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Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~  作者: ふろすと
現世編
28/61

11章-1:戦地への突入

 


 ー2014.04.18 六甲山地蓬莱峡・某研究所内ー


 六甲山地は兵庫県南東部沿岸に位置する、六甲山系、丹生山系を包括した名称である。

 その一角、六甲山北部に連なる蓬莱峡は、花崗岩が破砕風化を繰り返したことで鋸の歯のような岩が連なっている。地形のあまりの過酷さに、「世界トップクラスの『バッドランド(悪地)地形』」とまで揶揄(やゆ)されている。

 そんな、人が寄りつこうとも考えない(別世界では登山コースとなっているが)このバッドランドにひっそりと建っているこの研究所。

 ここの所長であるマーデル・F(フォン)・サウスベルグは、所長室で一面ガラス張りの壁をバックに頬杖をついていた。

 気の緩み切った瞳でぼんやりと眺めているのは、今回の実験で得られたデータのまとめだ。文面は実験の大まかな成功を語っていたが、立案者である彼は随分と退屈そうだった。

「ふむ、想像以上に効果の現れにムラがでているようだが。やはり『あの時』程上手く行かせてはくれぬようだ」

 成功とは言っているものの、彼の頭の中では『及第点』程度の評価に留まった。

 そのままペラペラと実験過程報告書をめくっていると、バァン!とけたたましい音を打ち鳴らして鉄扉が開け放たれた。

「ドクター!大へ……ッ!?」

「うるさい」

 慌てふためいた研究員の首元を何かが貫いた。

 突如入ってきた研究員を黙らせたのは、扉のすぐ横に穴を穿った何か。銃痕のようなそれは、摩擦熱で細長い煙を上げている。

「ご所望なら後頭部まで大口あけてやるが」

「も、申し訳ありません…………」

 マーデルが『明らかに短くなった人差し指』を研究員に向けながら露わにする苛立ちに、研究員は完全に萎縮してしまう。それはもう、当初の目的を忘れてしまうほどに。

「それで、何の用かね?内容次第では額に第三の目をこじ開けるぞ?」

「え………………は、はい!えー、先程フォートレスが松尾製造に捜索目的で押し入ったとの報告が。恐らくこちらの情報も割れたと思われます…………!」

 言い終わりと同時にぐっと目をつむり、いつ(物理的に)頭を割られるかと覚悟を決めていた研究員。

「ふむ、そうか…………」

 だが現実は、マーデルが考察に入ったことで、先の覚悟は杞憂となった。

「私が想像していたより遅かったようだが、効果のムラが危機感の軽減を招いたか。ということは『あれ』も見つけられた、という事になるな……………くく、凡人どもの阿呆面が目に浮かぶようだ」

 いつまでいればいいのだろうか…………と不安さえ浮かんでくる研究員を余所に、マーデルはすっかり自分の世界に入ってしまった。


「さて、これからどうするかだが……………」

 一応ピンチだ、という旨を伝えたかったのだが、当の本人は心なし楽しそうに見えた。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ー同日 フォートレス、仮想競技棟ー


「六甲山の蓬莱峡、そこにある研究所が流通元のようね。カプセルの部品内訳表と事業所内の搬入ゲート通過記録に明らかな齟齬があったらしくて、その送り手の住所がそこだったらしいわ」

 どうやら佐久間先生は情報入手に成功したようだ。いったいどんな手段を行使したのかは知りたいとは思わない。

「これから、どうすれば……………」

 溢れる不安を噛み締めながら、ユリアが呟く。それに対して、坂華木先生は明確な解答を示していく。

「蓬莱峡に足を運ぶしか無さそうね。きちんとした対処法を手に入れないと、生徒にどんな後遺症が残るか解ったもんじゃない。最悪、戻らない可能性すらあり得るわ」

「そ、そんな!」

 先生が示した最悪の事態に、驚愕を顕わにする芦屋。彼女である鈴麗がまさにその状態であるのだから、この中で反応が一番大きいのは当然といえる。

「とにかく、そういうことにならないようにするためにも正確な処置方法を聞き出さなくてはならないわ。けど、生憎私の人形達はこの学校から出ることは出来ないの。私の能力の操作範囲外だからね。だから今は引き続き拳チャンに向かってもらってるわ。だから君たちは怪我人の介護を

「先生」

 坂華木先生の状況説明に次ぐ指示に、それを制する洋斗の声が重なった。


「その………………俺も行かせて下さい」


「洋斗!?」

「駄目よ。確かにあなたは常人以上の力を持っている、けど同時にたった一人の生徒よ。一生徒が関わる域を超えているわ」

「………………俺の手に収まらない事態なのは分かってます。けど、その………詳しくは言えないんですけど、どうしても行かなきゃいけないんです。お願いします!」

「………………………………」

 坂華木は一人の教師の目、そして危地を越えてきた一人の戦士の目で洋斗を睨む。

「…………………どうしても行きたいのね?」

「はい」

「理由はどうしても言えないのね?」

「…………はい」

「………………………」

 坂華木 舞子は教師である。

 たとえニートであっても、たとえ人間らしからぬだらけきった生活を謳歌していても、たとえ水人形を介してのみの対話で、相手が自分の本当の姿を見たことがないとしても、坂華木は一人の教師であり、洋斗含めて目の前にいる全員は自分の生徒で保護対象だ。

 だから、彼女は止めなければならない。

 生徒に降りかかる脅威を

 生徒が驚異となる可能性を

 生徒が死地へと歩む足を

 何も起こらないかも知れない。

 だが、何かあるかも知れない。

 そんな所に向かわせることは、一教師として看過してはならない。

 だが、彼は揺るがなかった。

 いくつかの質問にも、決意の瞳に一片の揺らぎすらなく二つ返事で返して見せた。

(………………何かあるわね、これは)

 能力抜きでも他者を凌駕する並外れた身体能力、非常識な状況に対しての適応能力、そして、この意志の強さ。

 どれも、青少年がただ平穏な生活を過ごしているだけでは決して手に入れることは出来ないものだ。これはきっと、この一人の生徒を、桐崎 洋斗をこうさせる『何か』があったという事を意味している。もちろん、彼女にはその『何か』は分からない。

 だから、彼を止める言葉を見つけることは出来なかった。

「………………拳チャンには明日まで待っていてもらうわ。合流地点はそっちで決めてちょうだい。言っておくけど、事態は急を要するわ。命大事にだけどそっちも念頭に入れておいて」

「…………………!!わかりました!」

 先生の許しを受けて顔がほころぶ。だがすぐにそれを引き締めて仮想競技棟を後にした。

 その所為もあり、


「………………………」

 心配そうに見つめる仲間の姿は目に入らなかった。




 ー2014.04.19 兵庫県三田市ー


 六甲山から、フォートレスからの距離にあるここ三田市。特に何があるわけでもないこの地で洋斗、ナギと佐久間は顔をあわていた。時刻は午前10時頃、日は十分に昇っている。

「来ましたか。詳しくは舞子から聞いています。ですが……………」

 そんな佐久間の表情はあまりにも複雑で、今にも皺が寄りきった眉間に指を押しつけそうだ。

 その訳は………………


「3人来るとは……聞いてませんよ?」


 申し訳無さそうにしている洋斗、何やら興奮冷めやらぬ様子のナギの横で、より一層申し訳無さそうに(うつむ)いている金髪の少女がいた事にある。

「そ、それは、その………………」

「……………………」

 洋斗には誤解を解こうという努力が見えるが、彼女はずっと黙りこくっていた。

 この状況までの顛末は、前日まで遡る。



 ー2014.04.18 フォートレス正門前ー


 洋斗が仮想競技棟を出て、もうすぐ学校から出ようかというところで、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。

「洋斗くん!」

「………………?」

 振り返ると、黄色い円盤に乗って飛ぶユリアと石盤に乗って地を滑る芦屋が迫って来ていた。

「なん「行かないでください!」…………………………………………………………………………はい?」

 振り返りざまに宣言されてしまった。

 突然かつ不明瞭な発言を前に停止する思考回路。そのキョトンとした顔を見てか、自分の言葉足らずを自覚したのか、

「へ?いえ、ですから待って下さい。やっぱり危ないです!」

 学校におかしな物を紛れ込ませて内部暴走を起こさせるような相手だ。いかなる理由があろうと、それが一筋縄な相手である訳がない。

「いや、こればかりは行かなきゃいけない」

 それでも、洋斗は首を縦に振らなかった。

 一年かけても手に入れることができなかった異世界への手がかりであり、その上、不意に自分の過去の手がかりまで転がり込んできた千載一遇の奇跡的なチャンスなのだ。これを逃してしまうと、二度と元の世界に帰れない可能性すらあり得る。

 そして、それに他の人を巻き込むのは道理に合わない。それで命を失わせるようなことがあれば、その先自分がどうなるか解らない。

「………………何か理由があるんだよね、それは僕たちにも言えないことかな?」

 芦屋が静かに詰め寄る。親友なのだから心配するのは当然。だが異世界云々の話をするわけにいかないのは親友に対しても同じなので、洋斗は静かに首を横に振る他なかった。

「そっか………………」

 残念そうに目を伏せる芦屋をじっと見ていたユリア。

 不意に口を開いたのもその時だった。


「だったら……………………だったら私もついて行きます!」


「……………………は?」

 洋斗は再び言葉を失うこととなった。今度は突然で聞き取れなかったわけではなく、言葉を純粋に受け入れることができなかったのである。

「へ?えっと、ですからですね…………」

「い、いや!別に聞き取れなかったわけじゃなくて……………」

「なら何でダメなんです!?」

「それは、だって危ないだろ!ユリアが行って、もし何かあったら………」

「それは洋斗君だって同じです!!」

「………!」

「洋斗君が私を心配してくれるのと同じくらい、いいえそれ以上に、私だって洋斗君の事が心配なんです!洋斗君がまた『あんな』風になっちゃうかもと思うと、私は居ても立ってもいられないんですよ!」

『あんな』というのは、ユリアがフローゼル家に誘拐された時に乗り込んできた洋斗の姿。当初の目的さえも失いかけた、あの抜け殻のような『大切なひと』の姿だった。

 後から耳にした話だけれども、それ以前にも洋斗君は傷の癒えない体でフローゼル家に乗り込もうとして、芦屋君とケンカになったらしい。そして仮想競技棟を出て行く際の洋斗君はその時と似た雰囲気だった、と芦屋君がそのわずか後に教えてくれた。

 またあの光景が繰り返されるかも知れない。

 それだけは何が何でも止めなきゃいけない。

 それを止めるために後を追ってきたのだ。

 ───ここで引き下がる気は無い。

 その意志を込めて、ユリアはさらに畳みかける。

「一人だけで先に行かないで下さいよ!私だってこの銃があれば洋斗君の力になれます、それは修学旅行の一件で十分証明できたはずです!洋斗君が『うん』って言うまでお願いし続けます、何度だって言います!私を連れて行って下さい!!」

「………………………………………………………………………………………………………………」

 軽く息切れしながらもぐっと自分の目を睨みつけるユリアを、洋斗は何も言わずにその顔を見つめていた。

 それは決して、珍しく凛とした表情のユリアに目を奪われた、という(よこしま)な理由などではない。

 ただ、今のユリアの眼孔には力があった。

 自分を突き刺すように睨む彼女の瞳は、砂鉄を巻き込む磁石のように自分を捕らえて離さない。

 心を投げつけるようにぶつけられた彼女の言葉は、鐘を突く撞木(しゅもく)のように自分の心を打ち揺らす。

 とても大きな意思の表れ。

 洋斗はそれに面食らってしまったのである。

 というのも、

 これまでの桐崎 洋斗の半生の中で『心配される』のは経験の無いことだった。

 自分が『嵯鞍』だった頃は、特にやんちゃだったわけではないので、母さんの様態を心配することはあってもされることはほとんど無かった。

 自分が『桐崎』になった頃は、無論心配はされていただろうが表に出さないでいてくれたのだろう、それを実感することもなかった。他人の様子を見る余裕がなかった、ってのもあるけれど。

 この世界にトんだときは、他人を失うことを怖がって周囲の人、特にユリアの心配ばかりしていた。それでいい、と心のどこかで自己完結していた。


 相手も同じ事を考えている、という事など気にも触れなかった。


 そして、今。

 自分がとても大きな心配を向けられているという事を、初めて知ることになった。

 心配かけられているのだから、安心して過ごせるだろう。と心のどこかで考えていた。

 ちがった。

 心配される、というのは、こんなにも嬉しく、複雑な感情を残す物だったのか。


「わかった」

 確かに、ついて来たくなる気持ちもよく分かる。


「その、俺のわがままに協力してくれるか?」

「洋斗くん…………!!」

 ユリアはその眼をわずかに潤ませながら喜んでいた。洋斗は静かに芦屋の方を向く。

「芦屋、お前はどうする?」

「僕も行くよ……………って言いたいところだけど、鈴麗が心配だから残ることにする。『鈴麗が暴れるのは僕の所為だ』って誰かさんが言っていたし、いざとなったら僕が止めないとね」

「……………根に持つなよ、お前らしくもない」

「ふふっ、確かに………………気をつけて。『あの時』みたいな無茶はしないように」

「善処するさ。もう腹に石材叩き込まれるのはゴメンだからな」

「あれは洋斗が勝手に突っ込んできたんじゃないか」

「…………違いねーな」

 二人は小さく笑いあう。思い出話に花を咲かせた同窓生のような、会話を噛みしめているような雰囲気だった。

「んじゃ、行こうか」

「はい!」

 洋斗とユリアは、校門から一歩を踏み出した。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「なるほど……………………」

 一通りの顛末は語り終えた。だが佐久間の表情は複雑なまま変わらなかった。

「はぁ………………(愛ゆえに…ですか)………………」

「え?今なんて…………?」

「来てしまった以上は仕方のないことです。追い返したところで聞かないでしょうしね。ですが……ユリアさん…気を引き締めて下さい。福知山の事業所を訪れたとき…襲撃を受けました。恐らく…対人戦闘は避けられません」

「………………はいっ!」

 表情を凛と引き締めたユリアと、何事もお咎めが無かったことで小さく胸をなで下ろす洋斗。佐久間としては、あのニート教師が見逃しているという時点で追い返す理由は無かったので、そこは大して気にしていなかった。というわけで、佐久間は現時点で最もツッコむべき案件の処理に足を延ばす。

「えー…………あとナギさんもいいですか?」

「ふぇ!?は、はいです!のーぷろぶれむです!」

 それは、初めて経験する乗り物の揺れる感覚にすっかり悦に浸っている刀系幼女・ナギの存在。今も佐久間の呼びかけに対して、あたふたしながら答えている。ナギの見た目年齢に相応しく座席に膝を突き窓に手を突き、流れていく外の景色をキラキラした眼で見ていたナギは、降りた今でもその興奮している雰囲気をまき散らしていた。

 ───なんというか、もういろいろと台無しだった。

 さすがに持ち主としても見過ごすわけにはいかない状態なので、洋斗もそっと発破をかけることにする。

「ナギ、お前はいつまで乗り物に思いを()せてんだ。帰りも乗れるんだから、な。本気で行くぞ」

「ラジャーですっ、主様!」

 洋斗の発破に、ビシッと敬礼で答えるナギ。刀の旅行気分を払拭したところで、一行は目的地、六甲山地へと歩を進める。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「……………………何も、無かったな」

 何事もなく、六甲山の麓まで到着してしまった。特に道中を襲われたわけでもなく、むしろ誘われているかのような気味の悪さを内包していた。

「抵抗手段を六甲山に集中させている可能性がありますね。不審者の進入は想定済みでしょうから………警戒を怠らないように………」

「っ……………………!」

(むむ……さすが霊峰、少し空気が変わりましたです。主様、ご注意を!)

(そっか、分かった)

 ナギは万事に備えるために、すでに刀に具現して洋斗の腰に据わっている。

 佐久間はあくまで冷静沈着、生徒以上の経験がそれを支えている。

 ユリアは六甲山の底知れぬ空気に気圧されて、口を結んで萎縮している。

 洋斗は、はやる気持ちを抑えて六甲山の獣道を進む。

 そんな獣道を10分ほど上った辺りから、さらに一段高くなった所に、それはあった。


 おどろおどろしい雰囲気など、何一つ無かった。

 少し荒廃気味の白塗りの巨大な倉庫、あまりにも無味乾燥な建造物。

「これ、ですか?」

 少し見上げたユリアが力の抜けた声で言う。多分もっとゴテゴテした建物を想像していたに違いない。

「………まあ…奥まった位置どりや他の山地を見る限りでは…これほどのものが他にあるとも思えませんしね」

 佐久間さえも肩すかしを食らってしまったのか、やや隠し切れていない脱力感を乗せて言った。

(主様…………)

 ただ、洋斗の腰に据わっている刀だけは、少しだけ反応が違った。

(ここだけが更に空気が違うです。何というか、その、『懐かしい』と言うですか…………)

(………………そっか、なら多分ここなんだろうな。俺には分からんけど)

 今は幼女という器持ちだが、元は洋斗と共に異世界にトんできた一本の刀である。武器ならではの第六感というものがあるのだろう、それを洋斗は信じることにした。

「多分、行けば分かると思います。行きましょう」

「…………違いないですね」

 そう言って更に5分ほど六甲山の悪地を歩き、最寄りの入り口───一つの鉄扉にたどり着く。

「みなさん…扉から離れて」

 その声にならって洋斗とユリアは扉から数歩だけ後ろに下がる。それを確認した佐久間は、静かに手を柄に添えた。

「何が起きてもいいようにしておいて下さい。3カウント後に扉を切断します」

 洋斗は鞘から逆薙を抜き、ユリアは小さなフラッシュと共に銃を具現させる。


「3」


 いよいよ始まる、桐崎 洋斗の、嵯鞍 洋斗の過去を紐解く交戦の記録。


「2」


 異世界に辿り着いて遂に掴んだ一つの痕跡。

 得る物は無いかも知れない。

 ただの徒労に終わることもあり得る。

 それでも、必ず何かを見つけだす。


「1」


 それが希望であろうと絶望であろうと

 自分は全てを受け止めなくてはならない。

 そんな思いを胸に秘め、精神を扉の先に向けて研ぎ澄ませる。

 そして、

 空間のわずかな揺らぎが扉を割断する。

 真っ二つに両断された鉄扉の倒れる音により、その火蓋が切られた。

 建物の中、切り開いた扉の先は、入ってすぐから長く無機質な廊下が延びていた。

 その先に、敵影は見えない。

「………………行きます」

 三人は一列になってジリジリと進んでいく。

 序列としては、生命力感知能力を活かして中央で周囲を警戒しているユリアを挟んで、先頭に佐久間が柄に手を添えて歩き、最後尾を逆薙片手に洋斗が追従する。

 二人の背を視界に納めながら、洋斗は役目通り後ろを度々振り返る。

 廃れていた外観とは打って変わって、左右の壁に横一線に延びた証明に照らされている、真っ白な空間が続く。研究所というより病院の廊下と言われた方がイメージにあっているかも知れない。まさに深夜病棟まがいの緊張感が、この廊下の先から流れて来て、強張った顔を撫でて消える。

 それにしても…………

「一つも部屋がないな……………?」

「そういえばそうですね…………」

 扉から進入して5分ほどが経ったはずだが、入り口以外の扉を見ていない。全てが純白の板壁。外観の大きさから大きな部屋が連なっていると思い込んでいた一行は不信を募らせ、尚更緊張感や不信感を膨らませていた。

 そんな時、前触れもなく先頭の佐久間が立ち止まる。

「………………先生?」

「もしかしたら…この道はフェイクかも知れません。壁を斬りますので…2歩ほど下がってください」

 前方に延びる道は引っ掛けで、実はそこに隠された横道が正規ルート。RPGなどではよくある演出だ。

(試されてる…………のか?)

 監視されてるのか…………?なんて悠長なことを考えながら、せわしなく周囲を見回す。


『全く、壁の配置なども多少は(こだわ)っているのだが』

 その時、眼ではなく耳に第三者の声が響きわたった。


『そうも易々と壊されると私としても良い気持ちはしないのだよ。デリケートに扱って欲しいね』

 変声器を通したかのような、男声とも女声とも若声とも老声ともとれる中性的な声色だった。相手の素性が何一つわからない。

「……………確かに…扉一つ無い廊下というのも珍しい。切り崩すのも惜しい…と思っていたところですよ」

『ほう、私の感性に共感できるか。そういう人間には可能な限り五体満足でお引き取り願いたいのだがね』

「どうでしょう………母校が大変なことになってましてね。何か知っていることがあれば教えていただきたいのですが?」

『どうだかな、君たちの調査内容については聞いているが………研究という行いに機密要項は付き物でな。それを明かすのは研究を全うした時のみ、と相場で決まっているが』

「そうですか……では『研究に異を唱える関係者に、研究頓挫に追いやられた』と言う筋書きで……その研究レポートを終わらせるとしましょう」

『ほう。確かにそれが成される確率についてはいささか興味があるが、一度始めたら満了するまで終われない(たち)でね』

 放送の主は一呼吸おいて、


『それは多少強引にでも止めさせてもらおう』

 低く冷徹な声が放たれた。


 突然

 佐久間は、周囲の風の変動を関知して

 ユリアは、身元不明の生命力を察知して

 洋斗は、物体接近に対する反射で

「「「!!」」」

 三人が同時に、立っていた位置から飛び退く。

 その一瞬後、立っていた場所は下から伸びる棘3本によって貫かれた。

「まず………っ!」

「キャアッ!」

「ユリア!」

 とっさの事だったので、相談する暇などあるはずもない。三人とも別々の方向に距離をとってしまう。

 その隙を、相手側は見逃さなかった。

 天井まで突き刺さった棘を横に引き延ばすように、引き延ばされて出来た壁が3人を隔離してしまった。

「ユリア無事か!?」

「はい!私は大丈夫です!でもこの壁…………」

『生徒とはいえあのフォートレスの生徒だからね、きちんと優遇させてもらうよ。地の利を活かすのは戦いの初歩なのだがね』

「………随分…回りくどいことをしますね」

『姑息だと思ってくれて構わないがね。自尊を守って利益を捨てるのは、それこそ自尊心を失うと知らぬ馬鹿のやることだよ』

「………みなさん……壁から離れて………!」

 その声を聞いて距離をとった、その1秒後。

 ズバン!、と壁が縦一文に切り開かれた。

 が、

 その傷はかさぶたのように、通る間もなく塞がれてしまった。隙間から見えていた佐久間の姿も見えなくなってしまう。

(合流は無理、ってことか…………)

 洋斗は逆薙に雷撃をまとわせる。ジジ………と火花を散らす逆薙を、思い切り斜めに振り抜いた。だがこちらは切り傷、切り開くことも出来なかった。

(それなら…………)

 洋斗はもう一度逆薙を振り抜く。

 今度は新しくできた方ではなく、元から廊下の壁だった方。

 こちらはほとんど反発もなく、すんなりと破壊することが出来た。

「横の壁なら壊せます!そこから出ましょう!」

「ふェ!?で、でもこだわってるって「赤の他人の感性なんて知るか。気にしてる暇もないだろ」

「…………そうですね。健闘を祈ります」

 その声と足音は少しずつ遠ざかっていってしまった。先生も先生で事態の収拾に動いたのだろう。俺も行くか、と一歩踏んだところで、

「洋斗くん!」

 次の歩を止める声があった。声の主は壁に阻まれて見て取れない。

「私……………わたし、頑張りますから!自分一人だけの力で精一杯戦いますから!」

 ───力にすらなれず、ただ守られてばかりだった。

 ───その次は、彼が一緒でないと戦えなかった。

 一歩ずつ一歩ずつ着実に成長していくための、一人の少女の最大限出来る意思表示。


 全ては、洋斗君の隣に胸を張って立つために。


「だから………洋斗君も、気をつけてください!」

 そんな意志を感じ取ったわけではない。

 変わったな。

 それが意思表示に対する第一印象。

 もちろん自分が守りたい、自分の傍においておきたい。だが『それは必要ない。自分だって戦えるんだ』と言っているように聞こえたのだ。

「………………あぁ!」

 それが何らかの要因で崩れてしまわないように、洋斗は一言の肯定で返した。

 保護者ではなく、一人の戦友として。


 ユリアからの見えない後押しによって、洋斗は切り開いた廊下の壁の先へ駆け出した。


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