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Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~  作者: ふろすと
来世編
57/61

18章-4:鬼神再臨

 





 ………正直なところ、桐崎洋斗は自分の状況がよく掴めていなかった。

「づ………………」

 土埃でうまく目が開けられない。

 すぐ横に拳大のコンクリート片が転がっている。動きを封じているのは瓦解した大型のコンクリートか。

 幸い身動(みじろ)ぎできる程度の隙間はある。偶然にもコンクリート片が積み上がる過程でできた空間に助けられたのかも知れない。この偶然が無ければ桐崎洋斗は今頃(ひと)の形を成していなかっただろう。

「    !      !!!」

 向こうで金の糸が揺れているのがぼんやりと見える。ただ、瓦礫の轟音で耳がイカれてしまったのか、そこから叫ばれているはずの声までは聞き取ることができなかった。

 金糸が近づく。

「ヒロ!ヒロぉ!!!待っててすぐ出すから!」

「だ、駄目だ()めろ由梨香………づぁ………ッ!!??」

 由梨香が洋斗の腕を掴み、瓦礫から引き抜こうと引張る。

 だが、出られない。

 コンクリートが肉まで食い込んでいるのか、足を動かそうとする度に(えぐ)るような激痛が走る。潰されていないのは救いだが、足を抜いて瓦礫の山から這い出ることは出来そうもなかった。

「止めろ!頼むから止めてくれ!!」

「でも!ど、どうしたら………」

「早く、逃げろ………ッ!」

「っ………」

 由梨香の瞳に涙が滲む。

 それを拭う余力すら、洋斗には無い。

 土埃で息を吸うのもままならない中、洋斗は声を荒げる。

「このままじゃアイツが来る………二人まとめて爆破されるくらいなら由梨香はグラウンドに行ってみんなに伝えるんだ、『グラウンドでも危ない、今すぐ校外に逃げないと』って………!」

 こんな状況で由梨香が誰かを放って逃げることなど出来ない事くらい、洋斗には分かっている。

 それでも、由梨香が巻き添えに遭うことだけは絶対に有ってはならない。それこそ洋斗が死力を尽くす意義そのものなのだから。

「でも………そんなの………………!」

 由梨香は、動けなかった。

 こんな状況だけど、それでも自分に出来ることがきっとあるはず。

 ───そう、思いたかった。

 何かに(すが)るように手を洋斗へと伸ばすが、何も掴めない。何にも触れることはない。

 起死回生の天啓など、都合良く降ってくることはなかった。

 自分がここに在る意味が、泡のように消える。

 残るのは『早くグラウンドに逃げてみんなに逃げるように伝えるべき』という、残酷なまでに正しい答えのみだった。


「………………………………………………………助け、呼んでくるから」

 罪悪感の沼から身体を強引に引き剥がす。

 覚束(おぼつか)ない足を動かし、ふらふらとグラウンドへと進んでいく。

 瓦礫に捉えられた洋斗を残して。


「ようやく、動きを止めたかね?」

 進んだ歩数が4歩くらいのところか。

 その男は校舎の3階、本来階段があるはずの部分から洋斗を見下ろしていた。

 由梨香はまだ爆発の届く範囲にいる。

「柄にもなく随分手荒なことをさせてもらったが、おかげで手早く済むというものだよ」

 爆弾魔がガラガラと引きずっているのは、黒板の前で教員が使う教卓だった。それを校舎の断面手前に置く。爆弾魔ががんと一回蹴り飛ばせば、そのまま瓦礫へと落とせる位置だ。

 爆破の威力が何に起因するかは分からない。

 対象に触れた時間なのか、対象の質量なのか、あるいはそれ以外の何か。

 それらの理屈以前に、洋斗の直感が訴えていた。

 ───この爆発はチョークや箒の比ではない、と。

「由梨香逃げろ!早く!!!」

 洋斗が叫ぶ。

 それでもなお、由梨香の足は重い。

「任務達成、といったところか」

 宣告は机を蹴る音とともに告げられた。

 がんっ、と蹴り飛ばされた教卓は、あまりに呆気なく校舎の縁から落下する。

 ───為す術など無かった。

 瓦礫に縫い止められた洋斗は宣告を前にただ歯を食いしばり、目を閉じた。

 最早逃げる力すら失った由梨香は諦観を持って、落下の様を見上げる他無かった。








 故に、由梨香は見た。


 ギュがッッッ!!!!!!、と。

 落下の最中、教卓が『金色の閃光』に貫かれる瞬間を。








「………………………………………………………………………………………………………………………………………え」

 貫かれ、遠くの駐車場で爆発した教卓。

 爆風に煽られ金の髪が荒くなびく。

 おかげで命が繋がった事にも気づかず、それでも由梨香の瞳は空中のある一点を向いて離れなかった。


 その一点───金の閃光が到来した方には不思議なことに人の姿が在った。

 その人の背には薄く光る三対の羽がついていて、それと重なるように長い髪が広がっている。手に持っているのは銃、だろうか?洋画に出てくるような黒塗りの銃とは違う、海賊映画に出てくるような古い感じの銃だ。そして逆光の中でも目が光っているのかと思ったが、あれは中世や近代あたりの肖像写真で見る片側だけの眼鏡だった。

 ひと目見た瞬間から、妖精が飛んできたかと思ってしまうほど現実とかけ離れた、幻想的にすらも見える光景であった。

 とん………、と。

 同い年くらいの少女は、重力すら無視した軽やかさで彼の傍へと降り立った。





「だ、大丈夫です………か………………………」

 顎を地につけた洋斗の眼前に足を下ろした一人の少女。洋斗の顔を見るや、彼女の顔色が一変した。

 見るはずのないものを見た、驚きに満ちた彼女の表情。

 その口から、零れる。

()()()()………………?」

「………………………………え、あ………………………………?」

 そこには物理の法則すら超えた、ひとつの奇跡が在った。

 信じられない。

 根本的に有り得るはずがない。

 だが、見間違うはずもない。

 すらっと伸びた体躯、銃身が切り詰められたマスケット銃、整った顔立ち、薄く輝く三枚羽、天使の輪のように目元に浮かぶ片眼鏡、そして太陽よりも輝く金色の長い髪。

 能力の根源たる生命力を巧みに操る銃使いにして、天界の力を授かった努力の人。



 かつて苦楽を共にし、理解し合い、深く傷つけて手放した、大切な人。

 ユリア・セントヘレナの姿が、そこにあった。



 言葉が出なかった。

 伝えたい事が一気に喉元へと押し寄せた挙句、すっかり喉を詰まらせてしまった。

 まるで頭の中で何かのスイッチが切り替わったみたいだ。脳裏へ押し込んでいた数多の記憶が溢れ、頭のギアが目まぐるしく切り替わり、空転する。

 驚きのあまり涙の一滴も出てはくれない。

 ユリアも同じ気持ちなのだろうか、震える手で口元を押さえたまま動かない。ふたりが動かないまま沈黙だけが間に漂う。

 沈黙を破ったのは洋斗の足が訴える痛みだった。不意に上がる呻き声に、ユリアがはっとした様子で救出にかかる。

「今出しますから………えっと、隙間に弾を撃ち込んで瓦礫を持ち上げられれば………」

 パンっ!という乾いた音とともに銃口から金に光る玉が飛び出し、隙間へゆっくりと滑り込んでいく。たちまち、がら………がら………と瓦礫の奥から音が鳴り始めた。

 山が動き、形が変わっていく音だった。

「出られそう、ですか?」

「あ、あぁ。今なら………」

 足に食い込んでいた感覚が軽くなっていく。腕で地面を搔くように瓦礫から這い出る。

 出たタイミングを見計らい、その後支えを失った瓦礫が音を立てて再度崩れた。

「ひ、洋斗くん!足が………!」

「大丈夫、まだ動くからなんとかなる。けどなんでユリアが()()()にいるんだ?ていうかどうやって………?」

「それは………彼が、いるから───ですッ!!!」

 目線と同時に銃口を上に向け、二発。

 撃ち出された光弾はこちらへと投げられていたチョークを正確に撃ち抜いた。

 ボンっ!!、と。

 あらぬ方向で爆発したチョークに爆弾魔は怪訝な表現を(あらわ)にする。

「………私たちはあちらの世界で猛威を奮った死刑囚───真砂(まさご) 晴敏(はるとし)がこっちの世界に逃亡した可能性を探るために来ました。そしたら既に学校での爆発騒ぎが発生していた、というわけです」

「え………」

 その言葉に洋斗は目を見張る。

 彼が死刑囚だったという確信。

 真砂晴敏という爆弾魔の名前。

 この言葉で知り得た情報はいくつかあったが、洋斗が最も気にしたのは別の単語だった。

「私()()………?」

 ここにいるのはひとりではない。

 そして、ユリアと共にいる人たちなどあの二人以外に有り得なかった。

「いるわよ、当然!」

 別の声があった。

 向けた視線の先には、燃えるような橙の髪が揺れていた。言うまでもなく、横にはかつての『親友』も立っている。

 土属性の能力使いにして頭の切れる芦屋一門総長───芦屋 道行。

 火属性の槍使いである中華民国第一皇女───(スァン) 鈴麗(リンリー)

 こことは異なる世界でともに学び、共に苦楽を乗り越えてきた第七班の一員だった。

「相変わらず派手にやってるみたいね」

「まぁ洋斗なら能力無しでもそれなりに戦えそうだしね」

「鈴麗、芦屋!」

 ここにいるはずのなかった三人が目の前にいる。

 まさに世界線を超えた第七班再集結の時であった。


「あの人は私達で捕まえます。洋斗くんはあの子と安全な場所に行ってください!」

 ユリアが一歩前へ踏み出す。立ち姿ひとつ取っても前の世界にいた時以上の自信を感じ取ることができる。それに、教卓やチョークを撃ち抜いたときの反射神経や正確性も格段に上がっている。

 ユリアの成長を言動の端々に感じ取りつつ、洋斗は首をそっと横に振った。

「いいや」

「………へ?」

 ユリアの肩に手を置き、引き止める。

 洋斗が返した答えは───否定。

 その返答にユリアは目を剥いた。

「な、何を言ってるんですか!?いくら洋斗くんでも能力が使えないのにこれ以上戦っては………!」

 そもそもの話として、洋斗がここまで生きられていること自体が異常だったのだ。相当の身体能力があるとはいえ、これまでの経験が無ければとうの昔に燃え尽きている。

 それらの事を認識の上、洋斗はユリアの前に立つ。

「多分ユリアを見た瞬間かな………何となくだけど感じたんだ。あの時と同じ何かを」


 洋斗は意識を体の内側に向ける。

『あの時』とは即ち、あの世界であの世界の法則を体が自覚した時。

 洋斗の胸中には、大きく確信めいたものがあった。


 あの時は相手の能力だったが、今回の鍵は彼女───ユリア・セントヘレナとの邂逅だ。


「今の俺なら、使える(・・・)

 体内に意識を集中させる。

 深く、深く。

 泥の奥底に見を落とすように、心の奥の方へと沈める。

 奥へと落ちたその底に、煌々と(ほとばし)る何かを見た。

 ………………………………………………。

 思わずほくそ笑んでしまう。

 童心に帰った時の高揚感が胸の内から湧いてくるようだった。


 弾けるような光を放つそれ掴み、全力で引き抜く───。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






 それは同時に、世界の法則が崩壊した瞬間でもあった。





 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 瞬間、彼を中心に衝撃が放たれた。

「きゃ、ッ!!」

 あまりの衝撃に顔を背け、暴風が収まるまで堪える。衝撃の収縮を見計らって顔を上げた由梨香は、その光景に言葉を失った。

 由梨香の眼前に走るのは───雷。

 目が霞むほどの鮮烈な雷電が、間違いなく洋斗の身体の内側から弾け出ていた。

 荒々しく光を放つその姿に、思わず声が漏れる。

「ひ、ヒロ………それ………」

「ごめん由梨香、後で全部話す。だから離れててくれ」

 洋斗は由梨香の横にいたふたりの元へと歩み寄る。

「芦屋、鈴麗。悪いけど、由梨香を頼む」

「ゆりか………その子のことね。分かったわ」

「やれるの、その足で?他にも色々傷ついてるみたいだけど」

 そう言われて、自分の足を見やる。(くるぶし)のあたりの肉が(えぐ)れ、だらだらと血が溢れていた。不思議なことに、見た目ほどの痛みは感じなかった。

「やる。ここでけじめを着ける」

(………『やれる』じゃなくて『やる』、か)

 芦屋は呆れたようにそっと息を吐いた。

「助けが遅れても知らないからね?」

「助けなんているかよ。今更あんなやつに」

「………………しょうがないな」

「手出さないであげるからさっさと仕留めちゃいなさい。殺さないでよ?」

「分かってるって」

 彼らは会話の最中に柔和な笑みまで見せている。その様子には余裕すら滲んでいて、お互いが信頼しあっているようにも見えた。

「………それじゃ、行ってくる」

 由梨香の方を一瞥しながら、瓦礫の山を蹴って跳んだ───瓦礫を割りそうな音を立て、爆弾魔がいる3階へと。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 跳躍の余波に、由梨香は顔を覆う。

 それは本来、人間の力では許されないはずの膂力のはず。なぜそれを洋斗が成しているのだろう?

 由梨香の中に蔓延る底知れぬ不安を察してなのか、横にいた同い年くらいの青年がこちらに笑顔を向けた。

 そう、こちらに向けたのは笑顔だったのだ。

「ええと………由梨香さんだったよね。そんなに張り詰めなくてももう大丈夫だよ。洋斗がああ言う時はヤるとこまでヤッちゃう………というかヤれちゃうからさ」

「え、えと………あなたたちは………?」

「ううん………何て言ったらいいか分からないんだけど、とりあえす洋斗の『友達』なのは間違いない、とは思ってるよ」

「そうそう!それはもちろん、私とそこで見上げてるヒトもね!あ、私は宣 鈴麗、これでも一国の第一皇女よ」

 青年の横にいた、これまた同い年くらいの女の子が腰に手を当てながら言い放つ。その姿に威厳すら滲ませる彼女に青年は冗談めかしく言う。

「こう見えても、ね」

「それ、どういう意味?」

「もっと上、『空の上にいそうな感じしてるのにな』って意味」

「なら良し」

「………………………………………」

 二人の掛け合いを、精神的に一歩引いた位置で見つめる由梨香。この二人には、なにか特別な『繋がり』のようなものを感じる。そんな睦まじくも思える一幕だった。

その二人に水を差すように、脳裏の率直な疑問が口を滑り出る。

「あ、あの………ヒロは、どうして………?」

「え………あぁそうだった。そもそも『こっち』には能力なんて無いって洋斗も言ってたなぁ」

 男の方───洋斗が『芦屋』と読んでいた方が困惑したように頭をかく。

「ごめんなさい由梨香さん、小難しい話はまたあとにしましょう。すごく長く込み入ってるから多分頭に入ってこないと思う」

「は、はぁ………」

「そうそう!こんな辛気臭いところで話すような事でもないわ。それに、どうせそう長くはかからないわよ」

 そう言って笑う───『鈴麗』と呼ばれていた、これまた同い年くらいの少女。脇に抱えた金の槍は少女の背丈ほどもあり、巻かれた赤い布の端が風に(なび)いている。

 このふたりからは取り巻く惨状に見合わぬ余裕すら感じられる。本当に大丈夫なんだろうか………と考えている由梨香のことを察したのか、女性の方が

「大丈夫よ。洋斗はあんなオッサン(ひね)るのくらい余裕でやってのけるわ」

 そう言って由梨香の肩を叩く。

 それでも不安を拭いきれず、洋斗が消えていった校舎の方を見やる。

 そこには───芦屋という青年に『ユリア』と呼ばれる少女が、由梨香と同じように校舎を見つめていた。




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