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Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~  作者: ふろすと
現世編
41/61

14章-2:悪鬼の目覚めに揺れるは俗世

 


 ━2014.08.18━


 時刻は生き物が寝静まる夜の9時。

 森の中に佇む黒色水晶碑の前には、天壊兇変の際に侵入していたメンバーが再集結していた。

 無論、その中には蘇我 雅人の姿も見える。

「…………いよいよだな」

 メンバーの一人が鬼気迫る様相でつぶやく。

 一昨日、遂に蘇我家の長から計画の実行する命が下ったのである。

「待ち望んだぜ。これで俺たちもウハウハだ」

「……………………」

 気を紛らわせるために交わされていた彼らの会話を、雅人は冷ややかな目線で見つめている。

(そんな事はどうだっていい。お前らの事なんて知るか)

 雅人は心の中で一人ごちる。

(俺たちを縛る理由さえなくなればそれでいいんだ。待ってろよ舞咲…………!)

 雅人は決意新たに漆黒に輝く水晶碑を───その中に眠る仇敵の姿を睨む。

 その前に、小さなボタンが差し出された。

「お前は蘇我家の純血なんだ。悲願だろ?お前が押すんだ」

 ───白々しい。

 こいつらは、自分が押して何かあった時に責任問題を問われるのが怖いだけだ。だから蘇我家の中でも立場の弱い俺に押し付けるんだろ?

 下らない茶番に言い返しても無駄だとわかっているので、雅人は黙ってそれを受け取る。

 箱にボタンが付いているだけの、極めて簡素なものだ。

 雅人の喉が、ゴクリ、と音を鳴らす。

 …………押すだけだ。

 額から一筋の汗が滴る。

 …………これを、押すだけだ。

 震える指が、ボタンの面に触れる。

 …………これで俺たちは、開放される!



 指が、ボタンを強く押し込んだ。



 ───瞬間。

 ずりゅ…………と、不気味な音とともに、黒色水晶碑に大きな穴が開く。

 水晶の漆黒よりも深い暗黒が、その顔を覗かせる。むしろ自分たちがその闇に吸い込まれそうだ。

 やがて

 沈んでいた死体が水面に浮き上がるように、暗黒から人型の何かが浮き出し、どしゃり、と地面に転がった。

(あ、あれは…………!?)

 雅人は、出てきた際わずかに見えた顔に、見覚えがあった。

「…………や、やったのか?」

「特に警報もない。成功だ!」

「けど、こいつがあの…………『鬼』?」

「随分弱ってそうだな…………どれ。顔でも拝んでやろう」

 メンバーの一人がそれに近づいていく。

 ボロい服を着たアイツは今四つん這いの状態。ふらふらしているが、確かに動いている───生きている。

「お、おい!さっさと戻って知らせねえと…………」

「少しくらいなら問題ないだ



 突如。

 バヂィ!という何かが弾ける音が森を駆けた。

 雅人の目が、それに驚いて瞬きをする。

 目を開いた時には『男の上半身が無くなっていた』。

「…………な……………………」

 そばにいた他のメンバーも、現状の唐突な変化に呆然と立ちすくんでいる。

 下半身が完全に力を失って、倒れる。

 その向こう側では、こちら側に手をかざした『鬼』が、静かに立ち上がろうとしていた。

 その手に、黒い稲妻が走る。

 ズドン!!

 一瞬で、横にいた男の左半身が消し飛んだ。

「…………………………………………にげろ」

 半秒と経たず、死体が増えた。

 それを呆然と見ていた雅人は、叫んだ。



「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 男たちが蜘蛛の子を散らすように逃走する。

 走っている最中、視界の端で誰かの上半身が宙を舞った。

 ズバン!! ズバン!!と、空気中を稲妻がかける衝撃が幾度と迫る。

 雅人は周りのことなど眼もくれずに走る。

 こうしている今も、すぐ後ろには死神の鎌が迫ってきている。

 止まればお終いだ。その先の未来は無い。

 走る。走る。走る。

(まずい!まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!!!!)

 ───思う。

 俺たちは、甘かったのか。憶測を誤ったのか。

 長年眠っていたんだから大分弱っている?『鬼神ノ災禍』ほどの被害は出ない?

 舐めすぎていた。

 何年経とうが鬼は鬼。脅威であることに変わりはなかったのだ。


 俺たちは、選択を誤ったのだ。






「はぁ…………はぁ…………ッはぁ…………!」

 森を抜け、学校区域を抜け、脚が動かなくなるまで走り続けて、深夜の路上に倒れ込んでいた。

 鬼は、いなくなっていた。

 雅人は、死力を尽くして逃げ切った。

 確かに、あの鬼は弱っていたんだ。

 それでも『あれ』なのだ。

 触れることなく人類を消し飛ばす力を振るう怪物なのだ。


 空を仰ぎながら、額に玉のように浮かぶ汗を拭いながら思う。



 ───俺たちは、とんでもない怪物を叩き起こしてしまった。



 …………いや。こんな所で寝てる場合じゃない。

 早く妹に伝えなければ。



 間違いない、あの顔は───。





 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ………………………………ここは、どこだ?




 俺は確か、ずっとあの暗闇の中で寝ていたはずだ。

 なのにどうして、俺は森の中で倒れている?

 体が気だるく、重い。

 体には見覚えのない服。

 周囲には、『身体のあちこちが消滅した』人間たちが倒れている。

 ■■■■■は、理解した。

 俺は起こされたのだ、と。


 ■■■■■は胸のうちを探る。

 ───今は大丈夫だ。アイツも今は静まっている。しばらく落ち着いていれば何も起こらないだろう。

 自然と、小さく安堵のため息がこぼれた。

 けど、油断なんてできない。常に気を張っていなければ…………。


 ───その時。


 っ!?

 遠くで草木を踏み荒らす音が聞こえた。音はものすごい勢いで近づいてくる。

 逃げよう。

 今人を見たら、また殺してしまうかもしれない。

 ■■■■■は闇に紛れるように、静かに身を隠して逃げ出した。


 走り出したその先が人の密集する街区であることなど、知る由もない。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 こうして、災禍の火種は花開いた。


 その根は京都の地を覆い、

 その香りは人を惑わせ、恐怖に狂わせる。



 1999年11月、京都を始め日本を恐怖に陥れた災害───鬼神ノ災禍。


 その混乱が再び、この地を埋め尽くそうとしている。




 ~~~~~~~~~~~~~~~



 ━2014.08.19━




「ユリア、昨日貸した辞書ってまだ持ってるか?」

「あれ?たしか返し…………て、ないですね」

 朝。

 空に占める雲の量はおよそ八割といったところ。定義で言えば曇に限りなく近い晴れ。予報いわく、天気は下り坂で、午後からは雨模様に変わるそうだ。

 学校の支度をしていたユリアから貸していた辞書を返してもらうために、彼女の自室を訪れていた洋斗。

 その扉を、軽くノックする音が鳴った。

「お嬢様」

 扉を開いたセントヘレナ家執事の長ゴードンが声をかけ、二人は手を止めて振り返る。

「叔父様、どうしました?」

「どうやら、今日は休校のようです」

「え、急になんでですか?」

「敷地内にある黒色水晶碑が何者かによって破壊され、中に封印してあった鬼が逃走して現在行方不明だそうです」

「そ、そんな!一大事じゃないですか!!」

「はい、放送されているニュースもその話題で持ちきりです。その捜索にフォートレスの全職員が協力しておられるようで、最早授業どころではない、と」

「鬼、って…………?」

「洋斗様ではなく、黒色水晶碑に封印されていた方の鬼です。『鬼神ノ災禍』の方、と言えば分かりますか?」

「な…………それって、昔京都をめちゃくちゃにしたっていうやつだろ?それ大丈夫なのか!?」

「そうですよ!早く街のみんなを避難させないと…………!!」

 言いようのない焦りと恐れが二人の体を駆け抜け、そのせいで自然と声が荒ぶる。

「そうです。そのはずなのですが…………」

 対してゴードンの顔に浮かんだのは、当惑の表情だった。



「実はまだ、大きな被害が無いようのです」



「え……………………」

 その一言に、今度は混乱が二人を襲う。

 鬼神ノ災禍といえば、鬼が街を歩けばそれだけで建物が壊滅する未曾有の大災害、だったはずだ。

 しかしその鬼が今封を解かれ、野に放たれているはずなのにその被害は無い。

 確かに、言われてから聞き耳をたててみても、建物の崩れる音や住人の悲鳴はない。外を見ても煙は一切立っていない。ただ、誰一人通行人のいない閑散とした大通りが伸びるだけだ。

「これは…………どういう事でしょうか?」

「残念ながら、私にも全くわかりません。水晶碑付近に死体が数体あった、という人的被害はあったようですが…………事態を把握するにはまだ情報が少ないのです」

 無理も無い。時刻はまだ早朝、得た情報はニュースのみ。そんな状況では事態の全容把握など出来るわけがない。

「なので、私は外に出て捜索に協力しようと思います」

「そんな、危ないですよ!」

「元を返せば、これは私達が鬼を倒しきれなかった事も原因なのです。ですから、これは私も力を貸す義務がある。今度こそ…………ッ!」

 およそ14年前に起こった『鬼神ノ災禍』、その窮地を救った『救世の第七班』。ニック・ゴードンはそのメンバーの一員であり、第七班の救世に大きく貢献した者の一人だ。

 彼の胸には、14年前に鬼を倒しきれなかった事への後悔が少なからずあった。

 メンバー4人のうち、須郷 彰久は死に、セーラ・カリファーと桐崎 龍次は忽然と姿を消した。ニック・ゴードンにとって、鬼の討伐は他のメンバーの無念を晴らす意味でも重要なのだ。

 その感情の強さは、普段の冷静沈着な表情を覆うほどの悔しそうな顔つきに如実に現れている。洋斗とユリアは、その無念を感じ取った。

「…………なら、手分けして探すか」

「その前に天眼通で一度周辺を探ってみましょう。人の目もあって外では使えませんから、今から範囲を絞れるかもしれません」

「そんな…………!二人とも、そこまでしていただかなくても…………」

「いいえ、やらせてください!叔父様にはいつもお世話になってますから、その恩返しです」

「俺たちは一応鬼と天使だ、鬼探しの力になれるかもしれないしな」

「………………………………ありがとうございます」

 ゴードンが深く、深く頭を下げる。無念の大きさもあって、二人の優しさは深く彼の胸に響いた。

「……………………やっぱり、どこにも被害らしい被害はありませんね。何かが暴れた様子もありませんから、ここからでは何ひとつ手がかりが掴めません。どこかに身を潜めてるのかも…………」

「外に出て地道に探していくしかない、ということですか」

 宙に浮かぶ金の片眼鏡を覗きながらつぶやくユリアに、顎に手を当てて今後の方針を弾き出すゴードン。

「やはり外に出て、手分けして探索しましょう。ただし相手はあの鬼です、戦闘になることは十分考えられます。決して無茶はしないよう、お気をつけて」

「見つけたら、そうだな…………合図として空めがけて雷撃でもぶっ放すか」

「戦闘になれば大きな音を響くでしょうしね。私も見つけたら光線を撃ち上げます」

「わかりました。では、行きましょう」

「「はい!!」」

 こうして、洋斗とユリアは執事の無念を晴らすために鬼の捜索に乗り出した。




「……………………本当に音沙汰ないな」

(です…………)

 玄関先で、ゴードン、ユリア、洋斗とナギで三方向に別れた。

 洋斗とナギは市街地を遠回りしながらフォートレスへと向かっている。ちなみに、ゴードンは真っ先にフォートレスへと向かってから逆行、ユリアはその郊外にある森の中を探っているはずだ。

 洋斗は周囲を注意深く探索していたが、鬼の痕跡は一つもないし、鬼を恐れて住人も家にこもってしまったので聞き込みもできない、という現状だった。

 それでも、他の手が無い以上は足を進めざるを得ない。頭の中でそう踏ん切りをつけて歩き続けていると───。

「…………あれは、坂華木先生か」

 先に見える交差点を横切るように、栗色の長い髪を軽やかになびかせながら歩いている人影が一人。

 思えば、広範囲の索敵において彼女ほど適任な人間は思いつかないため、彼女が出てきているのは当然。その上、彼女は水人形をフル活用しているだろうから、他の教師と比べて遭遇する確率は遥かに高いはずだ。

「先生!」

 洋斗は遠くにいる水人形に向かって叫ぶ。

 先生なら、きっと鬼に関する情報を多く持っているはずだ。特にその容姿などを知れば操作にかなり有利なはずだ。



 ~~~~~~~~~~~~~~~



 芦屋家邸宅にて、その主人という立場にいる高校生が自室の布団に倒れていた。

「暇だなぁ…………」

 あるはずだった授業が全休となってしまったため、普段学校に行っていた分の時間がぽっかりと空いてしまったのである。休日ならともかく、平日となるとできることも少ない。故に、芦屋は特にやることもなくだらけざるを得なかった。

 もう寝てしまおうかなー、なんてことを考えていた芦屋を電話の着信音が呼び起こした。

 固定電話のところまで歩み寄り、受話器を取って耳に当てた。

「もしもし、芦屋です」

『あ、芦屋?私…………』

「鈴麗か」

 相手は我が麗しのガールフレンド、宣 鈴麗だった。だが、いつもの勝ち気な彼女と違って今の彼女の声はいつになく声を潜め、妙に逼迫(ひっぱく)した雰囲気を醸していた。

「その、どうかした?」

『えっと、そのね。私って寮に住んでるじゃない?』

「うん。学校の敷地内にある外国人用の学生寮だよね」

 フォートレスは、全世界に7つしか無い能力専門高等学校の一つだ。なので世界中から選りすぐりの生徒がここの学校に通うことになる。そんな人たちの居場所として建てられたのが彼女の言う外国人専用アパートメント、いわゆる学生寮だ。

 もちろん鈴麗もその一室を借りて生活しているわけだが───。

「で、それがどうしたの?」

『その寮は学校の中にあるわけで、鬼の件もあってここもかなり厳重に警戒されてるの。それで「危険だから外に出るのを禁止」って言われて、私ピンチなの』

「そ、そんなに大変なの?」

『ええ、私は今生死の境目、人生の崖っぷちに追い込まれてる。お願い、助けて…………』

 芦屋は、この電話にただならぬ雰囲気を感じた。

(一体何が……………………まさか)

 彼女の状況を推察していた芦屋の頭をよぎったのは、鬼が逃走している、という学校からの連絡だった。

 学校側は捜索の目を外に向けている。だがもし、その鬼がまだ敷地の中にいたとしたら。そして、その猛威が学生寮に迫っているとしたら…………!

「ま、待ってて!すぐ行くからじっとしててよ!?」

『え、ほ、ホント!?ありがとう芦屋、助かったわ!この際贅沢は言わないから、とにかくお腹が膨れるものをお願い!』

 受話器の向こうで鈴麗の声が喜々として跳ねる。芦屋は思わず、自分が頼りにされていることで浮足立っていまいそうになる。

 しかし、地面を離れようとしていた彼の脚は主に『お腹が膨れるものを』のあたりで引っかかった。

「…………ちょっとまって」

『ん?どしたの?』

「鈴麗は今どんな状況なの?」

『実は、昨日の時点で備蓄が全滅したの。だから今日食べ物を買いに行こうと思っていたらこの騒動。お陰でお腹と背中がくっついてペラペラになりそう。まさに抱腹絶倒の状態なわけよ』

「………………………………はぁ」

 芦屋は思わずため息をひとつ。

 鬼の到来など完全に対岸の火事、彼女が本当に戦っていたのは鬼ではなく空腹だったのである。あと抱腹絶倒の使い方が間違ってる、それ笑い転げてる事になるから。

「何かと思えばそんな事だったの?」

『そ、そんな事って何よ!生きとし生ける者は常に立ち上がるための活力が必要なの!それが出来ないなんて、生きながらに殺されてるのと同義だわ!』

「………………………………はぁ」

『一度ならず二度までもため息つくなんて…………っ!』

 呆れて物も言えないんだよ…………とは何となく言いづらかった。

「仕方ない。なにか持っていくからそこで待ってて」

『やった!』

 それじゃあ、と電話を切ろうとした芦屋を『あ、待って!』と呼び止める鈴麗。

「今度は何?」

『どっちかというとこっちがメインよ…………芦屋は洋斗についての噂、聞いた?』

 向こう側の彼女の声が差し迫った気配を帯びた。

「噂…………強いことで有名になってる、ってやつ?」

『その感じだと知らないみたいね』

 芦屋の答えに、少々回りくどい形で否定する鈴麗。その噂について、鈴麗か語り始めた。

『ロビーで友達が話してたんだけどね、昨日の夜10時半あたりに街でヘンな服着た洋斗の姿を見た子がいたの。それでその子が声をかけたら、返事するどころか瞬く間に逃げちゃったんだって』

「え…………」

『その人は、洋斗の家がセントヘレナの屋敷だってことも知ってた。だからそんな夜更けに、学校近くを、挙動不審な様子で歩いてる事を不思議に思ってた。それを聞いた一部の人から一つの仮説が生まれたの…………「水晶碑を壊したのは洋斗なんじゃないか?」って』

「…………それが噂の内容?」

『今、私達の間じゃあこの話題で持ちきりよ。やんわりと否定はしておいたけど、きっともうかなり広まってるわ』

 フォートレスは街の中心地でセントヘレナ家はその郊外、2カ所の間にはそれなりの距離がある。ふらふらと歩いていくような道のりではない。そんな所で洋斗の姿を見る、というのは一体どういう事だろうか?

 芦屋の中で疑問が募る。

「とりあえず、鈴麗の家に行くよ。噂の話もそこで聞くことにする」

『お願いします、私もう限界近い…………』

 なにか言っている鈴麗を放置して通話を切る。

 考えたい事もあるが、後で鈴麗にどんなヤジを飛ばされるか知れたことではないので、さっさと食料の準備を始めることに決めた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~



 洋斗の耳の横を、何かが掠めた。

 ズキズキとした痛みが耳から伝わってくる。反射的に首が横にズレてなかったら片耳が宙を舞っていただろう。

「な…………何のつもりですか?」

 警戒の意志を込めて、坂華木先生に問いかける。

 単なる勘違い、という楽観的な発想は無い。彼女の目が、水の短剣の軌道が、明確な攻撃の意思を宿していたから。

 そして、その見解は正しかった。

「あら。鬼って会話できるのね、初めて知ったわ」

「!?」

 洋斗は驚愕した。

 どういう訳か、坂華木先生は自分が鬼の妖気を中に持っていることを知っている…………!?

「なんで、鬼の事を…………!」

「…………正体を隠す気もない、って事ね。分かったわ」

 坂華木先生の顔から、溶岩のような怒りが湧き上がった。

「水晶を割って出てきたのは予想外だけど、私はきっと、ずっとこの時を待ってたんだわ。お前はここで殺してやる…………私から全てを奪ったお前を、絶対に許さない!!!」

 怒声とともに、彼女の周囲に無数の短剣が現れた。透き通った水の刃が一斉にこちらへ向けられる。

「ぐ…………っ!」

 逆薙を構えて、全身に雷光を宿す。

 来たる連撃に備えて意識を研ぎ澄ませる。

 坂華木先生が洋斗へとゆっくり手をかざし、一言。


「行け」


 指示に従い、無数の刃が射出された。

 洋斗は横へと走る。彼のいた所を、水刃の波が無惨に切り裂いていく。

 射出される短剣の速度が速い。能力で身体強化をしていないと刃の波に呑まれて微塵に切り刻まれてしまう。

 しかも、残像を貫いていった短剣はすぐに蒸発し、坂華木先生の周囲で再結合して撃ち出される。つまり弾数は無限だ。

(くそ…………仕方ない!)

 このまま逃げ続けていても圧倒的な物量で押し潰されるのを待つだけだ。和解の道を探ろうとしていた洋斗はやむなく攻撃に転じることを決めた。

 依然として押し寄せていた刃の波、その中央に向けて雷撃の矢を撃ち出す。

 雷は波にぶつかると同時に炸裂し、その衝撃波で波の中央に綻びが生まれた。

 その穴へと突入し、坂華木先生へと最短距離で迫る。


 綻びの先にいる先生の顔が、わずかに歪んだ。


 ───刹那。

 時が止まったかのように。

 空気中を貫いていた短剣が、ピタ、と止まった。

 それらの短剣の形が崩れ、高速で渦を巻いて洋斗を取り囲んだ。

「しまっ…………ッ!?」

 飛んでいる短剣は、まだ彼女の操作範囲にあったのだ。短剣の波を突っ切って攻め込んでくることを想定して、突入してきた相手を水で包囲する。

 圧倒的な物量に加えて、変幻自在な操作性。

 まさに水属性能力の窮極完成形、それが全世界に誇る坂華木舞子という人間の本領だった。

 坂華木は水の半球を見つめる。

 この水の檻は高速で回転している。それも、木材くらいならガリガリと削ってしまうほどの速度で。

 このまま囲んでいる檻を縮めていけば、中にいる人間など骨肉すらも残らない。刀の刃なら通るだろう、しかしそれの本質は水。斬られようが穴を穿たれようが瞬時に修復される。

 鬼は牢獄の中で、無抵抗にすり潰される。その結末を、ただ見つめているだけでいい。

 ───その時。

 水の檻の中で、赤黒い色をした光が瞬き始める。

 ついに鬼が本性を表した。

 そう思って身構えた瞬間。


 ズドッッッッ!

 と爆音が炸裂し、血色の雷が内から水を吹き飛ばした。


「な…………ッ!?」

 突然の出来事に坂華木の目が見開かれる。

 水が外側に吹き飛ばされたのではない。それなら私がすぐに修復している。

 そうではない。

 あの雷撃は、『水を構成する生命力そのもの』を消し飛ばしている!?

「この…………っ!」

 すぐさま水を形成し直して、大量の短剣を創り出す。


 しかし。

 それを撃ち出すよりも、逆薙の刺突が水人形を貫くほうが速かった。


「な……………………!!」

 不意の出来事に焦り、次の一手が遅れ、判断を誤った。坂華木の首筋を汗が伝う。

 懐に潜り込む形で肉薄する洋斗。


 ───すいません。

 短く謝罪を言い残し、逆薙から妖気を解き放った。


 バンッ!!と風船が割れるように、水人形が爆散し、跡形もなく消滅する。

「はぁ…………はぁ…………」

 その跡を、洋斗の紅の瞳が見つめていた。

 鬼の妖気を使った雷撃を浴びせた、すぐに水人形が復活するということは無いはずだ。

 しかし、ここにいるのはまずい。

 どういう訳かは知らないが、俺が鬼であることを知られ、追われている。今水人形の一体を倒したことで、坂華木先生、ひいては捜索している人全員に俺の居場所を知られたはずだ。腑に落ちないことは山というほどあるが、ひとまず早々にここから退散するのが得策だろう。色々と疑問は尽きないが、考えるための時間を作る必要がある。


 洋斗は人の気配が少ない方へと走り始めた。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 周囲を警戒しながら走ることおよそ15分、そろそろ息も切れてきた頃にたどり着いたのは人気の無い公園だった。

 公園、といっても遊具があるだけのスペースではなく、敷地内に湖や草原などもある自然公園に近い場所だ。

 普段なら遊具で遊びに来た親子はもちろん、散歩に来た老人や湖沿いをランニングする人なども利用して賑やかになる。しかし鬼のニュースがあるので今は誰もいない。

 洋斗は湖沿いのランニングコース脇にある、便所として建っていた小屋の陰に隠れて無理矢理息を整える。

「…………くそ、何がどうなってやがんだ…………っ!」

 口が思わずそんな言葉を吐き捨てていた。

 ここまで走ってくる間にも、何人かの先生を見かけた。物陰から逃げる隙を伺っている時に、自分の名前を呟いていたこともあった。

 間違いない。どうやら今俺は指名手配に近い状況に立たされているようだ。

 しかし納得など出来るわけがない。なぜ俺がこんな状況にされているのか。

 それに、なぜ俺が鬼の妖気を持っていることが知られているのかも分からない。この事を知っているのはユリア、芦屋、鈴麗、セントヘレナ家の執事やメイドさん達ぐらいのはずだ。皆、他人の秘密をおおっぴらに言い広めるような人間ではない。

 そして、肝心の鬼の姿も見つからない。一番現状を知っているはずの先生達から情報がもらえない今、事態は悪化の一途を辿っている───というか最早鬼探しが出来る状況ですらない。

「先生との戦闘によって、妖気の存在が完全に知られてしまったのです。そのせいで余計に行動の自由が制限されてしまったのです…………」

 人に具現したナギが、浴衣の裾で額の汗をそっと拭ってくれた。

「これから、どうするのです…………?」

「…………ひとまずセントヘレナの家に戻ろうと思ってる」

「もしかしたら先生達もそこに目を付けてるかもしれないのです。もし包囲されてたら…………」

「けどここに居続けるのだけは駄目だ。そこにしか行く宛はないだろ?」

「…………でも動きっぱなしも良くないのです。今は少しでも休むべきです」

「けど…………」

「周りは私が見ておくのです。だからどうか…………」

「…………わかった。そうするよ」

 ナギからの必死の厚意をありがたく受け取り、洋斗は全身の力を抜いて壁にもたれかかった。

 精神的な圧迫もあってなのか、自分が予想以上に疲れていたことに洋斗は内心驚いていた。それを身に感じると同時に、それを察して休憩の時間をくれたナギに一層の感謝を捧げるのであった。



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