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Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~  作者: ふろすと
現世編
23/61

9章-3:紫禁分裂編・上

 


 ー同日ー

 ~鈴麗:???~


 …………なんだろう?

 ガタゴトと妙に騒々しい音が身体に響いてくるが、現在自分が置かれている状況をいまいち理解出来ない。

『っ…………ん…………………』

 彼女、宣 鈴麗は、更なる情報を求めようとする頭の指示に逆らわず、やけに重たい瞼を開いた。

 人が腰を屈めてようやく入れるような小さな扉と、立ち上がれないほどの低い天板、あとはさわり心地の良さそうなソファー型の長椅子。それらが一帯となって振動し、先程の音を鳴らしていた。

 どこかで見たような光景。

 この揺れのせいか、脳の覚醒にしたがって頭もズキズキと痛みを発し始める。この痛みで、自分が殴られて気絶していたことを思い出させられた。

『リン様。起きられましたか』

『え…………あー、フェイ』

 不意に聞こえた聞き慣れた声に気が緩んだのか、少し寝ぼけたような口調で応対する鈴麗。フェイは鈴麗の直ぐ横で、背筋を伸ばして座っていた。その手には、真っ黒な手錠をかけられている。

『フェイ、それって…………!』

 動揺で身体が揺れる。よって、自分の手にかけられていた同型の手錠が軽く音を立てる。ここで、自分が初めて手錠をかけられていたことに気づいた。

 これは近年発掘された、能力封印作用を持つ鉱石を加工したものだ。中華民国のみならず世界的に出回ったものであり、日本でも収容所の建材や牢獄といった所で使われている。吸い込まれるような艷やかな黒色が特徴だ。

『リン様、声を押さえてください』

『で、でも…………んむっ!』

 不穏な状況に、心とともに揺れ動く口は、フェイのカサカサな手によってそっと包まれた。

『恐らく今、私達はどこかへ運ばれています。方向から察するに天津市、あるいは遼寧省の方へ。検閲との会話を聞く限り、輸送関連の運搬を装っているのではないかと』

 ここまで言ってようやく口元の手を離す。鈴麗の方も先ほどの同様は収まり、次期皇帝としてのわずかな知識を回転させて自分なりの意見をまとめていく。

『天津…………北京から南東に進んだ海岸沿いね。でも何でかしら?内陸部の監獄にでも放り込んどいた方が、謀叛とかが起こるリスクは少ないはずなのに』

『参謀の目的は、恐らく私達を海に沈める事ではないかと。そうすれば私たちを殺害した痕跡は残らない上に遺体が発見されづらいですから。北京は海に近いですから、そこまでならこれで事足りると考えたのでしょう。どうやら言葉通り私達を抹消したいようです』

 そう言ってフェイは小さく手錠を揺する。

『勘弁して欲しいわね、鉄球付きの寒中遊泳なんて。せめて真夏のビーチにでも連れて行って欲しかったわ……………』

『私だってそのような恥ずべき最期は御免です。なので、脱出しましょう』

『えぇ………………………………え?』

 フェイがあまりにもサラッと言ったので、思わず聞き返してしまった。

『私が外へ出てひと暴れいたしましょう。その内にリン様はお逃げになって下さい』

『そ、そんな…………!フェイはどうするのよ!』

『心配無用です。こんなもので私を留めておけるなどと考えている若い衆に、熱いお灸を据えてやらねばと思いましてね』

 フェイは手錠をつけたままで扉に耳を当て、タイミングを見て扉をこじ開けた。眼が生き生きとギラついていたのは、多分気のせいだと信じたい。

 ドタバタと音が聞こえる。

 ワーワーと人が騒ぐ声も聞こえた。

『…………………………………』

 反論する暇もなかった。老体とはいえ、さすがは人民解放軍・元特攻部隊隊長なだけはある。確か、能力のみならず身体能力も限界まで鍛え上げていた、と本人から聞いたことがある。それなら確かに、両手をつないだ程度では戦力低下は望めないかも知れない。と、鈴麗は小さく苦笑いを零した。持ち前の身体能力で並大抵のことをやってのけるクラスメイトを一人知っているからだ。

  鈴麗は恐る恐る扉を開く。そこにはごくありふれた閑静な街並みが広がっており、地面にはすでに意識を刈り取られた人が二人倒れていた。

『うわぁ…………』

 これから刈り取られるであろう人たちも含めて、同情の意を込めて心中両手をあわせる。残念ながら介護をする気も、時間も、彼女は持ち合わせていない。通行人に看病されるのを祈るばかりだ。

 そして、倒れている人の直ぐ横に、黒い鍵の束が落ちていた。恐らくこれが手錠の鍵で、フェイは自分の手錠をはずした後にここに捨てたのだろう。益々相手側の生存確率が下がってしまった。

 背後の喧噪を尻目に、鈴麗は鍵束を拾いながらササッと路地裏に身を隠した。ガチャガチャと手錠をはずしてゴミ箱に投げ捨てつつ路地裏を走り抜け、少し離れた所にある大通りに出る。そこに軒を連ねている売店の一つに転がり込んだ。

『あ、あのースイマセン』

『はいはーい、って、ウソ!皇女様!?』

『ちょ、しーーっ!他の人にバレちゃいますよ!オフレコでお願いします!』

『えと、えぇ分かりました。それで、こんな騒がしい時になぜわざわざ天津市なんかにいらしたのです?』

(あ。ここ、天津市なのね……………)

『えっと………………すいません、そこもオフレコで。えと、変なことを聞きますけど、ここは天津市のどの辺りなんですかね?出来れば地図とか頂ければありがたいんですけど…………?』

『はい?えーと……………………はい、地図です。それで今の場所が……………………ここですね』

(ふぅん、北京から比較的近いところなのね。良かった……………)

『分かったわ。ありがとう』

『ああ、皇女様!!』

『だ、だから静かにって…………!』

『顔をお拭きになって下さい!なにか、血みたいなものがついてますよ?』

『え、ウソ!?』

 受け取った濡れタオルでワシワシと顔をふく。真っ白なタオルに赤いものが付着していた。

 間違いない、殴られたときに出ていたであろう血だ。荷車が走っている過程で傷が開いたのかも知れない。

(あンの、クソ成金タヌキめ……………!今すぐ行ってチャーシューにしてやらないと気が済まないわ)

 顎を傷めるくらいに奥歯を噛みしめつつも、改めて礼を言って売店を飛び出した。




 ~鈴麗:北京、紫禁城東部周辺~


 鈴麗が売店を飛び出しておよそ40分。北京の紫禁城を見据えられる位置まできた。

 だが、中華民国の首都であるにも関わらず、通りを歩いても通行人が一人もいなかった。むしろ天津市の方が賑わいがあったほどだ。

 訂正。

 人が消えたわけではない。

 大通りのど真ん中を堂々と歩く鈴麗を、様子見程度に窓から垣間見ているのがちらほら見えた。

(あのタヌキが何かやってるのね…………………あーもう腹立つ)

 小さく見える紫禁城の中で汚く笑う成金タヌキを想像して、国民を力で押さえつけている事に対する皇女としての怒りと、自分と父上を黙らせて好き放題やっている事に対する鈴麗個人としての怒り。

 この二つの憤怒が入り混じり、沸々と沸き上がるのを自覚した。



『皇女様。御停止願います』

 どうやら意識まで明後日の方に向いていたらしい。いつの間にか紫禁城の東門前に着いていたようで、門番二人が鈴麗の前で槍を交差させて道を遮っていた。

『………………どういうつもり、これ』

『参謀の命令です。皇女様といえどこの中に入れることは出来ません』

『………………ああ、ったく』

 鈴麗は皇女らしからぬ口調で露骨な悪態をつく。

『私、一応これでも皇女で、皇帝の次期後継者なわけよ。それでアンタ達も、こんな状況だけど一応中華民国の国民なわけよね?だから、出来ることならあなた達は傷つけたくないの。まぁあのクソタヌキは遥か三途の川の一歩手前までぶっ飛ばすのか確定だけど』

 鈴麗は退屈そうに喋りつつも、頭をかきながら逆の手でポケットに手を突っ込む。

 手に取ったのは、細い腕とは不釣り合いの大きな腕輪。はめ込まれた赤い宝石の光が腕輪を包み、槍の形に具現する。

『私はこの騒動を止めるわ。そのためにここを通してほしい。それでもし万一、私の道を阻むっていうなら容赦はしない。私だって皇女であると同時に一人の人間で、感情だって当然持ってるもの』

 ゆらり、と槍を後ろ手に構えて


『私、今極限までイライラしてんの。力加減なんて頭から吹き飛ぶくらいに、ね』


 槍がごうっ、と火を噴いた。

 焔は、彼女の苛立ちに呼応するように真紅の爆炎を放出し、その余波である熱風が門番の全身をじりじりと焼いた。

 だが、それ以上に。

 鈴麗の眼孔は、燃え盛る苛立ちと憤慨で揺らぎ、槍の放つ火焔以上に門番の精神を焼き焦がしていた。

 体感温度だけのせいとは思えない量の汗が全身から吹き出す。その存在感の大きさに、本能で槍の矛先を鈴麗に向けるが、ガタガタ揺れるだけで全く動かせない。最早気が動転して、自分がきちんと呼吸をしているのかさえも、分からなくなっていた。

 一歩、

 また一歩。

 鈴麗はゆっくりと、一歩を踏みしめるように門番へと近づく。


 ───そして

 そのまま二人の間を通り抜けた。


『『……………………………………』』

 鈴麗が横を通り過ぎても、二人は視線を動かすことすら叶わない。

 その二人を無視して、鈴麗は東華門(紫禁城東側の門)の前に立ち止まる。

 ヒュンヒュンと槍を振り回し、矛先を門に向けて構える。

 そして、後ろの二人にこう呟いた。


『安心して、アンタ達も助けるわ。二人だって私の大好きな中華民国の大事な家族よ』


 自分をここまで止めようとするのだ。きっとあのクソタヌキに何かしらの束縛をされているに違いない。

 命令違反は死刑、

 とか、

 逆らったら家族を殺す、

 とか。

 私怨だけではない。

 こういった人達を助けることも、宣 鈴麗の責務だという事を忘れてはいなかった。

 人間であると同時に、鈴麗は皇帝の次期後継者なのだから。


 そして、その張本人の耳にしっかりと届くように、自分の怒りをぶつけるように、


『あ゛ああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああッッッ!!!!』

 門の扉へと、力任せに槍を叩き込む。


 爆発が、天高く轟いた。

 視界が揺らぐほどの爆風と衝撃波が周囲を蹂躙する。

 そしてしばらくしてそれが収まると、穴となった門を堂々とくぐり抜けて、紫禁城へと入っていった。

 決して、後ろは振り返らなかった。

 そのお陰か、後ろで涙を流す門番の姿に気づくことはなかった。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



『おい!東華門に侵入者だ!急げ!』

『畜生!何で俺たちがこんなこと………………!』

(うん?門の警備をしてた人たちがどこかに行っちゃった…………今なら普通に入れるんじゃないかな?)

 なぜか東の方で爆発音が響いたと思ったら、門の警備員らしき人たちがそろってそちらの方に行ってしまった。どういう訳かは知らないが、可能な限り戦闘を避けたかったため、折角なのでその恩恵にあやかることにした。

「よしっ!」

 広場の物陰から走り出し、天安門傍の壁の一角に触れる。しばらくするとその脇にぽっかりと高さ2mほどの穴が開いた。

 穴の向こうの様子を確認する。だが、逆に罠の可能性を疑うほど誰一人いなかった。やはり東から少しばかり喧噪が聞こえるし、黒い煙も上がっている。自分と同じように進入してきた人がいるのだろうか?

 穴を塞いで、建物をつたって西の方へ移動を始める。


(待っててね、鈴麗……………!)



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 鈴麗は、歩き慣れた紫禁城の庭を踏み締めて歩き進んでいく。

 武器を持って襲いかかってくる輩をなぎ払いながら───ではない。

 彼女は門を叩き壊してから今まで、手持ちの槍を一度として振るってはいない。

 そして、彼女に攻撃を仕掛けた者も一人もいない。

 用いたのは、皇女としての威厳と存在感のみ。

 それだけでも、衛兵達の心の葛藤をへし折るには十分すぎる破壊力だった。

 まるで数多の観客に囲まれてレッドカーペットの上を歩くハリウッドスターように、槍だの剣だのを携えた衛兵群衆の間を、堂々と一歩を踏み出す。それだけで鈴麗の前の衛兵の壁が、震える足どりで道を空けた。


 ───そうして、障害も無く中枢・太和殿の前に行き着いた。彼女の背後は、逃げることも出来ずにじりじりと後をつけてきていた衛兵でごった返していた。

 無数の視線を背に、鈴麗は漢白玉(白色の天然石)で出来た階段を、一歩一歩踏み締めながら上がっていく。

(私が目覚めたとき、そこに父上はいなかった。絶対にここにいるはず。大方、何かの大罪人として見せしめにでもするつもりなんでしょうね…………ッ)

 ゆっくりだった歩みは、底知れぬ怒りに急かされてその速度を上げていく。

 踏み締めるような歩みから、駆け上がるような走りに。

(そんなこと、絶対にさせない!私の大好きなこの国も、大好きな父上も、全部私が救ってみせる!!)

 あの時、心の中で決心したから。



『強くなる』と。

『人の上に立つプレッシャーに負けない皇帝になる』と。



 そう、いつも申し訳無さそうにヘラヘラ笑っている、あの気弱な少年のように。

 そう、プレッシャーから逃げずに立ち向かう道を選べる、とある能力流派の若頭のように。

 もう二度と、あいつの顔を見ることはない。

 会えたとしても、こんな状態の自分を(さら)すわけにはいかない。

 遊園地で決別の告白をしたあの日から、その意思は、堅く、大きく、強い。

 自信の決心に応えるための第一歩として、駆け上った勢いそのままに、階段の最上段を踏みつける足により一層の力を込める。能力のアシスト付きで石段を蹴り、大きく前に跳んだ。

 身体に打ちつけられる風を感じながら、片足に爆炎をまとわせる。

 空中でバランスを維持しながら、膝が胸に付くほど足を引き寄せる。

 そして、


 炎の爆裂アシスト付きの跳び蹴りを、豪勢な扉のド真ん中に蹴り込んだ。


 衝撃と熱風が、そびえるような門戸を外側から一掃する。室内の人たちなどお構いなしの痛烈な一撃で、扉は破片という名の散弾となって室内の建材に突き刺さった。

 難なく着地した鈴麗は、複数の視線を感じて前方を見渡す。そこには、所狭しと武器を携えた衛兵たちが待ち構えていた。

 ただ、外にいた衛兵とは雰囲気が違う。恐怖や焦燥があった外側に対して、こちらには嘲笑や愉悦がこびり付いている。従わされている、という雰囲気では無い。

(なるほど、コイツらは『グル』ってわけね…………)

 鈴麗は景気付けに槍を振り回し、脇に挟んで構えをとる。

『だったら焼かれても、文句はないわね?』

 不適な笑みとともに目をギラつかせた。今の鈴麗は、積もり積もったフラストレーションを少しでも発散させる何かを求めていた。この人達はその格好の獲物となってしまったわけだ。その悪魔のような顔つきに、思わず衛兵の武器を持つ手に汗が滲む。

 ───先に鈴麗が駆け出した。

 走りながら槍の端の方を持ち直し、身体と一緒に一回転する。

『はぁっ!!』

 刃先に火焔をまとわせながら、その槍を横凪ぎに振り回した。

 刃先の軌道上に炎が走り、放射状にばらまかれる。炎弾の一つ一つが爆発力を持つことで、着弾した衛兵が爆破により吹き飛ばされる。そいつが他の衛兵と衝突する事で更なる被害を生み出した。

 集団で相手をまくし立てる上で最もされると厄介な戦法だった。

 無論、それだけで全滅できるはずもない。

 槍の両端に炎を集め、飛びかかってくる輩を順々に薙ぎ払っていく。

 手持ちの武器はあくまで槍だが、決して相手に突き刺したりはしない。刺している間は肉体に槍をとられて動かせず、刺した槍を抜いている時間が惜しいのだ。かといって、刺した肉体を爆散させることも出来るが、それはそれで別の問題を引き起こしかねない。主に皇帝の道徳的な意味で。

 だから、槍はあくまで上下左右に振り回して使う…………『鈍器』として使う。



『…………………ふぅ』

 それでも、20人の衛兵程度相手にするのは雑作もなかった。

 今後の本国の軍事事情がいささか心配になってくるほどに。

(ったく、外のといいコイツらといい、衛兵を本気で鍛え直すべきかしら…………むしろ皇帝よりそっちの方が私向きかも?)

 周囲に人が倒れている中で、のうのうと口に手を当てて思案する鈴麗。


『おや、思いの外速く壊滅させられてしまいましたな』

 だが、そこに一連の騒動の元凶が現れたことで、鈴麗の心境は一変した。


『…………………出たな、主犯格』

『いやはや、宣家の娘相手なら時間稼ぎくらいにはなると思っていたんですがねェ』

『こんなヤツラで足止めできるなんて甘過ぎなんじゃないの?それとも見てくれだけのアンタの権力じゃ、この程度の人達しか集められなかった?』

『…………………相も変わらず口の減らんガキだ』

『はっ、ようやく変化の術を解いたわねクソタヌキ』

 慈 恩来は怒りと苛立ちを、宣 鈴麗は怒りと嘲笑を、その顔に乗せて互いを睨む。

『ま、見た目いくら変えたところで、性格がそんなじゃ国の統治なんて出来っこないでしょうけど』

 この一言で、恩来の怒りが自制の限界を超えた。

『図に乗るなよ!温室育ちのガキがァ!!』

 怒号を発した恩来は腕を前に伸ばし、その掌を鈴麗に向ける。

 ───それだけで、

『う゛ぐぅ!?』

 胸を圧迫されるような圧力とともに、鈴麗は後方に吹き飛ばされた。

 胸にかかる圧力と背中が壁に打ち付けられた衝撃で肺の中の空気が押し出される。

 恩来は壁から巻き上がる粉塵を、特に構えることなく眺めていた。

『ふんっ』

 自信ありげに鼻を鳴らしているところからも、その余裕が伺える。

 その余裕もあって───鈴麗の反撃への対応に遅れが生じた。

 足から炎を吹き出しながら限界速度で粉塵から飛び出す鈴麗。

『!?』

『んらぁ!』

 半秒と経たぬ間に射程内に恩来を捉え、その体躯に向けて一直線に槍を突き出した。

 大気の震えが太和殿の躯体を揺さぶる。だが、その衝撃は矛先と身体の間にある見えない障壁に止められてしまう。足からの噴射で押し込もうとするが障壁はビクともしない。

 だが、

 鈴麗は、なお攻撃の手を緩めない。

 まだ速度による運動エネルギーが残っている間に、槍の穂先に爆発を、石附にジェット噴射を追加。それらの力を障壁にぶつけ、それを恩来諸共後方へ押し飛ばした。

 自分が吹き飛ばされた意趣返しを成し遂げ、少し誇らしげに恩来の行き先をみる。

 自分同様粉塵にまかれて、恩来の姿が隠れて見えなくなる。


 すると、その粉塵がゆっくりと渦を巻き始めた。

 室内の空気が不自然に動き、風となって渦巻いていく。


 慈 恩来の能力は風。

 それ自体は父上から聞いて知っている。が、具体的に何が得意分野なのかは分からない。

 分かることは、アイツが人民解放軍を包括している国防省の参謀長である、ということ。

 参謀長は人民解放軍の中でも特に優秀な人から選出されるポストだ。要するにそれ相応の強さを保持しているということを意味している。

 確か今の人民解放軍トップは…………………忘れた。名前が出てこなかったが、血気盛んで男勝りな女性で、女性にして軍の統治を任されるほどの実力の持ち主なのは覚えている。軍を抜けているとはいえ、その女性に匹敵する力をアイツが持っているのは間違い無い。


 どふっっ!!

 と、空気の破裂する音が部屋に響き、土煙が放射状に飛ばされる。

 その中心にいる恩来は、わずかに浮き上がって静かに漂っていた。

『………………………』

 恩来が手をこちらに向ける。

『!』

 鈴麗は槍を両手で横に持つ。

 槍の柄に、先程の重圧がぶつかる。

 数m足を引きずられながらも両足で地に足をつけて踏みとどまった。

『ぐ……………ぅっ』

(まただ。やっぱり見えない………………!)

 槍にのしかかる『何か』を弾き飛ばし、手の痺れを噛みしめながら思案する。

(これは、『風』というより『大気操作』の方が近いかもしれない…………)

 風の能力使いは基本的に空気の動き、すなわち大気の状態変化を司る。気流制御や気候操作など、その派生の振れ幅が広い属性なのが特徴だ。

 今回の能力は『気圧操作』といったところだろう。

 恐らく、気流自体を制御するのではなく、二空間の大気密度を変動させることで全方位に及ぶ大気圧ベクトルに方向性を与えている。

 もちろん、人間一人ごときの力で10.13t/㎡の力を自在に扱えるはずもなく、自制できるのは精々60㎏/㎡程が限度であり、操作範囲も比較的狭い範囲に限定される。その上、複数範囲の同時操作は事実上不可能(極小範囲を複数、なら出来なくはない)ので、戦闘に応用するには逐一範囲定義をし直す必要があるはずだ。

(だったら………………そのラグを狙う!)

『ほら、防げたわ。まさか、こんなもんだとは言わないよね?』

『ぬかせ!』

 鈴麗の挑発に、恩来は二撃目を放つという攻撃態勢で応える。

 攻撃のタイミングを予想して、ギリギリと思われる時間で横に飛び退く。なびいていた服に『何か』が(かす)めた感触と、後方の壁に『何か』がめり込むような音が、鈴麗の計るタイミングが正しかったことを知らせてくれた。

 それを聞き受けた直後───、

 ジェット噴射付きで床を蹴り飛ばし、床板を抉りながら一直線に、恩来に向かって走った。

 恩来はこちらに狙いを定めて手を伸ばし、目を丸くしている。

 明らかにタイミングが遅い。

 ───勝った。

 そんな確信を胸に、槍を突き出した。


 何かに突き当たる感触。

『な……………っ!?』

 だがそれは人肉を貫く感触ではなく、不可視の壁に阻まれる感触だった。

『ッ!?』

 突然、その壁が爆散する感覚とともに槍の穂先を弾かれ、鈴麗の正面ががら空きになる。

 掌は、そこに向けられていた。


 ずドン!

『う゛ご、ホォ゛!』


 二撃目。

 今度は胸ではなく腹。正確に言えば───鳩尾。

 そのど真ん中に空気の砲弾がめり込み、鈍い音を響かせた。

 遠く後方まで飛ばされた先ほどとは違い、5m程床を転がって倒れた。

『ぐ………ォ!お゛ェ…………!』

 腹にたたき込まれた鈍痛は猛烈な吐き気に変換され、体内から血反吐混じりの胃液を吐き散らす。

『ゲホ!ゲホッ!ぅえ゛…………!』

 不快感と苦痛に咳き込む鈴麗。

 それを眼にして、

 恩来は顔をしかめるどころか卑しく口元をつり上げた。

『おやおやァ?『また』、戻してしまったのですかな?』

『!!』

 その言葉を耳にして、眼下に広がる自分の吐瀉物を眼にして、脳内に押し留めていたあの時のトラウマがフラッシュバックする。

 天安門から見渡した、眼下を彩る無数の期待の眼差しが。

『この国は我ら皇帝家とその従者の金になるものだ!民は我らの財を潤すために存在する!そして、それらは他でもない皇帝家のものだ!』

 ───ずドン!

『ぐ…………ぁ!』

 床に手足をついて起き上がろうとする鈴麗の背中に空気の砲弾がのしかかる。

『それをこんな、人を眼にして嘔吐して気絶するような落ちこぼれに渡せというのか!?ふざけるな!!』

 ───ずドン!

『ぅ゛…………ッ!』

『こんなクズのせいで財産を減らすくらいなら、この私が皇帝となって…………』

 ───ずドン!

『………………っ』

『地位も名誉も金も女も土地も屋敷も何もかも全て我がものとしてやる!そして宣家も潰して慈家の新たな歴史を刻んでやるのだ!!』

 ───ずドンッッ!!

『…………………………』

 その小さな背中にのしかかる重圧。床がめり込むほどのそれに押されて、うつ伏せで地に伏す鈴麗の身体。

 それ以上に心にのしかかる辛辣な言葉。過去の記憶を掘り出され、今にも逃げ出したくなる衝動がくすぶりだす。

 それでも、

『……………………ふ…………な…………っ』

『?』


『ふざ、けンな……………ッ!』

 決して、言いたい事が無いわけじゃない。


『黙って聞いてれば、クズとか落ちこぼれとか好き放題言ってくれやがって…………………ッ!うぐぅ…………!』

 傷だらけの身体に容赦なく鞭を打ち、全身の全ての筋肉に力を込める。

『ッ゛……………悔しい、けど、そこに関しては………全部アンタの言うとおりよ。私は…………弱いわ。今でもまたあそこに立って…………無事でいられる自信なんて無いし、今のまま皇帝になっても、誰も得をしないことくらい、私が一番分かってる…………!』

 背骨、肋骨、腕や脚。

 その全ての骨が軋んで、神経に直接擦り込まれるような痛みをあげる。それを食いしばる奥歯で噛み殺し、杖代わりに突き刺した槍を両手で握り締めて体を起こす。

『けど……………そんな私でも、アンタに皇帝の座を渡しちゃいけないことくらいは分かる。中華民国は、たまに熱くなって過激な行動を起こしたりして厄介扱いされるところもあるけど、それでも…………それでも1日1日を強く一生懸命生きる力をちゃんと持ってる、欧米なんかに負けないくらいの良い国なの!』

 のしかかる重圧を全身に感じながら、槍を杖として突きながらゆっくりと立ち上がる。とうに限界を迎えているはずの全身に、なぜか自然と力がみなぎってくるのが解る。全身を駆け巡る苦痛よりも、こみ上げる思いが口を通じて溢れてくる。それがより一層彼女の身体に、立ち上がるだけの力を与えてくれる。

『そんな国の地を、人を、自然を、心を、血を汗を涙を…………それを自分のポケットマネー程度にしか考えてないようなヤツに、この国を空け渡すわけにはいかない。父上が、いや、そのすっとずっと昔から守り抜いてきた歴史を、そんなヤツに預けるわけにはいかない。それだけは、絶対にさせない!そのために私は強くなるって決めたの。何年、何十年かかったって構わない。みんなの前で堂々と立っていられる私になる。みんなの背中を支えられる私になる!中華民国の『力』になれる私になってやる!!今も畑耕してる人たちのために、武器持って戦っている人たちのために。父上のために。そして、私自身のために!ここでアンタに、負けるわけにはいかないのよ!!』

 鈴麗は、いつの間にか二本の脚でしっかりと立ち上がっていた。その眼は恩来を突き刺すほど鋭く、その口は覇気のある力強い言葉を叫んでいた。

 鈴麗が心の底から解き放った、後悔、懺悔、抵抗、対立、そして、決心の言葉。

 紛れもない、宣 鈴麗の、皇女として生きる者の意志そのもの。


『───くだらん』

 それを、

 恩来は空気弾一発で弾き飛ばした。


 威力にあらがう事すら出来ず、少女の身体はダイレクトに背中から壁へと打ち付けられる。口腔から赤黒い鮮血が噴き出される。命が直接流れ出すかのような感覚がした。

 遂に鈴麗の体は言うことを聞かなくなり、先ほどまでみなぎっていた力もどこかへ行ってしまった。

 視界も虚ろで、憎き相手の姿すらろくに映してくれない。諦めろ、そう言われているみたいだった。




 おわった



 ぽつり、と

 そんな言葉が浮かんできた。


 事のきっかけを作ったのも私。

 事に巻き込んでしまったのも私。

 せめて、落とし前だけでも私がつけようと思ったらこのザマだ。

 結局、私は弱かったんだ。

 自分が思っていた以上に。


『御託など、どうでもいいのだよ』


 くそ、耳までいかれてしまったんだ。言いたい事は分かるが、音がぐわんぐわんと揺れて聞こえる。


『失せろ』


 その前に失せてしまいそうだよ。畜生───吐き捨てる体力もなかった。

 視界がフェードアウトしていくのが分かるのだ。

 映写機の電力が落ちていくように、こちらに掌を向けているタヌキの映像が少しずつ黒ずんでいく。


 ………………………………。


 ……………。






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