18章-1:創華の明朝
『
───続いてのニュースです。
昨日未明、京都府宮津市の住宅地でまたも不審火が発生しました。
昨日4月29日の午後8時20分頃、京都府宮津市の大手川近郊の家屋にて火災が発生している、と近隣住民の119番通報がありました。火は駆けつけた消防隊員によりおよそ30分ほどで消し止められました。家屋は空き家となっていたため負傷者はおらず、周囲への延焼は無かったとのことです。
先週から宮津市内ではこうした不審火が5件ほど相次いで発生しております。京都府警宮津警察署は同一犯による犯行を視野に入れて出火の原因を調べています。
(中略)
───えー、以上が本日のニュースとなってますけど、えー………………京都の方では火災が5件、立て続けに発生しているということなんですけれども、こちらどうも不審な点が多いということなんですね。
いかがですか笹野さん。
───そうですね。これまでの5件の火災なんですけど、すべて共通して火元が何なのか全く分かってないんですね。特に最後の火災………こちらのニュースの件では爆発火災が起こったようなんですが、空き家でしたのでガスの供給も無かった上にガスボンベも外されていたので、そうした火災は本来発生しないはずなんですよ。
そうした火災が短い間に何回も起こっているということですので、とにかくまずは火災の原因を知ることですよね。そうすれば犯人への糸口なんかも掴めるんじゃないかな、って思いますね。
』
〜2015.04.30〜
「あら、また火事になったのね」
「ホント多いな最近」
コメンテーターが映る画面を見ながら、桐崎洋斗は味噌汁をすする。その間にも、朝のテレビ番組は辛気臭いニュースコーナーから最近流行りのスイーツショップ特集に切り変わっていた。
「火事の場所もこっちにどんどん近づいているみたいね。早く捕まるといいのだけど」
食卓を挟んでいるのは育ての母、桐崎世良。ホウレンソウのおひたしを口に運ぶ彼女は、不安げな表情のままで画面いっぱいのチーズケーキを眺めていた。
「けど、聞いた感じまだ糸口も掴めてなさそうだし、このままだともう二、三回くらいは火事起こりそうじゃないか?」
「そうねぇ………なんとかならないものかしら。あ!桜餡のお饅頭ですって!美味しそうねぇ………」
世良の心は既に火中にあらず、東京にある老舗の新商品に目を輝かせていた。近くに桜が綺麗に咲く名所があるらしく、その花弁を白あんに混ぜ込む様子が流れている。
普段は常に一定の気品を纏い続けているうちの母親だが、実はかなりの和菓子好き。京都の老舗のほとんどに足を踏み入れており、気に入った店のメニューは大体口にしているらしい。テレビで紹介されたモノを気に入れば隙を見て県外まで足を運び、その銘菓を買いに行くほどだ。
ちなみに今回紹介されたお店は京都の北大路に流れる賀茂川の近く。今頃土日の間に買いに行く計画でもしているに違いない。
緩んだ顔でぼんやりとしている世良をよそに朝食を済ませ、学校の支度を始める。
教科書等々をカバンに詰めて居間に戻ると、大量の寝癖を携えた寝ぼすけクソ親父こと桐崎龍次がずるずると味噌汁をすすっていた。
「おう、起きたかくそ親父」
「朝からずいぶんな挨拶だな馬鹿息子よ。その元気があるうちに学校行きやがれ」
「はいはい。行ってくるよ母さん」
「えぇ、行ってらっしゃい」
そう言って洋斗は玄関を開ける。
近場とはいえ、所詮は画面を挟んだ対岸の火事。
ニュースの事は既に洋斗の頭の隅に追いやっていた。
通学路を過ぎて、下駄箱が立ち並ぶ創華高等学校の昇降口。その手前では登校した生徒の足を止め、その服装を確認する数人の学生の姿がある。
「あー………服装検査、今日だっけか」
新入生が入って間もないこの時期に服装検査を挟むことによって、新入生にとっては本校における服装規則の指導として、在校生としては春の陽気に緩んだ気を引き締める機会として活用するのが目的のようだ。
ちなみに、この服装検査はあくまでも抜き打ち。今日その日限りで服装を正されては意味が無いので、当然の処置といえる。
………ではなぜ高々いち生徒たる洋斗が抜き打ちの服装検査の存在を知っているのか?
答えは簡単。
教えてもらったのだ。現状全生徒中最高権力者たる某金髪の友人に。
およそ三日前の帰り道、意気揚々と口を滑らせてくれた。友人だからこその油断なのか、自分に服装の乱れは無いだろうという信頼なのかはわからない。たが洋斗としては制服を崩す意義も特に見出だせなかったため、その記憶を脳裏に捨て置いていたのだ。
───そして、検査をしている生徒の中でも一際目立つ当人の様子を見て、帰り道で話した内容も思い出した。
巳島由梨香は朝に弱い。
本人曰く、体内時計は合っているため寝坊することはないが、低血圧のためエンジンがかかるのがとにかく遅い。日頃から運動する人は血圧が低い傾向があるらしいが、彼女はその典型例であると言える。
そのことが本人としても気がかりだったようで、『早起きしなきゃいけないのが辛い』とか『起きられるか不安』とか、果ては『いっそ寝ないほうがいいんじゃないかな………』と虚ろな瞳で呟き始める始末。帰り道の間、辛うじて彼女の気持ちを前向きにさせた。
───の、だが。
そんな由梨香の現在、服装検査の様子を見つめる瞳は樹皮に空いた洞より深い虚無に堕ちていた。
「おはよう由梨香さん。清々しい朝だな」
自己流の皮肉も絡めてご挨拶申し上げる。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うん」
ゆっくりとこちらを向き、こちらに焦点を合わせたあと、やっと返事と呼べるかわからないほどの言葉を発した。
(これは………いつもより酷いな)
普段も大概だが、いつにも増して今日は特に反応が悪い。起きなければと気を張ったのか、今朝は普段に輪をかけて血の巡りが悪かったようだ。
「………ねぇヒロ」
「どうした?」
「朝って、なんであるのかな?」
朝っぱらからすごいことを言い始めた。
「そりゃ地球が回ってるからだろ?」
「………つまり地球の自転さえ止めてしまえば、朝はこの世から消えて無くなるわけだねなるほど」
「やめとけ。下らん理由で宇宙にケンカ売るんじゃない」
朝への恨み辛みが由梨香の瞳に揺らぐ。下手したらNASAとかに乗り込みかねないほどの鬼気迫る何かを感じ、洋斗は割と真剣になだめておいた。
そこで、二人の様子を由梨香の隣で聞いていた女の子が「そういえば………」とわざとらしく呟いた。
「地軸の傾きとかで夜が来ないところがあるよね。確か『白夜』とかいうの」
「どこなのそこは!?」
「北極」
「北極」
一度由梨香の全身に活力が戻ったのも束の間、その輝きは一瞬にして凍りついた。
「………そこ、朝どころか希望も未来も無いよね?」
「さすがにそこまでじゃなかったんだね。喜んで旅行計画とか立て始めなくてよかったよ………」
呆れ顔で安堵のため息をついた彼女は、由梨香の一番の親友であるマリちんこと菅野 麻理。彼女の扱いをよく知っている人間の一人であり、奔放な彼女の一歩後ろで困ったように笑っている苦労人である。
「ほらほら、太陽に噛み付く暇があったら服装検査しないとだよ。急がないと列ができちゃう」
「えー、『ミンナカワイイネ』でいいじゃん」
「そんなコト言ってないで………副会長の私まで怒られちゃうんだから。ほらお気を確かに」
「んむー。しょうがないなもー」
親友にして副会長のマリちんに背中を押され、嫌々服装検査に戻るぐーたら生徒会長。あくまで笑顔のままでマリちんの顔がこちらに振り向く。
「そういうワケだから、彼女さんもう少しお借りするね、桐崎君」
「おう、気にせずこき使ってくれ」
「いけず」
「じゃあな会長。がんばれよ」
連行される由梨香に朝の別れを告げ、洋斗は教室へと向かう。
ここ創華高等学校は全校生徒が約450人いる。
自分がいる学年は普通科3-1〜3-4、国際科3-5までの全5クラスで、クラスひとつに30人前後の生徒がいる。至って普通の学校だ。
───強いて言うならクラスと言わず学校全体に外国の学生が目立つくらいだろうか。国際科なるものがある事からもわかる通り、この学校はグローバルな学習に力を入れているから外国人の多さも当然と言える。ちなみに国際科で具体的に何をしているかは洋斗もよく分かっていなかったりする。
自分のクラスは3-2で、特に代わり映えのない普通の学級である。その扉を開け、いつも通りの賑やかな教室へと入り込んでいく。そこから窓際の席へと向かう途中、洋斗はひとりのクラスメイトに声をかけられる。
「よーヒロ。なんか今日早ない?」
「朝早くから由梨香が忙しいから様子でも見ようと思ってな」
「さすが彼氏」
「うっせ」
「で、どないやったん、会長サマのご様子は?」
「太陽を恨むあまり北極への移住を提案されてた」
「全く意味分からへんけど、朝モードの会長ならマジで行きそうで怖いな」
「そう思ったけど流石に踏みとどまった。というか北極の恐ろしさを理解してた」
「当たり前や、全身コチコチなるっちゅうに」
そう言ってケラケラ笑う彼の名前は垣内 亮輔。言葉の言い回しからもわかる通りコテコテの大阪生まれで、三年前にこのあたりに越してきたのだそう。その大阪の県民性をしっかり引き継いでいるらしく、そのノリの良さはコミュニケーション能力の塊たる由梨香にも匹敵する。そのファーストコンタクトも中学の時の由梨香とほぼ同じようなもので、自分は陽気なキャラが絡みたくなる何かをまとっているんだろうかと少々心配になったのを覚えている。
洋斗が窓際にある自分の席に座ると垣内はその前の席に跨り、背もたれの上に腕を組んで顎を乗せた。
「そういやあさ、また出たんやってな。放火魔」
「確か5件目とかだっけ?」
「せや。いやー怖いわー」
「………『学校に火でも着けてくれたら休みになるのに』?」
「………………顔に出とった?」
「悪巧みしてるやつの顔してた」
「こりゃ悪いこと出来ひんね。善良な市民として生きていくとここに宣言しよう」
「殊勝な心がけだな。でもどんどん場所は近づいてるみたいだし、全く無い話でもなさそうだけど」
「ココやなくても周りで放火続きとなればどのみち通学なんてさせられへんやろ?そうなれば───」
「顔ゲスくなってんぞ」
「こりゃ失敬」
顔をむにむにとしながら健全な学生モードの表情へと戻していく。その最中、垣内を呼ぶ声が教室の入口から聞こえてくる。確か隣のクラスのバスケ友達だ。
「いやー人気者は辛いわ………そや!今日バスケやるん?」
「おう。やるやる」
「よっしゃ!ほなまたね」
「はいよ」
教室から出ていく垣内を見送り、洋斗はゆっくりひと息つく。そのまま授業開始までゆっくりしてよう───そう考えて、机に腕を組んで顔を埋めた。
特に起きる時間は考えなくてもいいだろう。きっと業務終わりで朝モードから復活した由梨香が起こしてくれるはずだ。




