11章-2:それぞれの戦い
足音が少しずつ小さくなって、消えた。
生命力もうっすらとしか分からないほどに、ものすごい速さで行ってしまった。
ここにいるのは、自分ひとり。
正直、すごく怖い。
けれど、一人で苦難に立ち向かうこと以上に、洋斗君の背中が離れていく方が、嫌だ。
「……………よし!」
ユリアは静かに銃口を壁に向けて、引き金に指をかける。
踏み込んだら、戻れないぞ?
目の前の壁が自分の覚悟を試しているような気がした。
(戻るつもりは、ない!)
その意志を震える指に込めて引き金を引いた。
乾いた発砲音と共に壁に大穴をあけた金色の炸裂弾。目の前の白い壁は、先の見えないまっ黒な穴に変わった。
「………………………っ」
銃を持つ手がわずかにふるえるのを反対の手でつかみながら、ユリアは穴の中に足を踏み入れる。
中は、廊下から見た以上に暗闇だった。そのせいで全く先が見えない。足下に何かあったら間違い無く派手にすっ転んで顔面から床面へダイブするだろうが、幸いユリアの足をすくう物は無さそうだ。
ユリアの足を鈍らせている要因はもう一つある。
暗闇の中に入ってから、彼女は一度も壁に当たっていない。廊下からひたすらまっすぐに直進しているのだが、壁や段差どころか何一つ物体が存在しない。世界の崩壊すら連想させるそんな状況が、彼女が前に進むのを躊躇わせている。もっとも、それでも警戒を怠らずに足を進め続けられている時点で、白宴祭の出し物レベルのお化け屋敷ですら恐くて震えていた以前に比べれば十分過ぎる進歩なのだが。
さらに5分ほど歩いたところで、
「………………?」
不意にその足を止めた。そして、改めて周囲に気を張り巡らせる。
………………………やっぱり感じる。
注意しなければ気づけないほどだが、確かに生命力の存在を関知した。しかも一つではない上にそれぞれがそれなりの速さで動いている。
間違い無く、敵だ。
(人が、いますね…………)
ユリアは気づいていない振りをするため、ゆっくりと歩き始めた。そっと息を殺して今後の行動方針を考える。
逃げるか、争うか。
決して消極的な選択を強いられているわけではなく、どちらもそれぞれに『温存』と『安心』というメリットを持つ。だが、ユリアには前者が良策とは思えなかった。相手はきちんと動いている、そこに躊躇いはない。つまり、記憶か能力か、相手側はこの空間の地形を把握する何かがある。さらに相手は複数だ、何一つ障害物のない中で無事に相手をまくことが出来るとは考えられない。
という訳で選んだ選択肢は、争うこと。
戦闘については坂華木先生から簡単なノウハウは教わっている。戦闘を開始するに当たってまずやるべき事は…………。
(戦況の把握、それと、どうやって先手を取るかを考えること…………)
実際の軍事の場合も、自らの持つ戦闘力や作戦地域の地形や気象、敵軍の情報などを総合的に考慮して具体的な攻撃目標や陣地配置が決められる。
今は明らかに不利な状況で、選択を誤ればただじゃ済まないのは明白。そんな状況下で、如何にしてこの状況を覆すか又は少しでも好転させるか、それをしっかり考えて行動を起こさなければならない。
それでも、こんな暗闇の中では状況把握など出来るはずもない。多少の思い切りがないと打破できないのも事実だ。
(……………………やっぱり、これしかない!)
ある程度策を固めた所で、改めて周囲を見渡す。依然変わらず、数個の生命力が自分の周りを周回していた。何もしてこないのは、果たして警戒なのか油断なのか。ユリアは遠くを眺めるように眼の上に手で傘をかける。そして小さく手を挙げるように体に隠しながら銃口を上に向け、引き金を引いた。
射出された黄金の弾丸は、ユリアの頭すぐ上で炸裂し、
カッッ!!!!───と
強烈な閃光を撒き散らした。
「が…………っ!?」
正面を正午とした2時の方向から、小さな呻き声が聞こえた。そこには苦しそうに眼を押さえる男がいる。周囲を見渡して男女総勢6人、同じような漆黒の服装をした人達が皆同じように動きを止めていた。何らかの方法で闇の中でも視覚を確保できているとすれば逆に光は眩しすぎるのではないか、という彼女の読みは当たったらしい。
それと同時に、ユリアは周囲の地形を確認する。一言でいえば、平坦。とにかくまっ平らな空間が広がっている。段差がないのはもちろん天井を支える柱の一本すら見当たらない。ただ、天井は普通の教室と同じくらいで、かなり低い。
手に入れた情報は、ここまで。
その先は、頭上の閃光弾が消えたことで再び暗闇に閉ざされてしまった。だがここで止まっている暇はない。相手の目が回復するまでに少しでも現在の不利を打破しなければ。
ユリアは眼を閉じて再び精神を研ぎ澄ませ、生命力関知に全意識を集中する。
(全員………………補足!)
眼を閉じたまま銃口を前に向け、ユリアは引き金を6回連続で引く。
銃弾の軌道はユリアの自由自在、標的の座標さえ定まれば、例え壁の向こうでも的中できる。銃弾は6発それぞれが別々の方向へカーブを描き、別々の相手の頭部に被弾させる。威力調整もやった。圧力計を撃つという特訓のおかげで、ちょうど脳を揺らせる威力(なぜ先生がそんなことを知ってるのかは不明)を身体で覚えている。弾はすべて頭に当たり、脳を揺らして意識のみを飛ばす。
はずだったが、現実は甘くない。
(!?2人、避けられた!)
6人中4人には見事頭部にヒットした、しかし残りの2人はすんでの所で回避したらしい。とユリアは目を開かないままで認識した。
「 !」
左右に一人ずついる内の左側から、別の生命力の塊が飛んでくる。恐らく、何かの攻撃だ。それをかわしながら力の発生源に向け弾丸をとばす。
が、相手は器用に体を踊らせ、それらをすべて回避してしまう。直線的な弾丸はもちろん、絡め手として放ったフックや回り込んで背後から迫るような弾丸まで。
(近づけちゃダメ………!)
左右から挟むように2発連続で放つが、相手はそれを上に跳んで回避。
そのまま天井を蹴ってユリアに突っ込んできた。
「っ!」
緊張で硬直しそうになる身体に鞭を打つ。
銃を撃ち、ユリアと相手との間に板状の弾丸で盾を張り、射出した。
「 !?」
盾の面と相手がぶつかり、弾丸の推進力で相手を空中に押しとばす。すかさず浮き上がっている相手に向けて射撃。
「ばぐッ!?」
空中で回転している相手の頭部に弾丸が滑り込み、炸裂した。受け身を取ったようすもなく、相手は後ろ首あたりから落下して動かない、意識のみをトばすことに成功したようだ。
が、ここで気づく。
(もう一人はどこに…………!?)
最後の一人を捜して振り向いた後ろ側、そのはるか先から見失っていた生命力がこちらに向かってくる。
その人が生命力で出来た何かを飛んできた。
それをかわし、銃をそちらに向けようとしたとき、
肩を何かが貫く感覚に、銃を支えていた右腕の力が消えた。
「え………………ぁ゛」
脱力した右手から銃がこぼれ落ち、カシャンと虚しい音が鳴り響く。それに遅れて、肩から激痛が走り抜ける。
「う゛、ッハぁ………?あっ………ぅァ!」
熱いところに手を当てると刺さるような疼きとドロッとした感触。瞼を開いて肩を見るとどす黒い血とそれを押さえて黒く染まりつつある白い手、そして、指の隙間に見える人差し指が収まるくらいの、抉られたような小さな跡。
痛い。
(な、何…………!)
攻撃となる生命力の塊は確実に躱した。それが後ろに抜けていったのも認識している。
けど、何かが当たった。
確実に自分の肩を打ち抜かれた。
反応は、無かった。
別の生命力が飛んできたわけでもない。
何かを射出する時の揺らぎもなかった。
何が、肩を抉った物は一体何だ?
疑問と苦痛で思考回路がパンク寸前まで追い込まれる。
だが混乱している余裕すら無い。そう思い出したのは、走ってくる音がようやく頭に届いてからだった。
痛みに顔を歪めながらも、銃を左手で拾い上げ、それを相手に向けて構える。今度はしっかり目を見開いて。
───一発。
相手はそれを半身になって躱す。だがその一瞬の間に、相手の手に収まっている物が黄金の弾丸に照らされる。
(あれは………………黒い、銃?)
手に握るグリップから前方に伸びる砲身、ユリアの銃とほぼ同型の闇のように黒い銃。
(……………こうなったら……………!)
ユリアは何発か牽制として撃ちながら、期が到来するのを待つ。そして、相手がこちらに銃を向けたタイミングを見計らって…………。
パン!
相手が銃を撃つ。
「う゛……………っ」
ユリアは力無く床に倒れた。
「…………………………」
相手は『拳銃』を向けながらユリアに歩み寄る。
じっと睨み続けてみたり、足でわき腹あたりを蹴りつけたり、意識の有無を伺ってみるが全く反応がない。
「…………………………こちらB-five、侵入者の一名の排除に成功、B隊員のケアの後他班の援護に向かいます」
風の能力ですっかりノビている隊員を浮かばせて運びながら、静かにその場を去った。
音一つ無い静寂。
世界が消えたかのような暗闇。
ざり、と。
その中で、床に広がっていた長い金色の髪が揺れた。
「……………………」
彼女は小さく、深く長く息を吐き出す。
ユリアがとった行動は、銃の発砲音にあわせて身体を倒し、遠目では分からないほどに浅く長く息をしながらじっとしていること。
結局の所『死んだフリ』である。
(な、なんとか、しのげました…………ッ)
周囲は暗闇で、補正をしているとはいえ視界は不十分なはずだ。その上、床にはギリギリ頭に届くくらいの血溜まりが出来ているうえに顔が血で汚れている。どうやら肩からの流血があったことも演技の信憑性を高めていたようだ。
髪に、血が付いていた。その事実に自然と表情がきつくなって、考えたくない事も考えてしまう。肩に赤熱した鉄棒を刺されたような痛みも一切の衰えを見せない。
無論、うずくまっている時間もない、一刻も早く洋斗君と合流しなければ。
立ち上がろうと足に力を入れる。
「う゛っ………………!」
その時、右足のふくらはぎに激痛が走った。
倒れたのは演技だが、銃声にあわせて体を倒したときに弾がそこをかすっていた。移動自体に支障はないものの、血は流れているし力も思うように入ってくれない。それでもそれらを丸めて押さえ込んで、気力で立ち上がる。
「………………はぁ…………………はぁ」
右足を少し引きずるようにしてユリアはゆっくりと歩き始める。洋斗君の近くに行けたらきっと生命力で分かるはずだ、それに引っかかるまではとにかく移動しなければなるまい。
進んでいく彼女の後ろの床には、一本の赤い線が細い尾を引いていた。
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廊下の一部を斬り飛ばし、漆黒の空間を駆ける佐久間。その足がふと止まったのは、暗闇に入って15分ほど経過した時だった。
「出てくるつもりがないなら…帰ってくれませんか?そこまで殺気をとばされると…気が散って仕方がないのですが………」
その言葉に、返答はあった。
逃げ道をなくすように、四方から石柱が迫ってくる、と言う形で。
『虚斬り』と称される彼の能力にも弱点はある。それは、この能力が所詮斬撃である、という事に帰着する。イメージで物を斬るから、イメージできる範囲の外は斬れない。自分の視界でイメージするので、視覚を誤認させられると太刀打ちできないし見えないところは斬れない。そして、範囲を一回ズバンと斬るだけなので、一点に沢山の攻撃が集中すると対応できない。など、その攻撃力の犠牲となっているものは多い。
佐久間は一瞬の間に四方のそれにイメージの焦点を合わせる。消滅させるのではなく、左右に分断して間をすり抜けるのが目的だ。
そして、刀の柄に触れると同時に柱を縦に両断する。
「く……………!」
だが、完全に真っ二つにするには至らなかった。
目の前の柱の面が左右に割かれた状態だが今はまだ奥の方で繋がっている。柱のもう一端まで刃が届かなかったのだ。
長さの憶測を誤った。
そう歯噛みしながらイメージの矛先を変更する。
それは、低めの天井。
佐久間は天井割断し、一部を切り抜く。能力アシスト付きで床を蹴り、切り抜いた穴を突き破った。
下の方で柱4本が交錯する轟音が響き、衝突による爆煙が突き破った天井の穴から溢れて立ち昇る。顔に照りつける真っ赤な日差しで、今がもう夕方を通り越して夜にさしかかるほどの時間であることに気づかされる。特にタイムリミットがあるわけではないが、学校のこともある上にあまり長引かせて相手側に別の対策を講じられると厄介だ。そう思って、相手への反撃を、と出てきた穴の方を見た。
「………………?」
ここで違和感が生まれる。
依然として穴の中から噴煙が立ち昇っているのだが、その狼煙が少しずつ細くなっている。単純に煙が消え始めているのなら、濃度が薄くなって消えていくはずだ。
だとすれば、残された可能性は…………
「しまっ…………………ッ!」
佐久間は全力で屋根板を蹴り、穴に向かって突っ込む。
だが、穴の中へ突入しようとしていた佐久間の体は、その中から伸びてきた柱に遮られた。
「っ!!」
滅多なことでは抜かない刀を鞘から抜き取り、向かってくる柱を辛うじて防御する。が、柱に身体を突き上げられる形で穴から遠ざけられてしまった。
はね飛ばされた身体の体勢を立て直し、佐久間は穴の中を睨みつける。
そこには、穴から生えるように突き出た柱と、その生え際から自分を見上げて不敵に笑う、白髪の男の姿があった。
「く………そっ!!」
彼の顔面から足元まで縦割りするイメージを速攻で組み上げ、能力を解放する。
しかしその一撃は、穴が完全に閉じられてしまったことで手前の壁で防がれてしまった。イメージの焦点があっていないため、そこに大きな傷を残す程度の威力に留まる。もちろん穴の下には届いていない。
佐久間は苛立ちをその顔に露呈しながら、突き出た柱の傍に静かに着地する。
その時、歯噛みする佐久間に追い打ちをかけるように、再び変化が起きた。
先ほどまで穴だった部分から空へと伸びる柱。
───そこから何か粘土質の物体が広がり始めた。
物体は、屋根板の上を這いながら水面の波紋のように広がっていく。
不用意に触れるとまずい。
そう判断した佐久間はすぐさま柱の頂点に飛び移る。そしてすぐにこれが何であるかを考える。
(中での柱での挟み撃ち…穴に入ろうとした私を押しとばして穴を塞いだ…まるで私を追い出すように…………………………………まさか!!)
ある考えに至り、佐久間の表情が一気に青ざめる。
そして、柱を蹴り壊すほどの力で柱から跳び、まだ物体が行き届いていない所へ突っ込んだ。その最中でイメージを組み上げ、斬撃を放つ。
が、タッチの差で流体の方が早かった。
物体は完全に屋根板を覆い尽くし、斬撃は弾かれてしまう。
屋根板に突っ込んだ衝撃を圧縮空気のクッションで押さえ込み、表面を削りながら滑るようにして速度を殺す。
すぐさま手を柄に添え、イメージで全力の斬撃を十数発放った。
しかし屋根板は斬れはするものの、縫い合わせるようにすぐに修復されてしまう。まさに廊下で洋斗、ユリア、佐久間を分断したあの壁と全く同じだった。
「間に合わなかった…………………!」
相手の目的は、最初から自分を相手取ることではなかったのだ。
『メンバー内で最も厄介な佐久間を研究所の外へと追い出し、強制的に戦線から退場させること』
これが相手の目的、そして、佐久間はそれに呆気なく嵌められてしまった。すぐさま学生である2人の狩りへと本格的に動きだすだろう。
「……………………畜生」
小さくぼそっと呟くと同時に、天に向け伸びていた柱が大きな音を立てて炸裂し崩壊した。反抗期の子が壁を殴るのと同じ、苛立ちが頂点に達した佐久間の憂さ晴らしの結果だ。
こんな事をしている暇はない。
大事な生徒を救出するためにも、何かしら行動を起こさなければ。
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「な、何だ…………?」
襲ってきていた黒い人たちを感覚のみで一通り退け終えた洋斗は、ズズ………と何かがはいずる音を耳にしてふと上を見上げた。音はするものの、視覚的な変化はない。いや、例えあったとしても、この暗闇では余程大きな変化でない限り分からないだろう。
やがてその音は静かに収まり、止まった。
自分に直接的な攻撃がないことを確認したところで、改めて床を蹴って走り始める。全く障害物がない、というのはかなり不気味で少なからず違和感があるが、全力で走っても邪魔が入らない点に関して言えば好都合だ。
(今のは………?)
自分の預かり知らぬ所で何かが起こっている可能性を考えるが、自分達は既に中にいる。外に隠し玉があるのなら、それは自分達が進入する前に使わなければ意味がない。そのため、洋斗は外のことを意識の外に流した。自分の立場が悪化していることも知らずに。
さて、ここで現在の洋斗の状況を述べると、
一、先刻も言ったとおりこの室内には一切の障害がない。
二、そのため能力アシスト込みで全速力で走っている。
三、視界は暗闇、先が殆ど見えていない。
夜間に全速力で走る車と一緒だ。
要するに、
例え何かあっても、すぐには曲がれない。
「!!??」
暗闇の中から何かが現れたと気付いたときは既に手遅れ。がづんッッ!!というえげつない音を鳴らしながら、洋斗はそれに全身で激突した。洗練された反射神経を持ってしてもその何かをかわすことは出来なかった。
「~~~~~~~ッ!~~~~~~~~~~!!」
身体前面、特に顔面の鼻先へのあまりの激痛に、最早口から呻き声しか出てこない。顔を両の手で覆いながら身体を丸めて縮こまる。いつかも言ったように、どんなに鍛えていようと桐崎 洋斗は人間である。うっかりタンスの角に小指をぶつけた時も、うっかり突然出てきた物体に正面からツっこんだ時も、やっぱり痛いものはイタいのだ。
閑話休題。
洋斗は、自分の鼻面をひん曲げそうになった敵(?)を視界に納めるために、一番の被害者である鼻を押さえながら顔を上げる。が、先は暗闇なのでよく分からない。
そこで、自分の腕に電撃を流し、鈍く光る腕を照明としてそれを照らした。
「うぐ…………ご、これは……………壁?」
床から天井までを貫いていて、色は床と全く同じ、多分白だ。表面がかなり滑らかなのか、凹凸のようなものは見られなかった。だが、壁にしては横幅が圧倒的に狭い。
回答を言うと、これは壁ではない。
ないのだが、その事を洋斗に教えてくれる者はいない。
「ふむ、生憎だがこれは壁の定義からは外れる物なのだがね」
しかし、そこに訂正の声か入った。
「!?」
洋斗の情景反射が、彼の身体を一気に後ろへ押し飛ばす。声は、それに対して気にする素振りは一切見せなかった。
「壁というのは、室と室の隔てとなりかつ平板状の仕切りのことだ。だがこれは空間を二つに分けるには幅が狭すぎる上に、そもそもこれには相応の厚みがあって平板状には程遠い。これはどちらかというと『柱』と言う表現が近似となる物だが」
動揺を隠せない様子の洋斗が見えてるのかいないのか、中性的な声は舌先滑らかに知識を並べている。
無論、洋斗にとってはそんな無駄な豆知識などどうでもいい。
「………………………で、結局こいつは何なんだ?」
洋斗が質問したのは、この柱について。つい先ほどまで何にもぶつからないほど物が無かったにも関わらず、こんな特徴の無い所に大きな柱を立てる意味が分からない。故に、これには何か別の意味がある事を懸念したのである。
その思考を読みとったのか、
「なかなかいい質問をするじゃないか、実に理に適っている」
その声に若干の感心を交えて言う。
「まず、これは柱ではない。特に荷重を支えていると言う訳ではないのでな。そうだな、『蛇口』が最も近いかも知れんな、君は廊下で現れた壁を覚えているか?」
「……………俺達を分けさせたあの壁のことか?」
「そう。この柱は言わばその原料の塊なのだが。つい先ほどそれを建物の外側にコーティングさせてもらった。これで外からも内からも侵入、脱出は不可能となったわけだが」
「なんで今更そんなことをした?俺達から身を守るなら、入った後でないと意味がないだろ」
「良い着眼と発想だが、残念ながら外れだ。正しくは『防御』ではなく『隔離』だが。今、外には風の能力使いが地団駄を踏んでいるところだろうが」
「風の能力使い………………『隔離』ってまさか……………!」
「そういうことだが。君たちの掃除を終わらせてから、後でゆるりと処理してやろう」
「ッ!?お前…………!!」
相手の一言でただならぬ雰囲気を瞬時に感じ取る。、洋斗は一気に走り込んだ。
射程に一瞬で入り込み、ほぼゼロに等しい距離で雷撃ごと逆薙を相手にぶつけた。
雷撃の弾ける音が洋斗の耳を打つ。
だが洋斗は追撃をせず再び後ろへ飛び退いた。
「君の実力もなかなかのようだが。君に対しても対策を練るべきだった」
理由は、間に割り込まれた棘が堅かったから。壊せる見込みがない以上、攻撃の乱発は得策とはいえない。
(とはいえ傷が付く程度って………………さっきまでのゴロツキとはレベルが二周りも違う)
それに加え、雷撃の光で相手の容姿をわずかに捉えることが出来た。背丈は自分より少し大きいくらいで白髪、目には細ぶちの眼鏡があった。膝にかかるほどの長い裾をもつ白衣も合わさっていかにも研究者といった様相だった。バトルスーツを連想させるようなこれまでのゴロツキの服装とは違う。
「…………………あんたは何者なんだ?」
「不意に攻撃してきておいて突然質問とは、随分と礼儀を知らないな」
「気に障ったなら誤るけど?」
「いちいち気にするほど私の頭脳は暇ではない。それより、こうも真っ暗では自己紹介どころではないのだが」
「あんたのせいだろうが」
「元々人が入るところではない所に勝手に入ったのはそっちなのだがね。折角だ、明るいところへ行くとしよう」
たん!、と相手の方から床を叩くような足音が聞こえた。その瞬間、
「な………!!」
床が突然崩落し、落下を始めた。
エレベーターが下がるときと全く同じ感覚。
違うのはその速度だった。
重力加速度に逆らわず落ちるその速さに、浮遊感を通り越して足が床から離れそうになる。
とっさに逆薙を床に突き刺し、身体が浮き上がるのをこらえる。
その周囲の景色は、暗闇から照明の目を焼くような光が溢れる大部屋へと瞬時に切り替わっていった。
目を慣らす暇もないまま逆薙を抜きつつ落下を続ける床を蹴り、新たな床へと着地する。つい5秒ほど前まで立っていた床は轟音と地鳴りを起こし、落下した衝撃で砕け散った。
「ここは…………………地下?」
上と違って周囲にはきちんと壁があり、その広さは普通の体育館より一回り大きい。天井も高く、10mを越えるかも知れない。その天井には、一面真っ白の空間に似つかわしくない黒く丸い穴が空いている。おそらく自分達はあそこから落ちてきたのだろう。
こんな広大な地下が主な使用スペースなら、地上階に壁すら無かったのも、天井がやたら低かったのも頷ける。
「さて、舞台を変えたところで先の質問に答えようか」
白髪の男は元からそこにいたかのように飄々と立っていた。
「私の名はマーデル・F・サウスベルグ、しがない研究者だ。こんな長たらしい名前だからね、他の研究員にはDr.マーデルと呼ばせているよ。これでいいかい?」
「そんなわけあるか。まだ聞きたいことがある」
「正直あまり時間はとりたくないのだがね。外の犬も掃除しなければならん上に、こうしている今も着々とデータが溜まっている。可能な限り早急に終わらせるとしよう」
「させねぇっつの」
怠惰な台詞と共に先の尖った純白の建材が数本伸びてきた。それをジャンプではなく隙間をかいくぐる形で回避する。身動きのとれない空中を狙われるのを防ぐためだ。
その踏み込みの力を前方向への推進にねじ曲げ、一気に前へ走る。距離およそ3~5m、それを全力の一歩で詰める。
───と、見せかけて
「ふっ!」
雷撃付加した足で一気に方向を変え、マーデルの側部に回り込んだ。
「!」
マーデルは、目は辛うじてこちらを向いているが、意識も含めてそれ以外はまだ前方を向いている。その背中に向け、逆薙を振り抜いた。
が、それも新たな棘に阻まれる。
チリチリと青白の閃光を散らす逆薙を、わずかにヒビを入れながらも防ぎきった土の棘。
また防がれてしまった。
「く………!」
洋斗は再び距離をとる。
(申し訳ないです。あの棘、変チキな見た目の割りにかなりの硬度です!ですが、それ以上に………………)
ナギからも、相手の実力に隠しきれない驚きと焦りが伝わってくる。
(ああ。硬度もそうだけど、それよりも反応が異常だ)
今のフェイントは、洋斗がしばらく練習して身につけたものだ。通常状態のダッシュの中に、一瞬だけ能力付加した脚力で身体を横に『ずらす』。これにより、通常と急速移動の緩急であたかも瞬間移動したかのような錯覚を覚える。その切り替えを断続的に行えば相手は大混乱、それについていけなくなると言う訳である。
にもかかわらず、
(なんで防がれた、能力使い本人が視認できてない攻撃を………………?)
何度も同様のフェイントをかけて攻め寄るが、すべて対応されてしまう。どうすれば………………
「一方的に攻めるのもいいが、足下が疎かだぞ?」
「ッ!?」
ヒットアンドアウェーを繰り返していた洋斗の足下が、突然沈み込んだ。沼のぬかるみのように、どろどろになった床が自分の足を捉えて離さない。
「随分呆気なかったが」
鋭利な棘が洋斗の身体を貫こうと迫る。無論、かわすことは出来ない。
「く………!」
片足が沈み込んだ不安定な体勢で、洋斗は逆薙を横に振り抜く。雷撃をまとった一撃は迫る棘を防御し、軌道をそらすことに成功する。
(ッ!?ダメです主様!!)
そして、同時に気付く。
後ろからも棘が迫っていたことに。
(しまっ…………!!)
ただでさえ不安定な所から刀を振り抜いて体勢はバラバラ、二撃目は振るえないしそんな時間もない。
一気に汗が噴き出し、体温が下がるのがわかった。
───まずい
本気で命の危険を覚悟した。
が、
突然その棘が何かの着弾によって弾けた。
爆発によって、身体を貫くはずの棘の軌道が横にそれる。
「な……………………?」
後ろ、つまりマーデルの方から呆気にとられた声が聞こえる。
だが、洋斗は一瞬かつしっかりと見た。
───棘を撃ち抜く、黄金の弾丸を。
「洋斗君っ!!」
その声につられて、洋斗は弾丸が飛んできた方に目を向ける。
そこにはふわふわと下降してくる黄金の丸い円盤。
そして、
「よかったです、間に合いましたね………」
「ユリア…………!?」
深手を負ったユリアだった。
円盤が消え、白い床に着地する際に顔をゆがめるユリア。銃を持った左手で押さえる肩からは黒い血が流れて、だらりと下がった手から滴り落ちる。足からも出血があるのか、真っ白だった床にわずかにかすれた血の跡があった。
「ユリア!大丈夫か?」
「は、はい。まだ動けます……………」
そういう彼女の顔に普段ほどの覇気がないのは一目瞭然だ。それでもユリアは苦痛に顔をしかめながらも立ち上がる。
「…………既に始末したと報告を受けたのだが」
つまらない映画を見た後のような、浮かない表情でマーデルが言った。
「後でB-fiveを問い正さねばならんな」
「……………………後なんて無いけどな。それよりいくつか聞かせろ」
床を雷撃で破壊して、足を抜きながら洋斗が問う。
「なぜそこまで問いたがる?」
「返答次第でアンタをぶっ飛ばすからだ」
マーデルの質問を一瞬で両断し、自分の質問に移る。
「フォートレスでの騒動の主犯は誰だ?」
「知っていて聞いているのか?他ならぬ私だ」
「どうしてこんな事をしてる?」
「なに、研究の一環だ。いや、どちらかと言えば『趣味』に近いものだが」
「カプセルの中にあったあの緑色の板をどこで手に入れた?」
「それは極秘事項だ」
「………………………………」
「質問は以上かね?」
「……………………………じゃあ」
洋斗は最も核心に近い質問を投げかけた。
「アンタは『パラレルワールド』の存在を信じるか?」
「………?」
これまでとは明らかに趣向のズレた質問。
今いち質問の意図をくみ取れていないユリアはゆがんだ顔を困惑に染める。対して、マーデルの返答は簡潔だった。
「信じるも何も、存在を知っているのだから信じざるを得ないと思うのだが」
「!?」
「え………………え?」
本来ならば、元の世界に帰還するための手がかりとなる、心から待ち望んだ返答であるはずの答え。
洋斗はそれに対して隠しきれない驚愕を示し、ユリアは不明な質問に更なる意味不明な返答で頭が?マークで埋め尽くされる。
「どういう………………!?」
「いやぁ、私もあれほど驚愕したのは私の半生で初めてだったが。偶然だったとは言え、かのアインシュタインやシュヴァルツシルト、ロイ・カーすら机上の空論止まりの存在とした『異世界』に自ら足を踏み入れたのだからな!私としても疑問視していたその存在だが、正に『百聞は一見に如かず』をまざまざと体現させられたわけだ!」
途端に饒舌になるマーデルの口説に、洋斗の頬に汗が伝う。
「あっちの世界では、なんと能力という概念が存在しなかったのだ!そこの人も、手から火を放つことすら出来はしない。その代わりに世界にはびこっていた『科学』と言う概念は、私でさえも目を見張る物だった。広域観測技術、交通機関、情報伝達技術からエネルギーサイクルまで、能力にあたるものの全てが全く異なるシステムで稼動していた!そこの書物を読みあさるだけでも3年費やしてしまったが」
ここまで聞いて生まれるのは、『マーデルが行ったのは洋斗がいた世界ではない第三の世界』という、可能性という名の言い訳。なのだが、今の洋斗にはそんな根も葉もない可能性をあさるほどの余裕は無い。
というか、洋斗はそれが元々いた世界であるという漠然とした確信ができていた。
「実際にそこの技術を用いた機械の実験も数回ほど行ったところで、気付いたのだよ。あちらの『電子』の概念が『生命力』の概念にそのまま転用できると!向こうで行ったのは、音にならないほどの微弱な音波を照射し続けたことによる、いわば回りくどい洗脳なのだが、今フォートレスを試験場として行っているのはその転用が可能かどうかを確認する最終実験だが」
「概念の転用……………………」
まさか
「もっとも、世界によって思考回路が異なるのか、はたまた思考の基盤となる概念が異なるからなのか、あちらで起こったほど見応えのある結果とは言えなかったがね」
「それって、その『電子』の世界でも、今フォートレスで起こってることを起こしたのか?」
まさか
「勿論だ。もっとも、山城で実験したときは子どもが一人生き残ってしまったがね。互いを殺し合わせようと仕向けたのだから優勝者が生き残るのは当然、簡単な見落としだよ。子供が生き残るのは予想外ではあったが、あらゆる事象において例外は付き物だ」
「ッ…………………………!!」
───まさか
「そ、それをやったのは、今から5年前か………?」
「……………確かにそのくらいだが?」
勇気を振り絞った質問に対して、訝しげに眉間にしわを寄せながら下された返答。疑問に思うのも無理はない。全く無関係な人が、口外していない自分の実験について知っているのだから。
確信を得た。間違い無い。
俺の故郷を壊したのは
村の人たちを混乱させたのは
俺の父さんと母さんを殺したのは
こいつだ。




