18章-2:端緒の爆音
〜12:13〜
そうして由梨香が起こしてくれた朝はとうに過ぎて、今は昼休みである。
洋斗は制服の上着を隅に脱ぎ捨て、垣内との約束通りバスケットをして遊んでいた。あくまでも有り合わせ、4対4の簡易版である。
「ほっ!」
相手の手を離れた茶色のボールは洋斗の前にいる人の手に収まった。確か元バスケ部だった、とか聞いたような気がする。その動きを見てもど素人ではないことは伝わってくる。
だん、だん………、と。
前傾で身構える洋斗と間合いを測るように、ドリブルをしながら詰め寄る元バスケ部。
「───ッ!!」
相手の体がブレる。フェイントを巧みに織り交ぜながら右に左にと体を揺さぶっていく。
しかし、振り切れない。
洋斗は持ち前の反射神経と瞬発力だけで元バスケ部の動きに食らいつく。
洋斗にはバスケットボールにおけるディフェンスの技術は無い。だから目まぐるしく動くボールに手を伸ばすことなく、相手を前に進ませないよう立ち塞がる事に全神経を注いでいる。
まるで合わせ鏡のように粘るディフェンスへの焦り、隙を見出だせない事への苛立ちからか。
「あっ………」
ドリブルしていたボールが足に当たり、あらぬ方へボールが転がった。
洋斗はすかさずそれを拾い上げる。
「チャンスや!行け!」
全員がオフェンスでゴール下に集まっていたため、相手の陣地には誰一人いなかった。
すかさずボールを突きながらゴール下まで走る。
上方にあるボードに付いた赤い輪っかに目線を合わせて跳び上がり、下を撫で上げるように放り投げたボールは───
がんッ、と。
ゴールの輪の真下にぶち当たって真後ろに跳ね返っていった。
「………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………」
「いや入らへんのかーーい!!!」
無残にもボールが転がる体育館に垣内の盛大なツッコミが木霊した。
「そこはカッコよく締めるとこちゃうんか!?完全に『あ、これ勝ったわ』てムード醸しとったやん!!」
「いや俺の中では入ってるから」
「ほんなら2点………なんてなると思うたんかアホ!」
かなりの運動神経を持つ洋斗だが、実のところ球技はそこまで得意ではない。例えば徒競走などの身体ひとつでやる競技となればかなりの実力を発揮できるのだが、その間に道具が挟まると身体がうまく連動しない。それがバットやラケットであれば差して問題はないが、それがボールになると身体との連動に綻びが生まれてしまう。
体が万全に動いても、それにボールを扱う手先の器用さが着いてこないのだ。
「いや普通に難しいってレイアップシュート。全然入らないし」
「なんやちぐはぐやなぁ………まぁそれがオモロいからえぇんやけど」
そうやって面白げに笑い合うお遊びプレイヤー一同。所詮は学生が昼休みにやるお遊戯、他の素人を置き去りにして越に浸るようなスーパープレイヤーなど端からお呼びではない。洋斗がこのお遊戯に参加できているのも運動神経と唐突なミスが織り成すちぐはぐさを面白がっての事だったりするが、当の本人はそこまで知る由もない。
「どうやらその辺のプレーセンスはあっちのほうが上のようやなぁ」
「あっち………?」
垣内の視線を追うと、その先は体育館を半分に割った反対側のバスケットコート───そこで同じようにバスケットを楽しむ女子たちだった。
恐らくメンバーを集めた張本人であろう巳島由梨香が金の髪をなびかせてコートを駆ける。後ろで縛った髪が尾を引いて、まさに駿馬のように相手を抜き去り───跳ぶ。
手からふわりと浮き上がったボールは綺麗な放物線を描き、赤い輪の中へと吸い込まれて落ちた。
「おぉ………」
思わず感嘆の息が漏れる。
それだけ様になった、綺麗なフォームだった。
笑顔でメンバーとハイタッチを交わす由梨香。そんな彼女を眺めていると、不意にこちらを向いた。
彼女の視線と自分の視線がピタリと重なる。
「いえーいっ!!」
由梨香は無邪気な子供のように、両の手でVサインを突き出してみせた。ご丁寧にも太陽よりも眩しい満面の笑顔も添えて。彼女の頬を伝う汗と金の髪が光を跳ね返し、快活な彼女を飾っていた。
「「………………………………………………」」
思春期真っ只中の男性諸君(彼氏含む)は、皆一様に我を忘れて呆けていた。
「………洋斗」
「………なんだ?」
「なんや、その………羨ましいわ」
「それはまぁ、気持ちはわかる。今のはさすがに可愛いって思った」
「………………バスケやるか」
「だな」
そう言って、垣内がボールを拾い上げた───まさにその時だった。
ドッッッ───!!!!、と。
大気が、震えた。
~~~~~~~~~~~~~~~
〜12:21〜
防犯対策の一環として、校門の前で監視をしていたひとりの教師がいた。
生徒の安全を守るための大事な役目だと分かっているものの、犯罪が起こった例はほとんど無いためつい欠伸が出てしまう。率直に言ってこの時間は授業で使うプリントの作成にあてたいのが本心である。
今後から監視の時はタブレットでも持ち込むか。あ、でも通信制限とかどうしよう。
───そんなことを考えていた。
ついこの時までは。
「………………ん?」
向かいの通りから男が歩いてくるのを見た。
歳は三十………いや、四十代か?女性で言うショートヘアくらいまで伸びたぼさぼさの長髪に無精髭を蓄えたやつれた顔。その様相だけでは年齢の判断が難しかった。体を左右に力なく揺らすその姿に、教師は不審感で目を細める。
特に目を引くのは男の腕。
男の腕は赤どころか橙に近い色になるまで変色していた。というかあれは変色なのだろうか。どちらかというと内側から淡く光っているような………?
「あの、すみませんが、来客であれば裏手の方からお願いします」
あくまでも中立の立場で声をかけるものの、どうも反応が薄い。というか、目は教師の方を向いているがうまく目が合わないのだ。
「あ、あの………」
そう伺いながら、自分の中での警戒レベルをそっと引き上げる。
「………………………………………ちかい」
注意深く観察していた教師の耳が、そんな呟きを聞き取った。
「………ここか。そうだな。あぁ、そうだろうな」
呟きながらも男の足は止まらない。力任せに男を止めるわけにもいかず、静止の声をかけながらも男に道を開けてしまう。
そうさせるだけの『淀み』のようなものが、男の姿にはあった。
「つまり、ここにいる。そのようだ」
校門の鉄柵に手が届く距離で、男の足が止まり、。
これ以上は───と、教師も見かねて男の肩に手を伸ばしたときだった。
「仕方ない。趣向には合わない。しかし、礼は尽くそう」
男の真っ赤な手がその鉄柵を掴んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~
「な、何や今の!?」
「お、おいあれ!」
体育館の窓に目を向けると、校門の方で空に向かって黒い煙が昇っているのが見えた。
「も、もしかしてホンマに学校に放火魔来よったんか!?」
「けど、そんなレベルの音じゃなかっただろ………」
爆発音も確かに聞こえたうえに、空気の揺れまで感じたのだ。これが単なる小火騒ぎのはずが無い。
「とりあえず校舎に逃げたほうがいい!急げ!」
校内の中でもこの体育館は校門に近い位置にある。外がどうなっているかは分からないけれど、まずはそこから離れるのが最優先だった。
垣内が、その一歩を踏み出したときだった。
ドンッッッッ!!、と大気を震わせて。
扉が内側に吹き飛んだ。
「………………は?」
走る火炎に、立ち込める黒煙。
「逃げろおおおお!!」
皆一斉に、蜘蛛を散らすように反対側の出口へ走った。
殿となった洋斗が扉を閉めようと取手に手をかける。
立ち込める煙の中を抜けて、体育館に入ってくるひとりの男を見た。
「………………………え」
その姿に、洋斗の目は大きく見開かれた。
「ヒロ!!」
扉が閉められる。
取手を掴んだまま固まっている洋斗の腕を、由梨香が引張ったのだ。
「何してるの!早く!!」
いまいち動きが鈍い洋斗の腕を掴んだまま、由梨香は体育館の出口ではなく館内の奥にある放送室だった。
館内での司会進行にはもちろん、文化祭のライブなどにも使えるような本格的な音響設備が整っている。そして、その設備は学校全体の放送設備と接続が可能で、体育館で行われている文化祭のライブを校内のスピーカーと繋いで全校に流す───といったこともできる。
生徒会の長として触る機会が多いのだろう。由梨香は機械に付いているボタンやらツマミやらを迅速な手付きで操っていき、マイクの電源を押し込んだ。
「校内の皆さん!放火魔が侵入し、現在体育館で火災を起こしています。校内にいる人は速やかにグラウンドに避難してください!繰り返します、校内にいる人は速やかに、グラウンドに避難してください!!」
校内全体に由梨香の鬼気迫る声が木霊する。この音声だけでは狼狽えるだけかも知れないが、校門に挙がっている煙を見れば放送が嘘かどうかは分かるはずだ。
由梨香の指がマイクの電源から離れた。
「これでよし!私達も逃げないと───
まさに、その瞬間だった。
「そこか」
ドッッ!!!!、と。
爆炎が放送室の窓を吹き飛ばした。
放送室から体育館の様子を見るための窓、その窓を突き破り火炎が室内を吹き荒らす。
「きゃっ!」
「由梨香!!」
洋斗が由梨香を押し倒すかたちで炎の直撃は避けたものの、温度差による風圧で入口付近まで転がされた。
轟々と炎が吹き出す窓を跨ぎ、先程の放火魔が中に踏み込む。
「今のはいい爆発だ………成程、君が桐崎、洋斗か」
「な、ん………?」
洋斗の額に、熱によるものとは違う別の汗が伝う。
目の前にいるこの放火魔は、自分の名前を知っている。しかもその口ぶりはまるで彼を探していたかのような………?
そして、異変はそれだけに留まらない。
放火魔の姿を間近で見た由梨香が思わず口を開く。
「腕が………?」
燃えているようだった。
手に持っている何かが、ではない。
───放火魔の腕そのものが赤く光っているのだ。
「お前、それ………………っ!!」
洋斗が抱くのは未知に対する恐怖ではない。
───知っている。
───桐崎洋斗は、この未知なる現象の事をよく知っている!
(俺が、狙われている………………のか?)
この時点で、洋斗の思考回路は別の冷静な方向へとシフトしていた。
どういう訳かはわからないが、この放火魔は各地を転々と燃やしながら洋斗を探し、この学校までたどり着いた。そしてこの部屋を容赦無く爆破した所からも対話を求めていないのは明白。
であれば逃げてはいられない。このまま出し抜いてグラウンドまで逃げても、全校生徒の所へ放火魔を連れて行くことになる。
方針は、逃避から抵抗へ。
自分は独り別方向に逃げて、コイツを引き離さなければ。
「由梨香」
「え………?」
「逃げるぞ」
小さく呟きながら床を蹴って走る───放火魔の方ではなく、横に置かれた消化器の方へ。
ビーチフラッグのような動きで半ば飛びつくように消化器のピンを抜き、放火魔に向けてトリガーを引く。ノズルから勢いよく白い煙を吹き出し、放火魔の姿を呑み込んだ。
「行け由梨香!早く!!」
「っ………………!!」
萎縮していた由梨香が、洋斗の発破を受けて入口を飛び出した。
そのままトリガーを引き続けるが、ものの10秒で噴出の勢いが落ちてしまう。空になった消化器を放火魔がいるであろう白煙の中に投げ、洋斗も追って放送室を抜け出した。
先に出ていた由梨香は出口のそばで待っていた。
「ヒロ!!早くグラウンドに!」
「いや、駄目だ!」
その言葉を耳にして、洋斗はただゆっくりと首を横に振る。
───他の学生を、そして何より由梨香を危険から遠ざけるために。
「俺は先に校舎回る。逃げ遅れがいないか見て回らないと………!」
「え………で、でも危ないよ。ひとりでなんて………」
こういう非常事態の中であっても、他人思いな由梨香の根幹は変わらない。この部分は先程真っ先に逃げずに避難誘導のために放送室へと走ったところにも垣間見える。
「ついさっき放送もしただろ。実際本当に煙も挙がってるし人数はそんなに多くはないと思う。走って教室を開けて回るだけだから音もそんなに大きくない。大丈夫だよ」
「………わかった、だったら私も校舎に行く!逃げ遅れた人を探すなら二手に別れよ!」
「………………………」
由梨香を引き離すための方便だったとはいえ、校舎全体の確認をひとりの足だけでするのはあまりに時間がかかりすぎる。ひとりで駆け回るくらいなら二人がかりで分担すれば倍速で済む。
そして何より。
その瞳に、桐崎洋斗をひとりで危険に晒させることを許さない、という想いが宿っていた。普段からは想像もつかない真剣な眼光の由梨香を、洋斗は頭ごなしにいなす事などできなかった。
背景には、洋斗が二年もの間この世界を離れ、幾多の危地に晒されていたことを伝え聞いた事があるだろう。こちらの世界でまであちらでのように命を賭ける事が無いように、洋斗がまた自分の前からいなくなってしまう事態を自分に出来る限りで避けるために考えを振り絞っているのがよく分かるのだ。
その意志までへし折ることは、洋斗には出来ない。
「分かった。じゃあ由梨香はあっち側を」
「ヒロはそっち側だね!分かったよ!」
由梨香の言うとおり二手に別れ、別々の校舎へと走り込んだ。
もちろんこれがベストではない。
だが、由梨香と洋斗の行動エリアを分断できることに変わりはない。
妥協のラインとしては十分だった。




