた副会長が、会長の側頭部に氷の塊をねじ込んだときの声である。
「……………………(むくっ)まあそんな事はいいとして」
((((復活した))))
「俺から言えることは一つだ!お前らでこの白宴祭を全力で盛り上げろ!そして…………全『キィィィィィィィン』ェェェェごふォ!?」
((((…………………………………))))
ちなみに、今度は横の脇腹である。
「…………い、以上………です(バタッ)」
((((力尽きた…………))))
「以上を持ちまして、開祭式を終了します」
((((スルーした!))))
2年生と3年生は毎度の事のように会場から出て行くが、初見の1年生は副会長の指示で生徒会長がステージの奥に連行されているのを口をぽかんと開けながら見送り、放送がかかるまでの間もぬけの殻となったステージを見つめていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様っ!」
時間は午前11時ごろ。
1-Dでは、現在このメイド喫茶にやってくるお客さんを捌くのに大わらわになっていた。
開店当初はやはり外見的に近寄り難かったのか、さほどお客さんはいなかった。しかし少ないお客さんがその物珍しさを言い広め、噂を聞きつけて入店した新たなお客さんがまたリピーターに…………というねずみ算方式でどんどん客足が増え始め、今では校内でトップを争う繁盛ぶりとなっている。
「まさかこんなにアタるなんて…………はい、コーヒーとカップケーキ!」
「全くよ!やっぱり『お嬢様』っていう響きがイイのよね!っと……………………お、お待たせしましたーご主人様」
鈴麗はまだおぼつかない感じなようだが、相手のオッサンにはどストライクなようだ。どうやらリピーターが増えそうである。
この白宴祭の二日間の間は、例の城門が解放されて校外の一般客も学校内に入る事が出来る。もちろんその分犯罪が起こりやすくなるのだが、それを監視及び取り締まるのがダイアナ・ルベール先輩率いる風紀委員会である。その委員長がかなり癖のある人なのだが、それはまた後の話。そういえば、生徒会の中でまだ名前が出てない人がいたような気がするが、多分気のせいだ。
そんな話は別として…………。
そんな一大イベントが全世界に7ヶ所しかない能力専門学校の一つで行われるので、全国のマスコミが本校に集まってくる。そんなマスコミ達が学校内でトップを争う繁盛ぶりを魅せる出店にカメラを向けないはずも無く、1-Dの催し物がきっかけで日本中でメイド喫茶ブームを巻き起こすことになるのだが、そこで働いている1-Dはそんな事など知る由もなかった。
そして、その喧噪の中で一つの闇が動いていることも。
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「…………もしもし、こちら『梟』。予定より混雑が激しいため捜索は難航中。引き続き目標の捜索を実行します」
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「い、いってらっしゃいませ、ご主人様!……………ふぅ、やっと落ち着けますね」
「そうだな。今のうちに材料の準備でも済ませておこうか」
ユリアと話しながら厨房に行こうとする洋斗を、鈴麗が呼び止めた。
「それなんだけど、あなたたち二人は開店からずっと働きっぱなしじゃない。二人で白宴祭回ってきたら?ふ・た・り・で!」
「な、なんで二回言ったんですか…………!」
「だって、そりゃ、大事なことですから?」
「でも俺がいないと分かんないだろ?」
「さすがに慣れたわよ!あとは私と芦屋でやっておくから!」
「え!?僕もう疲れ「アンタずっとそれ言ってるじゃない!いい加減シャキッとしなさい!!」
積み重なる披露で曲がった芦屋の背中を、鈴麗が容赦無く叩く。軽快な音を鳴らすその光景は熟練の夫婦のようでもあった。
(なんか、馬が合ってるな……………)
(意外とお似合いかも知れませんね…………)
「分かった。じゃあ行こうか、ユリア」
「は、はいっ!」
「ユリア!」
洋斗を追いかけようとしたユリアを鈴麗が呼び止め、耳元で囁いた。
「(ガンバりなさいよ?あいつ何気に人気あるから、ボーッとしてたらどこぞの馬の骨に取られるわよ?)」
「!?鈴麗ちゃん、なんで「おーい、早く行くぞー」
「ほら、いってらっしゃい!」
「え、はぁ……………はい!今行きます!」
二人は付かず離れずの絶妙な距離を保ちながら騒がしい廊下を歩いている。たまに売り子が声をかけてくるがそんなものが耳に入らないほどに、今の二人の心は動揺しきっていた。
「うーん、特に行く宛とかはないし、適当に歩いてみるか」
(な、なんかこれデートっぽくないか?いや、多分これは気にしたほうが負けのやつなんじゃ…………って、ユリアは何ボーッとして…………)
(ど、どうしよう………!鈴麗ちゃんが変なこと言うから、意識しちゃいます………………えへへ)
「ユリアー」
「ひゃイ!?」
「どこから出た今の声!?てか聞いてたか?とりあえずいろいろ回るぞ」
「は、はいっ!そそそうですね!」
「あ!クレープですよッ!」
そこには、どこぞの部活が開いていたクレープの屋台だった。程良く甘ったるい匂いが小さく腹の虫をくすぐっていく。
「ホントだ。昼飯あんまり食べられなかったし、買っていくか」
「私は…………イチゴにします!」
「俺はとりあえずバナナチョコでいいかな」
クレープは10分と待たずして手渡された。手作りらしく所々穴が空いた生地とラッピングされた花束のように綺麗に包まれたホイップクリーム。その中に、洋斗はバナナとチョコソース、ユリアはイチゴとラズベリーソースがそれぞれ華を添えていた。
二人揃って口に頬張る。生地に包まれていた甘ったるさが口の中に広がった。
「んん…………割とうまいな」
「そうでフ…………~~~~~ッッ!?」
「!?どうした!のどに詰まったか?」
(どうしよう!手持ちに飲み物なんてないし……………!)
とりあえずユリアのちいさな背中を叩く。数回の後彼女の喉から、ごくんっ、と音が鳴った。
「んぐ…………い、痛いです」
「え?あぁ悪い!」
(しまった、力強すぎたか!さすがに嫌われ……………?)
「…………フフっ、良いですよ!許してあげます。むしろありがとうございます、ですね」
(ちょっと痛かったですけど、私のためを想ってやってくれたことですし……………へへ)
背中に痛みを堪えつつも、それに隠れる優しさを感じてついついほくそ笑むユリアであった。
───打って変わって。
「ううう……………やっぱりコワいです……………」
すっかり縮こまって、涙目で震える彼女があった。対してさして怖くもない洋斗は、その姿に幼さを感じつつも呆れ混じりのため息を吐く。
「やっぱりユリアにお化け屋敷は無理だったんじゃ……………」
(いかにもこういうの苦手そうだしな……………!!!)
「いでっ!?」
「え…………」
「…………あ」
演出用に置かれていた小石をつかんであらぬ方へ投げつけた洋斗。どうやら驚かせようと隠れていた生徒に当たったようだ。
「いってーな!何すんだ!?つーかなんで分かった!?」
「す、すいませんつい!反射というか、殺気というか…………」
「あ、あははは………」
「うん、なんだかんだでやっぱり楽しいな」
「そうですね!とっても、楽しいです!」
(元の世界じゃ、友達を作らなかったから正直つまらかった。だからそういうイベント事は参加しないで来たけど、やっぱり誰かと話しながら参加すると、楽しいもんだな…………本当に)
一人ボーッと考えながらユリアと会話していた洋斗だったが───
「おや…桐崎君とユリアさん」
「あらー」
そこに佐久間先生と坂華木先生が歩み寄ってきた。
「あらーあらあら、お二人揃って仲良さそうじゃない?」
「全く…うらやましいからと言って…茶化すのは良くありませんよ?」
「………そういえば、先生方もかなり仲が良いようですけど?」
「私とこいつは幼なじみよ。小中学校で同じクラスだったの」
「言うなれば悪友の類です。今では…少し後悔してますが…………」
「何言ってるの!ワタクシ、校内で校長に次ぐナンバー2の能力使いと友達なのですよ?もっと誇って言いと思うの」
「「え?」」
「教室に引きこもっているニート教師の…一体…どこを誇れと言うのですか?」
「「えっ!?」」
「聞こえない聞こえなーい!お人形の私には理解できませーん」
「「ええっ!?」」
「…………知らなかったのですか?」
驚きの声をリピートする生徒二名に、何食わぬ顔で説明を始める。
「こいつは坂華木本体が作った…偽物ですよ。ちなみに…今は何体同時操作ですか?」
「んー、校内の警備に奮発してるから……………大体8、9体ってところね」
「「…………………」」
「校内警備って…たかがニート教師が何を偉そうに」
「あら、せめて『教室警備員』とでも呼んでほしいわーけんチャ
ズバン!
「…………その呼び方はやめろと…何回も…何年も言ってるんですが?」
坂華木先生は右肩から左腰にかけて腰の刀で真っ二つにされた。
(躊躇なく切った…………のか?全く見えなかった。しかも本当に水人形だったし…………)
分断された下部分はそのまま床に落ちて水溜まりとなったが、上半分はポタポタと水をこぼしながらもしゃべり続けていた。
「もー、毎度毎度ぶった斬るのやめてほしいんだけどー、結構作るの面倒なんですけどー!」
「あなたにとっては造作もない事でしょうに…………分かりました。折角だから…屋台のたこ焼きでも持って…本体を直接斬りに行きますよ」
「…………………え?マジ?ちょ!みんな集合!今すぐ私を守りにきてー!」
「……………上等です」
佐久間先生が早歩きでさっさと歩いていき、それを追いかけるように坂華木先生と水溜まりが飛んでいった。洋斗達は、この嵐が過ぎるような光景を、呆然と見つめることしかできなかった。途中から反応するのも面倒になったほどだ。
「なんというか…………いろいろとすごい人達だってことはよく分かった」
「はい、驚きの連続でした」
洋斗達が佐久間先生と水人形が去った方を向いて放心状態でいると、『後ろから』坂華木先生が大急ぎで走ってきた。
「「!!!」」
「そーいえば、あそこの掲示板に明日の代表者リストが張ってあるから、一応見ときなさい。じゃね!」
ピュー、と言う擬音語と共に坂華木先生は去っていった。
残ったのは、『今の坂華木先生は二体目の水人形だ』とやっと気づいて放心状態の2人のみ。
「…………………掲示板、見に行きましょうか」
「…………………だな」
掲示板前に行ってみると見物に来た生徒でごった返していた。頑張ってそれを押しのけながら掲示板を見ると、案外普通に紙が画鋲で留められているだけだった。
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一年
A
隈 清
九重 遥香
マリアナ・ルベール
リチャード・ケリー
B
寿 海衣
三川 黄
三川 紅
三川 蒼
C
空町 君助
チェルノワ・エゴール
菱野 健吾
松原 楓
D
芦屋 道行
桐崎 洋斗
黄 鈴麗
ユリア・セントヘレナ
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「これが対戦表か…………といっても、どれが誰かわからないから対して意味はないけど…………。誰か知ってる人はいるか?」
「いえ、何人かは名前を聞いたことはありますけど、それだけです」
「てことは、これを見たところで特に変わりはないって事だな…………。そろそろ教室戻るか?もうすぐ3時になるし」
「え……………ホントですね、おやつの時間です」
「おやつって…………」
(うぅ…………やっぱり楽しい時間ほど早く過ぎてしまいますね。結局大したこともできませんでしたし…………)
教室へと戻る途中、彼女が静かに肩を落としていたことを洋斗は知る由もない。
こうして、ある程度回った洋斗、ユリアは1-Dに戻った。
ー1-D教室ー
時間は午後3時前。日本人の大半は小腹が空くであろうこの時間に向け、1-Dの生徒達は黙々と作業を行っていた。その中で芦屋は静かに、それでいて着々とケーキ作りに励んでいた。そこにメイド服姿の鈴麗がひょっこり顔を出す。
「うんうん、しっかりやってるね!関心関心」
「なんで上司風なのかな…………あと服に飛び散るかもしれないから出た方がいいと思うよ?」
「大丈夫!良いじゃない、今は人が少なくて暇なの。第2波が来る前に休んでおかないとね。それにしても……………」
鈴麗は物珍しそうな目で芦屋が作っていたケーキをじっと眺める。
「このクリームとか、スポンジとか、すごくきれいに出来てるね。得意なの?」
「うーん、料理とかは親の手伝い程度しかしないけど、生まれつき手先は器用な方だって母さんは言ってたかな」
「へぇ………………私見た目通りぶきっちょだからさ、料理とかぜんぜん出来ないんだよね…………だから」
鈴麗は不意に芦屋の方へくるっと顔を向け、
「そういうの、素直にすごいと思うよ」
「!!」
太陽のような笑顔でそういった。
あまりの不意打ちだったため、その笑顔はダイレクトに芦屋の心を貫いた。
「………い、いや!そそんなことないって…………あ!洋斗君とユリアさんだ!」
「おっ、帰ってきたみたいねふふふ」
鈴麗はムフフ、という感じの笑顔で二人のもとへ跳んでいった。
「………………」
芦屋はただ一人、顔の熱さと心臓の高鳴りを感じつつケーキ作りに戻るのだった。そして、ことある事にドジを踏んで鈴麗に怒鳴り散らされるのだった。