3章-2:女子高校生だって苦悩
「そうですね、まずはお嬢様が養子であることから話しましょう───いえ、正確に言えば捨て子ですか」
「え…………?」
切り出した話の最初の話題が『ユリアが捨て子』である。それなりの覚悟はしていたとはいえさすがに面食らってしまう。
「で、でもゴードンさんはお嬢様って呼んでますよね…………?」
「たとえ捨て子であっても、ご主人様のお子さんであることに変わりはないですし、何より私自身が彼女のことを慕っていますので」
ゴードンさんは少し微笑んだ後、再度表情を戻す。
「お嬢様はあなたが彼女を助けたあの森、その更に奥で倒れていました。当時はまだ5歳ほどで、服もぼろぼろでかなり衰弱していました。なので、あの屋敷に養子として匿うことにしました。当時のセントヘレナ家は日本国内で十指に入るほどの富の持ち主だったそうで、この地域の事業のとりまとめを担っていたそうです。ですが、無論そのポストをねらっていた貴族は数多いたため、セントヘレナ家は敵も多かったのです。ご主人様はかなり優秀で寛容なお方だったためその度に跳ね除けてお嬢様、ご主人様、その奥さんは平穏な暮らしをしていたのです」
「ですか、遂にある貴族からの圧迫に負け、そのポストを奪われてからは一家の状況、さらにはご主人様自身も一変してしまいました。ご主人様は仕事の一切が手付かずになり、ただ酒に溺れるのみの廃人と化したのです。それに感化されたのか、奥さんも鬱のような状態になってしまいました。そして、二人そろってお嬢様を育てることを辞めてしまったのです。しばらく親の愛を受けることのない期間がしばらく続きました。そしてお嬢様が11歳の頃に、ご主人様と奥さんはお嬢様と大きな屋敷を捨ててどこかへ、逃げるように消えてしまいました。恐らく二人は別々に行方をくらましています。今となっては生きているのかすらも不明です」
「……………………」
言葉がでなかった。
『俺と同じような過去』を経験していたから───。
「あれでもかつて十指に入る貴族の一人娘ですので、私ひとりで出来る限り目立たないように育ててきました」
「ひとりで?何人かお手伝いがいますよね?」
「従者たちはもとから仕えていた人ではなく、かつて無職で路頭に迷っていた方達。お嬢様がお屋敷に無償で部屋を与えたのです。純粋な優しさももちろんあると思いますが、もしかしたら人の温もりというものを求めていたのかもしれません。そして時が経つにつれて彼女達も自主的に家事手伝いを行うようになり、今となっては立派な従者となってセントヘレナ家を支えてくれています」
「……………」
今の彼女はそんな事を内に秘めたまま、それでもなお陽だまりのような笑顔を家族である従者達に向けていたのだ。
そんな事は簡単に出来ることではない。親の愛を感じることなく生きる───その辛さは自分にも覚えがあるからわかる。
「そんなことがあったお方ですから、どうか「分かってます」
───そして、だからこそ。
そんな人が欲しいものは、よく分かっているつもりだった。
「ユリアとは、仲良くしていきます。心配しないで下さい」
「………………感謝します」
そういって深く礼をした。言いたいことは間違っていなかったらしい。
「これで話は終わりです。そろそろ晩ご飯にしましょう。みなさんが待っています」
ふと窓をみると、日はもうほとんど沈んでいた。
ー2012.04.09ー
入学式の次の日だが、この日から普通に授業が始まった。しかもいきなり能力実習科目がある。能力実習科目とは文字通り能力の実習を行う時間であり、相変わらず能力はからっきしの俺にとっては不安しかないのだが、ゴードンさん曰わく───。
『入学したての頃はわずかに能力についてかじっている程度で毎年能力が使えない人は何人かいる』
とのことだが、遅くても大体2、3ヶ月で覚醒するのだそうだ。もちろん、これが異世界から来た人にも適応できる数字なのかは知る由も無いが、ゴードンさんの知人も2ヶ月くらいで使えるようになったというので希望があるのは確かだと信じたい…………。
今日は昨日の話もあってユリアと一緒に登校することにした。ユリアは少し俯いた感じで俺の少し後ろを歩いている。つい昨日顔を合わせたばかりなのだ、共通の話題など知る由も無いので、しばらく無言で歩いていたが、どうやらユリアの方が痺れを切らしたようだ。
「そ、そう言えば、あの後叔父様とは何か話をしていたのですか?随分とご飯に来るのが遅かったみたいですけど…………」
「え?!えと…………」
流石に『ユリアの事について話していた』と言ってしまうのは良くないのでは?などと考えていると、諦めたようにフッと小さく笑った。
「……………………ごめんなさい、ホントはうっすらと分かってました。私の昔話でもしてたんですよね?」
「…………その通りだよ。正直、ユリアにそんな過去があったなんてな」
「うん、まあ驚くのも無理無いですよね。ハハハ…………。わたし、すごく寂しがり屋なんだと思います。一人でいると、時々、また捨てられちゃったのかなーなんて思っちゃうんです───とても、怖いんです」
「……………分かるよ」
「え…………?」
「詳しくは言えないけど、俺も同じようなこと経験してるからさ、分かるんだよ。一人の時の辛さも、心の支えがどれほど大切かってことも。だから、その…………」
「?」
「俺はぽんと見捨てたりはしないから、折角一緒の屋敷に住むわけだしその…………俺に頼ってくれてもいいからな?」
「……………………………………………………ふふっ」
「な、なんだ…………そんなに可笑しかったか?」
「いえ、……………………ありがとう、ございます」
ユリアは、小さくそう言った。少し声かふるえていたのは、たぶん気のせいだろう。どんな状況でも、自分が誰かの支えになれるというのはとても誇らしいことだ。
この感じなら特に問題ないだろう。この話はこれで終いにして、大人しく学校に向かうことにした。
さっきも言ったとおり、今日は能力実習の日だが、どうやらその時だけは先生が替わるらしい。
「今日は…最初と言うこともあるので…少し自己紹介します。私は能力による戦闘全般を指導します…佐久間 拳です。以後三年間ずっと私ともう一人で教えるので…よろしく」
口数の少なげで寡黙な風貌の教師だった。腰には一本の刀がぶら下がっている。
「では最初の授業ということで…早速これをやってもらいます」
そういった瞬間、目の前をヒュ、と一陣の風が駆け抜けたと思ったら、目の前に一枚の紙切れがひらひらと舞っていた。何も分からずそれを掴む。紙には何か変な記号が書かれているが、それに何かしらの意味が含まれているとは思えなかった。
「それは所持者の噴出点を擬似的に開くもので…ようするに能力が出しやすくなる紙です。それを使って自分の能力の種類を把握してもらいます」
早速洋斗にとっての無理難題が来た。まず、『噴出点』というものがわからない。助言を求めようと横にいるユリアに声をかけようとしたが、ユリアの様子がおかしい。
瞳が揺らぎ、その全身が狼狽えた雰囲気を体現している。まさか…………。
「ユリア、能力は?」
「…………………えへへ」
えへへ───ときた。
芦屋は近くにいないし、他に話せる人ができたわけではない。どうやら独りで難題に立ち向かう他無いようだ。
俺は他の人がやっているのを見ながら、見様見真似で力を込めて握ってみる。
……………………。
何も起こらない。音沙汰もない。隣をみると、ユリアも同じ感じだ。
どうすれば…と頭をひねっていると、
ドッッッ!!、と。
少し後ろのあたりで耳を叩くほどの爆発が起こった。
他の人が驚きながら円上に距離を取っているその円の中心で、つまらなそうに立っている人がいた。手にはかつて紙だったはずの黒こげの灰が握られている。
「すみません、暴発しちゃいました」
「君…何をやっているのです?」
「こ、これが噴出点こじ開け過ぎなんです!大体、私自分の能力が火だって事はとうの昔に知っていました。なので…………帰っていいですか?」
「帰るって…今日はまだ他の授業があるだろうに…………。それなら他の生徒に教えて回ってください」
「いや別にやることも無(ドゴッ!!)…………わかりましたー」
あの子の横の地面が小さくえぐれた。恐らくあの先生がやったんだろう。あの人の言うことは大人しく聞いた方が良さそうだ。
それにしても………
「なぁユリア、あれ一体何者なんだ?」
「え、えっと確かヒカリ、スズ…………?」
「光 鈴麗!中国人よ」
「わひゃッ!?」
咄嗟にユリアの背後を見ると、さっきの暴発娘(?)が堂々たる立ち姿を披露していた。
「ふぁ、ファン………?」
「光鈴麗。見た限りで一番出来てなさそうだから教えにきたわ、よろしく!」
「桐崎洋斗です。よろしく」
「桐崎?どっかで聞いたことある名前ね?まぁいいわ。で、そちらは……」
「ゆ、ユリア・セントヘレナです!よろしくお願いします!」
「セントヘレナってあの………いや、何でもない。それよりずっと同じクラスなんだし、もっと気楽でいいわよ?」
「いえ、その………この話し方に慣れてしまっているので、気にしないでください!」
「そうなんだ、よろしくね」
といった流れで鈴麗にご指導ご鞭撻賜る事になったわけだが…………。
「なんでできないの?」
「「…………………………………………」」
状況は微塵も好転しなかった。指に挟んだ紙をヒラヒラと弄びながら鈴麗は説明を始める。
「この紙は持ち主が持つ噴出点をこじ開けるのよ。歯車を回転させるときのベアリングとか潤滑油みたいなもので、その歯車はこの世にいる誰もが必ず持っているわ。しかもあの紙、ドーピング並に噴出点を開くわ。さっきも見たとおり、能力を暴発させるほどにね?そこまでやっても能力が出せないってことは、そもそも回転させる軸がない、つまり能力を出す歯車そのものが無いって事よ…………有り得ないけど。何なの?あんたたち宇宙人かなんかなの?」
「そんな訳無いだろ「ですよ」!?」
「じゃあ何?まさか『私達、異世界からきましたー』なんて言わないわよね?」
「それも違うよ!ね、洋斗君?」
「あ、あ当たり前だろ!異世界とかあ有り得ない!」
「ならどうして出来ないのかしら………」
危なかった。まさかバレたか?と内心冷や汗をかいたが、何とか誤魔化せたようだ。
「どうしたの、洋斗君?」
ほっと胸をなで下ろしていると、向こうから芦屋が歩いてきた。
「芦…………?あ、あんたまさか、芦屋の総長!?」
「え、一応そうだけど…………こちらは?」
「光鈴麗、中国人だそうだ。」
「ファン…………どこかで聞いたような……」
「き、気のせいよ多分!気の『キーンコーン…………』
二人がそうこう話しているうちに授業終了のチャイムが鳴った。
「君達…まだ能力が分からなかったのですか?」
「「はい…………」」
肩を落とす二人を前にして、釣られて佐久間もため息をついた。
「これが分からないと次に進めないので…残念ですが…放課後にでも…残ってやってもらいます」
「「はい…………」」
「そちらの君たちも…講師として付き合ってあげて下さい」
「「…………へ?」」
「異論は…ありますか?」
こうして俺たち4人は、授業初日から居残りが確定した。