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Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~  作者: ふろすと
現世編
5/61

4章-1:男と女の逃避行

 

 ー2012.06.14ー


 フォートレス能力専門高等学校に入学してから早二ヶ月が経った。他の生徒が着実に能力を開花させていく中、未だに発芽すらしない者二人が、とぼとぼと廊下を歩いていた。


「いつまで経っても使えないな、能力」

「そうですね。どうしてなんでしょうか?」


 一組の男女は揃って首を傾げる。

 ちなみに、その件の二人、桐崎洋斗とユリア・セントヘレナのこれまでを話しておくと、桐崎洋斗は能力は相も変わらずからっきしだが、元の世界で散々身体を鍛えられていたこととまだ授業の序盤であることから、実は持ち前の身体能力で何かと乗り切れていたりする。

 また、能力専門高等学校と言っても国語や数学などの普通の授業やら能力抜きの体育やらはちゃんと存在する。桐崎洋斗においては能力以外の分野(特に体育)で十分過ぎる好成績を残しているため、特別浮いた存在にはならないよう過ごせている。無論異世界人である事も隠しきれている。


 一方、ユリアは能力は上に同じだが、さらに運動もさして得意なわけではない上に普通の授業でも成績は奮わない。特に体育では、たびたび現れるあざといミスから『最早わざとやってるだろあれ』という説まで流れ始めている。もっとも当の本人は至って真剣かつ精一杯なのでそんな事は知る由も無いのだが…………。

 芦屋、鈴麗といった他の生徒はもうすでに能力のコントロール練習に入っているため、二人は内心かなり焦っている。このままでは最悪夏休みが丸々補修でつぶれかねないからだ。なので時々、すっかり仲良くなった芦屋や鈴麗に見てもらいながら居残り練習をしているのだが、二人そろって実を結ぶ気配がないため、鈴麗には呆れられ、あの芦屋までため息を吐く始末である。


 今は国語の授業で、一番後ろの席で頬杖をつきながら橘先生の授業をボーッと聞いていた。ふと隣の席の芦屋に小声でつぶやく。


「そういえば、橘さんが教科書持ってきてるとこ、見たこと無いよな」

「僕もずっと思ってたんだよ、いつ持ってくるんだろう?って」

「もしかして、本当に全部丸暗記してたりして…………」

「ま、まさかそん「そこの二人〜そろそろ授業に集中しましょうね?」

「「はい…………」」

「じゃあ次の人、24行目の『そんな私にも』の所から読んで下さい」


 そう、橘先生はいつも生徒に配布するプリント類しか持ってきておらず、教科書を持ってこない。にも関わらず普通に授業は進行しているので、クラスでは『橘・教科書丸暗記疑惑』が流れていたりする。

 ───ここから先は筆談である。


『でも、入学式の時あの人受付やってたけどさ、動きに迷いがなかったし、名前聞いただけで袋と座席を一瞬で把握するとか、普通の人じゃ無理だろ?』

『そういわれると確かにそうだね。なんだか信ぴょう性が増してきた』


 そこについてはまた別の話。

 今日も何事もなく平穏な時間が流れていく、


 能力は使えるようになるのだろうか?

 というか、無事に学園生活を乗り切れるだろうか?


 そんな事を考えながら…………。



 ~~~~~~~~~~~~~~~



「兄貴!例の『ターゲット』の大まかな生活パターンの把握に成功しました!」


 薄暗い部屋の中に、やや細身の男達と椅子に腰掛けたガタイのいい男がいる。建物自体は古いのか、天井の隙間から漏れてくるわずかな光が辛うじて男達を浮かび上がらせている。


「ああ、ご苦労だった、と言ってもお前が誘拐に失敗しなきゃ不要な仕事だったんだがな」

「もう掘り返さないで下さいよ!てか、ホントに『木の中から人が飛んできた』んですから!」

(また始まった)(んなわけあるかっつーの)

「聞こえってるっつーの!てかマジだって!」

「そんな事はどうだっていい。失敗したのは変わらねぇ。それに───」


 男は一層語気を強めて言った。


「───『依頼人』もご立腹だ、次はねぇぞ」


「「!?」」


 どうやら部下達もただならぬ雰囲気を察したようだ。


「そーゆー訳だ。今回は舞台が舞台だからな、総動員で行くぞ。各隊員に連絡しろ」

「「はいッ!!」」


 こうして部下達は蜘蛛の子を散らしたように解散していく。その様子を見ながら、トップとおぼしき男は



「残飯処理だ、折角だから盛大に食い荒らしてやる」



 小さく、呟いた。

 机の上に放られた書類には、金髪の女性の写真が挟まれていた。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ───平穏な学園生活が、あまりにも唐突に破られた。




 ー2014.06.17ー


 洋斗達は社会の授業を受けている。先生は先ほどと変わらず橘先生だ。橘先生は先程の国語の授業から教室を出ていないため相変わらず教科書は無しだ。ホント何者なんだあの人は……………。

 そんな事を考えていた。


 バガァン!!と

 何かが壁をぶち破るような音が鼓膜を打つまでは。


 この音は授業を中断させ、室内を騒然とさせるには十分だった。


「お、おい、なんだよ今の?」

「何?爆発!?」


 場をなだめる橘先生の声も空しく、生徒達は自然と窓際に集まっていく。

 窓の外を見ると、あの城門に等しい強固な門戸が外から吹き飛ばされ、ぽっかり開いた穴から黒塗りのトラックが何台も進入してくるのが見えた。さっきの音は門の柵を門ごとトラックで突き破った音だったのだ。


「な、何がどうなってんのよ!大丈夫なの!?」


 鈴麗が叫ぶ。芦屋とユリアは言葉も出ず、といったところか。


「み、みんな!あれは不審者です!体育館に非難し「聞こえるかぁァァ!!」


 先生の声を遮るように、大きな声が響く。がたいのいい男がメガホンを持って何か叫んでいる。


「たった今から、校舎内の大掃除をさせてもらう!目的はいちいち聞くな!だがまぁ『金髪の元貴族の娘』を探してるって事くらいは教えておいてやる!」

「!」

「それって、まさか…………」


 ふとユリアの方をみると、ユリアは窓から少し離れたところで立ちすくんでいた。足は震え、顔は青ざめている。


「俺達はそいつを見つけるまでこの学校を荒らし尽くしてやる。人物問わずな。心当たりのあるやつは今すぐ出てこい!そうすれば何もしないでやるよ」


「ユリア…………」

「な、なんで…………わたし…………?」


 俺は、不意にゴードンさんの言葉を思い出していた。


『あれでも昔は十指に入る貴族の娘なので、出来る限り目立たないようにしてきました』


 もし、今回の件がその元貴族絡みの問題だとすれば、自然と侵入者等の目的も浮かんでくる。そして捕まればろくな事にならないことも想像がつく。ともすれば…………。


「…………誰も出て来ないよーだし、早速始めるかァ!文字通り命を懸けたかくれんぼサバイバル、スタートだ!」


 その声とともに、男達が一斉に校舎の方へ走ってくる。

 それとほぼ同時に俺はユリアの手を掴んで教室を出た。


「え、洋斗君…………!?」

「決まってんだろ、逃げるんだよ!教室なんて分かりやすい所にいたら間違いなく一網打尽にされるぞ!」


 他の生徒達も俺達を先頭に、


「そうだ、早く逃げないと!」

「急げ!あいつ等が来るぞ!」


 教室から散り散りに逃げていった。




「ハァ…………ハァ…………ここまできたら落ち着けるか?」

「分かんないです。けど、学校はかなり広いから、全部周り切るにはかなりかかるはずです。その間に先生達が何とかしてくれればいいんですけど…………」


 俺とユリアは教室からずっと走り続け、今は足を止めていた。どれくらい走ったかは分からない。あいつ等がどれくらい、どこにいるのかも全く分からない。


「ここの先生達はアジア地域でトップクラスの能力使いだから、大丈夫だとは思うけど………」

「でも、あれだけの人数がいたんだ、何人か逃すかもしれない。どっちみち、逃げとくに越したことはないだろ!」


 俺たちは、再び走り出した。



 ~~~~~~~~~~~~~~~



 ユリアの願いが届いたわけでもないが、先生達も各自で事態の収束に向けて動き出していた。


 ー一年校舎 能力講習棟ー


 ここは4月に最初の授業を行った場所である。この棟は特別天井が高く作られており、その上とても面積が広い一階建てである。そこに数十人の男と向き合う、一人の教師がいた。


「全く…何もこんなところに乗り込んでくるとは…なかなか無茶なことをしますね…あなた達。命がいくつあっても足りませんよ?」


 教師は一本の長めの刀を持っている。


「あ、何を言ってる?所詮たった一人だろーが」

「…………一応私にもプライドというものはありますので…折角ですから即刻済ませますよ?そこら中に舞った埃を落とさなければならないので」


 教師・佐久間 拳は静かに刀を構えた。



 ー校庭ー


 数十台のトラックの中で、リーダーは無線機を持って静かに立っていた。すると、


「フォッフォッ………これはまた随分と派手にかましてくれおって…………骨が折れるわい」


 そこに杖を突いて歩いてくる老人が一人。その小さな姿を見て侵入者のトップと思しき男は大きく口角を吊り上げた。


「………なんだ?校長先生様が直々においでとは、随分と好待遇じゃねーか」

「本当ならそんな悠長なことは言ってられないんじゃが…………」


 そう言って小さく杖で地面を突いた途端、

 ゴバァッ!!、と。

 轟音を立てて現れた『土で出来た数体の竜』が地面から立ち昇った。そしてトラックに食らいついたまま宙を舞い、真っ二つに噛み千切った。空から降り注ぐ残骸の雨の中を、土の龍が空を踊る下を、腰の曲がった老人かゆっくりと歩く。


「この騒ぎじゃ、折角じゃから手厚く歓迎してやるぞい?」

 その瞳には滲み出る怒りが見え隠れしていた。



 ー総合体育館前ー


 入学時に使用されたドーム状の体育館だが、ここにも男達は進行してきた。だが、そこには4人の生徒が立っていた。


「『会長』ー、来ましたよー!」

「やはりここを護衛しておいて正解でしたね」

「あぁさすがミッちゃん、全くおまえの推測はだいたい当たるな」

「『ミッちゃん』はやめてください」

「…………けど、ここまで来たって事は敵方の進行がこのあたりまで来てるって事だ、おまえ等は他の所へ回れ、ここは俺でやる」

「…………了解」


 生徒達が散らばっていき、残ったのは一人だけになった。


「おいおい、そりゃどーゆーつもりだ?」

「いや、何か一人でも行けそうだったし」

「バカにしてんのか?」

「そうゆうわけじゃねぇよ?ただ言わせてもらうと…………」


 ここで、『会長』の右手にショートソードが『現れる』。


「フォートレスってのは日本語で『砦』って意味なんだ」


 それをゆっくりと構える。


「その『砦』の生徒会長だ、なめてると痛い目見るぜ?」


 フォートレス能力専門高等学校には世界レベルの人材に溢れているが、その網の目をくぐった侵入者達が、生徒達へと襲いかかる。



 ー芦屋・鈴麗ー


 僕たちは今、どことも分からない廊下を走っている。校舎自体があまり使われなくなっているのか、薄暗い照明が所々についているだけだ。


「全く…………そもそもあいつ等は何なの!?」


 今は僕たちと同じクラスの人五人、計七人で行動している。


「僕にも全く。ただ、あのリーダー格が言っていた事を考えると目的は…………」

「ユリアちゃんの誘拐、といった所よね?」

「うん。でも誘拐してどうするんだろう?何かの交渉に使うにしてもセントヘレナ家はもう…………」

「………セントヘレナ家からこれ以上何を取ろうってんでしょうね?」

「………………」


 ここでしばし会話を切って足を早めようとしたとき、


「(待って!)」


 鈴麗が皆を止めた。自然と声も低く落とされたものへと変わっている。


「(ねぇ、何か聞こえない?)」


 そう言われて一同も耳を澄ます。すると

 タッ、タッ…………と。

 床を叩く足音が聞こえた。しかもその数は一人じゃない。


「(………三人くらい、いるかな……?)」

「(多分ね。どうしょう?)」

「(とりあえずどこかに隠れよう。そこで見つかったら…………そのときは僕たちで倒すしかない)」

「(やっぱり、それしかなさそうね)」


 そういって僕たちは近くの部屋に入り込んだ。


「(といっても、僕たちの能力じゃまだ人を倒せない。どうすれば…………)」

「(ねぇ)」


 鈴麗が指す指の先には手に抱えるほどの箱があった。


「(これ、使えない?)」



 ー桐崎・ユリアー


 ユリアの体力が遂に尽きた。

 その足が完全に止まり、荒い呼吸を繰り返しながら床に膝をついてしまう。

 洋斗の体力はまだ余裕があるが、ユリア一人置いて行くわけにはいかないので、密かに身を隠すことにした。どうやらここは多目的ホールのようだ。大分遠くまできたらしい。だが後半はユリアに合わせて速度を落としていたので、もしかしたらその距離は近づいてきているかもしれない。


「ハァ…………わ、私のことはいいから、洋斗君は逃げて…………」

「馬鹿。ターゲットはユリアなんだからそんなことできるわけ無いだろ。それに…………『これ以上』誰かが痛い目見るのを見るのはゴメンだ」

「…………あの、『これ以上』ってどう言う「みーつけた」

「「!!」」


 その声のした方を向くと、そこには男が三人ほど立っていた。


「散々手こずらせやがって。こないだの恨み、増えた仕事量分は返させてもらうよ?」

「…………何を言ってるんだ?」

「………………………………あ」


 脈絡の無い発言に呆気にとられている横で、ユリアが何かに気づいたように声を挙げた。


「あなたはあの時の不審者ですか!?」

「不審者ゆーな!悪党と呼べ!」


 どうやらユリアの言ってることは正しそうなのだが、『あの時』というものに全く宛がない洋斗は一層首を傾げるばかりだった。

 そんなチグハグな空気を感じ取ったのだろう。『あの時の不審者』は大きく息をついた。


「まぁいい、とにかく…………捕まえろ!」


 そういうと、左右にいた男の一人が氷塊を放ってきた。


「ッ!!」


 洋斗はユリアを壁の方へ押しとばし、その反作用で反対方向に転がることで氷塊を躱す。ユリアは壁際の棚の陰に転がり込む形になった。ホールの中央を数転して敵の方を見ると、さっきとは別の男が走って来ていた。


 ───実践で使うのはかなり躊躇われるが、やるしかない。



 ー芦屋・鈴麗ー


 芦屋たちは今、咄嗟に入ったドアの陰でじっと敵を待ち構えている。いつでも能力を放てるように集中しながら。

 ───そして。


「確かにここら辺から足音がしたんですけどねー?」


 飄々とした男性の声が響き、全身に緊張感が走る。

 そしてまもなく、目の前のドアが───開いた。


「ッ!!」


 その一瞬を見計らって、一斉に能力を放つ。いろいろな属性が重なった一撃は男達ごと校舎の壁を撃ち抜いた。

 爆風で自分たちも飛んでいきそうになるのを必死でこらえる。


「や、やったの?」


 鈴麗がそういった時。

 先ほどの爆風と同レベルの突風が芦屋たちごと土埃を吹き飛ばした。生徒一同は5メートルほど飛んで壁に打ち付けられる。


「………今のはなかなかよい攻撃だった。だが…………」


 土埃の中から現れたのは自分たちの1.5倍はあろうかという、(いわお)のような大男だった。


「次はないぞ、小僧ども」

(こ、これはマズい!)


 芦屋達は急いで部屋の奥の方へ逃げた。男は部屋の中へ入って来る。


「小僧、セントヘレナの令嬢がどこにいるか知っているか?」

「ざ、残念ながら私たちも知らないわ!勝手にどっかに行っちゃったわよ!」

「そうか、なら…………『生かす必要はないな』?」


 そういって横にあった長机を掴んで

 軽々と持ち上げ、横振りで投げ飛ばした。


「ッ!!!」

「ふんッ!」


 芦屋達は砲弾と化したそれを横っ飛びで辛うじて躱す。長机は芦屋達がいたところに突き刺さって止まった。

 学生達が(すく)んで動けない中、男はジリジリと追い詰めるように歩いてくる。


(ど、どうすんのよあの化け物!?)

(またさっきのを使って…………)

(さっきのであと一枚しかないわ)

(箱の中に沢山あったじゃないか!?)

(その箱があそこにあるのよ!)


 鈴麗の視線の後を追うと、芦屋達と男のちょうど間のあたりにさっきの箱が置いてあった。


(…………それなら)


 芦屋は鈴麗の耳元へ顔を近づけ───何かを囁いた。それを聞き入れた鈴麗は少し驚きを見せながらも、(…………それしかなさそうね)と頷いた。


「いくよ」

「分かってるわよ!」


 そういって、芦屋が紙を手に持ってそれを介して石柱を男に叩き込む。それを合図として他の生徒達も自身の能力を放った。

 箱の中身であるこの紙は入学式の次の日に行った能力判定に使った紙だ。偶然入ったこの教室は倉庫として使われており、一年の間は能力判定の時以外に使わないこの紙はこの倉庫に仕舞ってあったのだ。先ほどの一撃はこの紙で噴出点を限界まで開き、威力を上げていたのだ。

 だが、今その紙を持っているのは芦屋一人、先ほどより威力がないのは当然だった。


「…………ぬるい」


 そういって男は風をまとわせた左手を前につきだしその攻撃を防ぐ。それどころかそれまでと変わらない速度で歩を進めてくる。ジリジリと迫る巨躯はまるで戦車のようだ。

 それでも芦屋達は攻撃し続ける。能力同士がぶつかることで大きな土煙が舞った。


「なんだ?その程度では傷一つつかんぞ?」

「なら───」



「───こんなのはいかが?」



 その声につられて男が左の方を見ると、

 そこには土煙の中から飛び出した鈴麗が、すでに男の懐に飛び込んでいた。

 他の生徒たちが能力を放ち続けていた時、鈴麗は男の目を盗んで箱に近づいていた。そして、箱の中から無造作に紙を5、6枚掴んでそのまま男の懐に突っ込んだのだ。


(僕たちがあいつの気を引くから、そのうちに鈴麗があの箱から紙をとってあいつに一撃食らわせて)

───これが芦屋が考えて、一発の攻撃力が最も高い鈴麗に伝えた作戦だったのである。


 その上、ちょうど土煙に紛れていたため男は近づいてくる鈴麗の存在に気づけなかった。

 予想外の行動に男は一瞬動揺する。


「な………!」

「ゼロ距離でも耐えられるかしら!」


 鈴麗は掴んでいた紙をそのまま男のわき腹に押しつけ、躊躇なく生命力を流し込んだ。


 能力判定のとき、鈴麗は多少生命力を抑えていた。だが、今回は『複数枚の紙』に『躊躇なく』生命力を流し込んだ。

 その結果、



 「吹っ飛べッ!!!」

 ─────────ッ!!!

 敷地の一角を揺るがす爆音とともに、校舎の三分の一ほどが吹き飛んだ。




 生徒達は爆風によって辛うじて残っていた壁に叩き付けられる。


「ぐ…………さ、流石にやりすぎたわ………」

「でも、これで戦闘不能には出来たと思う………たぶん」


 吹き飛ばされたであろう方を見ると、男たったと思われる黒い物体が転がっていた。ピクリともしない。


「「…………………ご愁傷様です」」


 敵とはいえ、さすがに人体を爆破するのは申し訳なさが残った。男には運が悪かったとしか言いようがない。


「これ…………派手にやったけど大丈夫かよ?」


 生徒の一人がそういった。それだけ大きな音を出したのだ、また追っ手が来るかもしれない。


「と、とりあえずここから離れよう!」


 そういって生徒達は教室『だった』ところから脱出した。この建物が完全に崩落したのは、それから約40分後のことだった。



 ー桐崎・ユリアー


 男の一人が洋斗の方へ走ってくる。

 男の右手に氷がまとわりつき、手の甲についたブレードを形作る。


(近接戦闘か…………それなら『戦える』)


 男は走ってきた勢いのまま洋斗の腹部を突き刺しにかかる。その軌道を洋斗は動体視力で見切り、高速で迫るブレードの腹に指を添えて横に『流し』た。


「ッ!?」


 引かれた手に合わせてブレードの起動が変わり、赤い布に誘われた闘牛のように洋斗の横に倒れ込むかたちになる。

 そして洋斗の身体がそのまま回転し、その遠心力を乗せて伸びきった男の腕のちょうど肘の部分に自分の右肘をたたき込む。

 この結果、男の肘が通常とは真逆の方───人体の構造上曲がらない方向にへし折られた。


「ぐ、


 男が苦痛で悲鳴を上げるより早く、回転の最中にあげておいた左足を男が踏み出した右足の膝にたたき込む。

 ボギン!と関節が外れる音がした。

 洋斗はそのまま動きを止めることなく、足を出した勢いを利用して男の鳩尾に右の拳を突く。男は三メートルほど後方へ転がっていった。


 ───この間、5秒にも満たない早業である。


「があ?あああぁぁぁああああ!!?」


 ここでようやく男の叫びが響きわたる。このわずかな間に右肘、右膝を潰され、挙げ句に鳩尾に重い一撃を喰らっているのだ。


「……………………」


 あまりの早業に、すぐ横で見ていたユリアも唖然とする。敵方も反応は同じようなものだった。


「な、何が起こっ…………?」


 一人の生徒が、静かに語り始める。


「これは俺の『父さん』が教えてくれた『嵯鞍人拳』で、『相手を殺さず、いかに効率よく相手が再起不能になるほど痛めつけるか』ってのを突き詰めて出来た武術───っていうけど結局は喧嘩術の延長だよ。正直言って、あまり使ってていい気分にはならないんだけどな」


 洋斗は、静かに男達の方へ歩いていく。


「く、くそ!来るんじゃねぇ!」


 子分の方が洋斗に数発の氷塊を放つ。それを洋斗はすれ違う人を避けるようにあっさりと躱した。


「当たらない。『親父の湯飲みを掴む』方がずっと骨が折れる」

「!?」


 子分の方へ発走する。

 子分は焦って氷塊を放つが、的中することなく通り過ぎていった。そのまま距離をゼロまで詰め切った洋斗はそのまま鳩尾に拳を入れ、体躯がくの字に折れ曲がった事で降りてきた子分の喉に、前蹴りの要領でつま先を叩き込む。

 ゴズッ!、という鈍い音が子分の耳の奥に反響した。


「───!───ッ!?」


 喉を潰されて悲鳴すら挙がらないまま、堪らず両膝をつく。

 その頭に回し蹴りを食らわせて遠くに転がす。この一撃で子分の意識は完全にトんだ。


「〜〜♪、やるじゃねーか。だが、悪いがこっちも後がねぇんだ。容赦はしねーぜ?」

「………………」


 余裕そうに口笛を鳴らす男と静かに彼を見据える洋斗の間には三メートルほどの距離がある。

 両者は静かににらみ合っていたが、その静寂を先に破ったのは男の方だった。

 男は手に火球を作り、洋斗に投げつける。洋斗はそれを前屈みになって躱し、そのままクラウチングスタートの要領で前へ駆け出す。


(こいつの能力には『火を生み出すための時間』が必要なのか?なら、その時間を与えないように接近戦に持ち込む…………!)

「そんなに突っ込んで…………」


 男は前傾姿勢になって、


「な…………!?」

「大丈夫かよォ!」


 拳に炎をまとわせて同じように突っ込んできた。

 顔面に向かって放たれたパンチを、頭を床スレスレまで下げてかろうじて躱す。無理な体勢だったため、バランスを崩して思いっきりすっ転んだ。何かが焦げたような臭いがしたが、恐らく髪か少し焼けたかも知れない。


(くそ、あんなことも出来るのか!?しかもタイムラグ無…………!)


 そんな事を考えているうちに、男が火球を作りだしていた。


「まだまだ、こんなモンじゃ終わらねーゼェ!」


 男は同時に5球の火球を生み出して、連続で打ち出してきた。


「マジか…………ッ!!」


 洋斗は足を止めずに横に駆け抜けることで射線から逃れる。そんな中でも相手から目を離さず、洋斗は反撃の可能性を探り続ける。


(あいつが作った火の玉は全部で5発。5発目をかわしたら一気に距離を積める!)


 1発、2発…………と床に着弾して爆発する。

 ───そして、5発目が着弾した。

 それを合図に一気に方向を変え、男の方へ全速力で突っ込む!

 ───だが。


「…………かかったな?」


「!?」


 男が前傾姿勢になると、『男の体で隠すように作られていたもう一個の火球』が姿を現した。男はその火球を男に向かって走っている洋斗に向かって射出する。全力で走っていたため左右に方向転換する余裕はない。


「くっ…………!」

 洋斗はとっさの判断で、先ほどの拳と同じようにぎりぎりまで体を屈めることで火球の下を駆け抜ける。

 だが、その火球をくぐり抜けた先。



 そこには男が放った、炎をまとった拳が速度を持って迫っていた。



 男はここまでの洋斗の動きを読んでいた。なので、火球を放った直後に一気に走り込み、アッパーカット気味にパンチを放っていたのだ。

 ただでさえ無茶な体勢で火球を回避した後ですでに限界態勢であり、それ以上身体をよじることは叶わない。

 洋斗はその一撃をかわすことが出来ない。


(しまっ───


 男の拳の動きがスローモーションのようになる。拳が、燃える炎の熱が眼前に迫るが、見えたところでどうすることもできなかった。



 そしてそのまま拳が顔面に直撃した。

 視界が、脳天が、衝撃とともに揺らいだ。




 ~~~~~~~~~~~~~





 その時、



             ガチン

 と、

 ギアが変わるように

 バチン

 と

 スイッチが切り替わるように



 洋斗の中で













 『   』が、

 変わった。





 ~~~~~~~~~~~~~~



 爆発によって数回バウンドしながら壁に激突し、床に倒れた。


「……………う、ぐ」


 駄目だ。意識が朦朧とする。視界が明滅する。手足がわずかしか動かない。

 当然だ。拳の速度に加えて自分の移動速度と体重も加わった、更には炎属性の爆風も上乗せされたカウンターの一撃、それをもろに頭に喰らったんだから。


「ハハッ、今になって言うのもなんだが、お前なかなか手応えのある相手だったよ。今の一撃だって、とっさに首振ってなきゃ首が折れてるとこだぜ、お前」


 男はのうのうと語り出す。まるで俺をあざ笑ってるみたいに。


「一体どこで養ったのかはしらねーが、人並みはずれた格闘センスを持ってやがる。並みの奴なら能力無しでもやり合えるくらいになー。だが、」


 語りながら歩いていく先には、ずるずると後ずさるユリアの姿…………。


(逃げてなかったのか…………!?)


 洋斗の全身から嫌な汗が吹き出る。


「い…………いや…………」

「俺の方が遙かに上だったようだな!つー訳で、お姫様はさらっていくぜェ配管工ォ!」


 男は一気に距離を積めるとユリアの襟首を掴んだ。


「嫌ァ!離してくださいッ!!」

「くそ!暴れんな!」

「ゃ………やめ……ろ………」


 俺は何とか死力を振り絞って四つん這いの形にはなれた。

 だがそれまで。そこから立ち上がるだけの力は残ってなかった。


「黙れっつってんだろ!」

「うぐっ!?」

「!」


 ドズン!と鈍い音とともに男がユリアの鳩尾を殴る。


「う、ァ………!」

「たく…………まぁ気絶くらいなら許してくれんだろ」


 男はユリアの目の前で火球を作り始めた。


「ひっ!?」


 ユリアが小さく悲鳴を上げる。ユリアも能力が使えないため、抵抗する術が無い。

 想定しうる最悪の事態が今、目の前で起ころうとしている。


(…………させてたまるか)


 洋斗は前進にありったけの力を込めた。


(俺の前で大事な人を失わないって、決めたんだ…………)


 頭をよぎるのは、あの景色。

 焼け野原の中、俺の前で

 友達が隣のおっちゃんが母さんが父さんが…………

 そして今、ユリアが。


(あんなことは二度と起こさせないって決めた!)


 脳が揺れて視界がグラつく。

 頭の右半分が焼けるように熱い。

 ───それでも

 洋斗は前に進もうと足に精一杯の力を込める。


(あの時は何も出来なかった。けど、今度は止める!)


 ギリギリと、つま先が悲鳴を上げる。


(間に合え。届けこの手!届け……………!!)


「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 その時、



 限界まで力のこもったつま先から、

『バチッ、と電流が走った』。



 そのまま足に込めていた力を解放し、一気に前へ駆け出す。

 ───瞬間。

 景色がまたたく間に後方へ流れる───そんな感覚を得る暇もないほどの刹那の時間の先に。

 目の前に男の顔面があった。

 未だに洋斗の方さえ見ていない。

 俺はその男の頬に合わせて握り拳を『合わせた』。


「ふぐェ!?!」


 男は顔が一発でひしゃげて向こう側の壁にノーバウンドで吹っ飛び、校舎の壁を何枚も突き破り、校舎の外へ吹き飛んだ。

 一方で洋斗の身体も勢いが止められず、壁に投げつけた人形のように壁に衝突する。


「ゴホッ……ぅ…………」


 流石にここで限界だった。


「ひ、洋斗君!!」

 遠くでユリアの声が聞こえるが、ここまでだ。

 俺の意識が、ゆっくりと遠のいていく…………………

 ………………

 ………

 。




 ~~~~~~~~~~~~~~






 …………。

 ようやく『起きて』くれたか。

 これで僕も


 外に出られる

 これで君を







 ~~~~~~~~~~~~







 ー2014.06.18ー



「んっ…………」

 桐崎洋斗は静かに目を開く。

 視界に映っているものがまぶしく光る照明と白い天井であると気づくのに、それなりの時間を要した。


(…………どこだ、ここ?)


 しばらくぼんやりとしていると、


「し、失礼します。」


 小さな挨拶、ドアの開く音の後に目の前のカーテンが開いた。


「あ、洋斗君!起きたんですね!」


 そこには相変わらずきれいな金髪を携えた、驚いた表情のユリアがいた。


「ユリアか。にしてもここどこ?」

「ここですか?ここは学校の保健室です」


 言われてみると、ベッドの雰囲気とか、周りがカーテンで囲まれているところとかが元の世界の保健室と似たような感じだった。

 そこまで考えて、ふと疑問にたどり着く。


「そ、そういえばあいつ等はどうなったんだ!?クラスのみんなは、ユリアは大丈夫なのか!?」

「お、落ち着いて下さい!順を追って話します!えと、まずあの男達ですけど、男達のほとんどは先生達が捕まえました。今は捕まえた人たちからまとめて警察の刑務所で話を聞いているところで、先生達は学校内にまだ残りがいないかを確認中らしいです。今分かっていることは、あの人達は誰かからの、その………私をさらってほしいという依頼を受けて行動を起こした犯罪者集団だってことくらいらしいです…………」


 ユリアの声が徐々に尻すぼみになる。今になって自分が狙われたことを実感してしまったのだろう。


「クラスのみんなは?」

「え!?あぁはい、何人かは攻撃されてけがをしました。けど数日くらいで治るような小さい傷みたいです」

「ユリアは?」

「……………………へ?」

「だから、ユリアは何ともなかったのか?」

「は、はい!見ての通りピンピンですよ!それで、その…………」

「?」

「また、助けられてしまいました。二回もです。こうして私が元気でいられるのは比喩無しで洋斗君のお陰なんです。ホントに何てお礼を言ったらいいか…………感謝してもし切れないです」

「い、いや。別にそんな…………」


 俺は思わず言葉を詰まらせた。

 ───ユリアの頬を一筋の涙が伝っていた。

 大粒の涙をこぼして、絞り取るように、泣いていた。


「洋斗君が…………あの男の人と、戦っている間…………ずっと、隅でうずくまっているばかりで、何も出来ませんでした。もし、またこんな事があったらと思うと、とても、怖いです」


 洋斗はじっとユリアの言葉を聞いていた。ユリアの言いたいことは痛いほどよく分かる。

 いざという時に何も出来ない無力感。俺だってそれを感じたことは数知れない。後悔だって数え切れないほどしてきている。


「…………まぁ、『気にするな』なんて軽いことは言わない。そういわれると逆に心に引っかかるから。だからさ……………二度とそんな事が起こらないように頑張ればいいと思う」

「……………」

「その方が俺も嬉しいし、そうしていればいつかきっと…………自分がなりたい自分になれると思う。って、何言ってんだろ俺…………」

「……………洋斗君の言っているとおりだと思います」


 ユリアは大きく俯いているので、その表情は見えない。たがその声は小さく、とてもはっきりしていた。

 しばらく俯いていたユリアだったが、


「…………決めました」


 何かを決めたようにふっ、と顔を上げた。


「私、強くなります。たとえ私になんの能力も無いとしても諦めません!頑張って私に出来ることを見つけます。それで最後には、あの時の洋斗君みたいに『みんなを助けられる私』になりたい!!」


 それは洋斗に対して、同時にユリア自身に対しての決意の言葉。未だ溢れるほどの涙をためた瞳には揺るぎない強い意志が(きら)めいている。

 その輝きを直視して、洋斗はしばらく言葉を発せなかった。

 ただ率直に感銘を受けていた。

 自分がその決意に至るまで、かなりの時間を有したから。


「……………そっか。なら、出来る限りのことは協力させてほしい」

「ありがとうございます、ってこれじゃまた助けられてしまいますね」

「それは別にいいんじゃ…………」

「そ、そうですよね。フフッ……………洋斗君?」

「どうした?」

「え、えーとその…………これからも、よろしくお願いしますね?」

「…………ああ」



 こうして、俺が異世界に来て最初の事件が幕を閉じたのだった。




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