8章-3:白色の火種
~洋斗、ユリア:上海中心部~
先ほどにも言ったとおり、二人は上海のホテルから西へ向かいながら観光しながらまわっていた。今は中心の都市部に来ており、巨大な建物が至る所にそびえ立っている。その光景はまさに圧巻、その存在感に胸を打たれるはずだ。
だが、その表情は観光を満喫しているそれではなかった。
「私達、見られてませんか……………?」
「やっぱり見られてるよな、これ」
外国人だからだろう───と、歩き始めた頃はそう軽視していたが、その視線があまりにもダイレクトで、しかもみんな揃って何かしらのマイナスな感情を帯びているのだ。行く先々でそんな感じなので、正直観光どころではなかった。
試しに睨み返してもささっと顔を伏せられるだけなので、仕方なくそのまま放置して街を歩く。イヤな顔はされるものの、商売はきちんとやってくれるので直接的な妨害とはならなかった。
───と、そんな二人の耳を聞き慣れない音が揺らした。
なにか、ドタドタと地面を叩くような音。
その音源が何なのか、答えは、地元の人たちが震える眼差しを向ける先にあった。
それは、ローブをなびかせながら走ってくる男たちの靴音だった。
人数はおよそ20人、その全てが目深のフードがついた金刺繍入りの白いローブを羽織り、革のブーツが騒々しい軍靴の音を散らしていた。
住民が揃ってその人たちに道を譲ったので、洋斗達も道の脇に移動する。その道を、わき道にいる人たちの前を、男たちは颯爽と駆け抜けていった。
「…………なんだあれ」
「警察の人たちでしょうか?」
あまり見慣れない光景と地元住民の恐れるような反応を目の当たりにして首を傾げる二人。その後はなぜか周囲の目がより一層きつくなったことで、追い出されるようにホテルに戻ることとなった。
~芦屋:ホテル内~
ホテルの部屋の作りなど、どこの世界でも大差ない。そのありふれたホテルの内の、ごくありふれた部屋の一室で芦屋は一人、布団の中でうずくまっていた。特に何か行動を起こすわけでもなく、かといって暇を持て余してわずかな眠気に身を委ねるわけでもない。
ただ、目の前の現実から目をそらしたかった。
単に洋斗たちに事実を説明するだけだったのに、それだけで目を背け続けていた現実は重く芦屋の心にのしかかり、今ではこの有様だ。結果、改めて自分の弱さと鈴麗の存在の大きさを知っただけだった。
(…………今日はもうダメだな)
芦屋は現状からの復帰を先送りにして、眠りにつこうと目を閉じた。
だが、
そのときに訪れかけていた睡魔は、鼓膜を叩く爆音によって吹き飛ばされた。
耳のみならず物理的に建物の骨格や空気も一緒くたに振動させる不意の一撃に、芦屋は一瞬で飛び起きて備え付けの窓から顔を出して様子をうかがう。
その窓の下の方、ちょうど一望できる玄関前の広場の中央に、20人位の人達が立っていた。その全てが白いローブと深くかぶったフードの様相で、その一人がホテルの方に手をかざす体勢で止まっている。
そしてその手の先には、割れて散乱したガラス片と、入り口から濛々と吹き出す黒煙。
どうやら、あの白服達が主犯なのは間違い無さそうだ。
すぐに降りなければ───と、窓枠をつかんでいた手を離したときだった。
手をかざしていたのとは別の、強気な女性が叫び始めた。
『そこにいる和の賊ども!貴様等の処罰命令が参謀長閣下より下されている!これから突入するから、無駄な抵抗はしないで大人しくヤられとけブタ野郎!!』
「……………………………」
(なにを言ってるのかは分からないけど、とにかく下に降りなきゃ何も出来ない!)
男達が一斉にホテルに向かって走ってきたのを皮切りに、芦屋は突っ込むように部屋のドアを開けた。
修学旅行の初日から部屋に籠もっている人など早々いないため、運良くホテル内にいる人は従業員と教職員がほとんどである。そのせいかこんな緊急事態にも関わらず、廊下で慌てふためいている人が多すぎて思うように動けない、という事態に陥ることはなかった。
芦屋は廊下を走り抜け、同様に人通りのない階段を一段とばしで駆け降りる。
そうして二階と三階の間の踊場に足を置いたとき、芦屋は突然急ブレーキをかけて息を潜めた。
すぐ下の方で、二つの何かがぶつかる音がする。
(まさか、誰かが戦ってる!?)
階段の影から頭を出して様子をうかがう。
一人は想像通り、白いローブの内の一人。
もう一人は、Bクラスの眠り姫、寿 海衣だった。
二階の廊下で、水と雷が衝突し、炸裂していた。
芦屋は海衣の戦闘をこの時始めて目にするが、相手であるローブの人も含めて、二人とも間近で拳を交えるのではなく遠距離から能力をとばすスタイルなのだと見て取った。
芦屋は階段の壁にそっと手を当てて、生命力の流れを相手の足下に引き伸ばす。そして、到達したところで能力を発動した。
足下から四角柱の杭が立ち上がる。
目的は、相手のスタンスを崩すこと。
芦屋の思惑通り、相手が体勢を崩すのと顔に動揺が走るのが見えた。
海衣も驚きを見せながらもその隙を見逃さずに、相手の方へアクアジェットをとばす。
相手は、ローブと片腕を切られながらも、バックステップで距離をとった。この段階で倒すつもりはなかったので階段から顔を出して海衣の元へ駆け寄る。
「寿さん、大丈夫!?」
「うん。ありがと」
海衣は言葉足らずな口調で答える。
「ここ せまい やりづらい。あいしょう わるかった」
海衣の基本戦闘スタイルはアクアジェットが主だが、その斬撃はあまりに強力なため、好き放題振り回すとホテルごと崩落させかねない。その上相手は雷、能力的なアドバンテージは相手の方にある。予想以上の苦戦を強いられていたことが伺えた。
「しかも、早く倒さないと増援が来ちゃうね」
「それ しんぱい ない。したからのみち ぜんぶ しずめた」
「へ?うわぁ……………」
その仰天な言葉を確認するために階段の下りの方をみると、階段の入り口が完全に浸水していた。たまにチャプ、と波打っているが、恐らく下の方から攻撃されているのだろう。こんな大胆なことが出来る海衣はやはり寿家の人なんだな、と改めて舌を巻いた。
だが、電撃のはじける音で芦屋は再び相手の方へ向き直る。
『くそ…………まとめて塵にしてやる!』
「………………あれ なんて いってる?」
「さ、さぁ………?怒ってるのは間違いないけど」
相手に伝わらない怒りをむき出しにして、渾身の雷撃を放とうとしていた男は、
ガスっ、と
何かがぶつかる音とともに前のめりに倒れた。
その後ろにいたのは───、
「え、確か白宴祭の時の……………松原さんだっけ?」
「む?その声は芦屋殿か?」
クラス対抗戦で共闘した内の一人、Cクラスの松原 楓だった。
今は刃が逆向きの状態で構えている。所謂、峰打ちの状態である。
「松原さん、なんでまだホテルに?」
「う…………っ!それは、あの………………昨日の飛行機で、その、不覚にも酔い潰れてしまって、つい先程まで寝込んでいたのだ。今も頭が痛くて仕方が無いのだ」
「乗り物で二日酔い!?」
武人・松原の意外な弱点に驚きを呈しながらも、倒れている白ローブの様相を観察する。
その胸の部分に、あるものを見つけた。赤色の星に黄色い字で『八一』と書かれたマーク。
「これってまさか、人民解放軍!?」
「芦屋殿、なんなのだ?その人民解放軍とやらは?」
聞き慣れない言葉だったのか、松原がポニーテールを揺らしながら首を傾げる。
「『人民解放軍』っていうのは、日本でいう自衛隊、つまり中華民国が持っている軍隊だよ」
「なるほど、だが何故この者達は拙者達がいるこのホテルを襲ってきたのだ?」
「…………………分からない。でも、地元の警察じゃなくてわざわざ国家の軍が動いているって事は中華民国で、何か大きな事が起こってるのかも知れない」
確か、人民解放軍の指揮隊は首都・北京にあったはずだ。もしかしたら、そこに行けば何か分かるかも知れない。そして、そこで何かあるという事は……………。
「僕、今から北京に行くよ。鈴麗が心配だ」
その名前を聞いて、松原の顔が変わる。
「鈴麗殿…………?そういえば修学旅行の間見なかったが」
「ごめん、説明の時間も惜しいんだ。どうする、一緒に行く?」
それを聞いて、松原 楓はしばし顎に手を当てて考えたが、すぐに首を振った。
───縦に、ではなく、横に。
「いや、拙者はここに残ろう。他に人がいないかを確認せねば」
「わたし のこる」
先ほどまで全く話に入ってこなかった海衣も、小さく笑いながら言った。
「おこされた ふくしゅう。いきて かえさない」
その瞳は微塵も笑っていなかったが。
そのニヒルな瞳をうけて、芦屋は背筋を凍らせながらも床に生命力を流す。
向かわせる先は正面玄関とは逆方向の壁。
その壁に穴をあけ、その分を外の地面へとつながる坂道に変える。芦屋はその坂道を駆け下りた。
色々な機関を乗り継いでいけば、大体7~8時間ほどで着けそうだ。
芦屋ははやる気持ちを押し込めて走り出した。
~鈴麗:北京、紫禁城 太和殿~
『父上!これは一体どういう事なのよ!?』
鈴麗は、入って早々に座っている溥儀の方へ早足に歩み寄り、ばんっ!と大机を叩いて怒鳴り散らした。溥儀は眉間にしわを寄せたまま表情を変えなかった。
『フォートレスの修学旅行の行き先がこの国で!そのホテルを賊と間違えて軍で攻撃したなんて、笑い話にもならないわ!説明して!!』
『………………飛龍から聞いたのか』
『そんな事はどうだっていい!早く納得できる説明をして!』
鈴麗は溢れかえる激怒を抑えることもせずに溥儀を急かす。それに対して、溥儀は表情を曇らせた。
『…………………分からんのだ』
『は、はァ!?』
『なぜ観光客を賊と誤認したのか、その理由が私にも分からんのだ。その理由を知るであろう輩を、今連れてきてもらっているとこ……………………おっと、来たようだな』
まるで会話を断ち切るかのように扉が開き、そこからフェイと男が入ってきた。
(あ、あの人って………………)
鈴麗はその顔に既視感を覚えて、静かに記憶をたどる。そして行き着いた。
(そうだ!たしかあの時恩来に伝令を伝えてた人だ!)
なるほど、確かにこの人なら観光客を賊と間違えた原因を知っているはずだ。その『間違い』を聞いて、私たちに伝えた本人なのだから。
『さぁ、詳しくは飛龍から聞いているだろう。説明してもらおうか?』
溥儀はじっと男を睨みつける。その目は皇帝という立場が持つ多大なプレッシャーを内包していた。
『ぐ………………っ!』
男は額から汗を吹きだし、目を泳がせている。正に『蛇に睨まれた蛙』の構図だった。
『チッ、分かっ『仕方ない。その先は私めがご説明いたしましょう』
男は、自分の言葉を遮る声に明らかな動揺を見せる。その声は男の後ろ、慈 恩来の口から響いたものだった。
『………………どういうつもりだ、参謀長?』
頬を一筋の汗が伝う溥儀が恩来を睨む。対して恩来は至って余裕の顔つきだった。
『おっと、大仰な台詞は慎むべきだと思うが?』
言いながら恩来はそっと片手をあげる。
───それが合図だったのか、至る所から一斉に白いローブの人たちが現れた。ある者は壁に穴をあけて、ある者は天井から降りてきて、鈴麗と溥儀を囲い込んでいた。揃って、胸には赤い星型の徽章をつけている。
『そんな…………人民解放軍!?』
『おまえも黙れ、宣の娘』
『………………………ッ』
一斉に能力を纏う片手を向けられて、ひとまず口を閉じる。
(まさか、人民解放軍も裏切ってるの……………?)
人民解放軍は云わば恩来直属の部下達だ。ともに反旗を翻していても不思議ではない。
『そうですね、まずお二人にはご退場願います』
『何をするつもりだ?』
『………………思わず殺しそうになってしまいましたが、良いでしょう説明します』
恩来はわずかに面倒さを示したものの、そのまま語り始めた。
『まず私はフォートレスの今年の修学旅行の行き先がここだという事も、停泊先が上海だという事も把握していた。その上でそれを攻撃することを選んだ。それによって、日本の戦力をそぎ落とすためだ。そして…………』
恩来は大きく手を掲げ、高らかに宣言した。
『それが成功した暁には…………日本に正式な宣戦布告を送りつける!!』
『な…………!』
鈴麗と溥儀は、恩来の陰謀に大きく目を見開いた。
『それに勝てば中華民国は日本、さらに高度な能力機関を手に入れる!負けたとしても責任は貴様等に擦り付けてしまえばそれまで。そして、そのどちらでも、宣の家系が途絶えてしまう以上、当時トップであるこの私が新たな中華民国の皇帝となるのだ!』
『な…………………!!』
わずかでも日本の戦力を削ぎ、かつ日本を挑発して戦争の火種とする。さらに、その混乱に乗じて宣の家系を潰して自分が新たな皇帝へとのし上がる。
───これが、参謀長・慈恩来が組み上げていた計画。
そして、その計画が今実行に移されようとしている。いや、鈴麗が再び中華民国の地を踏んだあの時から、すでに計画は始まっていたのだ。
『説明はこれまで。それでは…………………さらばだ、哀れな宣家のクズ共』
「!!………………ぅ……………………」
鈴麗は、後ろからの衝撃とともに、意識を失った。
『ふふふ…………ついに私の時代の到来だ……………………ぐフフ…………………ガッハッハッハッはっはっはっは………………!!!』
彼を除いて誰一人いなくなった皇室に、優越に浸る男の高笑いが響き渡った。




