3章-1:男子高校生の苦悩
ー2012.04.08ー
彼は今、呆然と斜め上を見上げていた。視線の先には壁のような鉄格子がそびえている。
校門は城門に匹敵するほどデカい。高々一つの学校にこれだけの物が必要なのだろうか?
───そんなことを考えている異邦人・桐崎洋斗をよそに、恐らく新入生であろう人たちが荘厳な雰囲気漂う校門の中に吸い込まれていく。
そう、今日は国立フォートレス能力専門学校の入学式当日なのだ。
そういうわけで訳で、いつまでも校門にばかり圧倒されていても仕方がないので、校舎の中に入ることにした。
新入生の流れに任せて歩いていると、一際大きなドーム状の建物が見えた。あれが入学式の会場だろう。入口にさしかかると、細い眼鏡をかけた、心なしか頼りなさげな女性が座っていた。机には『受付』と書かれた紙がぶら下がっている。
「えと、お名前のご記入をお願いします」
指された紙に名前を書く。
「桐崎洋斗様ですね。こちらの袋を持ってD-18番の席に座って下さい」
女性は『何も見ずに』そう言った。全く動きに無駄が、というより迷いがない。まるですべて暗記しているかのような動きだった。ちょっとだけ感心しながら体育館に入る。ここが体育館だというのも先程知ったのだ。
中に入るとそこは白熱電球とはやや違う、この世界の電気特有の光に溢れていた。これも能力とやらで光っているのだろうか。
さて、D-18席を探さなければ…………と思って袋の中に入っていた案内を片手に席を探し始めた。ご丁寧にもD-18の所にはマーカーで印が付けられていて、この袋が俺専用であることがわかると同時に、益々あの受付の女性がただならぬ猛者のような気がしてきた。大体の位置を把握していざ行かん───としたところで、あからさまにオロオロと目線を泳がせている人がいた。多分俺と同じ新入生で、恐らく迷っている。中学生の頃は人と距離を置いていたこともあって少し躊躇ったが、あまりにも見るに耐えなかったので声をかけることにした。
「どうしましたか?」
「え!?あ、その…………席が分からなくて………」
予想的中である。
「ちょっと案内見せて下さい」
その人の案内を見せてもらうと席の番号はD-02、位置は俺の席の前だった。
「俺の席、すぐ後ろですよ?一緒に行きます?」
「本当ですか!?それは助かります!」
という訳で一緒に席に行くことにした。そういえば、と洋斗はまだ名乗っていないことを思い出す。
「あ、俺は桐崎洋斗って言います。えと………」
「あ、僕は芦屋、芦屋 道行です、よろしくね!」
いまいち人との会話が続かないタイプなので特に話しもしないまま歩いていると、すれ違う人たちがチラチラと芦屋を見ていくことに気づいた。その目あるのは───『羨望』と、『残念』?
「…………気になりますか?」
声の方を見ると、芦屋が疲れたような表情で笑っている。
「まぁそこまでは…………気にならないんですか?」
「敬語じゃなくていいよ…………周りの目には、もう慣れたかな。僕は能力流派の頂点に立っていた、『芦屋一門の総長』だからね」
………………?
「そ、総長?流派って………?」
「驚くのも無理ないよね。こんな頼りないなりした人が芦屋の頭として立ってるんだから…………」
驚いているところは少し違うが、どうやら芦屋はスゴい人らしい。
「芦屋、偉い人だったんだな…………驚いたよ」
「…………そんなこと無いよ。みんなは総長総長ってはやし立てるけど、肝心の僕自身が大した力量も持ってないし、リーダーシップもない。それに…………」
ここで一息入れる。暗かった表情にさらに影が差す。
「芦屋一門、どんどん勢力が弱まっているんだ。代々受け継がれてきた歴史ある家系だから、そこを僕がどうにかしなきゃ行けないんだけど…………どうすればいいか分からなくてね」
「…………それは、大変そうだな」
ここで話が途切れた。残念ながら、ここでどんな言葉をかければいいかなんて洋斗にはわからなかった。
程なくして彼らは無言のまま席に到着したのでお互い静かに座っていた。ふと体育館を見回してみる。円形のドームであることを除いて、特におかしなものはなく、元の世界と同じような作りだった。変わってないものもあるんだな、なんて事を考えているとそろそろ始業式という時間になってきた。
始業式は何事もなく昼頃に終わった。俺に関係あることと言えば、ここは能力についての知識を得ると共に、能力の鍛錬を行う場所であること、このA~Eに分かれた5つのブロックが今後3年間のクラスであり芦屋とは3年間同じクラスであること、 あと担任がさっきの受付の先生───橘 奏さんであるという事くらいだった。
この後、芦屋と隣の建物に行って、ゴードンさんからもらっていたお金で教科書などの必要なものを買って解散となった。そして異邦人であることを隠すためになんとか話を合わせながら帰路につき、家が洋斗より近いこともあって芦屋の家に寄ることにした。そこには元いた道場のものの1.5倍弱ほどの大きな門が構えていた。
「長居はしなくていいからお茶だけでも飲んでいってよ」
そういって芦屋は俺を招き入れた。
中は長い廊下に沿って部屋がある細長い形になっていて、所々折れ曲がってできた空間はちょっとした日本庭園になっていた。ただ手入れはされていないのか、所々に雑草が目立った。
洋斗達は一番奥の一際大きな部屋に入った。特に大した家具もなく閑散としている。実は屋敷によらず質素な暮らしをしているのかもしれない。
俺は思わず率直な感想を口にした。
「何か………静かだな」
「まぁね、僕が小さい頃はもっと賑やかだったんだけど、一門の衰退につれて少しずつ抜けていってね…………」
口が滑ったことを心から後悔した。芦屋の負のオーラが出てきてしまっている。何か話題はないかと見回していると、あるものを見つけた。
「これは…………将棋盤か」
棚の一番下の段に、やや黒ずんだ将棋盤が入っていた。よく見ると側には駒が入っていると思われるこれまた黒ずんだ箱があった。これに食いついた理由は、母に将棋を教えてもらってよくやっていたからだ。親父はからっきしで正直余裕で勝てるのだが母がとても強く、一時期は暇ある毎に何度も勝負を挑んだのを覚えている。
「将棋出来るの?」
「あぁ、えっと……母さんとよくやってたんだ…………親父はド下手だったけどな」
「へぇ、お母さんが将棋って何か珍しいね?」
「そうか?」
「だって、プロの人……棋士って言うんだっけ?その人って男多いし」
「言われてみれば確かにそうだな…………やる?」
「いいの?僕も久々にしてみたいって思ってたんだ!」
こうして桐崎 対 芦屋の対戦が始まり…………
終わる頃には日が少し傾いていた。ちなみに対戦の結果は芦屋の勝利である。
「…………思ってたより『固く』て驚いた、全然崩せなかった」
「これでもお父さんに鍛えられたからね。そんなことより洋斗君も面白い打ち方をするよね?パターンにないから焦っちゃったよ」
「そ、そんなに変だったか?確かに定石とかあんまり勉強はしてないけど……」
「まぁそれであれだけ戦えてるんだから良いんだろうけど…………多分門下の人になら勝てるんじゃないかな?」
「それ皮肉に聞こえるぞ?」
「そ、そんなこと無いよ!?」
この後もしばし談笑してから、いい時間になったので帰ることにした。
「暇だったらまた来てよ!」
「そうするよ、またいつか将棋やろうか」
「……………うん!」
こうして俺達は別れた。芦屋とはいい親友になれそうだ。
いつかは元の世界に帰るんだけど…………。
しばらく歩いていると、お屋敷についた、のだが…………。
ドアの前に知らない女の子が立っていた。何やらガサゴソと鞄の中を漁っている。
───ものすごく怪しい。
特に理由はなかったが、念の為足音を殺して近づいていく。相手は全く気づく気配がないようで、ガサゴソ鞄を覗いている。そしてすぐ後ろまで近づいたところで、さすがに声をかける事にした。
「あの……」
「わひゃッ!?」
女の子が勢いよく振り返る。艶のあるしなやかな金の髪がふわりと舞った。その姿は、何というか…………。
すごく綺麗だった。
傾きかけた日の光を受けてとても美しく輝いていた。
花とは少し違う…………「えと……あの…」…………そうだ、月だ。花とは違う、落ち着きみたいなものがあるような気がする。
少しの間ボーッとしていると(人はこれを『見惚れている』と言う)、
「おや、洋斗様にお嬢様、いかがなされているのですか?」
「うおッ!?お、お嬢………って」
「あ、叔父様!ナイスタイミングです!」
「「?」」
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「要するに、鍵を忘れて狼狽してるところに桐崎様が帰られたと」
「…………はい。全くもって仰るとおりです叔父様」
「全く………お嬢様はこういうときに浮き足立つのが悪い癖です。以後気をつけて下さい」
「……………………はい」
「あの…………お嬢様って、まさかこの人が?」
「ええ、お二方は会うのは初めてですね。お嬢様、自己紹介を。(何事も最初が肝心ですよ?)」
「は、はい!えと……ユリア・セントヘレナといいます!この間は危ないところを助けていただきありがとうございました!」
(こんな綺麗な人、一体いつ助けたんだっけ?大体、ここに来てから人助けなんてしてないんだけど…………)
「桐崎洋斗です。こちらこそ(?)いきなりここに居座ることになってしまって…………」
「え!?いえ、洋斗さんは命の恩人ですし、そもそも屋敷の管理等はほとんど叔父様がしてくれてますから、叔父様がオッケーなら断る理由がないです。それに…………部屋ならいくらでも余っていますから」
「この屋敷にはどれくらい人がいるんですか?」
「私と叔父様と、叔父様のお手伝いさんが4人ほどです」
「え、こんな大きなお屋敷に「そうでした、洋斗様にこれを」
言いかけた洋斗にゴードンさんが小さな袋を手渡す。
「……何ですかこれ?」
「屋敷の鍵です。先程お嬢様が申したとおり、私達は洋斗様を歓迎します。この証にと思い鍵を作ってもらっていたのです。この屋敷は我が家のように使っていただいてかまいません」
ゴードンさんは小さく笑ったままそう言った。
「お嬢様、紹介も終わったことですし、いつまでも制服だとせっかくの新品にシワが付きますよ?」
「え………はい、そうですね。先に着替えてきます」
ユリアはそそくさと部屋を後にする。出る直前に少し不安げにこちらを見た気がした。
───さて。
この閑静な部屋には洋斗とゴードンさんがいる訳だが、心なしかゴードンさんの表情にはいつも以上の真剣みがあった。だがゴードンさんは口をつぐんだまま、時間だけが刻々と過ぎる。恐らくこちらから切り出すのを待っているのだろう。沈黙に耐えかねた洋斗は、ついに話を切りだした。
「どうして、あそこで話を切ったんです?」
「…………やはり、無理がありましたか」
あのタイミングでの話題転換には明らかに違和感があった。どうやらこの問いは的を射ていたようだ。
「お嬢様にあれ以上身内の話題を語らせるのが酷だったのです。これから私が知っている限りを教えましょう」