13章-3:私が求めたチカラ
……………………そういうわけで。
ここまで続けてきた対話を中断してそれぞれの行動に移ったわけだけれども。
本当にこれでよかったのだろうか。
私の大切な人の後ろ姿がまた、ものすごい速さで遠のいていく。
光が降り注ぐ夜の森の中。
私はまだ、冷たい地面にへたり込んだままでいる。
きっと、これが正解なんだ。
そうです、今狙われているのは私なんだから、私が安全なところに隠れているのが当たり前。洋斗君がこれを望んでいるんだから。私のことをあんなにも想ってくれているんだから、その思いを無駄にする訳にはいかない。
それが最適解であるという根拠はアホな私の頭でもたくさん浮かんでくる。
───なのに。
なぜ私は後ろに向かって走り出せないんだろう。
この胸の中に渦巻いてるモヤモヤした気持ちは、一体何?
どちらにも動けずにいると、
『ユリア・セントヘレナさん』
どこからか声が響いた。
「わひゃぁッ!!??」
当然、ユリアは驚く。
『聞こえますか?聞こえていたら…………と、その揺らぎ方だと伝わっているようですね。本当に貴方の感情は単純───失礼、純粋で分かり易い』
「は、はへ…………!?」
頭が振動するように直接声が聞こえてくる。もちろんキョロキョロとあたりを見回しても誰もいない。
『残念ですが驚いている暇はありませんので簡潔に。私の名前はラファエル、『神の薬』の名を冠し熾天使の一角として主の側に仕える者。そして───11年前、森を彷徨う貴女に神通力を与えた天使です』
「え……………………あの『てんしさん』!?」
生きる力を失いかけていた私に息を吹き込んでくれた『てんしさん』、そんな命の恩人との11年ぶりの再会にユリアは驚きを隠せない。
『フフフ、てんしさんとは随分と可愛らしいですね』
無邪気な子どもに向ける優しさを含んだ笑み。だが、その笑声はすぐに憂いに身を隠した。
『まず、貴女に謝らせてください。私の浅はかな行動のせいで、貴女に計り知れないほどの苦難を背負わせてしまいました。私はもっと優れた道を探すべきだった。私達の力が一つの世界にどれだけの歪みを生むか、それをもっと見つめ直すべきだったのです。その上その不手際を、あろう事か受け取っただけである貴方に全て押し付けてしまいました』
「……………………」
『…………謝罪の文程度でこの罪と釣り合わないことは承知しています。貴女だけではありません、貴女が愛するたくさんの人々を巻き込んでしまったのですから。たとえ赤熱した鉄の上に膝を付いて頭を下げても、この罪が消えることなどないでしょう』
「……………………ラファエルさんは、こうなる事を知っていたんですか?」
『我が主に誓ってそれだけはありません!こんな事態になると解っていたのなら、私は…………!』
脳に響く声には確かな真剣さと誠実さが聞いて取れた。
「…………それなら、仕方ないですね」
『……………………え?』
「だって、解らなかったならどうすることもできないじゃないですか。それよりも今のことを考えましょう」
『……………………』
言葉ではそう言っている。しかしその言い回しに「今更そんなこと聴きたくない」という副音声が含まれている───そうラファエルは感じ取った。
『今私がそちらに向かっているところですが、それだけでは間に合いそうにありません。それだけの時間をあの妖気の持ち主が稼ぐことができる可能性もとても低いです』
「そ、そん『ですが!!…………ですが、そこに貴女の力が加われば、その可能性は大きく上がります』
「…………私の、力?」
『はい。言ったはずです、貴女に神通力を与えたと。先ほどの暴走の時点で貴女の精神は耐えられませんでしたが、貴女の肉体はその力で崩壊することなく神通力を行使していました。つまり貴女の身体は神通力を使うだけの素養を持つ、ということです。更に、精神を暴走させて体外にあふれていた余分な神通力は彼の力によって砕かれましたが、貴女の中にはまだ神通力が残っています。それも、余計な部分を削り落とされて『貴女に収まる形』となった神通力が───です』
「私の中に、あの力が…………」
『これまでは私が歪な形で押し込んでしまったせいで、神通力も使えないどころか貴女自身の力の流れすら阻害していました。あの頃は神通力の譲渡などやったことが無かったので、そのような弊害が起こるなど知らなかったのです。ですが今の貴女なら───力の流れを阻害されたままで十分に戦えて、その内に自分に適合した形の神通力を秘めた今の貴女なら…………これまで以上の力を発揮できるはずです』
ユリアは自分の手を見た。
トリガーを何千回、何万回と引いてできてしまった人差し指や手のひらのマメが目立つ、私の手。
それをゆるく握り、目を閉じた。そして、体内の生命力を『回転させる』。これまでの修行で行っていたうちの一つ、自身の生命力を操るための特訓。それを即興でやってみる。
───その時
ぶわぁっ、と全身が浮き上がるほどの膨大な熱量が彼女を覆った。
「わ…………っ!?」
今まで感じたことのない力の躍動に思わずユリアは目を開く。そして眼前の光景に再び仰天した。
自分の身体から溢れ出る生命力。それが束になって渦を巻いて、主であるユリアの周囲を舞い踊っていた。
近頃の修行で煙のように細く光が流れていることはあった。しかしこれはその比でない。浮き上がる流れをその身で感じる、まるで水の中にいるかのような密度だった。
(これが、わたしの…………)
自分の体から出ていることが、こんなものが自分の中にあることが信じられない。全身が粟立つような感覚が心地良く全身を包んだ。
『想像以上です』
声が聞こえた。
『繋がりを通じて貴女の力を感じました。これまでの不安定さを感じさせない、力強く芯のある生命力です』
「すごい…………これだけの生命力を私に…………!」
『…………どうやら、貴女は少し勘違いをしているようですね』
はしゃぐ子供をたしなめるように、ラファエルは少し低く落とした声で言った。
『確かに私は力を与えました。ですが、私が行ったのは貴女の生命力に神通力という混ぜ物を加えた、言うなれば貴女の生命力の質を変えただけに過ぎません。今、貴女から溢れ出しているものは他でもなく、歪な神通力によってせき止められていた貴女自身の力。すなわち貴女の常日頃の鍛錬の成果に他ならないのです』
ユリアは改めて自身から溢れる生命力を見回して、そして、感動で全身が打ち震えた。涙まで零れそうだった。
これが、わたしのチカラ。
これが、わたしが長い時間をかけて積み上げてきた努力の輝き。
無駄ではなかった。
少しでも彼の下へと近づくために行ってきた努力は、きちんとその実を結んでいたのだ。
(………、……………れない)
それは、傍から見れば卑怯な一段飛ばしかもしれない。
自分の力で手に入れたものではない他人よがりな物かもしれない。
それでも、自分自身の目に映る確かな努力の一歩は───
(これなら、洋斗君に届くかもしれない!!)
───消えていた彼女の胸に、再び熱い炎を灯した。
その熱を感じ取ったのか、
『最後に、私の言葉を伝えます』
その声は喜びと安心にあふれていた。
『
───願うのです。
己が描く未来を、たとえそれが分不相応な遠き理想であったとしても。
───そして、信じるのです。
その未来を手にする力が、既に貴女の手の中にあるということを。
』
ユリアはようやく立ち上がる。その姿にはもう先程までの脆さは無い。
洋斗が走っていった方へと体を向ける。強い光を放つ空の割れ目、それを見つめる彼女の瞳は金光に劣らぬ意志を宿していた。
その目を空から水平に下ろせば、なお走り続ける彼の背中。他でもない、自分の力で追いつきたかったその背中が、今、目の前にある。
……………………め、目の前?
『さあ、行くのです!』
「は、はい!」
ユリアはその心の赴くままに、洋斗の背中の方へと強く地を蹴って───
地面と沿うように『飛び』───
ごづん!!!、と。
数メートル先の樹木に激突した。
「ふぐゅっッ!!??」
二つの硬いものがぶつかる音と一人の少女が放つ滑稽な悲鳴が、森の中に虚しく響く。
「〜〜………っ〜……………〜〜っ!!」
『……………………………プフッ』
「ッて、てんヒハん今笑いまヒたね!?ここハ笑うとホろじゃないでフよね!!ううう…………」
『い、いやいや……フッ………そうです、あなたは確かにそういう人間でした…………あなたは天使の笑いのツボをズバリ撃ち抜いてくれます。あれですか、同じ狙撃手でも弾丸は天然ボケですか?』
「そんな痛々しい冗談はやめて下さいよぉ…………うう」
『まだうまく使いこなせないのは至極当然ですが、時間はありません。その使い方は走りながら説明します。と、その前に…………』
最後に締めくくりとして、ラファエルは半ば呆れたような声でこう言った。
『まずは『それ』を解除するところから始めましょう。恋は盲目とは言いますが、あの殿方以外も見えなければたちまち顔がまっ平らになりますよ?』
~~~~~~~~~~~~~~~
走ってきた道を逆に走り抜け、駿馬のように森を駆け抜ける。
───そして、見つけた。
鈴麗が地にへたり込んでいる。
そばで天使が何かを振り上げている。
状況の認識はここで中断した。それさえわかれば、今が寸秒を争う場面だということが一目瞭然だから。
(間に合え…………ッ!!)
直ぐさま胸の内から鬼の妖気を呼び起こす。そして直接攻撃は間に合わないと判断、手のひらに深紅の雷撃を集めて全力で撃ち出した。
『…………ん』
強い力の反応を感知したミカエルは、短剣の標的を鈴麗からその雷撃に切り替えて一瞬で斬り払う。
吹き散らされた雷撃。
その影には既に、拳を握った洋斗の姿があった。
───そして
赤黒の雷撃と速度の乗った拳でミカエルを殴り飛ばした。
砲弾のように木々を突き破り、遥か先まで吹き飛ばされる天使の身体。それを見ても構えは崩さなかった。
「おい、無事か!?」
「私は何ともないわ、だけど芦屋が…………」
「…………そっか」
鈴麗の沈黙を聞いた洋斗がそちらを見ると、横たわった芦屋の上半身が血で赤に染まっている。
「鈴麗」
「…………なによ」
「…………ごめんな」
「私は何もしてないわ。私は、何も…………」
「……………………」
友達想いな鈴麗のことだから自分よりまずユリアの事を問いつめられると思っていた。どうやら他人に目を向ける余裕が消えるだけのショックを受けているのだろう。
『この忌々しき力、お前が例の鬼か。あぁ、確かに肌を逆撫でられるようにおぞましい』
木々を押し退けて生まれた一本の獣道、その先から声が響いた。
「待たせたみたいだな、お前も天使か?」
『先の模造天使と同等に考えているなら今すぐ改めたまえ。耳を開いてしかと聞け!!』
横にいた鈴麗は頭を抱えた。
───この期に及んでまた聞かねばならないのか…………と。
『我こそは、天界にて神より生み出されし原初の天使にして、火と守護を司る、至高のアークエンジェル!大天使、ミカ、エル、様、で、ある!!』
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………なぁ」
「……………………いいわ、言いたいことはなんとなく分かるけど、仕方ないから聞いてあげる」
「アイツ今、自分のことミカエルって言ったよな?」
「えぇ」
「ミカエル、って確か天使の中でもかなり有名なあのミカエルだよな?というか、あれは天使なのか?」
「ええ。私も自己紹介される前まではそう思っていたわ」
「……………………あれが?」
「そうみたいよ?本人曰く『あれ』が聖書でお馴染み、かの大天使ミカエル様なんですって」
「あれを信じろってのか?なんか社会の闇を見せられた気分だぞ?」
「あれが闇どころか光側の象徴ってんだから尚のこと腹が立つのよね」
「…………お前、だいぶ平気だよな」
「今は白けてるけど、さっき散々笑ってやったわ」
「だよな…………なんか、戦意とか闘争心とか、そういうもんが消滅してくのが分かるんだが」
「あれでもユリアの首を取ろうとしてんの、忘れないでよね?それに…………」
鈴麗は話に真剣味をもたせようと強引に声を低く落とした。
「アイツ剣を使うけど、その刃渡りはただの見てくれよ。実際はその剣先の延長線上ならどこまでだって切って捨てるわ」
「そうか、ってことは…………」
洋斗は手のひらに深紅の雷撃をまとわせて───
「話してる今も危ない、ってわけだ!!」
遥か先から水平に振るわれた黄金の刃に、掌底をぶつけて打ち砕いた。
「な…………ッ!?」
その光景を見て鈴麗は思い出し、恐怖に青ざめた。
そうだ。
こうして呆れ返っている今もその首元には剣先が突きつけられているのだ。
『…………ほう、受けたか』
「安心しろ、ちゃんと警戒はしてた。それとも置いてけぼりにされて嫉妬したか?」
『当然。このプロフェッショナルエンジェルである我を差し置いて話が進むなど、誰が許すというのだ?否、この我が許さん!!』
「…………鈴麗、木の影に芦屋を運んでくれ。アレも大分痺れを切らしたみたいだし、どうやらずっと茫然自失って訳にもいかないみたいだ」
「…………ごめん、なさい」
「これだけの時間を稼いでみせたんだ、十分だろ。むしろ感謝したいくらいだ」
そう言って、洋斗はミカエルのもとへと進んでいく。恐らく鈴麗も相当疲弊しているのだろう───最低でも、あの友達思いな鈴麗がユリアの事を気にかける余裕が無くなる程度には。芦屋と一緒に身体を休ませておく方が得策だろう。
鈴麗はしばらく、その背中を呆然と見つめるばかりだった。
「主様!!」
ミカエルの所まで向かう途中、草の影から一人の少女が顔を出した。
正確には一本なのだが。
「ナギ、無事だったのか。早速だけど具現を頼む」
「了解、です!」
キィ…………ン、と鉄を鳴らすような音と閃光。具現して少女の代わりに現れた一本の刀を掴み取る。
(できるだけ簡潔に、俺が納得できるように頼む。ユリアをあんな風にした理由は言ってたか?)
(…………はい。ですが、簡潔はともかく納得できるように説明するのは無理そうなのです。表現や口回しでなく、内容そのものが許し難くて低俗なのです。一言でまとめるなら『巻き添えを食らわされた』なのです)
(……………………そっか)
洋斗の心中を察したのか、ナギはそれ以上何も言わなかった。
ざり、と。
金光に照らされた地面の土を踏みしめる。
『あの模造の天使、彼女は均衡を破壊する』
ミカエルが、時空を統べる最高位の天使が、何かを言っている。
『余剰空間に存在する数多の時空を統率するために、我らは必ず一世界の生物より強者である必要がある。あの天使の存在があっては、そのバランスが崩れるのだよ。そしてその抹消は他でもなく、我らが主の命令である。我は主の第一の遣いとしてそれを遂行する。
───慈悲は無いぞ?少年』
ふざけた体たらくのくせに、その存在から放たれる重圧。もちろん洋斗はそれを感じている。
───しかし
「どうでもいいよ、そんなこと」
洋斗の脚は竦まない。
深紅の瞳を逸らさない。
静かな闘志は曲がらない。
「こっちだって大事なものを傷つけられて腸煮えてんだ。慈悲なんてかけてる暇あるならユリア達の前で土下座しろ」
『ぬかせ。主の失敗作であるお前たちに頭を下げる道理などどこにあるというのだ』
「だろうな。あっさり頭下げられたらお前をぶん殴れなくなる」
『思い上がるなよ、妖怪無勢が』
ミカエルが振り上げた腕を下ろす。天高くから振り落とされた無限長の斬撃と、赤に輝く逆薙が衝突した。
「づ…………!!」
『やはり止めるか』
天使の言葉に驚きの色は無い。
『一つの時空内に留まれるほどに力を落とせば、所詮はこの程度だろう。これ以上力を上げれば、我が世界に顕現したという事象に世界自体が耐えられないのでね』
ユリアが変化して生まれた模造の天使、偽物でさえもその顕現時には空が砕けた。オリジナルがそのままこの地に現れれば何が起こるかわからない。
だからミカエルは自身の力を何十倍と縮小してこの地へと降り立った。
それでも、これだ。
『距離の概念を無視しているとはいえ、力を減らしたせいである程度以上の質量は貫通できなくなっているようだ。もっとも、その質量体に傷はつけられるから粛清に何ら支障はないのだがね』
(無限長の剣で斬られて、芦屋が真っ二つになってなかったのはそれが理由か…………)
確かにグレードは下がっている。が、洋斗には油断も安心もしてはいられない。
自分の攻撃が届かないところから、無限長の攻撃が縦横無尽に飛んでくる。
それなら、採るべき策は一つ。
(少しでも早く近づいて、超近接戦闘に持ち込む!)
受け止めた剣を横に流しつつ、地を蹴って一直線に距離を詰める。
レーザー光線のように振り回される斬撃をかわし、受け流し、足を止めずに駆け抜けた。
真横に駆ける光線をかがんで避け、間の残り数メートルを瞬時に詰める。
「はあッ!!」
鬼の妖気を溜め込んだ剣戟を振り抜いた。
音と衝撃が走った。
赤黒の刀とミカエルの間で火花を散らすのは、黄金の盾。
それも、
(か、堅…………ッ)
妖気で削れたのはほんのわずか。その密度が、強度が、ユリアの塵とは段違いだった。
『硬かろう?』
「!?」
洋斗は何かを感じて数メートルほど距離を開ける。
肌が感じたのは空気───いや空間の振動だった。
『エクセレントエンジェルである我の盾は、聖地エルサレムの守護を神より授かるほどの堅牢不壊を誇る鉄壁である』
盾が塵になって霧散する。その先にいるミカエルに表情は無かった。
『しかし模造天使を堕としたその力、それなりに拮抗しうるかと受けてみたが、多少削れたかという程度とは拍子抜けよな。否、よいのだ嘆く必要はない。我がエンジェルすぎるのだから致し方ないのだ』
霧散した盾の欠片が創り出したのは先ほどの短剣。
『過大な期待をされてしまっては萎縮してしまうのも無理はなかったのだな。では───
その辺りから、ミカエルの姿は消えていた。そして、不意に途絶えた言葉の続きは
───さらばだ』
───洋斗のすぐ後ろから聞こえてきた。
首を回している間に、短剣が振り下ろされる。
後ろに逆薙を振り抜こうにも、今短剣がどこにあるのかも解らない。
総合的に見て、圧倒的に間に合わない。
確実に背後に存在する、死。
その重さだけが洋斗の首に『動け』と行動を起こさせる。首が四分の一ほど回ったところで、
突如、何かがミカエルの剣を撃ち抜いた。
『ぬ…………!?』
それは正確にミカエルの短剣へとぶつかり、炸裂とともに短剣を塵に変える。
(いまの、は…………!)
『なん、ッ!?』
斜め上空から雨のように降り注いだ閃光がミカエルの残像を貫き、炸裂した。
衝撃で体の自由を取り戻した洋斗、そのすぐ目前に。
───ふわ、と。
一人の少女が舞い降りた。
「何とか、間に合いました…………」
地面に置かれる細い脚。
軽やかに翻る金色の髪。
「ユリア…………」
ユリア・セントヘレナ。
その姿は紛れもなく先ほど離れたばかりの少女の容姿。
ただ違和感のような感覚を抱く点、先程と大きく違う点がいくつかある。
───その一つ目。
「なんで顔真っ赤なんだ?」
「ふェ!?」
顔───特に鼻の頭がすごく赤くなっているのだ。
「そこですか!私今ものすごい進化してると思うんですが!?もっと大きいのがたくさんあると思うんですけど、よりによってそこから入るんですか!!?」
「いや、気になった中で一番手近というか、取っつきやすかったというか…………」
「ダメです言えません!むしろ触れてはいけない所なので諦めてください問い詰めないでください!!」
赤い顔をさらに真っ赤にして叫ぶユリア。本人としては「ありとあらゆる樹に顔面をぶつけまくりながら来ました」などと白状してしまうのは彼女の純情な乙女心が許さないのだ。
「お、おう…………それなら」
ユリアの珍しく頑なな拒絶に面食らった洋斗は、一番聞きたかったことに目を向けた。
「その『羽』と『片眼鏡』は何だ?」
ユリアの背中から噴き出すように伸びている六本の薄い黄色の羽。その姿は天使というよりも妖精に近いもののように見える。
そして彼女の右目を覆うように、金光で象られた片眼鏡が薄く光を放っている。それを支える紐やブリッジは無く、緩やかに回転しながら目元で停滞している。天使の輪をそのまま目にあてがったような雰囲気もあった。
「これは私が求めた力のカタチ…………みたいな」
「…………みたいな?」
「詳しく説明しようとするとものすごく時間がかかるんですけど、どうやらこれはてんしさんが使ってる神通力っていう力の劣化版、のような感じらしいです」
「劣化版、ってそれでも天使の力を使ってるのか?」
「…………たぶん、そう、なんじゃないかなぁ…………」
「さっきからかなりアバウトじゃないか?」
「わ、私だって驚きなんですよ…………」
ユリアは後ろめたく笑いながら、ここに来るまでに受けた説明を反芻していた。
~~~~~~~~~~~~~~~
『神通力は、正確には6種類に分けられます』
無意識に発動していた羽と片眼鏡を何とか解除して、走りはじめると同時に説明が始まった。
『我が主が会得した順に、神足通、天耳通、他心通、宿命通、天眼通、漏尽痛。今は短縮するために、貴方が手に入れた『神足通』『天眼通』の二つについてのみ説明します』
「ふ、二つもあるんですか!?」
『どちらも人間スケールに収めた劣化版ですがね』
走っている最中で受け応えるユリア。このところ体を鍛えてきているとはいえ、かなり息は上がっていた。
そのせいもあって、言葉を返すユリアの言葉は所々上ずっている。
『まず一つ目。貴方で言うと背中にあった羽にあたります。それは主が会得した一番目の力、神足通が体現したものです。
神足通───機に応じて自在に身を現し思うままに山海を飛行し得る力。助けを請う者のもとへと迅速に向かうための力です。本来なら飛行というより瞬間移動に近い形で現れると思いますが、貴方の場合はシンプルな飛行能力となって身についているのでは、と思われます』
「ってことはさっき樹に、っふ、ぶつかったのって…………」
『無意識に羽を出して、落ちることなく真横に飛んだんでしょうね』
「うぅ……………………」
『次に二つ目。貴方で言うと片眼鏡のような形で現れるようですね。それは恐らく主が会得した五番目の力、天眼通の顕現です。
天眼通───外界大衆の森羅万象を見通す力。人類の過去、現在、未来を把握できる力です。無論時間を問わずすべてを見通る力ですが、貴方の場合は現在を見極める遠視や透視の能力、その上片眼鏡を覗いた先のみ見通せるものに落ち着いたようですね』
「ってことはさっき見えてたヒロ
っ、洋斗君は…………」
『貴方が遠視で見た彼の後ろ姿でしょうね』
「ぶつかるまで、っ目の前の樹に気づかなかったのは…………」
『透視するほど彼の姿に見惚れていたせいで樹の存在が見えてなかったのでしょう』
「あぅ……………………」
『走りながら惚気るのも結構なのですが、内容を理解したところで使い方に入りましょう』
~~~~~~~~~~~~~~~
「まぁいい。多分長い話してたらアイツが嫉妬するし」
例の天使に目を向けると、腕を組んで貧乏ゆすりしている。その顔は不機嫌そのものだった。
『人類というものは揃いも揃って神への敬意というものが存在せんのか?もう少しで時空まとめて叩き斬ることろであったぞ』
「あの人は、いや、てんしさんは…………」
『その上無知なのも人類共通なのか?だがよい。我の名を下々に広めるというのは決して悪い気分はせん。心して聞くが良い!』
洋斗はこの下りを聞いた途端、内心かなりげんなりしていた。
嘘だろ、またあの空気になるのか…………?、と。
『我こそは、天界にて神より生み出されし原初の天使にして、火と守護を司る、至高のアークエンジェル!大天使、ミカ、エル、様、で、ある!!』
「ま、まさか聖書とかに出てくるあの…………?」
『うむ、その通り。あの史実は他でもなく我本人のものである』
「なんで、なんでこんなことをしたんですか!?天使の至高であるミカエルさんが、なんで私の友達を!?」
『勘違いするな。我はお前を処罰さえできればよいのだ。そんな神の御指示を、あろう事か邪魔をしようという輩がいたのでこの有様よ』
(……………………あれ?)
頭真っ白になったユリアをフォローする覚悟はしていたのだが、その後の顛末を傍から見て逆に洋斗が放心してしまった。
「な、なぁ」
「…………洋斗君?」
「えっと、何も思わなかったのか?」
「え?確かに神様の遣いらしく輝かしい姿だったな、とは思いましたけど」
「……………………あれが?」
「あれ?思いませんでした?チョットカッコイイなーとかも思っちゃいましたけど」
「…………………………(間違ってるのは俺か?俺がおかしいのか?)」
『ほう。我の美徳を理解する人類がいたか』
「ええ、こんな出会い方じゃなかったら分かりあえたと思います…………ですけど、私の友達をこんなにしたことはどうしても許せません」
『…………それで?』
「私なんかのために傷ついてしまった、私の大切な友達です。これ以上何かするって言うなら───さすがの私でも怒りますよ?」
ユリアは、ここまで見たことがないほど本気の目をしていた。
凛とした眼差しにしっかりと備わった一本の剣。相手の重圧に対して一切引けを取らない堂々とした立ち姿。
そこについ先ほどまでの、ボロボロに泣き腫らしていた彼女の姿は無い。
これまでのユリアに欠けていたもの、『矜持』。新たに備わった力と努力で磨き上げられた矜持が、今のユリアを支えていた。
『…………なるほどな。お前が天使に一目置かれる理由が多少はわかったようだぞ。何せこのファッショナブルエンジェルである我のセンスを理解するのだからな』
状況次第では、感心するとこそこかよ!と切り返していたところだ。
『だが、神の御指示に私情を挟もうなど言語道断。ここは我が天使としての絶対の力をもってお前を斬らせてもらう』
ミカエルが腕をふるう。
短剣がそれに応えるようにその長さを変え、自身の身の丈にあった長さへと変わった。
それは、距離を無視した無限長斬撃ではなく、刃に触れた物質を両断する実長の剣。聖地守護の盾の堅さを鋭さに変えた、天界屈指の業物。
「…………行くぞ」
「…………行きます」
『来い。人類のもつ力を我に、そして我が主に知らしめてみせよ』
相対するは天使の筆頭。
立ち向かうは、数奇な力をその手に秘める二人の人類代表。
理由は十分。
調子も上々。
周囲に邪魔立てする物も無し。
盤は整った。
今宵、人類の真価が問われる。




