表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~  作者: ふろすと
現世編
35/61

12章-3:煌めく世界を侵す者

 


「な……………!?」

 駆けていた足が、止まる。

 もちろんの事、ユリアを捜して街を走っていた洋斗もまたその光が発生する瞬間を目撃していた。空に閃光弾が撃ち上げられたような眩しさに眼を細めつつそれを確認する。

「あれは……………主様!」

 後ろを追従していたナギも同様に驚愕の様相を見せる。だがナギの場合、洋斗の驚愕とは少しニュアンスが違うものだった。

「あそこ、あそこです!あの光の方に行くのです!」

「は!?なんでそうなるんだ!」

「研究所に乗り込んだとき、主様が朱点童子にとり憑かれる前に死にかけてましたよね?実はその時アイツが、立ちふさがったユリア様と一緒に止めを刺そうとしたのです。ユリア様がそれを丸ごと光で消し飛ばしたのです!」

 意識の混濁はあったものの、ナギは周囲の状態を把握していた。もちろん、夜の闇すら引き裂いたあの光線も。

「あの光が何なのかは正直分からないのですが、その時のものと雰囲気が似ているのです!それで、もしあそこにユリア様がおられるとしたら……………今、ユリア様はとてもピンチ、かもしれないのです!」

「ッ!!」

「主様!……………っ!」

 ユリアが危険かも知れない───それだけで走り出すには十分な理由だった。

 あんなものをユリアが放っているところを見たことはないが、恐らく自分が朱点童子と対話している時に使ったのだろう。もし、あれがユリアに関係するものであったとすると、彼女は対マーデル戦に匹敵する危機的な状況に立たされている可能性が高い。

 何も言わず自分に引けを取らない速度で追走してくるナギと共に、人の流れに逆らうように街を走り抜ける。

 ───人をかき分け、

 ───人里をぬけ、

 ───鬱蒼と茂った草をかき分けて、

 ───時には樹を切り倒しながら道を拓いて、

 そうして光の根源に近づくにつれて、その光の強さは熱を感じるくらいに増していった。

 木々の隙間から漏れ始めた光を頼りに、最後と思われる草木の群から一気に抜け出した。


 その先の光景に、洋斗は驚愕に目を見開いた。


「…………………………」

 ジャックと豆の樹、という話は知っているだろう。天を衝くように空へと立ち上がり巨木となって雲の上の巨人の城まで到達するツタ。

 ───それを今まさに目の前で見ているかのような雄大さを放っていた。

 その上それに世界の全てを照らすような金光の輝きが合わさり、後光どころか神そのものを観ているような気分にさせられる。

 そう、これとは無関係の人間ならそんな感想を述べるだろう。

 今目の前に直面しているはずの洋斗は、開いた口がふさがらぬまま空を仰いでいる、というわけではない。むしろその目線は驚愕を孕んで光の根元、金光の発生源を睨んでいる。

 その口から思わずこぼれたのは



「ユリア………………」

 金光に包み込まれた女性の名前だった。



 仰向けで浮き上がるように四肢をだらりと投げだして眼を閉じるユリア。その周りを光の奔流が囲い込んでいた───いや、むしろこの膨大な光はユリア自身から溢れ出し、行き場を失って空の闇へと吐き出されている。

「ユリア様ぁ!」

 叫ぶナギの声ではっとなる自分に、自身が圧倒されていたことに気づく。と同時に、金光が一際大きくぐわんと揺れた。

 ナギの声に呼応するようなタイミング。もしかすると、ユリアの耳に声が届いているのかも知れない。

「ユリア!聞こえてるか!」

 洋斗もユリアに精一杯の声を投げかける。それに触発されているのか、光の揺らぎは加速度的に大きくなっていき、空中で鞭を振り回したくらいまで昇華する。

 キィ………ン、と

 耳鳴りのような音が耳に響いた。実際、音自体は元々鳴っていたのだが、徐々に大きくなっていった音は人の可聴域へと突入したのだ。音は更に可聴域の限界を飛び越えて更にそのギアを上げていく。鼓膜だけでなく肌をも揺らされているかのような、ビリビリと空気が振動しているかのような感覚。

 いや、これでは語弊がある。

(空気が、本当に揺れてる?)

『ような』ではない。物理的に空気の振動が洋斗の肌を叩いている。そして、その強さは強くなって耳を痛めるレベルまでシフトしていた。

「づ………………ッ!」

「う゛ぅ………………」

 2人は耳を押さえ、足に力を入れて、その振動に耐える。その振動がある強さを超えた。

 その時

 金切りに近い音に混じり、ギン!と、耳鳴りに混じって一際大きな音が響く。

 それには、ゆっくりと曲げていった木の枝に割れ目が生じる───ミシリ、という音に近い『危機感』のようなものを感じた。

 洋斗は恐る恐る音が聞こえた方───何も無いはずの上空を見上げる。

「な…………………!?」

 金光を受けてうっすらと白んだ夜空に、一筋の黄色い傷のようなものが見えた。黒のキャンバスにボールペンで線を引いたような、時と場合によっては流れ星のようにも見えるほど細いものだ。何事かとじっとそれを見ていたら、再びギン!と鳴ると───同時にその傷が伸び、分裂した。

 さらに空気の振動は増す。

 金光の揺らぎも荒くなっていく。

 上空からギギギ………と嫌な音が鳴り、黄色い傷が少しずつ広がっていく。

 広きにわたって空を侵食していく。

 ひびの入った硝子のように。

 力を受けた卵の殻のように。

 空という名の空間が何かの力を受けて悲鳴を上げている。恐らくその力が大気をふるわせ、空に亀裂を入れ、ユリアを包み込んで空へと解放されている。

 そして、亀裂が一定以上広がった時に起こる現象は一つだ。



 うなっていた光が、爆散した。

 空が、砕け散った。



 ステンドグラスを砲弾で一気に突き破ったような音が洋斗の耳、森一帯、果ては大江山を中心とした遙か先まで響き渡った。

 散り散りとなった光がまき散らされて、洋斗達の身体を熱風が叩いた。

 夜の色をした天蓋(てんがい)の破片が星屑のように地上に降り注ぎ、落下して砕けた。

 ボールで突き破ったみたいなその穴の向こうには黄金の空間が広がり、光を振りまきながら地上に覆い被さる。比喩でも誇張でもなく、『世界』が『世界』を見下ろしている。

 紛れもなく、現実に、目の前で起こっていることだ。

 生きている世界を間違えたか?と洋斗の頭は錯覚していた。

 スケールの違いは認識の限界を裕に超えていた。

 あの穴との距離が目測でわからない。すぐ目の前で起こっている数十メートル程度のものなのか、遙か上空で起こっている数万キロレベルのものなのか。というか、そもそもこれに距離という概念が通用するのかも疑問に思う。桁数すら区別できないほどに距離感覚が狂ってしまっている。それほどの異質な黄金世界がそこにあった。

 そして

 その黄金の世界を背に従えながら浮遊し、静かに洋斗達を見下ろす者がいた。

 背中から放射状に広がる、六枚の純白の羽。

 白で描かれた記号を環状に丸めたような、輝く輪。

 黄金の背景に劣ることなくきらきらと輝き(ひるがえ)る長い髪。


「ユリア…………さま───」

 その姿は紛れもなく、天使としか形容できない姿だった。


 宗教信者の前にもし現れたなら、思わずひざを突いて祈りを捧げてしまうかも知れない。

 普段の無邪気な可愛さの上に、そう言えるだけの威厳、美しさ、冷徹さが被さり、近寄る脚すら凍らせるほどの圧倒的な存在感を生み出している。

「ユリア!!」

 叫んだ。

 空に浮かぶ彼女に届くように、はっきりと。

「…………………………」

 その耳に聞き慣れた凛と透き通った声が返って来ることはなく、静かに口をつぐんだまま。

 ───しかし、動きはあった。

 下に下ろしていた腕をゆっくりと上げ、手が洋斗の方を向くところでそっと止まる。

 その手の先に光が集まりだしたところで、ぞッッ!と悪寒が洋斗の背筋を撫でた。

(これは……………)

 自分の方へと伸ばされた白い腕。

 そこに集まる光の塊。

 ぼんやりと自分へと向けられた視線。

 まるで、

(これは…………………ッッ!)

 拳銃で狙いを定めるような動きではないか?

「ナギ!!!」

「え…………うひゃぁ!?」

 すぐ横のナギを抱き上げ、一気に横へと身を投げる。

 それとほぼ同時。


 2人が元いた場所を、一条の光線が貫いた。


 一直線に放たれた光線は地面に突き刺さり、その周辺を丸ごとえぐり取る。その余波で洋斗はナギを抱きしめたまま想定以上に転がることとなった。

「っは、はぇ?!」

「なんだ…………!?」

 本能は『回避』という行動を反射で行使してくれたが、理性はまだ何が起きたのか理解できていなかった。ナギも意味が分からず無意味な声を漏らすばかりだった。

 誰よりも自分の近くにいた一番の味方であるはずのユリアが、天使のような姿になって、見たこともない力を使って、守護するべき人間を───それも自分を攻撃した。

 理解など、出来るはずもない。

 しかしそれでも、防衛本能は嘘のようにしっかりと機能していた。

「ナギ…………具現しろ」

「あ、主様速まっちゃダメです!もしあれがユリア様だったら…………!」

「身を守る手段で持つだけだ!斬るわけないだろ!」

「…………………はいです!!」

 ナギの身体がフラッシュし、金光を反射する白刃となって洋斗の手に収まる。抱きかかえていた少女の重さの分だけ浮いた身体と、自由に動かせるようになった両腕のおかげで、光線の回避に集中できる。脳裏に浮かんだ数々の疑問も、その時に投げた。精一杯、現状の理解と打開策の思案に頭を回す。

(だめだ、今考えたところで何の意味もない。今は『あれ』と正面から向き合うことに集中する!)

(了解です!)

 洋斗は頭の中を強引に切り替え、体中にある全神経をただ一点、彼女の手ではなく眼を注視することに専念させた。

 洋斗といえど、弾丸を見てかわすなんていう曲芸が出来るほど人間を辞めてない。無論光線を回避するなど以ての外である。それでも実際に何発も降り注ぐ閃光を回避できているのは、射撃系の武器は撃つ前に必ず照準を合わせるという特性があるからだ。つまり、銃弾を避けようとするなら照準を合わせようとする視線から逃れればいい。

 ただ、それだけでは事態は好転しなかった。

(かわしづらい…………!)

 まず銃弾より光線の方が速い、ということがある。着弾までの差はわずか数ミリ秒といえど、命の遣り取りとなればその差は大きなものとなる。

 そして周囲もユリアも眩しいほど輝いているのに、一番煌めくはずのその瞳に全く光が宿っていない。キッと睨む視線の方がはっきりしていて読みやすいのは道理だが、今の彼女はその視線すら虚ろに薄くぼやけていた。

 このままでは押し切られてしまう。

 あくまで推測だが、見た限り今のユリアは力の暴走とか憑依とか、そういう(たぐい)の窮地に落ちている。まさにマーデルと闘っていた自分と同じような状況にあると見える。

 だったら、その力を抑えればユリアが元に戻る可能性が高い。今はその可能性に賭けるしかないし、それしか思い付かない。

 洋斗は打開策として、『反撃』という形でユリアの力を停止させることに意識を切り替えた。

 逆薙を振るって傍に生えていた樹を一本切り倒す。その幹を肩に担ぎ上げ───。

「う、らぁッ!!」

 やり投げの要領で浮遊するユリアに向けて投げとばした。

 それが彼女に当たって堕ちてくれれば万々歳───なのだが、ユリアの光線が樹木を打ち抜き内側から爆散させる。

 もちろんそれは承知の上。

 ユリアが樹を撃ち抜いているわずかの間に、ダッシュで死角に回り込んで一気に跳び上がる。

 対空ミサイルのように一直線に狙うのは、天使のシンボルの一つである白い羽。ユリアの背中に携わる美しい六枚の翼の片側三枚を切り落とすべく、体躯が空を貫く。

 黄金の世界に負けじと青白く光る銀の刃が尾を引いて天へと昇る雷撃の一閃と化し、洋斗は能力を付与した逆薙で斬り上げた。

 しかし、

 羽根は一枚たりとも散ることはなく、雷は阻んだ壁に激突して衝撃を散らすに留められる。刃はその翼に届かない。

 それは、息で吹き飛びそうなほど微小な光の塵。

 それが集合して形成された壁は希薄な見た目と裏腹に堅牢。青白く発光する刃はそれに阻まれ、衝突した雷撃もろとも弾かれてしまった。

 攻撃をはじかれ、空中にある洋斗の身体は自由落下を始める。

「ぐ………………っ!!??」

 他に足場が無く瞬発的な方向転換が不可能な現在の状況は、相手にとっては恰好の的だ。無論ユリアにとってもその例外ではない。すでに手の平はこちらを向いており、光の充填は始まっている。

(この光が何なのかは知らない。けど、さっきの感じじゃきっと能力も通用しない。どうする……………!!)

 このままでは何も理解できないままに風穴を開けられてしまう。

 物理攻撃も駄目。

 能力も駄目。

 今の一撃の時点で既に万策尽きている。


 ………………………………………いや。


 一つだけ、能力という不可解なシステムがふん反り返っているこの世界にあっても、イレギュラーとされている力が俺の中にはある。かつて自らを支配し、己の過去を一瞬で血に染めた大きな力が。

 迷いはある。

 この力は何かを壊すことしかできない力だ───『あいつ』は言っていた。壊したくないものまで壊してしまう───そう言っていた。

 これが生身のユリアに当たってしまった場合、皮膚筋肉骨髄問わず消滅してしまうだろう。

 けれど、『あいつ』はこうも言った───救済の力に変えてくれることを信じている、と。

 悩んでいる時間は無い。

『あいつ』が信じてくれた自分自身を信じてこの力を使う他無い。


 洋斗は刹那、ただ胸の内に願う。

 ───己自身の支配を。

 ───力に抗う更なる力を。

 ───あの天使を空から叩き堕とし、ユリアを地上に引き戻せるだけの力を!


 それだけで十分だった。

 切り替わる。

 全身の血流が大きく脈を打つ。

 体内にある空気が丸ごと入れ替わるような感覚が洋斗の体内で波を打つ。

 目を開く。

 ユリアの手から撃ち出された閃光。

 一瞬の間だけ、『深紅の瞳』はその先端を捉えた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 槍の穂先をハンマーで殴るように、洋斗は閃光に雷撃を叩きつけた。


 ギャリギャリギャリ!!とガラスを削るような音が飛び散る。逆薙、正確にはそれにまとわりついた『赤黒い雷撃』に激突した閃光が、砕け、地上に散乱し、弾ける。その欠片を追従して、衝撃の反作用で洋斗の身体は地上へ投げ出される。

 だが、光線を真正面から凌いだ。

 許容を越えた閃光が落下する肉体を貫くことは無かった。

(主様!朱点童子の妖気ならあの光に対抗できるみたいです!これならユリア様の力を削ぎ落とせるかもです!!)

(みたい、だな。さっきと違って確かな感触みたいな物があった)

 皮肉にも闇だの悪魔だのに類する力が一筋の光明となり、八方塞がりだった現状に差し込んだ。そしてその事実が、理解の範疇を超えたハプニングの連続でオーバーヒートした頭に良い意味で水を差してくれる。

 冷静な自分へと引き戻してくれる。

(けど、それでも今の状況は変わらない。ユリアの身体に当たらないギリギリの所を、あの塵みたいなのをそぎ落とすように攻撃する。今の感じからして、あの光線は受けられそうか?)

(素だとほぼ不可能に近かったですが、妖気があれば大丈夫そうなのです!)

(ならさっきの攻撃を繰り返し、て………………!)

 ナギとの意思疎通の最中、依然空中に佇むユリアに動きがあった。

 蚊を手で振り払うのではなく、両の手で叩き潰す───ユリアの行動が『除外』から『排除』へと切り替わる。

 蛍火のような光を蓄えたユリアの指先が、そっと円状に動く。その軌道が尾を引いて空間に刻まれた環。それが枝分かれして幾何学模様に変わり数個に分裂、それらが妖精のようにユリアの周囲を飛び回る。

 その環の面が、ぴた、と止まってこちらを向いた。数個の大きな目に見つめられているような緊迫感。

 その視線から逃れるように───ユリアの手が放つ閃光を横飛びで回避した。

 地を穿つ熱線を尻目に走る。

 じっくりと観察する暇は与えてくれない、あの魔法陣のような物の正体は不明。故に対抗策など考えようも無い以上、既存の手札の使い回しで立ち向かう。

 手順は先ほどと同じ。樹木の一本を斬り、上空へと投げつける。それを目眩ましとして、ユリアがそれに構っている間に死角に回って飛び込み羽の根本を斬り上げる。

 その予定通りユリアの背中が見えるあたりまで走り込み、照準を合わせるために上空を仰いだ。

 映るのは、樹を光線で撃ち抜く彼女の背中とそこから生える純白の双翼。

 そして、そのすぐ傍らで、キィ………と閃光を蓄えた円形の幾何学模様。

 その面は確実にこちらを向いていた。

「…………ッ゛!!?」

 あの円は、俺を捉えてる。洋斗の本能はそう直感し、上に跳び上がろうとしていた脚力を強引に真横へとねじ曲げた。

 キュン!と閃光が地面に突き刺さる音が後ろで鳴り響く。

 着地後の一瞬ですぐさま体勢を直し、改めて上を見上げる。

 持ち上がる首。

 縦に回る眼球。

 上へと動かしていた視線。

 その最中、ほぼ水平の位置で何かと視線がすれ違う。

 目の前の木の陰、そこから飛び出してきた例の幾何学模様。


 ───光のチャージはすでに完了していた。


 あまりに唐突で、何が起こったかの認識が追いつかない。あまりに至近距離で、手段を選ぶ時間すら無かった。

 身体はとっさに『空いた片腕で防御する』という手段を行使する。

 胸を撃ち抜く軌道を隠すようにかざした腕に閃光が直撃した。

 咄嗟のため腕を包み込む妖気は薄く、貫通は免れてもその膨大な熱量は防ぎきれない。腕を丸ごと火で炙られるような、突き刺すような傷みが脳髄にまで突き刺さる。

「がっ、ぁぁあああ!!!」

 それでも、焼き切れそうになる神経で強引に指示を押し通し、拮抗していた閃光ごと、腕を上へと振り払う。閃光は一直線に斜め後ろへと飛び、空の彼方へと消えた。

 光線はあの魔法陣みたいな幾何学模様から撃ち出された。

 要するに

(あれは、浮遊砲台………!)

 ユリアはこの魔法陣を4、5個形成していた。つまり、ユリアの両手に加えてその魔法陣が空中を飛び回り、好きなところから光線を撃てるということだ。

 そして、魔法陣に構っている間にもユリアは攻撃が出来る、というわけだ。

 それなのに、二撃目を放つのにわざわざ一撃目の終結を待つ道理はない。

 上に弾く動作の課程で、洋斗の視界もわずかに上を向く。


 ユリアが腕に光線の光を溜め、すでにこちらに照準を合わせていた。


 とっさの行動の直後に置かれたこの状況。

 身体は、目を見開くことしかできなかった。

 頭は、『あ……………』という言葉を最後に停止した。

 そして、

 本能が次の行動を選択し始めた瞬間。

 一筋の閃光が洋斗の頭に向かって撃ち



「洋斗!!!!」


 身体が、何か堅いものに突き飛ばされた。

 揺さぶられた視界には、断面約1m四方の茶色の柱と、それを貫く一条の閃光。

 地面を転がった後に映ったのは───。

「大丈夫?まだ生きてる!?」

 橙色の髪を振り乱して傍に駆け寄ってくる鈴麗だった。

「づ、なんだ……………!」

「え………ってその傷なに!てかその目…………!」

 そう言われて初めて、洋斗は閃光を弾いた腕に目を向ける。目を隠すように俯きながら。

 強く擦りむいたような傷が腕の肌全体を削っていることで肉が見えるほどささくれ、その隙間からしたたる血の雫が皮膚をまだらな赤に染めている。腕に当たるわずかな風さえも、刺すような痛みを伴う針となった。

「…………ねぇ」

 鮫肌のようになった腕から声に方へ目を上げると、当惑を露わにした芦屋の顔があった。

「これ、どういうこと?」

 大雑把な質問だったが、その一問のみで洋斗は彼が言いたいことを大方理解した。

 自分の瞳のこともあるが、砕けた天空、上に浮かぶ天使の存在と、その周囲を回遊する幾何学模様。文字通りに激変した世界。能力という異なる概念でも説明の付かない超常現象の連続。

 理解できていないのは洋斗も同じだ。その上で、目の前で起こった事実のみを伝える。それを傍観するように、ユリアはただその様子を見下ろしていた。




「…………………ダメね、それだけ聞いたら話し手の気が狂ってるとしか思えないわ。まあ実際、目の前で空がぶっ壊れてるんだから信じざるを得ないんだけど」

 にわかに信じがたい───といった感じで引きつった一笑をこぼす鈴麗。もし同じ話をここではなく日常の教室内で聞いたなら確実に鼻で笑い飛ばしていただろう。そんな彼女とは対照的に芦屋の切り替えは迅速で、すでに『状況をどのように打破するか』に重心を置いていた。

「聞いた限り一番厄介なのはその移動砲台?」

 回り込んだときに解ったことだが、あの魔法陣は独自に動いて本人とは別のセンサーとして標的を狙っている。つまり目眩ましも無駄、木陰に隠れてもすぐに見つかる。一点に集中していれば他の魔法陣、あるいはユリア本人から背中を撃ち抜かれてしまう。それは確かに脅威以外の何者でもない。

 ただ

「それももちろん、だけどそれ以外にも悩むことは多い」

 現状どういう理屈でかは知らないが、ユリアは今上空に佇んでいる。つまり彼女に接触するには地面を蹴ってそこまで跳び上がる必要がある。言うまでもなく、その行動には『身を隠せず、足も着かない空間に身を晒す』という大きなリスクが付きまとう。つまり、常に全体に気を張り巡らせながら、空中に浮かぶユリアに接近しなければならない。

 おまけに近づけたとしてもユリアの周囲に散らばる光の塵がある。恐らく本人の意志とは関係なく完全自動で楯を造っているものだ。砕くには相応の威力をぶつけなければならない。

 そして大前提として、ユリアを傷つけてはならないという縛りも存在する。そのため『塵を砕くパワー』と『塵だけを攻撃するコントロール』のバランスを高い水準で維持しなければならない。

 あまりにも難易度が高すぎる。それを、状況整理によって粛々と感じていた。

(こんなのどうすれば…………!)

 水を差された頭が再び沸き始める。


「なるほど……………それなら、手はあるね」


「……………………は?」

 あまりにあっさりと言ってのけるので、思わず呆気にとられてしまう洋斗。

 ここまでハードな条件を課せられている状況で簡単に対処法が見つかる訳など……………。

 洋斗はそう決めつけていた。

「ようは上空でもある程度動ければ状況は好転する。ユリアさんも助けられるかも。そうだよね?」

「いや、それはそうだけど…………………!」

 ここまで言ったところで、洋斗ははっと気づく。その表情を見て「ようやく気づいたか」としたり顔で笑う芦屋。そして言う。


「そんなの、僕の専売特許だ、よっ!」


 芦屋が地面に手のひらを叩きつける。

 それでたたき起こされたように、周囲からゴバァ!!、と飛び出した数本の土柱。勢いそのままに上空のユリアへと突っ込んだ。

 ユリア本人と周囲の魔法陣が、飛来するすべての土柱一本ずつに相対し狙いを定め、まとめて光線の雨で迎撃する。雨粒一つ一つが柱の中を貫通し、内から爆散した。

 それでも、柱の成長は止まらない。

 爆散して発生した粉塵を避けるように広がった柱が、ユリアを囲い込むように枝を広げる。

 数分と経たず、雑に組まれた格子で出来た球がユリアを取り囲んでいた。

 大きさはユリアを中心として、最小で半径約30mほどの三層構造。格子の穴は余裕で人が通り抜けられるほど、垂直平行は無視して造られているため様々な多角形の穴で構成されている。

 籠の中の鳥のように土柱に捕らわれているユリアは、一切表情を変えぬまま目だけで周囲を見回す。

 ───突然。

 バッと腕が跳ね上がり、頭上方向に閃光を撃つ。その線の先には、柱を駆け上がって上に回り込んだ洋斗が落下してきていた。

「ち………………っ!!」

 赤黒く輝く逆薙を光線にぶつけ、横に凪ぎ払う。

 空中で横に弾かれ、球面の一部を貫いて外に放出される閃光。緩やかに自然落下を始めた洋斗の身体を、一つの魔法陣が狙う。

 足場とすることを目的として形成された球状の格子があったとしても、その中にいては無防備な事に変わりはない。


 しかし、そもそもこの場に駆けつけたのは芦屋だけではない。


「させるかっての!!」

 キィ………ンと音を立てて光を溜めていた魔法陣。

 その横合いへと、火炎の砲弾と化した鈴麗が衝突した。

「鈴麗!」

「あの丸いのは私が何とかする!洋斗はユリアちゃんに集中しなさい!」

 そのまま魔法陣と向かいの格子に激突して止まり、洋斗を狙う別の魔法陣へと一直線に突進する。

 球面を反射するレーザーのような、端から見ればかなり無駄の多い挙動。だがジェット噴射による超加速が火属性である鈴麗の得意分野であることも、細かくて頭を使う戦術が成り立つほど彼女が器用でないことも、芦屋や洋斗は知っている。なのでそれを考慮したうえで、『足場で全方位囲い込み、鈴麗が陣をどうにかしている間に洋斗とユリアを相対させる』という戦法を選んでいるのだ。

『圧倒的攻撃力で豪快に暴れる鈴麗の(あら)を潰すようにその他三名がフォローする』というのが、これまでの練習の中で育んできた第七班の基本的戦術スタイル。それを実践で大した相談も無しに、状況に応じて即興でやってのけるあたりに班として共に切磋琢磨してきたチームワークが垣間見える。

 独りではどうしようもなく半ば自棄(やけ)になっていた状況が、仲間が二人増えただけで巡る戦況が一変していた。

『鈴麗の射線への侵入』を避ける事を頭の隅に置く必要はある。しかしそれでも、先の問題のうち『移動砲台』と『空中』という大きな問題が消え去ったことを考慮に入れれば、差し引きゼロどころかお釣りが出てくる。

(これは、『ありがとう』じゃ足りないな……………!!)

 最大限の協力をしてくれたチームメイトに有らん限りの感謝を。これだけやってくれれば十分すぎる。あとは洋斗とユリアの問題だ。

 自然に落下し、ようやく格子の一本に足を着く。

 閃光が射たれた。

 皿の上を転がる葡萄にフォークを突き刺すほどの無慈悲に無感情に、閃光は洋斗を狙う。

 洋斗はそれを───時に格子の上を緩急を付けて駆け、時に三層になっている球面の間を飛び回り、ギリギリの所で眩ませる。

 獲物を逃した閃光が貫通して粉砕した足場は、下の芦屋が適宜修復してくれていた。

 光線を上空のあらぬ方向に放出していた腕が、一気に下に振り下ろされる。剣を振り下ろすような動作で空間を縦に切り裂く光。それを横跳びでかわし、ワンステップで地を蹴る。

 血のような暗黒の雷が瞬時に黄金の天使の懐に飛び込んだ。

 刹那───ユリアの身体がわずかに横へずらしたが、構わず腰に溜めていた逆薙を振り抜いた。


 鉄球どうしがぶつかるような音が響く。


 彼女の残像を引き裂くように、赤黒の雷撃が金の塵を強引に削り取った。完全に消し去ったわけではないものの、ダメージを与えた感触は紛れもなく洋斗の腕に伝わっていた。

 そして、それ以上に重要なのは『ユリアがそれを避けようとした』という事実。

 先程まで彼女が動かしたのは両腕と首のみだった。それからこのタイミングで移動したということは、今の攻撃に危機感を抱かせる程には効果がある、と言うことに他ならない。

 わずかに密度の減った塵の壁を蹴り、すぐさま足場に足を着く。

 果たして望みは繋がった。

 残された問題は自分の力加減のみ。

(これなら…………!!)

 動きを止める暇すら作らず、足場を蹴って格子の上を横に駆け出す。

 その残像を、閃光の熱が瞬時に蒸発させた。




「うひゃぁ、すっご…………………ゥおっと!」

 鈴麗が感嘆の声をこぼしたのは、陣から撃ち出された光線をかわす直前だった。

 浮遊砲台の引き付け役を買って出た鈴麗は、洋斗を狙おうとする砲台を見つけては槍を持って一直線に突っ込むという、『自分らしい』猪突猛進な戦法でこの場をしのいでいた。

 目を向けるべきは、洋斗を狙う砲台と自分を狙う砲台。砲台の総数は片手で数えられる程度の数、にもかかわらず鈴麗はやることの多さに多忙を極めていた。

 性格などのいろいろな要素から鑑みて、鈴麗は二つ以上のことが同時に出来ない質の人間だ。そんな彼女がいきなり『迫る光線をかわしながら洋斗の周囲をチェックする』という芸当を労せずして出来るはずもないのである。

 だからわかる。

(すごい……………!)

 鈴麗は好き放題動いてるにもかかわらず洋斗の邪魔になってる気がしない。洋斗がちゃんと周りを見て、彼女の動く範囲をしっかり予測してくれている証拠だ。オマケにそんな小さくなった範囲の中で縦横無尽に動いて、的確なタイミングでユリアに近付いていた。

(まさか生命力の節約とかまでは考えてないでしょうけど、そこはさしずめ『戦の鬼』って感じかしらね)

 いつまでも才能に頼っていては駄目だ。それを目の前の光景が語っていた。

 ───自分自身の更なる高みを見た気がした。

 ───自分がまだ強くなれる可能性を感じた。

 張り詰めた窮地の中で、額に浮かぶ汗を肌に感じながら、


(負けて、らンないじゃないの!!)

 宣 鈴麗はうっすらと笑っていた。


 槍を包む炎と共に、鈴麗の心の炎も一気にその火力を増す。負けたくない、強くなりたいという気持ちが、脳を侵し始めていた疲労感を燃やし尽くして、身体に鞭打つ活力へと変える。

 実を言うと、悔しい───という気持ちもあった。鈴麗だってユリアを助けたいという思いは変わらない。にもかかわらず鈴麗にはユリアに手を差し伸べる事すら叶わない。そんな二律背反に挟まれている。けど、こういう状況でユリアを助けるとすればきっと私じゃなくて洋斗だろうなぁ、という『諦め』に近い思いもあった。端から見て二人が慕い合っていることは一目瞭然だったので、何というか、そっちの方が絵面(えづら)的にもしっくりくるのだ。

 そんなぞんざいな理由で二律背反を無視できる、自分のことを二の次にできる。そういう所も鈴麗の良いところなのだ。

 そして、洋斗の強さを認めていることも、確かに諦めの早さに繋がっている。

(親友のこと、任せたわ…………っ!)

 さて、一通り考えたいことも済んだ。

 熟考から意識を戻すと目の前にはあの手一杯な状況の対処が待っている。自分で言うのもなんだが、私はバカでぶきっちょだ。いつまでも他のことを考えられるほど、私の頭は都合良くできていない。

 なに、集中してしまえば黄色い円盤に突っ込むだけの簡単なお仕事だ。

 こんな事もこなせないようでは親友に、まして中華民国に顔向けなど出来るはずもない。




 迫る閃光に妖気ごと逆薙をぶつけ、横に弾き飛ばす。砕けた閃光はすぐ横の足場を突き崩して放射状に飛散した。

「はぁ…………っはぁ…………っ!」

 あの光の塵は、目測で半分以上は削ることが出来た、と思う。だが、洋斗の身体にも少しずつ、確実に疲労が溜まってきている。彼の険しい表情とそこを伝う汗がそれを言外に語っていた。やはり三次元的に動き続けることと、光を相手にするというコンマ1秒を賭けた戦況が、予想以上に彼の神経をすり減らしている。

 それに身体に傷が刻まれはじめ、その数は加速度的に増えてきている。閃光が当たり始め、逆薙で弾く必要が出てきたのだ。ユリアが自分の速度に慣れてきたのか、それとも自分の速度が落ちてきたのか。とにかく彼女の感覚が洋斗に追いつきつつある証拠だ。

 洋斗の数m横に、鈴麗が音を立てて着地する。

「調子は、どうだ?」

「生きてるけど、生きた心地がしないわ。出来るなら役割変更を要求したい。そっちは?」

「もうそんなに長引かせられない。これ以上は厳しい」

「ってことは……………」

「ああ、あの塵も削ってるし、希望も見えた」

 洋斗は、上空の天使を見上げる。


「───次で終わらせる」

「………………わかった。全力でサポートするから、さっさとあのお寝坊なお嬢様を叩き起こしてきなさい!」

 互いに目で呼吸を合わせ、ダッ!と左右に分かれて駆け出した。

 ユリアは何もせず、どちらかに目線を合わせることもしない。依然変わらず虚ろな瞳で虚空を見つめていた。

 代わりに徘徊していた数個の陣が左右に散り、流れるように二人を追いかける。鈴麗はジェット噴射で足にブースターをかけて、時に走る格子を変更しながら周回、圧倒的な速度で陣を振り切ろうとする。洋斗は断続的な方向転換で巧みにかわしながら球面に沿って上へと駆け上がった。

 そして、

(ユリア、もう少しだ…………)

 真上の格子の下面に足を着け、それを全力で蹴った。

(───いま、助けにいく!!)

 黄金に輝く世界を切り裂いて、黒血の弾丸がユリアへと一直線に突っ込んだ。


 ───俺の身体は血で汚れている。

 この手で幾多の人を殺した。自分の意志ではないとはいえ、この身体は故郷の村を村人の鮮血で赤に染めた。フローゼル家の時だって、ユリアを助けるという名目を振りかざして人を沢山殺した。そんな罪で俺は黒く冷たく汚れている───


 ユリアの顔と手がぐりん!とこちらを向く。

 そのタイミングに合わせるように、二つの浮遊砲台が飛んできて洋斗を囲い込み、挟撃の体勢をとる。

 ユリアの輝く手と陣を足し合わせた三つの銃口が、彼女の頭上へと迫る仇敵を狙う。


 ───けど、そんな俺を暖めてくれる人がいた。

 俺の汚れを拭おうとしてくれる人がいた。

 俺の荒んだ心をそっと抱きしめて優しく撫でてくれる、心の傷をオロオロしながらも慰めようとしてくれる、そんな人が俺の前に現れてくれた。次元の垣根を越えたこの出会いは、間違い無く俺という存在を救ってくれた。それは運命という言葉抜きでは語れない、かけがえのないものだ───


 ユリアの手から閃光が射たれた。

 両者を結ぶように放たれる光の一閃。洋斗は身体の体勢を強引にねじ曲げて、赤黒の雷撃を逆薙にのせて叩きつけた。

 ギャリリリ!!!、と黒が金光を食い破り、閃光の破片へと変える。

 光の断片は空間ごと洋斗の頬、二の腕、脇腹などを掠めて、後ろへまき散らされた。肌に付いた傷が疼くが、そんなことは歯牙にもかけない。


 ───そんな人が窮地に陥ったとき、どこかで小さく泣いていたとき、泣いていなくてもそれを隠すように笑っていると知ったとき。果たして俺はその人を助けられるだろうか?

 俺を支えてくれた人を失いたくない───そう決意して、俺は強くなろうと足掻いてきた。けど、そうして強くなっていくほどに、その人を助けるために進んだ道には血の跡が刻まれていく。罪がどんどん塗り重ねられていく───



 左右からキィ………と金切りのような音が聞こえた。両から挟むように位置した陣へと金光が集まり始めている音だ。

 衝突の反作用でねじ曲がった身体を無理矢理ひねり、体勢を変える。空中で頭が下になった状態、その体勢で捉えた二つの陣に向け、双方の掌を互いの方向に向けた。その腕に雷撃を溜めて同時に撃ち出し、閃光と相殺させるために。

 そのつもりだったが、その予定は炎の砲弾となった鈴麗によって打ち砕かれた。

 一方の陣に向け一直線に激突し、陣を球の反対面へと吹き飛ばす。

 その最中で加速を止め、鈴麗は強引に身体をひねる。槍を半回転させて肩に担ぎ、狙うは反対側の陣。

 そこに向けて、金の槍をぶん投げた。

 ジェット噴射の加速を受けて飛ぶ火焔の槍はもう一つの陣に向けて最短距離で衝突し、そのせいで閃光の軌道が僅かにズレた。

 ギュアッッ!!、と大気を焦がす熱と光の塊が背中のすぐ傍を掠めるのを感じながら、ユリアの方へと再度視線を戻す。


 ───その人は、俺の後ろで尾を引く血の跡を見ただけでも悲しい顔をしてしまう、とても優しい人。血塗れた身体に傷ついた心、壊すことしかできない破壊の力。そう考えると、俺はきっと本当の意味でその人を救うことは出来ない。

 その人を救うために、きっと多くを傷つけるから。

 その人は俺に救われるたびに俺の傷を見て悲しい顔をするだろうから。

 だけど、それでも。


 俺は、

 そばにいたいと思ってしまったのだ。

 ───



「!!」

 戻した視線の先、その先では既に先とは反対の手を掲げて光を蓄えていた。

 最早逆薙を振りかざすわずかな時間も存在しないと悟った洋斗は自分の胸の前に逆薙を斜めにかざし、そこに出来る限りの妖気を注ぎ込む。

 衝撃が走った。

 地上を照らすはずの光が、収束に集束を重ねて質量となり、圧倒的な暴力となって逆薙にのしかかる。

 耐えられない。身体か判断し、本能的に逆薙を横にずらした。腕が圧力に耐えきれず、逆薙が手から弾き飛ばされてしまう。

 けれども、凌ぎきった。

 金光を受けて煌めきながら弧を描き、翻りながら落ちていく逆薙。それを無駄にすまいとユリアから眼を離さず睨みつける。


 頭上に金の輪を、背中に銀白の翼を携える金の長髪の少女。

 その姿は、もう手の届きそうな距離にあった。


 ───もちろん、その願いは永劫叶わない。なぜなら俺は元の世界に帰らなければならないから。ここに残るつもりのない以上、余計な禍根を残すわけにはいかない。

 それならせめて、俺の周りで、あれ以上大切な人を失う悲劇は起こさせない。

 俺がそばにいる間だけは、彼女には笑っていてほしい。涙を流してほしくない。いつまでも、輝いていてほしい。

 今の俺なら、心からそう思える───


 右腕を妖気が包み込む。赤黒い電撃が拳を握る腕の周囲で踊り狂う。

 ユリアと洋斗の間を阻むように、光の塵が集まっていくのが見えた。その先で自分を見上げるユリアへと手を伸ばすように、

 塵の膜へとその拳を叩きつけた。

 ゴッッッ!!!!、という衝突音。

 吹き飛ばされそうになる程の衝撃。

 接触している手の平が焼かれていく感覚。

 異物を押し返そうとする反発の力が腕にのしかかる。

 それでも洋斗は重力の援護を受けて、砂の中に腕を入れるように、少しずつ塵の中に腕をねじり込んだ。

 手の平から手へ、

 手から腕へ、

 皮膚を焼き、亀裂から血がにじんでいく感覚が腕の皮から骨まで食い荒らす。より一層強くなった反発に骨が軋んでいく。腕がぼろぼろになっていくのが手に取るように解った。それでも反発で後ろに弾け飛びそうになる腕を、先の光線を受けて傷だらけの反対の手で押さえつけ、さらに体重をかける。

 ジリジリと押し進み、二の腕の半分辺りまで塵の中に沈んだ。

 そして、


 ───どうせ汚れきったこの体だ、この先自分がどんなに汚れたって構わない。傷ついたって構わない。それでこの先、大切な人の笑顔を守れるならば

 この体で

 この力で



 死力を尽くして、この身を賭けて、愛する人の笑顔を守り抜いて見せる!!



「ユリアぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 腕に全力で妖気をつぎ込み、赤黒い雷撃を最大威力で解き放った。

 猛威として襲いかかる牙となった闇を討ち祓うべく、光の塵が密集してねじ伏せようとする。

 が、その勢いが収まることはない。

 それどころか光を押し返し、少しずつ闇の浸食が進行していく。

 もう少し!

 そう思うと、更に力が沸いてきた。

 内から、一気に力を爆発させる。


 ガシャァァァァン!!と、ステンドグラスが砕けるように光の塵が爆散した。妖気の雷撃が、遂に最後の盾を打ち砕く。


 まぶしい光にアテられてボロボロになった腕を止めることなく、更にその先へと伸ばす。

 そこにいる天使の目が、わずかに見開く。ここに来て、初めて目の当たりにした表情の変化だった。

 伸ばした腕はこちら───斜め上の方を見上げているユリアの頬を掠め、胸回りを抱き締める形で肩甲骨の辺りに両腕を回した。

 洋斗は重力を受けて落下していたため、それに抱き締められたユリアも一体になって落下する。

 自分の脇腹辺りで強烈な光と熱を感じる。ユリアの腕が再び光を蓄え始めているのだろう。自分に危害を加える外敵の脇腹をゼロ距離で撃ち抜き、確実に葬り去るために。

 だが、もうそんな時間は与えない。

 洋斗は抱きしめていた腕をゆるめ、背中に回していた手を少しずらす。その手に触れたのは三対六枚の翼と背中の境目。探り当てた翼の根元を、手で優しくつかむ。


 そして。

 手に妖気を流し込み、翼を黒い雷撃で焼き切った。


「    !!?」

 バヂンッ!!!、と回路がショートする音と同時にユリアの細い体がびグんッ!!とはねる。六枚の翼が一斉に弾け、宿主を失った無数の羽根が衝撃波に乗って四散する。そして、頭上に浮かんでいた金の輪も風に巻き上げられるように塵と化して消えた。

 同時に、ユリアの身体を浮かせていた不思議な揚力も完全に消え去り、それを抱き締めている洋斗も純粋な自由落下を始める。

 上がる速度。確実に迫る地面。

 空中を華麗に舞う力など持ち合わせていない。なので洋斗に出来ることと言えば、離れないようにユリアの身体をしっかりと抱き締めることと、自分の身体が下になるように身体をひねることくらいだ。


 それだけで、十分だった。


 自由落下の終焉、そこに待ち受けていたのは背中から叩きつけられる鈍痛ではなく、ドシャッ、と砂の中に沈み込む(やわ)い感触。芦屋が予め堅い地面を大きな砂地に変えてくれていた。

「ぐ、ケホッ!ゲホッ!!」

 身体の半分を砂に埋めながら粉塵にむせる洋斗。それを(せき)で吐き出しつつ、羽のようにのしかかる少女の重さを確かめる。巻き上げられた砂を少し被ってはいるものの顔が埋もれるということはなかったようで、かかっている砂を払う手には血脈の鼓動がしっかりと伝わってきた。

「洋斗、やったのね…………!」

 同時にあの陣も消えたのだろう、空中から降りてきた鈴麗が喜びと安堵を露わに駆けてきて、二人の傍にへたりこむ。その後ろには芦屋が追従していた。

「ユリアさんは?」

「ああ、今は何とも無さそうだ」

「よかった…………」

 大きく息をつく二人を見て、洋斗も大きく安堵した。胸の上で寝付く彼女を、力の限り抱き寄せる。

 鬼の妖気で誰かを救えたのが嬉しかった。

 この手でユリアを助け出すことができたのがたまらなく嬉しかった。

「………………それにしても」

 鈴麗が喚起の表情を曇らせ、水を差すように空『だった』方を仰ぐ。

「あれ、消えないわね…………」

 その視線の向かう先には、ガラスをハンマーで叩き割ったような放射状の亀裂とその中心の穴、そしてその先で神々しく溢れる光の世界。天の象徴を失い、喧騒の消えた世界を依然として煌々と覆い照らしている。その天蓋が塞がろうという気配は見られなかった。

「こんなんじゃ明るすぎてろくに寝れやしないわね。不眠症患者が続出するんじゃないの?」

 苦しい戦いの後で気が抜けているのか、地面に座り込んだままそんな台詞をこぼす鈴麗。果たしてこれが冗談なのか本気なのか、そこまでは計り知れない。


 だが、そんな余裕はまもなく霧散した。

 天に残った金の亀裂が示す通り、




『ふむ、ようやく終わったか』

 天からの制裁は、まだ終わってなどいなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ