11章- ___ : 輔l必縺縺%縺守ィ縺ァ
……………………………………ここは、どこだ?
桐崎 洋斗は静かに目を開いた、気がした。というのも、眼を閉じても開いても目の前が暗闇であることは変わらなかったのだ。
感じたことのない独特な雰囲気に包まれていた。
とても体が軽い。『目を開く』という感覚がある以上身体はあるはずだが、このままだと身体が浮き上がってどこかへ連れて行かれそうだ。そして、頭の中が空白になったみたいに思考がクリアで澄み切っている。頭の中から無駄なものが消え去ったみたいだ。
『目、覚めちゃったみたいだね』
「!!」
突然、無音だった空間が何者かの声で揺れた。
『ここにいれば君は死ぬことはないよ。君が消えてしまってはこんなことをした意味がないからね』
声が妙にはっきりと明瞭に聞こえる。まるで耳そのものが音を鳴らしているみたいだ。そんなことを考えて、次いで浮かんできたのは幾つもの疑問符だった。
「待て…………………おまえは誰だ?というか、ここは………一体………?」
『君は、さっき自分の身体に何があったか覚えているかい?』
不意に諭すようにそう言われて、洋斗はこれまでの事を思い返す。
確か学校での事件解決のために山奥の研究所に入って、白髪の研究者に会って、それで………………………!!
「そうだ、腹に棘が刺さっ……………て……………?」
思い出すと同時、反射的に棘の刺さった脇腹に手を当てる。が、そこには穴など無く平常の肌の感触が返ってきた。
そう、確かに肌の感触があった。
「………………どうなった?あれから俺はどうなったんだ!?」
もう全てが終わってしまった、という最悪の事態を想定したが、
『今はボクが君の身体で闘っているよ』
返答は思い付く予想の斜め上を行くものだった。
『一応荒療治で穴は塞いでおいたけど、君はあの攻撃のせいで死の淵まで片足を入れていた、それをすんでの所でボクが踏み留めたんだよ。今の君は空を彷徨う魂と同格だよ。けど、安心して?君に代わってボクがあの世界を壊すから。もう君にあんな思いはさせない。だから君は世界が滅ぶ様を見届けていてくれればいいんだ』
「……………………そもそも、おまえは誰だ?」
『?あぁそうか。こうして言葉を交わすのはこれが初めてだしね。というか、君はボクの姿も見たこと無いか』
その一言から少し経って、暗闇だった周囲の色が一変した。
赤に近い橙色の明かりが左右二列、前後に延びている。その様子は長いトンネルを連想させた。
そこには、赤黒い人魂のようなものが浮かんでいた。ただ、お化け屋敷で見るようなものではなく、人間一人軽く包み込めるくらいの巨大な炎の塊である。
だが不思議なことに、それを見ても恐怖の類の感情は出てこない。むしろどこか安心するような感情を、心のどこかで感じていた。
『で、ボクの名前だけど、そうだな………………生前は外道丸なんて呼ばれてたけど、今は確か『朱点童子』とか呼ばれてたかな?ボクを殺しにきた人がそんな風に呼んでた気がする。山城の奥地に封印された、人の言うところの『鬼』ってやつだね。今はこんなふわふわした形だけど、当時はかなり有名だったんだよ、これでも』
「………………なんで鬼なんかがこんな所にいる?」
『さっきから言ってるだろう、君を守る為さ。君を苦しませる全てのものを振り払う、そのためにボクはここにいる』
「どういった経緯でそんな関係になったのかは知らないけど、見ず知らずのおまえに守られる筋合いはないな」
洋斗はきっぱりと言い放った。
「命を助けてくれたのは感謝するけど、俺の身体がまだ生きてるんなら、俺が戦う。どうすれば『外』に出られる?」
『行かせると思ってるの?ボクとしてはなんであんな所に居座ろうと思うのかの方が不思議なんだけど』
「マーデルとかいうヤツもどうにかしなきゃいけないし、何よりユリアのことが心配だからな」
『人の事なんてどうでも良いじゃないか、君さえ無事なら』
「話にならないか……………………速くここから出せ」
『させないよ、何が何でも』
「通りたけりゃ倒せ、って事か?」
『無理だとは思うけどね』
「ッ!!」
開始の合図はない。
有無をいわさず洋斗が瞬時に間を詰める。理由は分からないが、普段通りに能力は使えるようだ。
目の前まで走り、青い雷撃をまとった右腕を炎の中に突っ込んだ。
雷撃が炎に食われ、右腕が灼熱に焦がされる。
「ぐッ……………………ぁぁぁあああああああ!」
突き刺さる激痛を怒号によって叩き伏せ、雷撃を最大威力で開放した。
『づ…………!!』
苦悶の呻きをあげた朱点童子は、振り払うように黒い気を洋斗にぶつける。吹き飛ばされた洋斗は転げた身体を立て直し、再び朱点童子と相対する。
『想像以上の力で驚いたよ。流石はボクを収めるほどの器って事だね。でも今のボクの身体はこんなだから、形が無い以上『傷つく』とか『倒される』っていうものがないんだよね』
「う゛……………………いくつか聞かせろ。どうしても腑に落ちないことがある」
焦げ付いて煙を上げる右腕を気にしながら、洋斗はその疑問を口にした。
「なんで見ず知らずの俺を『守る』ことにそこまでこだわるんだ?」
『………………………そっか、君にとっては『見ず知らず』だもんね』
耳元で響くようなその声はわずかな哀情を含んでいた。
『ボクからしてみれば5年以上前から君の傍にいたというのに………………皮肉な話だよ』
「5年、前…………?」
その数字を頼りに、洋斗はすぐさま過去の記憶を遡る。
その頃は俺がまだあの村にいた頃で、あの村が滅んだのも、大体5年前。だがそこで頭打ちになってしまう。そこに痺れを切らした朱点童子はこう呟いた。
『あの時はボクにあんなに話しかけてくれてたのにね』
ガチ、と
頭の中で何かがはまる音がした。
「………………………まさか………!!」
『君は何もいないと思っていたのかも知れないけど、丁度あそこなんだよ。ボクが弘法大師とかいうお坊さんに封印されたのは』
思い出したのは、俺が小さい頃から事ある毎に通っていた、あの石碑だった。直方体であったことと文字が刻んであったことから、ただの石だ、とまでは思わなかったけれども精々誰かのお墓程度にしか考えていなかった。
「あそこに、おまえがいたのか……………」
『そ。ずっと一人であそこに籠もっていたんだ。そんなボクに話しかけてくれたのが君。なんでかは分からないけど、それがボクが君を守りたい理由』
「…………………おまえさっき、『世界を壊す』とか言ってたな。あの白髪の研究者を倒したあとはどうするつもりだ?」
『眼につくものを片っ端から消し飛ばしていこうかと思ってる』
「………ユリアはどうする」
『ユリア……………あ、あの金髪の女の子かな?うん、もちろん消すよ』
「………………………………」
『だって、この世界には君とボクがいれば十分でしょ?他の人なんて、君に危険をふりまく不安分子でしかないじゃん』
「…………………………………ふざけんな」
『…………………?』
「眼につくもの全部壊す?ユリアを消す?そんなの、俺が許すとでも思ってんのか!?」
『なんで?『あの時』は他の人を殺すことを許したじゃないか!それがなんで今になって……………!』
「あの時……………………?」
鬼なんかにそんなことに許しを出した覚えは…………………
いや、一度だけある。一度だけ、俺の身体を使われたときが。
「…………………俺の身体で村の人たちを皆殺しにしたのは、おまえだったのか」
『そうだよ!ボクが君に代わってあそこにいた人達をみんな壊しておいてあげたんだよ!あの時に僕がいなかったら今頃君は土に帰「ふざけんじゃねぇよ!!」…………………………………え?』
朱点童子が発する音は、洋斗の怒声によってかき消された。思わぬ反応に朱点童子から動揺の声が漏れる。
「あれのせいで、俺がどんな思いしたのか分かってんのか!親を殺された上に、目を覚ましたら生きてる人が誰もいなかったときの気持ちが!」
ずっと、ずっと胸のうちで固まっていた感情が溢れ、叫びとなって吐き出される。
「つい昨日まで笑ってた人の首が足下に転がってたときの気持ちが!血の臭いでむせかえる中を、死体まみれの真っ黒な道を一人で歩いたときの気持ちが!おまえに分かんのかよ!!」
息が切れるほどに叫んだ。
身を焦がすほどの憤怒が。
心が潰れるほどの後悔が。
半生で抱え込んだあの惨劇に対する思いをありったけぶつけるような、そんな叫びだった。
対して、それを受けた朱点童子から発された声もまた、怒りと後悔からの叫びだった。
『……………………あれしか、なかったんだ。ボクに出来ることはあれしかなかったんだよ!!』
「!!」
『ボクだって、出来ることなら君が笑ってくれるような助け方をしたかったさ!見事に華麗に美しく、さらうように君を救い出したかったよ。けど、ボクは鬼だから、ボクには何かを壊す力しか無い。だから、だからああいう形で降りかかる火の粉を払う事でしか君を助けられなかったんだ!!』
「だったらなんで父さんや母さんを助けなかったんだよ!!?」
『っ』
「俺を助けるんだったら、俺を本当の意味で助けたかったのなら!どうして!二人が殺される前に来なかったんだよ!そうすれば……………………」
『残念だけど、君に乗り移って助けることが出来たのはその親が殺されたおかげなんだよ』
「なん、だって…………………」
『さっきも言ったとおり、ボクは鬼で、いわば悪霊だ。生前に何人も人を殺してここにいる。だから、人間の持つ強い負の感情が無いと、ボクが目覚める事は出来ない。ボクを覚ましたのは君の『親を殺された苦しみ』という大きくて黒い感情。それがあったから君の中に入り込むことが出来たんだよ…………』
「そんな………………!」
洋斗は力の抜けた膝を落とし、しばらく眼を虚空に彷徨わせていた。
初めから、親が殺されなければ自分が助かる術はなかったのだ。それも、敵対する全ての知り合いを殺害するという最悪の形で。そして今それを知ってしまった以上、これから先『親をあんな形で失った悲しみ』と『村人をこの手で殺してしまった罪悪』を一手に背負い、生き続けていかなくてはならなくなったのだ。
「それなら………………」
そんなの
「なんで俺一人だけを生かしたんだよ…………?」
───死ぬことよりも苦しいに決まってるではないか。
「あんな事になるくらいなら、あんな苦しい思いするくらいなら、あそこで死んでしまった方がまだ楽だった…………!なんであそこで、あのタイミングで俺を助けたんだよ!俺を見殺しにしてくれていれば『見殺しになんて出来るわけがないだろ!!!』
洋斗の本音に迎え撃つように、朱点童子は叫んだ。
───いつしか対話は『心のぶつかり合い』へと変わっていた。
『この際だからはっきり言うけど、君こそボクの何を知ってんのさ……………』
朱点童子は言葉に一拍おいて口を開いた。
『まだ封印される前、つまりボクがまだ鬼として生きていた頃は茨木とかとらくまとかみたいな他の鬼達と楽しく酒を交わしていた。だけど人が住処を襲ってきたときにその鬼達はみんな殺されて、残ったのは有り余る妖気で霊体だけ生き続けたボクだけ。そして、霊体のままあの山城の地に封印された』
『それから千年だよ?千年以上も前からボクはあの石の所に縛り付けられてた。その間ボクはずっと一人だったんだ。初めは寂しかったよ?けど寂しさを含めた全部の感情は五十年くらいで忘れちゃったよ。それからは無感情のまんま、それこそ石みたいにぼんやりと石の上に座ってたんだ…………………………君が目の前に現れるまではね』
「………………………………!」
『君が最初にそこにきたときは何とも思わなかったんだ。これまでも何人か人が通ったことはあったから。けどその時に、君は石の方じゃなくてその上に座っているボクの目を見たんだ。驚いたよ、明らかに眼が合ったんだから』
『それ以来たびたびそこにきてくれるようになったね。それで、君のこと、君の家族のこと、君が住む村のこと、君が話しているのを聞いている内に、その時間が楽しいって思えるようになったんだ。一人の時は君を待ちこがれて、草が音を立てるだけで君が来たのかと胸が躍った』
『───そして同時に、君がいないときは退屈で寂しかった。孤独がここまでつらいものだったんだっていうのを改めて思い知った。もうあの孤独を味わいたくない。あんな世界はもう御免だ!ボクにとっては君こそがボクの世界そのものなんだ!だから君さえいればそれで良い!』
「……………………………」
感情にまかせて高ぶっていた心は、朱点童子の言葉を聞いているうちに落ち着きを取り戻していた。朱点童子が話していたことについて、頭の中で反芻してみる。
人間と同じように、鬼や妖怪などにも友達や家族がいて、喜びや悲しみといった感情を持って暮らしている、ということだ。
そんなこと、考えたこともなかった。
俺に死んでほしくないっていうのも、どんな事をしても守りたいっていうのも頷けるのだ。
「俺には同じ所に千年居続けるっていうのがどんな事なのかは分からない。どれだけの孤独だったのかなんて想像つかない。けど、それと世界を壊すっていうのは繋がらない」
『あの世界は君にたくさんの驚異をもたらす。自然の猛威だけでなく、仲間であるはずの人同士でもね。鬼であるボクが言うのも癪だけど、君の世界は腐ってる。あんな所にいたら、いつか君が壊されてしまう!』
「…………けど、全部がそうなわけじゃない、良いことだってきっとあるし、他の人がいるからその驚異とやらにも刃向かえる。おまえが俺を守りたいっていうように、俺にだって守りたい『世界』がある。どんな事をしてでも、俺に何があっても、それでも助けたい『世界』がある!」
例えばいつも奇想天外のことが起こるとても楽しい学校生活だったり、友達と帰る放課後の時間だったり。
例えばいつも目の前でイチャついている皇女と総長だったり、日溜まりのような暖かな笑みをこぼす金髪の子だったり。
そういったもので、洋斗の『世界』は出来ている。
「おまえはそれを壊すって言った、俺の目の前で堂々とな。そう言われてどう思うか、ここまでして俺を救おうとしたおまえなら分かるだろ?」
『……………………………だったら』
涙をこぼす子どものように。
『ボクはどうすればよかったの…………………?』
ぽつりとつぶやく朱点童子の声は、息を吐いたかのようにか細いものだった。
『一体、どうすれば正解だったの?』
「……………………これで、よかったんじゃないのか?」
『え………………………』
「そりゃあ、あんな事になったのは間違いなく失敗だった。けど、その結果として俺はこうして生きることが出来ているし、親父に拾われて強くなって、誰かのために戦うことだって出来ている。おまえもこうして死にかけている俺を助けてくれたわけだし、それに他意がないっていうこともわかった。そしていろいろあって、こうしてお互いのことを知ってその上で理解することも出来た。
それで十分なんじゃないか、っておまえの気持ちを知った今は思うんだよ」
「どんな選択をしたって必ず『失敗だった』と思う時はきっとあるんだ。けど、この選択でお互いに良いことはあったんだしお互いにやりたいことが出来ているんだから、あの時の選択はきっとプラスな回答だったんだと思う」
もちろん、桐崎家に拾われて直ぐの頃は眠れない日が続いた。目の前で炎がちらつく幻覚を見たときもあった。それでも親父がいたおかげでその恐怖を、これ以上誰かを失わないための強さに変えることが出来た。そして実際にこの力で誰かを救い出すことも出来た。
辛いことだったけれども、それがあるからそれ以上の良いことがあった。
そして、
「その選択をした上で、その後にどうするかの方が大事だと思うんだ。だから俺は今からあいつを倒してユリアを救い出す。そのためにもここから出る方法を教えて欲しい」
過去の辛いことを乗り越えて、今辛い目に遭っている人のために動くことが、自分の役目だ。
『……………………ボクだって君を助けたい。これから先きっといろんな事があって、君が誰かのために傷を負う。それはボクだって悲しいよ。けどボクが力を奮えば、きっと君が壊したくないものまで壊してしまう』
『だからどうか、君がボクの力を使って欲しい』
「どういうことだ?」
『そのままの意味だよ。ボクの中にある気を君の支配下におくのさ、自由にこの力を使えるようにね。そうすればボクだって君の力になれるし、君ならきっとこの力を誰かのために使ってくれる。『破壊』の力を『救済』の力に変えてくれるって信じる事にするよ』
「……………いいのか?」
『ボクにはもう必要ないからね。君が世界を守り続けて、その中で君が笑っていられるのなら、きっとそれはボクの願いでもあるんだから。君の世界を守り続ける君を、ボクは守り続けるから』
「……………そっか」
自分の預かり知らぬ所で自分が誰かの幸せとなる。何が起こるか分からないもんだな…………と、洋斗は頭の片隅で感じていた。
『あと、ハナからここに出口なんて無いよ。『出たい』と本気で思っていれば、どっちに歩いても外に繋がってるのさ』
「わかった。さっさと外に出て、あの銀髪をぶん殴ってくる」
『君ならやれるさ。朱点童子であるボクがいるんだからね』
「……………だな」
鬼が言う軽い冗談に小さな笑みを返し、朱点童子に背を向けて歩き出した。
鬼(親友)の持つ破壊(救済)の力で自らの世界を救い出すために




