5章-1:祭りとメイドと対抗戦
ー2012.09.03ー
時期は二学期のはじめ。
未だにしつこく校舎を焼く残暑が例外なくこの教室の空気を上気させている。クラスの生徒たちは夏休みを経て久しぶりに会ったということもあり、日焼けした肌をひっさげて充実した夏休みの報告で持ちきりとなっている。
桐崎洋斗は夏休みの間に昼夜とわずの練習の末(元々練習はイヤというほどやらされてきたので嫌いじゃない)、無事他の生徒たちに追いつくことが出来ていた。そして、ユリアの方も…………。
「それって…………銃か?」
「はい!坂華木先生が勧めてくれたんです」
ユリアが嬉々として腰のホルスターから抜き取ったのは一丁の銃。
現代の拳銃というより銃身が短いマスケットのような形状で、女性が片手でも取り回しができる大きさだ。バレルの銀鼠色と木製グリップの琥珀色が独特な年期を醸していた。
「生命力を使って、無属性の噴出点という形で生命力の弾を打ち出すんだそうです。最近は『これ使うくらいなら手から出した方が速い』とか『製作コストの割に旨味が少ない』という理由で数は少なくなっていて、存在自体がとても貴重になってるみたいですけど、遠距離からのサポートとかにはかなり使い勝手がいいそうです。なので私はこれを練習することにしました!」
「なるほど、よかったな」
「はいッ!」
雲が吹き飛ぶ程の晴れやかな笑顔が、端正な顔から溢れた。
とまあこんな感じで日々精進していたわけだが、時は朝のクラスルーム。
「「白宴祭?」」
クラス一同は揃って、思わず初耳の単語を復唱していた。橘先生は小さく頷いて解説を始める。
「はい、一日目はクラスで催し物をしたり部活の出し物を見て回ったり、二日目はクラスの代表者がクラス対抗戦をしたりと、二日にかけて行われる本校の一大イベントなのです!」
(文化祭と体育祭をまとめてやる、みたいな感じか?)
「あ、ちなみに名前の由来は『砦での防衛戦で勝利、つまり白星をあげたあとに行われた大宴会』にちなんでいるそうです」
(橘先生、そんな事まで網羅済みか……………)
「という訳で今日は、一日目の出し物で何をやるか、と二日目の代表者を誰にするか、を決めてしまおうと思います。まずは出し物ですが、数人ごとのグループを自由に作ってグループごとにアイデアを出して下さい」
と言うことで揃ったのはいつもの四人である。
「ってわけだけど…………どうすんの」
「アイデア出してと言われても」
「急には出ないですよね…………」
「…………」
(取りあえず文化祭の催し物と考えた方がいいか。文化祭の定番…………定番…………)
中学生の頃の出し物を思い出す。といっても洋斗はイベントにほとんど参加していないため内容は朧気だが、そのインパクト故か、ある出し物が口からこぼれた。
「…………メイド喫茶とか?」
「「「めいど……キッサ?」」」
洋斗に一斉に向けられる6つの瞳、そこにこもった好奇心の塊に洋斗は狼狽えた。
「い、いや!別に俺がやりたいとかじゃなくて…………!」
「ねぇ、その、めいドキッサって何?」
…………………え?そこから?
「いや、別に大したもんじゃな「私も気になります!教えて下さい!」
しまった。墓穴を掘った。完全に地雷を踏んだ。
そもそも、まさかこの世界の日本にメイド喫茶という概念がないとは思いもよらないし、そこに純粋な好奇心で詰め寄られると断る理由が見つからない。
「えーと、メイド喫茶ってのは、メイドさんがウェイトレスをやってる喫茶店で、お客さんがそのメイドのご主人っていう体で話が進むんだ」
(メイド喫茶ってこんなに説明が難しいものだったか?なんだか背中がむず痒い!)
「ふーん、で、一体それの何がいいのよ?」
「え!?えーと…………」
……………まずい。率直に言って洋斗自身そのテの人間ではないので、メイド喫茶の良さは全く分からない。もっとも、本人としてはこのままボツになってくれる方がありがたいんだが、いろんな意味で。
「そうです!うちの叔父様に聞いたら何か分かるかもしれません!」
ポン!と手を打って、ユリアが(不要な)助け舟を出した。
「叔父様って、ゴードンさん!?確かに立場的には似たようなもんだけど…………」
「いいねそれ!」
「折角だからユリアの家で遊んじゃいましょうよ!」
駄目だ。この流れを止めようと試行錯誤している間にさらに加速してしまう。
この流れは、もう止められない。
「なんだか時間がかかってしまいそうなので、先に代表者から決めましょう。皆さん一度席に戻ってください」
頭を抱えていたら橘先生が一度時間を区切ってくれたようだ。これで話を有耶無耶にできればいいのだが。
「と言っても、順位付きの実技演習みたいなものなので、誰がやってもかまいません。まあ、なんだかんだで毎年本気になるんですけどね…………」
「あの…………」
芦屋がおずおずと手を挙げる。
「その対抗戦のルールはどうなっているんですか?」
「そういえば説明がまだですね。説明します」
そういって橘先生は黒板に小さな丸を四つ書いた。
「まず一クラスの代表者は4人。各クラスの中から代表者4人を出します」
小さな4つの丸のそばにAと書いて、それを囲めるくらいの丸をもう3つ書いた。その中にB、C、Dを書き加える。同じようなグループが4つあるということだろう。実際、一年のクラスはA〜Dの四つだ。
「そして、代表者16人が一つのステージの中で戦って、残ったのが一クラスになった時点で終了、そのクラスが優勝という訳です」
「ま、待ってください!16人で戦うのは危険では!?」
「それもだけど、16人が総当たりで思う存分戦える場所なんてどこにあるのよ!?」
ユリアと鈴麗が反応する。
確かにそうだ。16人が同時に戦えるような場所なんてあるわけ無い。そして何より、それはあまりに危険すぎる。なぜならそれは、人に対して能力を放つと言うことだからだ。校舎に侵入してきたあの男達のように…………。
だが、俺たちのそんな不安を他所に、先生はいつものおっとりした笑顔のままだった。
「それについてはこれから説明します。ついてきてください」
「なんですかこれ?」
場所は変わって、一年校舎の能力講習棟。そこには見慣れない物が置かれていた。見た目はゴテゴテの酸素カプセル、と言ったところだろうか。人が入ると思われるところから配線のようなものが何本も伸びていて、それを辿った先は上に浮かぶ黒い立方体に繋がっていた。
「ユリアさん、ここに入ってみますか?」
「え!?あ、はい!」
先生が横のスイッチを押すとガラスで出来た透明な上半分が上に開いて、指名を受けたユリアが中に寝転ぶ。先生がスイッチを押すと上半分が静かに閉まった。
「これは中に入った人のコピーを別の仮想空間に創り出すものです。まずこの中で入った人の身体構造から生命力量、能力噴出点、身体機能まで全てを写し取ります。それをケーブルを通してあの立方体『キューブ』に移してその中に『縮小化したコピー』をつくって、それらがあの中で戦うのです。直にあの中の映像が映し出されると思います」
程なくしてキューブから キュゥーンと言う音と共に青く光り始めた。それはさながら体の中を血液が流れ始めたみたいだ。そこから、どこかの映像が映し出された。
それは───。
『わぁ、チョウチョもとんでますー』
「「「……………………………………」」」
無邪気に草原をスキップするユリアだった。
「…………えっと、聞こえますか?」
『わひゃッ!?せ、先生?どこですか?』
チョウチョを追いかけていたユリアが立ち止まってキョロキョロし始める。どうやら先生が持っているマイクで中の人と通信できるようだ。
「ええと、詳しい話は後ほど話しますが、そうですね…………ユリアさん、今銃を持っていますか?」
『え?はい、ここに』
ユリアはスカートのポケットから以前見せてくれた銃を出してみせる。
「では、まずその銃でそこにいる怪物を撃ってください」
『か、怪物って…………!!?』
先生が手元のスイッチを押すと、画面内のユリアの前に巨大ゴリラ(?)が現れた!
『ヴオオオォォォォォォォォ!!』
『キャァァァァァァァァァァ!!』
ゴリラの咆哮を前にユリアは絶叫を挙げ、一心不乱に銃を乱射した。射撃しながら目瞑ってしまっているあたりに、その時の恐怖を察してあげてほしい。
しばらく撃ちまくっていると、まるで観念したように苦悶の鳴き声を上げてゴリラが消えた。
『はぁ…………はぁ…………な、なんですか、今のは!?』
「今のは仮想の敵です。偽物の世界なのでそういうことも出来るのですよ。では次に…………」
次に現れたのは───
「それにヤられて下さい」
さっきの何倍も巨大なゴリラ(?)だった。
『や、ヤられるって、え!?』
「はい、そのまま無抵抗で攻撃されて下さい」
「大丈夫なんですか?」
「この仮想空間では先ほどコピーした身体機能などから算出した『致死ダメージ量』というものが設定されています。それに達するダメージが蓄積されたときにゲームオーバー、つまり仮想空間からの強制退室となります。まぁ見ていてください」
先生に促されて画面を見ると、ゴリラのパンチがユリアに直撃したところだった。やがてその姿は透けるように画面から消え、そしてそれからわずかも経たないうちにカプセルの中から、ガツン!と何かがぶつかる音がした。先生がスイッチを押すと再びカプセルの上半分が開き、ガバァッ!と勢いをつけてユリアが起き上がった。先ほどの音はカプセルの蓋に頭をぶつけた音なのだろう、ユリアのおでこが真っ赤になっている。
「とまあ、こんな感じです」
「どどどういうことですか!?何だったんですか今のってそもそも一体私のおでこが痛いのどうなってるんですかあぁぁぁぁ!!??」
「ユリアさんには後で話しますね。とにかく、これで場所の面も安全の面も大丈夫という訳です」
そんな説明が終わったところで授業の終了を伝えるチャイムが鳴った。
「どうしてこうなった」
今は放課後。
結局のところ、メイド喫茶ってのを見に行こう!という流れを誰も忘れておらず、ユリアの家に遊びに行くことになってしまった。
「ようするに、ユリアの執事さんにそのめいドキッサってのをやってもらえばいいのよね?」
「でも、叔父様はめいドキッサを知っているのでしょうか?」
「まぁ…………その時は俺が教えて、やってもらうから…………」
そんな話をしていたら、ユリアのお屋敷に着いてしまった。
「そ、そうだ。先に俺が行って知ってるか聞いてくる」
俺は渾身の言い訳を残して先に屋敷に入った。
「おや、今日はおひとりでお帰りですか?」
中にはいると、いつものハスキーボイスなゴードンさんが待ち受けていた。
「い、いえそれがですね…………」
ひとまず事の経緯を打ち明ける。
「───という訳なんです」
「なるほど…………ですが、残念ながら私はそのめいドキッサと言うものを知りません」
「なら、とりあえず大体のことは教えますから、実際に店員をやってみてほしいんです。それと…………あ、セリカさん!」
「? どうかされましたか、洋斗様?」
セリカさんというのは、ユリアが家を与えた人の一人で、この人もかつては路頭に迷っていた人たちである。今となってはそんな頃があったことなど微塵も感じさせないほど容姿も綺麗で礼儀作法がとてもきちんとしている、いわゆる、現役のメイドさんである。
「セリカさんにもお願いできますか?」
「??」
~~~~~~~~~~~~~~~
「……………やけに長いわね」
ユリア、芦屋、鈴麗は洋斗が屋敷に入っている間、大体15分くらいずっと立ち往生を食らっていた。
「知らなかったら教えるって言ってたし、多分それなんじゃないかな?」
「なんで私ここで待ってるんでしょう、一応ここ私のうちなのに……………あ!来ましたよ!」
三人が愚痴をこぼしていると、大きな扉が開いて洋斗が出てきた。
「ごめん待たせた」
「もうっ!何やってたのよ!」
「ユリアが思ってたとおり、ゴードンさんもメイド喫茶を知らなかったから教えてたんだ。けど、早速やってもらえるようになった。それで……………」
「「「?」」」
「訳あって男女別で入ることになるけど…………良いよな?」
「まあ、それは別に構わないけど」
「そうね、特に気にすることでもないし」
「それもそうだよな。じゃあまず女子が入ってくれ。といっとも、ユリアにはあまり特別なものではないと思うけど…………」
「分かったわ。行こ、ユリア!」
「は、はいっ!」
ユリア、鈴麗は屋敷の中に入っていった。
ー20分後ー
「あ、出てきたよ?」
「なんか様子が変だな…………」
洋斗と芦屋後しばらく談笑していると、ユリアと鈴麗が出てきた。
出てきたのだが……………。
「…………お嬢様…………エヘヘ」
なにやら鈴麗の様子が変だ。
「ユリア、鈴麗はどうしたんだ?」
洋斗は思わず横にいたユリアに問いかける。ユリアは当惑混じりの笑顔のまま答えた。
「えっと、屋敷に入ったときからずっとこんな調子でニヤけてまして…………」
「いやね、『姫』って呼ばれたことはあっても『お嬢様』なんて呼ばれ方したの初めてだからさー、その……………ヘヘヘ」
(…………だめだ、『お嬢様』ってワードに完全に骨抜きにされてる)
「じ、じゃあ次は俺たちが行くから…………鈴麗は任せた。にしても、お前『姫』なんて呼ばれてたのか?」
「え?あ!いや…………そう!うちの親っていろいろとオーバーに言う癖があるから!きっと『姫みたいにかわいい我が子』みたいな意味合いだと思うよ!あはは…………」
「ふぅん…………」
そうして洋斗と芦屋は屋敷の中に入っていった。
ー30分後ー
「「…………………」」
二人が出てきた。二人とも何だかボーッとしながらブツブツと話している。
「何というか、思ったほど悪い気はしなかったな…………」
「そうだね、わくわくしていた自分がいたよ……………」
そこに鈴麗とユリアが加わる。悶々とした空気を漂わせた4人が揃って顔を突き合わせる。
「こ、これは…………もしや妙案だったんじゃないの?」
「よく分かりませんが、これはこれでよいのではと思います…………」
「……………決まりね」
メイドと主人、という未知の体験ですっかり思考回路が麻痺していた3人は、大事な事を見落としていた。
果たして、それに最初に気づいたのはやはり聡明な芦屋だった。
「…………いや、ちょっと待って」
「「「?」」」
「そもそも僕たちって、店員側だよね?」
「「「……………………………………あ」」」
そう。
自分たちはあくまで出し物を出す側、すなわちこのサービスを受けることはできないのである。
それに気付くことを予見していたかのように、4人のところに声が投げられた。
「折角なので、私達がご指導しましょう」
その声は、玄関を出てきたゴートンさんだった。後ろにはメイト姿のままのセリカさんもいた。
「私たちに出来ることがあれば、何でも協力しますよ」
「決まり、だな………」
次の日。
クラスのみんなにメイド喫茶を提出したところ意外にもウケが良く、そのまま出し物に決定してしまった。
「次に、クラスの代表決めですけど、立候補はいますか?」
………………………
(まあいないよな、そりゃ………)
クラスの代表者、なんて大仰なものに自分から名乗り出るのは余程の自信家だろう。あとはくじ引きにでもなるだろうか、と考えながら洋斗は机に突っ伏す。
だが。
「……………は、はい」
そんな洋斗をよく聞き慣れた声が叩き起こした。
声の主をみると、ユリアが小さく右手を挙げていた。
突っ伏していた上半身が反射的に跳ね起きた。どうやら橘先生も気持ちは同じようで、控えめながら問いかけた。
「あ、あの、ユリアさん?」
「私、出たいです、クラス対抗戦」
「えっと、いいんですか?」
「はいっ!良ければ、ですけど………」
「そうですか…………なら、代表者の一人はユリアさんで決定ですね!他に立候補はいませんか?」
先生の呼びかけに対してざわめき以外の反応を返す生徒はいなかった。この展開は橘先生自身も予想していたようで、長い時間ズルズルと待つようなことはせずにこう言った。
「なら残りは、クラスの成績上位の、光 鈴麗さん、芦屋 道行さん、桐崎 洋斗さん、ということにします」
(………………え、俺?)
すっかり眠りにつく流れになっていた洋斗は、再び上半身を跳ね起こすこととなった。
バァン!!
教室に机を叩く音が響いた。
「一体どーなってんのよッ!?」
「ま、まあ落ち着いてよ。大体なんで怒ってるの?」
今は昼休み。一つの机を囲む仲良し四人組の一角、鈴麗が両手で机を叩いている。
「んんん……………よく分かんない!そんな事よりユリア!!」
「は、はいっ!?」
「こんなイベントに名乗りあげるなんて珍しいじゃない。能力も使えないのに、一体どういう事?」
「待ってください!順を追って説明しますから………」
あわあわ、という感じで慌てて威嚇する犬のような鈴麗をなだめる。見ててちょっとおもしろかったりする。
「実はですね、今私が持ってるこの銃ですが、まだ私のものというわけではないんです」
「え、そうなの?」
すっかり怒気が抜けて目を点にした鈴麗にユリアは小さく頷いた。
「この銃はまだ『借り物』でして、この銃を頂くためにはこの対抗戦で最低一勝するように、という約束をしたんです」
「誰にだ?」
「坂華木先生です。これを紹介されたときに言われたんです。『一勝でもしたらこの銃を学校からあなたに贈呈するわ。けど、対抗戦に参加しなかったり、一勝出来なかったりしたら、高校三年間の間ずっと私の専属メイドにするから。いいじゃない!ちょうどクラスでやるんでしょ、メ・イ・ド』という感じです。銃は存在自体が貴重なので、学校側から購入できるほど安くないみたいでして……………」
「なるほど、あの先生中々回りくどい事するわね…………で、もう一つ、なんで洋斗まで代表になってんの?」
「そればっかりは本当に知らない!まさか夏休みの練習がこんなに成果でるとは思ってなかったんだ!」
大きなイベントの主役とも言えるメンバーに抜擢されてしまった洋斗。その先行きに、ただただ頭を垂れる他なかった。