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Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~  作者: ふろすと
現世編
21/61

9章-1:上海内乱編・上

 


 ~洋斗・ユリア:上海ホテル~


「な、なんだこれ…………………!」

「っ………………!」

 今回、修学旅行で利用されているホテルは周辺にあるものより大きなホテルだ。その全体像が視界に映る位置で、学生二人が立ち尽くしていた。

 そのホテルの窓という窓が割れている。

 その至る所から黒煙を噴き出している。

 壁が(えぐ)れている部分すらある。

 わりとランク高めのホテルが、見るも無惨に破壊されていた。

 どんなに特異な経験があっても、こんな光景に慣れることなど出来ない。非現実的な光景に、開いた口がふさがらず唖然としている洋斗と、口を押さえて動揺を隠せないユリア。

 無意味な時間が流れるこの間も爆発やら衝撃やらの破壊活動は続いている。原型を留めているのが不思議になるくらいだった。

「……………行くしか無さそうだな」

「中の人も助けに行かないと!」

 固まっていた体に喝を入れてホテルに向かって走り出す。そのままただの穴と化している正面玄関からエントランスに入ろうとしたときだった。

「   ル   サ  ぁ  」

「ん?」

「?」

 正面玄関の前で足を止める二人。なにやら上の方から声が聞こえる。助けを呼んでいるのか!?と上を向いたら、


「あるじさまああああぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」

 濃紺の浴衣をなびかせて、上からナギが今まさに落下してきているところだった。


「うおっ!?」

 もう大分間近に近付いていたこともあり、つい反射でその落下物を回避してしまう。すぐ真横をナギが通過したときには洋斗は脳裏で「しまった!」と言葉を漏らしていた。その上最悪の事態まで想像してしまったが、どうやら接地寸前に刀に具現していたようで、『地面を刀が数回バウンドした後、再び人型に具現し直す』という芸当のお陰で無事だったようだ。

 まだ停止していない状態で具現したこともあり、具現した後もズザザ………と両足で地面を滑って停止する。さらにその両足を蹴って三段飛び(『跳び』ではなく『飛び』)で洋斗にダイブしてくる。

「ナギ!お前何やって「せりャあ☆」る゛ぐッ!?」

 さすがに事実上親の立場である洋斗はナギの愚行を問い正そうと口を開くが、その答えは腹部への両足ドロップキックという形で返ってきた。三段飛びによる助走でなかなかの威力があるが、ナギの小柄な体型のお陰でなんとか腹筋で威力を殺しきることが出来た。

 ───だが洋斗も一応人間なわけで、痛いものはやっぱり痛い。

「てめ………ッ!いったいこれはどういう仕打ちだ!?」

「どーもこーもねーです!『しゅーがくりょこー』なんて如何にも素晴らしげな行事の真っ最中だって時に、一体何が楽しくてお部屋にこもってないといけねーんですか!折角手に入れた人の器まで赤黒く錆び付いてしまうですよ!あとついでに言わせてもらうですが、少女が落ちてきた時は華麗に抱き留めるのが道理というものです!なに一丁前に回避しちゃってるですかああああああああ!!!」

「それは、いくら揺すってもお前が起きなかったからだろ自業自得だ!あとお前、俺の部屋から落ちてきたなら13階だぞ?そんなもの受け止めたら俺の腕も身体から滑落するわ!てゆーかお前意外とタフだな。13階から落ちて無傷って……………!」

「ふふん!何せあの三条 宗近様が腕を振るった名刀ですからね、もっとホメてもいいのですよ?」

「ああ恐れ入ったよナギ、鋼の強度ってスゴいんだな」

「…………………何ででしょう?刀としては誇る事なのにホメられてる気がしないですが…………?」

 ナギの鮮烈な登場シーンからの言葉の応酬がようやく収束を見せる。だが、落ち着きを取り戻し始めた正面玄関前に、


『おい?』


 突然、白いローブの人が現れた。

「「「『………………………………………………………………』」」」

 学生二人、ローブ一人、ついでに刀系幼女一人の総勢4人。

 その全員が突然の邂逅を前に目を点にして硬直していた。

 ───時間にして、およそ3秒。

 先に行動を起こしたのは、洋斗だった。

 脚に雷撃を纏わせて、瞬間移動に近い速度でローブとの距離を一気に詰める。

『ッ!!?』

 構えている洋斗が突然目前に出現して、目を見開くが、洋斗には無関係だ。そのまま腰の回転とともに拳を脇腹にねじり込んだ。

「シッ!」

『ご…………………ふぁ!?』

 拳をねじ込んだ後も、洋斗は腕の力と腰の回転を止めない。

 拳の推進力と腰の遠心力をローブに伝え、正面玄関の横にある壁に向かって投げるように吹き飛ばす。コンクリートの壁に打ち付けられたローブの身体は、衝突による鈍い音と共に力無く崩れ落ちた。

「ユリア、ナギ!こっち来い!」

 三人は殴りとばしたローブを追いかけるように正面玄関横に身を潜める。花壇や、壁に装飾として施された凹凸に丁度体を隠すことが出来た。

「(あ、危なかったですね………)」

「(さすがは主様、驚くべき早業です!)」

「(ったく、これ多分ナギのせいだからな?お前が派手に叫びながら落下してくるもんだから……………)」

「(てへっ☆───あ、主様、無表情のままグーでそっと頭を挟むのはやめるです。イヤな予感しかしないですから十二分に反省してるですからぁ!)」

「(まぁまぁ洋斗君、お説教はそのくらいで、ね。それよりこれからどうしましょう?)」

 ユリアの説得を受けて、ナギの両こめかみに拳を当てていた洋斗は渋々その手を離す。心なしかユリアの顔が弛んでいる気がするが、わざわざ言及する事はしなかった。

「(俺はホテルを駆け上がって、目に付いたヤツを倒していこうかと思う。誰かしら相手の目を引きつける役割が必要だろうからな。その間にユリアが別ルートでホテルを上がって、逃げ遅れた人がいないかを探してほしい)」

「(そ、そんな!危ないですよ!)」

「(大丈夫だろ。コイツを倒した限りではあまり強そうじゃなかったから)」

 洋斗は、まだ白目をむいて気絶している白ローブを横目で見据える。

「(まあ不意打ちだったから倒せたってのもあるかも知れないけどな)」

「(それに私もいるです!この黒刀・逆薙、その身に変えても主様をお守りするです!)」

「(………………分かりました)」

「(じゃあ俺達は正面玄関から堂々と入らせてもらうか)」

「(はいです!)」

「(では私はどこかの窓からこっそり入りますね)」

 ナギはフラッシュとともに刀となって洋斗の手に収まる。

 そのまま洋斗は正面玄関の方へ、

 ユリアは指輪を銃に具現させながら構えて、正面玄関から離れる方向へ、音もなく駆けだした。




 ~洋斗~



「と、意気込んで入ったものの…………………」

 洋斗は周りを見渡す。

「やっぱり誰もいないな」

 当然そこはもぬけの殻だった。フロントに居たのはさっきのヤツ一人だけだったようだ。休憩所に掛けてあった大画面テレビはコードが繋がったまま床に落ちている。音は出ていないが、画面は乱れながらも根気よく映像を映していた。

 こんな状況滅多に見れないんじゃないか?と思ってしばし周囲を見回していたが、こんなところで観光してる暇はないと首を振る。

 洋斗はユリアが向かったのと逆の方向、つまり入って左側の方の階段へと走る。

 階層を一つ上がると、物陰に身を潜めた。このホテルの構造としては、一直線に伸びる長い廊下の片側に個室のドア、反対側に窓が並んでいる。そのため、その廊下の両端に位置する階段の所から一番奥の部分まで一挙に見ることが出来る。洋斗は陰から約20秒ほど廊下の様子を伺い、何もないと判断したらまた一階層上がって様子を見る。その行程を繰り返しながらホテルの階段を上っていく。

 このホテルは25階立てで、ここらでは一番高くて有名なホテルだ。上の行程を5回ほど繰り返したところで、洋斗は遂に第2ローブを発見した。

 ローブは部屋の扉一つ一つに向かって火球を放って片っ端から爆破していた。

(あいつ、容赦ないな………。よく考えたら、そもそもあいつらの目的ってなんなんだ?)

 ある程度行動を起こしているから目立たなかったが、洋斗たちは相手側がこれほどの破壊活動を起こす理由を知らない。今まで深く考えなかった自分に憤りを感じながらも思考を巡らせる。

(あれほど理不尽で残酷なことをやってるんだし、それなりの理由があるはずなんだ。けど、さっきの人を見たところあいつらは中国人、ここまでの行動を起こさせる『何か』を日本がやらかすとは思えない)

 色々考えるが、情報が圧倒的に不足しているため全く考えがまとまらない。結局の所、行き着く先はとてもシンプルだった。


(あいつを倒して聞き出そう、うん)


 とりあえず目の前の障害に対処する方針を固める。その方が色々と早いことに気づいたのだ。その決意の上で改めてローブを見る。

 相手はあれほど派手に騒いでいるのだ、こっそり近づいて不意打ちするのは雑作もない。だが、ここでの洋斗の目的は相手全員の気を引きつける事、それを忘れてはいけない。それならいっそ、こちらも派手に騒ぐのが得策だと思われる。


(だったら───好きにヤらせてもらおう)


 そんなんでいいのか?と思う人がほとんどだと思われるが、もし本気でやるなら、こちらを認識できる時間すら与えたりはしない。そのレベルで瞬殺できる自信が、洋斗にはある。

 だが目的を忘れてはあいけない。(大事なので2度ry)

 どうせ派手にやるのが目的なら、多少遊ぶくらいの方が本人的にはやりやすいのだ。決して出来心ではないのだ。決して。

 そんなわけで早速洋斗は逆薙の刃先に雷撃を集める。距離にしておよそ15m。その先のローブに向かって、溜めていた雷撃を投げ飛ばした。

 それは、魚釣りで仕掛けを投げる『投げ釣り』に似た動作で、手から投げる動作よりもイメージしやすくて、かつ狙いも定めやすい。

 刃先から放たれた雷撃は火花を散らしながら一直線に相手の方へ走り抜けて、相手の側頭部に命中した。

『う゛ご……ォ!』

 苦悶の声を上げ、その衝撃で数mほど転がった。

 相手がゆっくり起きあがろうとしている間に、強化した脚力で一気に飛びかかり、両腕に両膝を乗せるかたちで再び床にたたき伏せる。

「さあ、洗いざらい吐いてもらおうか?ってまるで悪人の台詞じゃんかこれ…………とにかく、質問には全部答えてもらうぞ?」

『くそ…………っ!つーかお前何で楽しそうなんだ!?この体勢でその顔は怖すぎる!』

「? あーそうだ、言葉の壁があるの忘れてた……………てことは、ここにいても何も情報はつかめない訳か。それならあとはコイツを派手に吹っ飛ばすだけなんだけど、どうしよっか?」

『だから何愉しそうにしてんだ気持ち悪い!もはやおまえの方がよっぽど悪人じゃねえか!大体誰なんだよお前!?』

「コイツを殺さないように、でも派手に…………こうして考えると案外難しいな。能力ともなると調整も難しいし…………」

『聞けよ!あーもう言語の壁が鬱陶しい!』

 そういえば先程から、膝の下のローブは何やら騒ぐばかりで何もしてこない。もしかしたら、派手に爆発させることしかできないのでは?と洋斗は自己完結させることにする。一般より登校歴が浅い洋斗にとって、外人に対して理由を聞くには言葉の壁が厚すぎた。

 そんな事より………と再び思考を戻す。派手にするならドカンと一発お見舞いしてしまえば話は早いのだが、考え無く爆発してしまうと建物そのものを倒壊させかねない。そうしてしまっては本末転倒だ。

「…………………………よし」

 洋斗はごそごそとローブの中を漁り始めた。

 探しているのは『無線機のような何か』。さすがに元の世界にあるような物はないにしても、これだけの組織である以上何らかの通信手段を持っているはずだ。

 そして、見つけた。見つけたのだが…………。

「これ、だよな?」

 使い方が全く分からなかった。そもそも元の世界でも無線機など使った事があるはずもない。半ばやけくそになってあれこれボタンを押していると、ガシュッとなにやら音が鳴った。

「ん?点いたのか?もしもし、聞こえてますか?って相手も中国人だから伝わらないんじゃ…………おい、何かしゃべってくれ」

『なんだ、喋れってか?てか今口に当ててんのスピーカーだからな。音拾う部分はそこじゃねえよ』

「ん?もしかしてここじゃない?となると…………ここか?」

『そうそこそこ。って俺うまく丸め込まれてないか?えー、突然の侵入者が今笑顔で俺をたたき伏せてる!場所は5階、もう心身ともに狂ってるやつだから気をつけろ!』

「…………………終わったか?それじゃ暫く眠っててくれ」

『ほら、もう用が済んだなら離し゛っ゛!』

 仰向け状態のローブのこめかみに、逆薙の石附をぶつけて気絶させた。ローブは苦悶と後悔の残る表情のまま白目をむいて力尽きてしまう。

 延びているローブにわずかばかりの申し訳無さを感じながら、上の階へ向かった。

 ───そこからは何事もなく、13階まで到達。

 ここから上二階分はフォートレスの貸し切りの階層となっていたはずだ。もしかしたらクラスメイトもいるかも知れない。

 しかも、芦屋の部屋もこの階だ。今日は部屋にいると言っていたので、そこも不安材料の一つだった。

 芦屋の部屋も見に行こう───と陰から顔を出したときだった。


「くせ者!!」

 鮮明な声と共に白銀の一閃が迫ってきていた。


「っ!?」

 洋斗は持ち前の反射神経で頭を屈めて、辛うじてその斬撃をかわす。速度を持った刃は建材に食い込んでも止まる事無く一閃した。

 その一瞬の間に体の向きを反転、抜刀した逆薙で相手を両断すべくそれを振る。

 それは、ガギィ!と激しく音を打ち鳴らして相手の刀に止められてしまう。

 そのまま鍔迫り合いになったところで、洋斗は初めて、相手の顔を見た。

「「………………あ」」

 そこには、鬼気迫る表情の白いローブではなく、見覚えのあるポニーテールの女の子がいた。今の洋斗と同様に、唖然とした表情で固まっている。

「お、お前は確か……………クラス対抗戦の時戦ったよな?」

「主は確か、Dクラスの桐崎殿とお見受けする」

「えー、Cクラスの松原だったか。ひとまず刀を納めよう」

「!!す、済まなかった!」

 松原は慌てた様子で刀を腰の鞘に納め、洋斗は逆薙を具現させた。すたんと華麗にちゃんと着地したナギの姿に、松原は目を丸くしていた。

「む、その姿は……………」

「お初にお目にかかるです。私、黒刀・逆薙と申すです」

「こ、これはご丁寧に!拙者、松原 楓と申す。以後お見知りおきを」

 浴衣の幼女と女子高生が揃って深々と頭を下げる。如何なる時でも礼を忘れない日本的な部分は精通するものがあるのかもしれない。

「にしても、何でここにいるんだ?」

「そ、それは………………」

 松原はなぜか頬を赤に染めて口ごもる。しばらく躊躇っていたが、ようやっと口を開いた。

「昨日飛行機に酔って寝込んで───って何故こんな羞恥を二度も受けねばならんのだ!?」

「乗り物で二日酔いかよ…………そうだ、この階に逃げ遅れた人とかはいたか?」

「む?それについては心配無用だ。うちの学生の生存は一通り確認済み。私達は白い輩の討伐にあたっていたところだ」

 松原の後ろを見ると、白いローブが一人、廊下の隅で延びていた。松原が倒したのだろう。ここで洋斗は、先の台詞のうち、気になる点を追及してみた。

「『私達』って言ったけど、あとは芦屋か?」

「いや、ここに残っているのは私とBクラスの寿殿の二人だ。芦屋殿は確か……………そうだ!芦屋殿は北京の方へ向かったぞ」

「………………は?何で?」

「案ずるな、一から説明しよう。まずこの輩についてだが………………………」



 ~~~~~~~~~~~~~~~~



「なるほど、要するにコイツらは中ご、中華民国の軍隊である人民解放軍ってヤツらで、なぜか今俺たちの全滅を狙っている。で、芦屋が北京に言った理由はわからない、と?」

「そちらについては深く聞かなかったのだ。鈴麗殿が関わっているのは確かなのだが……………」

 二人はここで情報のすり合わせを打ち切った。互いに情報を出し切った今、この会話の時間は意味がない。

「俺はまた上に上がる。だから、松原は下に逃げてくれ」

「………………そうだな。広い場所ならともかく、こんな細い廊下では、共闘しても邪魔なだけだ。助太刀したいのは山々だが、今回は生存者の警護にあたろう。だが、その……………」

 と、ここまで言った松原は、急に躊躇いがちになって言葉を濁し始めた。

 何を言い出すのやらと何も言わず待っていると、やっと小口で呟いた。

「あまり、やることは無いかも知れないぞ?」

「どうしてだ?」

「実は、上には寿殿が向かっているのだが、あの者、見かけによらずかなりの手練れだった。その上その目つきが、その…………さながら悪鬼羅刹のそれだったのだ。今でも思い出す度に背筋が凍り付くようで………………」

 そう語っている間にも、松原の瞳は泳ぎ、頬には汗がつたう。体どころか声までカクカク震えていることから、それがかなりの恐怖だったと伺える。普段の気丈な振る舞いからのこれなので、今の寿が如何に怖いかも伺い知れた。

「そ、そうか…………とりあえず上には上がるよ」

「気をつけてくれ。ナギ殿も怪我の無いようにな」

「はいですっ!」

 松原の(ねぎら)いの言葉に、右手をビシッと上へ伸ばして応えるナギ。まるで遠足中の幼稚園児と先生のようだ、とわずかばかり微笑ましい気分になる洋斗。だがそこはすぐに気を引き締めて、階段を駆け上がった。


 ───そこから何事もなく、23階まで来てしまった。


 松原が言っていた通り、いやそれ以上に、何一つやることがなかった。いくら上がっても、あるのは何もない廊下か白いローブが倒れている廊下かのどちらかで、洋斗が戦う必要が一切無かったのだ。

 そして、ここ23階。

 どうせここも…………という雑念で、惰性により上へ上がろうとしていた足に、洋斗は全力でブレーキをかけて止める。

 とっさに身を潜めた先の廊下では二人の人間が交戦していた。

 ひとりはボサボサのショートカットヘアーの女の子。確かクラス対抗戦の参加者の一人で、ユリアの膝枕で寝ていた子だ。

 もう一人は相変わらずの白ローブ。だが、コイツのローブには金の割合が多い気がする。デザインもカッコイい。

 現在白ローブがこちら側、ショートカットの子がその向こう側にいて体躯のほとんどがローブの陰になって見えない。だが弾ける水飛沫は確かに確認できた。そして、その二人の交戦地帯は少しずつ遠ざかっている。という事は………………。

(女の子の方が、圧されてる……………?)

 確か『あの子は水系名門である寿家の麒麟児ですごく強い』と芦屋が言っていた気がする。俺が倒してきた奴らのレベルを考えると、芦屋が賞賛するような子が圧倒されるとは思えない。この状況といい、ローブのかっこよさといい、もしかしたらアイツはなかなかの手練れ、及びこのローブ軍団(人民解放軍)の頭かも知れない。

 洋斗は気を落ち着かせ、一気に意識を研ぎ澄ませる。

(いけるか、ナギ?)

(ガッテンです!)

 洋斗は声を出さず、意識でナギと交信する。

 この状態でも会話できることは、10階あたりで初めて気づいた。洋斗の問いに、ナギでなぜか江戸っ子言葉で応える。反射でツッコみそうになったのを(すんで)の所で押さえ込み、洋斗はタイミングを見計らって、強化された脚で強く床を蹴った。

 地面スレスレを駆ける視界。

 線となって通り過ぎる廊下の景色。

 それがローブの後ろ側に停止することで終わりを告げる。


 この地点にたどり着くまでの速度をダイレクトに腕に伝え、足元から一気に切り上げた。

 ───が

 ガゴン!

「!?」

 斬撃は、せり上がった床によって防がれた。

 思い切りぶつけたことで手が痺れて、逆薙を手放しそうになる。ジジ…………と雷電を帯びる音が響くが、壁を砕くには及ばなかった。

 筋道を変えて何度か斬りかかったが、その度に新たな壁が立ちふさがりそれを防がれてしまう。

「ちっ………………!」

 一度距離をとりながら、攻撃が届かなかったことに舌打ちする。やはり相当の手練れのようだ

 。

『何だ?ブタがもう一匹沸いて来やがったのか』

 ここで初めて、ローブのヤツが洋斗の方を振り向いて、その顔を向けた。颯爽と金のローブを翻し、脚を半歩ずらすと同時に履いていたハイヒールが、カーペット越しのくぐもった音を響かせる。

 流れからてっきり男だと思っていたが、それは凛々しい女性だった。きりっとつり上がった眼と高い鼻を従えて綺麗に整った大人の女性。状況次第で頬を紅くしていたかも知れない。こんな状況でなければ。


『このブタ女がうちの部下を大分削りやがったから(しつけ)てやろうと思ってたんだが、どーやらやんちゃなブタが巣作ってやがるらしい』


 そしてこんな言葉遣いをしなければ。これのせいで婚期を逃しているのはほんの余談である。

 もっとも、中国語のわからない洋斗や海衣には知ったことではない。

「ふッ!」

 海衣はローブを斬るように腕を振る。

『はっ!利かんよそんな水鉄砲!』

 ローブはその軌道を避けるように片膝をついて頭を屈める。プシゥ、と音が壁を駆け抜け一本の斬り筋を刻む。

『これくらいしないとなァ!』

 腕を振ったままで目を見開く海衣。

 そのすぐ横の壁から杭が飛び出して、ズドォ!と反対側の壁ごと小さな体を貫いた。

「がふ……………………ァ!?」

 その口から絞るような呻き声が零れる。

「あ……………………」

 あまりの展開の早さに愕然としていたときだ。


 その小さな体が、

 ばしゃ、と形を失ってこぼれ落ちた。


「………………………え」

『む?』

 飴が溶けるように、いや、水風船が割れるように『透明な液体となって』床の水溜まりと化した。

(これは、水人形…………?)

 坂華木先生が得意とし、平常運転で5、6体同時酷使している、あの水人形。忘れがちになるがこれは先生の『特異』技術ではなく、一体作る程度なら相応の技術があれば誰でもできるものだ。

(なら本体は……………!!)

 本体を求めてさまよっていた視点は、窓の外の一点で止まった。

 元々水人形があった場所から一番近い窓。そこから外の方に水のレールが伸びている。その上で海衣が滑っていた。

『ほう。だが……………………』

 ローブは目を丸くしながらもそれに余裕を込めて呟いた。

 海衣は窓の外から、手を上から下に振り下ろす。

 だが、それでもローブは余裕を崩さなかった。


『さっきから利かんと言ってるんだがな?』


 ローブは片足を半歩ずらし、身体を海衣に対して横に向ける。その目の前を通って、上から下にアクアジェットが突き抜けた。

 その一閃は上から下へ、ケーキを切り分けるように。ホテルを縦に真っ二つに切り裂いていた。だが、ローブはそれを完全に見切り、最小限の動きでかわして見せた。

『おや?前髪が切れてしまったか。髪は女の命だというのに…………』

 攻撃を仕掛けた海衣には目もくれず、悠々と前髪をいじっている。


『この前髪の分は、落とし前つけてもらうぞ?』


 その時、窓の外の景色に一気に影が差した。海衣は焦燥と驚愕の表情で上と下を交互に見ている。

 それからまもなく、



 バグン!!、とコンクリートが圧壊する音とともに。

 海衣が、灰色の巨大な何かに『飲み込まれた』。

 海衣の上下から挟み込むように。



 それは、ヒトが物を噛んでいる映像を口の中から撮影したみたいな、異様な光景。

 ズズズ………と音がする。

 洋斗たちと海衣の立ち位置を直径とした円筒が縮んでいく音だ。そう気づいた時には、その直径はゼロになり、壁の中に吸い込まれていた。

 同時に、建材の塊に飲み込まれていた海衣は、文字通り壁の中から吐き出された。至る所に青黒い痣があり、各所からの出血もある。

「おい!大丈夫か!?」

「う うぁ」

 苦しげな声を出して廊下に倒れる海衣に洋斗が駆け寄る。

『さ、ブタ二匹討伐完了ーっと…………………!!』

 こちらを向いていたローブの表情が変わり、背中側───つまり自分たちがいるのとは逆の方に壁が立ち上がる。

 パンバンバンッ!と音と共に、壁の向こう側で欠片が弾けた。

『ったく、上海はいつから養豚場になっちまったんだ?』

 なにやら呟いているローブの向こう側。そこには銃口をこちらに向けるユリアが立っていた。

「ユリア!!」

「え、ひ洋斗君!?」

「!?」

 ユリアの声が響いて、転がっていた海衣がピクリと揺れる。

『ふん!』

「!?」

 そんなことは相手側にとっては気にするまでもない。床から針を伸ばしてユリアに向かわせる。

 ユリアはその先をしっかりと見据えて、引き金を引いた。


 その弾丸は、針の付け根の部分を『斬り上げた』。


 床から切り離された針が勢いを失い、ユリアの前に落ちる。

(……………何だ、今の?)

 先ほど、壁に打った何発かの銃弾。それは壁を穿つ、至って普通の銃弾だったはずだ。

 だが今のは物を斬っている。その平らな断面を見れば明らかだ。

 しかも、別にユリアが針の下に潜り込んだ訳ではないにも関わらず、弾丸は下から飛んできていた。

 ユリアの引き締まった表情から、第三者の攻撃と言うわけでもない。何より床に穴がないのだ。

 ユリアは、危機を乗り切ったところで追い打ちを掛ける。

 パンパン!とローブに向かって銃を連射した。

 うっすら黄色に光る弾丸を、ローブは壁を作って防ぐ。壁は衝撃で一部砕かれながらも弾を防いでいる。

 ───にもかかわらず、

 バチン!と、黄色の弾丸がローブの頭部にヒットした。

『がふ………ゥ!?』

 弾は壁をたてた廊下側ではなくその横、窓の外から飛んできていた。

 ここである仮説が立つ。

(ユリア……………………弾道を曲げられるのか?)


(良かった。練習の成果が出せてます!)

 ───そして、その仮説は『半分』正しかった。

 まず前提として、この銃弾はユリアの生命力で出来ている。

 また、生命力と共に「こういう形にしたい」というイメージや思想も伝えることができる。変形させたい形を武器に伝える『具現』がその例だ。

 そこでユリアは考えたのだ。『この銃弾には自分の意志も込めることができるんじゃないか?』と。

 ───その結果がこの銃弾。

 ユリアは銃弾にイメージを込めることで、銃弾の形状・着弾時のリアクション・弾道まで自由に操作することができるのだ。

 針を斬った時は、横に延びる線分状の貫通弾を、下からすくい上げる軌道で。

 頭を撃った時は、通常の炸裂弾を、窓の外を通って迂回してくる軌道で。

 通常弾の連射に意識を向けさせて、それに紛れ込ませるように炸裂弾を回り込ませて対象を撃ったのだ。

「すご…………………」

 この裏に計れないほどの努力があるのが見える技巧だった。

 それをくらったローブは、頭部から血を流しながらふらふらと体を揺らしている。

『……………………ははっ』

 その揺れが収まってから、ローブは小さく、不適に笑う。

『まさか、ブタからの攻撃でダメージを負ってしまうとは。良いねぇ、最高にムカついてきた』


『殺してやる!その不相応の綺麗な体、刻んで砕いて擦り潰してやるよォ!!』

 ローブが叫ぶと、床、壁、天井から一本ずつ、計3本の石柱がユリアに襲いかかった。

「う…………っ!」

 流石に対処は不可能と判断したのか、ユリアはすぐ横の階段の陰に飛び込んだ。立っていた場所を石柱が駆け抜け、端の壁を爆音とともに貫通した。

『おいおい!その壁も『支配下』なんだがァ!!』

 高らかに叫んでいたローブが、サイドステップで立ち位置をずらす。

 その部分を───バヒュ!と一本の刀が貫いた。刀は石柱の側に突き刺さる。

 飛んできた元をみると、そこには投擲後の構えで止まる洋斗の姿。側には海衣が倒れている。

「俺もいるの、忘れてないか?」

 どうせ言葉もわかってないだろうから、目一杯の嘲笑を顔に込めてみる。

 それをみたローブの顔に、幾つか青筋が立つのが見えた。どうやらこちらの挑発はちゃんと伝わったようだ。



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