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Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~  作者: ふろすと
現世編
22/61

9章-2:上海内乱編・下

 


 どうやら、相手(以下 シロ)は土属性で、このホテルの建材を掌握しているらしい。なら、相手の方のみに意識を向けていては命取りだ。

 洋斗は全身に能力を纏わせ、全方位に意識を向ける。問題ない。親父に散々やられた、不意打ちで英和辞典が飛んでくるあの日常を思い出せばいいんだから。

 ……………なんだろう。イライラしてきた。

 そんなことを心中ボヤいている間に、自分の体が横に動く。立っていたところが、降りてきた天井に押しつぶされた。

(よし、体が自然に動く。あれが役に立つと思うと、何だか無性に腹が立つ)

 心の中で愚痴をこぼす間にも後ろから何かが飛んできたので、それを強化した腕による裏拳で、振り返りざまにそれを砕く。

 そこから、攻撃がピタリと止んだ。

「なんだ?ヤケに慎重だな」

 洋斗は押し黙ってしまったシロを見て訝しむ。

 ───対して、シロはあくまで冷静な分析を続けていた。

(あのブタヤロウ、察知能力も瞬発力もいいな………。おまけにさっきの裏拳、生命力を感知してんなら、遠くから建材を飛ばしたさっきの攻撃には対応出来ねぇ。まさか、ただの反射神経とか言い出したらマジでキレるぞオイ)

 実はこのシロ、強気な見てくれから誤解されがちだが本気になるとかなり頭を動かす人のようだ。つまり言い換えると、今目の前の相手を全うな好敵手と認めてしまっているようなものなので、その事実が尚更シロの頭を沸騰させた。

 シロが苛立ちにふけっている時間は、同時に洋斗に対する空白の時間とも言える。

(こないなら、こっちから行けるか…………?)

 洋斗は一気に距離を詰めようと床を蹴って走り込む。

 それに合わせてシロも対応する。天井、床、左右の壁、前から後ろから、言葉通り全方位から石柱が飛び出し、圧殺しようと反対側に突き刺さる。そしてそれを、時にかわし、時に砕き、時に駆け抜けて、確実にシロに近づいていく。

(ちっ、マジで本能で動いてやがる。だったら同じ質量でも『多さ』じゃなくて………………)

 そのとき、一瞬だけ攻撃に間ができる。

 ここで一気に───と地に着いた脚に一層の力を込めた。その頭上で、



(───『大きさ』、だな)

 周辺一帯の天井が、初速を持ってごっそり落ちてきた。



「な………!?」

 抵抗する時間は、無かった。

 そのまま天井が床をぶち抜いて、洋斗は下の階に叩き落とされた。ホテルの中やその周りにまで、ズゴォォン!と重厚な音を撒き散らす。

「ぐ…………がふ………………ァ」

 立ち込める粉塵の中で、手足をついて体を起こしながら体の駆動を確かめる。

 …………………大丈夫だ。まだ動ける。

『ブタならそうやってる方がお似合いだぜ?あれだとブタとゆーよりハエだハエ』

 上から声が聞こえる。多分シロだ。声色には露骨なほどの嘲笑が紛れていた。

(今の、天井丸ごと操ってやがった…………………まさか、ここら一帯全部があいつのテリトリーなんじゃ…………?)

 初めの辺りは小さい範囲、大きくても1m四方程度の操作の連続だろうと考えていた。

 だが、実際はもっと広い範囲、最悪の場合ホテルのフロア数階分全てが支配圏なんじゃないか?

 想定以上の考えが頭をよぎって洋斗は肩を震わせる。言葉の壁のせいでその確認すら出来ない状況が、更に恐怖を増幅させた。


 ───実のところ、その考えは正しい。

 それも最上階から23階までの計3フロア分という『最悪の場合』の意味で、である。

 そのため、後ろから攻め込んだ洋斗の初撃にも対応できたし───その上。

『ふむ、この間にメスブタ二匹を逃がしたか。どうやって伝えたのかも、『三人目』が誰なのかも知らねえが、ブタにしては中々な作戦だ。まあ後で調理する事は変わらんが』

 こっそり海衣とユリアが戦線から離脱していたことも、認知できていてあえて見逃していた。

 挑発の前に投げた逆薙に伝言を頼み、床に穴をあけて落下した海衣と階段で下りたユリア、ナギを22階で合流させていた。という事を、シロは最後まで知ることは出来ない。

 洋斗、シロは静かに、鋭い視線で相手を睨みつける。

 互いに互いの言葉は分からない。

 知る気も、知ろうとも思わない。

 そんな中で分かること。


 相手の踏んだ場数。経験。力量。

 それだけ知れれば十分だった。


 洋斗はゆっくりと立ち上がる。

 そして、

「行くぞ!」

 下のがれきを蹴って、上の階のシロへと飛び込む。シロが体を反らすと、そこを洋斗のフックが空を切る。さらに追撃の蹴りをバックステップでかわす。

 着地した洋斗の横の壁が身体を挟み込もうと迫ってくるが、それは天井を突き破って上へ逃げることで回避。そのまま24階の廊下を走り、床を破壊してシロの頭上へ落下する。

 下には床の破壊の影響で立ちこめる粉塵。その粉塵の中から、ごぅ!と石柱が飛び出してきた。

「!?」

 ここまで読まれているとは思っていなかった洋斗は微かな動揺で心が揺れるが、すぐに収める。

 迫ってくる石柱に、雷撃付きの鉄槌を叩きつけ、石柱を粉々に砕き割る。

 何とか床に着地した足で、間髪入れずに前へ走る。

 普段の戦闘の場合、不用意に前へ出るのは危険なときもある。だがこの場合において、一点に留まっていると周辺一帯丸ごと潰されかねないので、ここは動き続けるのが得策と踏んだ。それに、普通ならカウンターのチャンスであったところで素直に下がったところから、シロは直接戦闘を避けるタイプ、土属性の典型的なタイプであると見たのだ。

 前へ駆け込み、一気に粉塵を抜ける。だが、そこには誰もいない廊下が伸びているだけだった。

「はっ…………はっ…………」

 短い呼吸で少しでも息を整える。

 ───と、そこへ

「主様ぁ!」

 タタタ………とナギが小柄な体型にそぐわぬ瞬足で走ってきた。

「ご無事でしたです!?」

「ああ、今の所は。ユリア達はどうなった?」

「ユリア様でない側の方は一階正面玄関にいた楓様に介抱してもらってるです。あとユリア様は、その、実は…………「洋斗君!!」

「ユリア!?なんでここに………」

「面目ないです!危ないからと止めようとはしたですが…………」

「イヤなんです」

 ぽつりと話し始めたユリア、その瞳は固い決心を色濃く映していた。

「洋斗君がつらい目に遭うのは───それ以上に、このつらい場面を洋斗君に押し付けてしまう私が、一番イヤなんです!だから今まで銃もいっぱい練習しました。勉強だっていっぱいしました!なのに今、この肝心なときに私だけ大人しく逃げてしまったら、これまでやってきたこと全部、意味が無くなってしまうんです!全てはこの時のために、洋斗君の力になるためにやってきたんです!」

 ───もしも、たとえばの話。

 事ある毎に魔王にさらわれてお城に閉じ込められてしまうお姫様がいたとして、窮地のたびに助けに来る王子様に「ありがとう」とか「嬉しかった」としか思わないのだろうか?


 私も、力になりたい!

 そうは、思わないのだろうか?


 私も、あの王子様のように強くなって、王子様を助けられるようになりたい───そう思って武器を取るのは、果たしておかしいことだろうか?

 黒服が学校に侵入してきたときも、フローゼル家にさらわれたときも、いつだって洋斗君が助けてくれて、その度に、安堵の表情で笑いかけてくれる。

 ぼろぼろな身体で。傷一つ無い私に。

 ───胸が苦しかった。

 何かあっても洋斗君がまた助けてくれる?

 そんなものはただの傲慢でしかない。

 それでも大人しく座っているのが『お姫様』に相応しいなら、そんな肩書きはいらない。

 そんな、ふかふかの玉座から立ち上がるために今、一人の少女はここにいる。

「お願いです…………一緒に、戦わせてください。私にも、その辛さを、分けてください」

 ユリアのすがるような願い。

 洋斗はただ目を見開き、ぽかんと口を開けていることしか出来なかった。

 思えば、ユリアがなぜ銃を手にしたのかは知らなかった。

 ユリアは、出来ることを自分なりに探していたのか?

 俺の、力になるために?

 もちろんの事、洋斗はユリアを助けることを苦としたことは一度としてない。全ては状況の巡り合わせの中で、自分自身の意志で選んだ選択だ。悔いの一つもありはしない。

 ───だけど。

「……………分かった。後ろからのアシストをお願いする。多分相手はここら一帯全部を操れるから、本体から離れていても油断するなよ?」

「あっ…………………はいっ!!」

 そんなことは関係ない。

 誰かが側で戦ってくれる。それが何よりも嬉しかった。

 ユリアも潤みかけていた瞳のまま顔を引き締める。

「ナギも頼むぞ」

「おうっ、です!」

 ナギはビシッと拳を掲げながらフラッシュに包まれる。

 宙でヒュンヒュンと回る刀をしっかり掴み取る。

 ───その時

「「ッ!?」」

 二人はなんの前触れもなく、なんの示し合わせもなく、『ほぼ同時に』別々の方へ飛び退いた。


 ずどん!とその間に巨大な棘がせり上がり、天井に突き刺さった。


「ユリア!お前、『分かる』のか!?」

「その、なんとなく……………」

「なんとなく!?」

「で、では無くて!ですね、なんか線というか、流れというか、そんな感じのものがぼんやり見えるんです。さっきのは、そこだけ水溜まりみたいに固まってたので…………ッ!!」

 そこまで話したところで、突然キッと天井の部分を見上げるユリア。視線の方を見てもそこにはただの天井があるだけ。だがユリアは確かに目で何かを追っている。

 少しの間目を泳がせ、不意に銃を向けて引き金を引く。

 それとほぼ同じタイミングで、銃を向けた先の天井から棘が伸びたのを、洋斗は見た。

 それはわずかに天井から顔を出したところで銃弾によって撃ち砕かれる。先読みしていないと、決して不可能な反射速度だった。というか、棘が伸び始める前からすでにユリアは照準を合わせていた。

 土属性特有のこの操作は『操作したい個所に生命力を流すイメージ』だと、芦屋から聞いたことがある。

 まさか…………。

「その見えてるのって、もしかして生命力なんじゃないか?」

「……………言われてみれば、そうかも知れません!」

 普段、この世界において体の外の生命力に触れることはほとんどない。あったとしてもそれは目を凝らしても見えず感覚的に感じるのみであり、視認できる形は生命力ではなく『能力』へとその名を変えている。

 だがユリアの場合、自身の能力に縁が一切無く、その代わりユリアは銃を介して他の誰よりも生命力そのものに触れている。もしかすれば、生命力に対する感受性が強くなったユリアには他者の生命力が認識出来る『第六感』が身についたのかも知れない。

 能力が使えないからこそ、そして、そこから努力したからこそ身についた、ユリアが自分の力で手に入れた『能力』だった。

「その…………流れ、だっけ?どこから来てるんだ?」

「えと、あそこです」

 ユリアは壁と天井の境界線の辺りを指さした。

「つまり…………上か」

 洋斗は指さされた所の天井を雷撃で破壊して上に飛び上がる。

 相手は生命力で操作している。

 つまり、それをたどれば本体につけるわけだ。

「…………あ!そうか!」

 一足遅れてそれに気づいたユリア。

「…………そうだ!いや、でも…………よし!!」

 少し熟考した後、銃口を洋斗が飛んでいった方に向ける。むむむ…………としばしうなり、パン!と一発引き金を引いた。

 弾の形は直径1m程の薄い円盤、それがくるーっと後ろの方に曲がっていく。

「…………えいっ!」

 そのまま一周回って元のところに戻ってきたところで、タイミングを合わせてその円盤に飛び乗った。

 イメージした軌道は『円を描いて一周してから直進』。

 そのイメージ通り、ユリアを乗せた円盤は速度を変えずに彼女を上へ運んでくれた。

(は、初めてやりましたが、こんなことも出来るんですね…………!)

 ユリアはスムーズに動く円盤の上を愛おしそうに撫でながら、自身の成長に打ち震えていた。その成長が自分の想像を遙かに超えた可能性を持っていることに、ユリア自身が気付き始めている。

 上の階にさしかかり、丁度いいタイミングで飛び降りる。円盤は天井に当たって儚く砕け散った。

「まだ上です!」

「うおっ!?ユリアどーやって「後で教えます!行きましょう!」

 さらに上の階、すなわち25階でありホテルの最上階

 。

 天井を破壊して、洋斗はジャンプで、ユリアは円盤に乗ってそこに上がる。

 意外にも、そこにはシロが何もせずただ立っていた。

「…………………………」

 二人は何が来るかと構える。

『…………ふふふ。ふはははははははは!!』

「「??」」

 そのせいで、シロの清々しいほどの高笑いによって見事な肩すかしをくらってしまった。

『ははははははっははっッふぐっぐふぉぶっ!?くはーーー腹痛ぇ!!ここまで笑わせてもらったのは数年ぶりだぜェ!!』

「「…………」」

 何を言っているのかが理解できない日本人二人(ユリアは名前がカタカナだが、生まれも育ちも日本である)は、特に攻めもせず呆気にとられていた。

『やっぱ遠くからチマチマ攻め立てんのは性に合わねー。こっからはガチンコ勝負だ』

 ボゴッ、とシロの側の床から、太さ5cmくらいの棒が生えてきた。シロの右手がそれをしっかりと握る。武器か?と洋斗は目を凝らすが、掴んだ後もその棒は床から切り離されることはなかった。

『構えんな。これはただの指示棒、本命じゃねぇ』

 シロは高ぶった気を落ち着かせるようにそっと目を閉じる。

 ゆっくりと、右側に弧を描くようにその棒を振り動かし、それが天を指したところで静かに止まる。

 そして、意を決したようにその目をカッと見開いた。

『ふんッ!!』

 棒をこちらの方に振り下ろす。

 用心して一連の動作を注視していた洋斗は、無意識に横にいたユリアを突き飛ばし、反対の手で逆薙を頭上に構えていた。

 シロの持っていた棒が長く、太く大きくなって頭上から落下。逆薙を持っていた腕に、途轍もない重圧が叩きつけられた。

 ユリアを突き飛ばした手を逆薙に添えて、全身の筋肉をフル稼働させることで、振り下ろされた一撃に抵抗する。

 しかし洋斗本人は耐えられても、それを支える床は耐えられなかったようだ。重圧によって生まれた床の亀裂が根を広げて瓦礫と化し、洋斗諸共下へ崩れ落ちた。

「洋斗君!」

 廊下の端で転んでいたユリアが穴をのぞく。だが、その下には誰もいなかった。

 一瞬の静寂。

 シロの立ち位置の直ぐ前が下から砕かれる音で、それは断ち切られた。シロは飛び退いて距離をとる。

 廊下を埋め尽くす粉塵。

 そこから洋斗が飛び出したことで粉塵の幕に風穴が空いた。

(迅い……………ッ)

 シロは半ば本能的に体を屈める。その直ぐ上を横に振り抜いた逆薙が、シロの髪を一房巻き添えにしながら空を斬る。

 洋斗はカウンターの隙を与えない。

 粉塵から飛び出した推進力と横切りの際の回転力を軸とは逆の脚に伝え、下に下がったシロの頭を蹴り飛ばした。

『ぐ、くっそ………………!!!』

 5mほど転がったところでかろうじて体勢を立て直したシロだが、そこで顔を上げた直ぐ目の前に、10cm角の瓦礫が、真っ直ぐに飛んできていた。

「らぁっ!」

『ッ!!』

 必死に体を横に転がしてそれを回避、そして膝立ちの体勢で、瞬足で駆けてきていた洋斗の斬撃に手持ちの棒をぶつけた。接触の衝撃で周囲の窓が外側に砕け散る。

(近接戦闘もお手の物かよ。想像以上にやっかいだ)

『たく、つくづくすばしっこいな………………』

(おまけに力も強い。一体何したらこんなになるんだァ?)

 互いに伝わらない言葉と共に、二人はぶつかる視線で火花を散らす。

『ふん!!』

 刀と棒をぶつけたままで、シロは左右の壁に意識をのばす。そして、そこの建材を洋斗の背中に突っ込ませた。

「!?」

 洋斗はそれに気づき、振り返りざまに建材を斬り払う───はずだった。

 刀が動かない。

 視界の端で、逆薙の刀身が棒の中にめり込んでいるのが見えた。そしてそのせいで、回避の為に残されていた唯一の時間が無くなってしまった。

(つかまったです)

(しまっ……………………!!)

 無防備な背中へと二本の棘が差し迫る。


 ───。

 それは、黄金の弾丸によって打ち砕かれた。


「ゆ、ユリア!!」

「洋斗君はその人に集中してください!後ろの攻撃は私が何とかします!」

『すっかり忘れてた、ぜっ!!』

 ユリアの前後から2本ずつ、合計4本の棘が触手のように彼女に迫る。


 それに対して、

 ユリアはまずその場でくるんと一回転。


 その動作で、全ての棘を視認する。

 元の方向に戻る直前で銃を構えて一発、正面を向ききったところで二発、さらに半回転して一発、合計4発射撃した。

 一発目はカーブして、ユリアの頭上を通って後方の棘の一本に。

 二、三発目は直接前方の二本に。

 四発目は後ろから迫っていた最後の一本に。


 ───まさにほぼ同時とも言えるタイミングで、全ての攻撃を捌ききって魅せた。

 回転の遠心力でふわっと翻る艶やかな金髪が、その姿をさらに凛々しく神々しいものへと変貌させる。

「『       」』

 完全に、魅入ってしまっていた。

 神業とも言える一連の動作の優雅さに。

 破片が散る中で佇むその勇姿に。

 洋斗とシロは言葉も行動も消え失せて、獲物を握る手も弛んでいた。

「私のことは大丈夫です!集中して、洋斗く……………て何でこっちを見てるんですか!相手はそちらです!」

「『え      あっ!」』

 投げかけられた言葉は彼の意識を、敵と鍔迫り合っている現状へと引き戻す。

 洋斗は逆薙のことは諦めて、やむなくその手を離す。棒をくぐるようにシロの懐に潜り込み、前にでていたシロの脚に拳を捻り込んだ。

『つ゛ぅあ゛………!』

 片足を折られたシロは苦痛で、噛み締めた歯の間から呻き声を洩らす。常人なら発狂してもおかしくない激痛なのだが、それは部隊の頭としてのプライドがそれを押し留めた。

 これで怯むと軽視していた洋斗はそのせいで、バランスを崩しながらも振り抜かれた棒に対処できなかった。

「ぅ、ぐぉ!?」

 本能で頭だけは避けたものの、肩から腹に掛けて、棒のものとは思えない鈍重な圧力がねじ込まれる。何かが砕ける音が、体の中から聞こえた気がした。

『く、ははっ!』

 飛ばされて血を吐いている洋斗の上から再び天井が落下してきた。

「させません!」

 ユリアが、洋斗の真上の部分だけを撃ち砕く。再び下の階に落とされるが、洋斗本体にはダメージはない。落下の衝撃による肋骨の痛みはあったが。

 粉塵が散る洋斗の上にはまっさらな青空があった。

「洋斗君っ、大じ……って怪我を………!!?」

「体の心配してる場合、無さそうだな……………」

 二人は床にかかる影の形が変わっていくのに気づいて、上空を見上げる。

 空の景色を切り取っている25階の天井。

 その輪郭が、ズズズ…………と地鳴りのような音をあげて蠢いている。それも、一定の方向性を持って少しずつ一点に集結している。

 天井だけじゃない。最上階の壁、天井全てがシロの棒の元に集結していた。その原型を無視して、シロの周囲を囲うように渦巻いていた。

 もう、25階の天井、壁、個室、床(24階の天井とも言える)のほとんどが消え去り棒の一部となってしまった。

 わずかに残った25階の床にただ一人膝を突いて立っているシロは、天井が取り払われたことで降り注ぐ太陽の光を背中に受けて、その表情が妖しく陰る。

 それ以上に、その手に持っていた棒は最早空の一部と錯覚するほどの超巨大な鈍器となっていた。


『ホテルに、翼が生えやがった………………』

 当時の光景を遠目から目撃したとある中華民国人が溜め息とともに呟いたという。


 ホテルの端から天へとそびえる塊。ユリアその光景に背筋を凍らせる。

「あ、あんな物を振り下ろされたらホテル諸共ぺしゃんこですよ!?どうしましょう…………」

 対して、洋斗はまだ落ち着いている方だった。

「いや、それはないと思う。ホテルが完全に崩壊したら、あいつの方もただでは済まない。足が折れてるんだ、こんな高さから落ちたら着地失敗で大打撃が落ちだ。そんなにバカじゃないだろ」

 ───その時、

 シロの持つ塊からバキバキ………と音が鳴り始める。塊が何十本も枝分かれし、一つ一つが意思を持つようにうごめき出した。

 人には『何でも好きなことをやれ』と言われると逆に困ってしまうという逆接現象が起こる。余りにも自由度の高い選択はかえってその人の動きを阻害してしまい、むしろ選択肢をある程度絞った方が生きやすい。

 今回、建材を集結させたのもそれが理由。

 基本的に、土属性は他の属性より遙かに自由度が高い。特にシロは生まれつき周辺の支配力が強い体質なのだが、そのせいで身に余る選択肢の数に迷うときがある。

 その解決策がこの塊。

 操作する部分を限定させることで、自らの選択肢を絞り、より好き放題に暴れられる、というわけだ。それでも、『1フロア分の建材丸々支配下に置く』というだけでも十分怪物レベルなのだが。


 ───行け。


 シロが小さく呟く。

 それを進軍の合図として天を仰いでいた塊が孔雀の羽のように拡散し、洋斗たちに襲いかかった。

 一本一本が太さ1、2mの特大サイズで、(みだ)りがましさなど微塵もない。刺されば貫通する、叩きつけられれば潰される、そんな怪物が軍勢となって二人のもとへ襲い来る。

 洋斗は斬撃と雷撃、ユリアは銃撃によって迫る触手を確実に打ち砕いていく。

 だが、

「き、キリがっ!無い、です!」

「やっぱり本体を倒すしか、ないな」

 いくら破壊しても、その先にはまだ何倍もの触手が天を仰いでおり、しかも触れた建材を更に吸収してしまうため、その本数は最早無限。半永久的に守衛に回り続けることになる。

「二人で近づくぞ」

「はいっ!」

 無論このままでは敗北必至、かといってユリアは接近戦タイプではないし、洋斗のみで向かうとユリアが集中攻撃を受けてしまう。なので、このまま守衛に回りながらも少しずつ前に進む。

 一つの塊から放射状に飛んできている以上近付くほどに攻撃の密度は高くなっていくが、それでも着実に近づいていく。

 そして、およそ5mほどになるまでジリジリと近付いたところで。

「ふっ!!」

 洋斗が一気に抜け出した。

 二人への攻撃の分散を避けるために、少しでも洋斗の方に意識を向けさせる必要がある。そのための突進。

『ぐ…………っ!』

 その誘いに何とか乗ってくれた。

 後ろをのぞいた前上下左右の5方向から触手の弾幕が押し寄せる。

 雷撃で限界まで身体能力を強化して、それらを一気にかいくぐり、一定の空間が空いた場所にでる。

 ───その先にいたのは、仰天の表情で片膝を突いて立つローブの女性。

「女性に攻撃なんて……………」などと躊躇っている余裕など最早持ち合わせていない。

 低空姿勢のまま、突いているシロの膝の前に大きく踏み込み、床を踏みしめる。

 ぐっと拳に全ての力を乗せ───、

 シロの顔面めがけて、それを一気に振り抜いた。

 ───ゴッッッ!!、と。

 轟音が炸裂する。

 顔面にたたき込まれた洋斗の拳はシロの身体をホテルの外まで吹き飛ばす。

 だが、

 その瞳は、まだ力尽きてはいなかった。

『ごぶ、ぅ、お………………おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォ!!!!』

 シロは怒りの表情で喉から血を吐き出しながらも、腹の底から雄叫びをあげる。

(この身は滅んでもいい!アイツら、いや、あの男だけでも殺す!全ては中華民国のために…………………ッ!!)

 残る全ての体力を使って、その腰を大きく回して、同様に落下していた塊付きの棒を横凪ぎに振り抜いた。そこで同時に、残る全ての生命力を手中の棒に流し込む。

 その苦し紛れの挙動に、呼応する巨躯があった。

 ビル一棟に相当する巨大な塊が屋上の洋斗めがけて飛来する。アッパーカットぎみのフックを相手のわき腹にぶつけるように、ホテルの一角ごと洋斗の体を(えぐ)り潰すべく迫る。

「ユリア!!」

「!?」

 まだ壁が残っている所から見上げているユリアには横から迫る驚異が見えない。

 だが洋人の、自分をにらむ視線からユリアは察した。

 ───洋斗が自分に何かを求めている。それが何なのかを。

 洋斗は、最上階のわずかな床を全力で蹴ってホテルの外側、思い切り上へと跳び上がる。

 ───だが、足りない。

 脚力を強化した洋斗の跳躍を持ってしても、迫る巨塊の軌道から逃れることは叶わない。

 ここまでは想定の範囲内。

 理解してくれただろうか?

 心の中で、洋斗は冷や汗を流す。

 伝えている時間はなかった。

 彼女に何をして欲しかったのか。

 理解してくれていると、信じるしかない。

 不安とともに、洋斗は空中からユリアの方を見る。

「!!」

 ユリアは、

 キッとこちらを睨み、銃口を向けていた。

(ユリア……………………よしっ!!)

 その銃口から、火薬の破裂する音とともに黄金の弾丸が一直線に飛んでくる。

 その弾丸

 軌道は洋斗に向けて一直線を描く。

 そして、

 小さな円盤状の形。

 ユリアを上に運んだ、あの円盤と全く同じだった。

 飛んでくる円盤にタイミングを合わせ、一気にその円盤を蹴る。

 その勢いで、更に上空へと跳び上がった。

 ───ズォォンッッ!!

 直ぐ後ろで、ミサイルが爆発したような轟音が炸裂した。建材の塊がホテルの一角をえぐり取った音だ。

 第二の跳躍によって、洋斗は巨塊の軌道から脱することに成功したのだ。吹き荒れる衝撃波で、バランスを崩しそうになるが、何とか持ちこたえる。

 と、そこへ、

「主様ぁ!」

「ナギ!!」

 建材にその身を捕まれてから、どうやらずっと塊の表面で待機していたようだ。豪速で通過する塊から、紺色の浴衣をなびかせたナギが飛んでくる。

 絶妙なタイミングで刀に戻ったナギの柄をガッチリと掴み取って、洋人は下を見下ろす。


 そこには、洋斗と同じように自由落下しているシロの姿があった。


 恐怖心を殺しながら頭を下に向けて空気抵抗を最小限に減らし、全速力でシロを追う。

 彼女の位置まで、着実に近づいていく。

 二人の距離はおよそ3m、地面との距離は20m。

 頭が下の体勢から身体を一回転させ、逆薙を峰打ちの向きで肩に背負うように振りかぶる。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 2m

 1m

 刀の射程に入ったところで、一気に逆薙を振り下ろした。

 逆薙はシロの腹部にめり込み、振り下ろす力と落下のエネルギーを一心に受けたシロの身体は、15mほどに近づいていた地面に亜音速で叩き落とされた。

 その一撃をもって、シロの意識は完全に途切れる。その周りに走る亀裂が、落下の威力を物語っていた。

 ───と、ここでうかうかしていられないことに、洋斗は初めて気づく。

 なぜなら、


(あれ、そういや俺確か骨折れてなかったか?こんな高さから落ちて大丈夫なのか?)


 もう間もなく地面に激突する。

 軽い走馬燈まで見え始めていた洋斗は、そっと目を閉じた。





 …………………………………。

 ───ん?

 いつの間にか落下は止まっていた。

 だが、何の痛みもない。というか何も起こらない。

「…………………?」

 恐る恐る眼を開くと、自分の身体は水中で浮かんでいた。そのくせ呼吸に何の苦もない。

 やがて水が引いていき、そっと固い地面におろされる。

「まにあった」

 そこには、しゃがんだ状態でこちらを見下ろす寿 海衣の姿があった。

「おちてきた びっくり」

「ぜ、全然驚いてる風には見えないけど…………」

 相変わらずの眠そうな顔で声をかける海衣。顔には出ないが心配はしてくれているようだ。

「ゆっくり してて。たぶん おれてる」

 自分の腹部を見ながらそう言われたので、あぁやっぱり折れてるんだこれ…………と心中でそっと気を落とす。

「桐崎殿!!」

 そこに松原が、長いポニーテールを揺らしながら駆けてくる。

「桐崎殿!無事か!?」

「ああ、見ての通りだ」

「見ての通り…………………って全然無事ではないではないか!動くなよ?今手当てする!」

「あれ?『無事だ。心配するな』って言いたかったんだけど…………」

「ぎゃくこうか」

 誤解はあるが決してマイナスには働かないので、洋斗は訂正せずに静かに目を閉じる。じきにユリアもホテルの階段を降りてここへ来るだろう。

 ここで、洋斗は一つの懸念を思い出し、ぎこちなく包帯を巻いている松原に聞いてみた。

「そういえば、他にけが人とかいなかったのか?」

「うむ、私たちの他にはスタッフしかいなかったからな。ホテルを丸ごと貸し切っていたことが功を奏したようだ」

「え?じゃあ芦屋はどこにいるんだ?確か今日はホテルにいるって言ってたから、ここにいたはずなんだけど…………?」

「あ…………うむ、その事についてなんだが、実は…………」

 松原はゆっくりと、洋斗達がここに来るまでの一部始終を話し始めた。


「───という訳なのだ。」

「人民解放軍か…………それで、芦屋は北京に向かったと?」

「うむ。鈴麗殿がどう、などと申していたので彼女に関係があるのは確かなのだがな。詳しくは聞く暇がなかったのだ」

「そっか……………」

 向かいたいのは山々だ。

 ───だが

 今の彼には、はるばる北京まで向かっていき助力出来るほどの体力はない。ユリアは北京に向かう時点でスタミナが切れるだろう。

 洋斗達に出来ることは、無い。

(無事だといいけど、な)

 きっと、何か考えがあってのことだろう。芦屋は、そんな無鉄砲な行動を起こすような奴ではない。

 洋斗は、新たに誰かが駆けてくる足音を遠くに感じながら、改めて目を閉じた。






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