8章-2:橙色の無い修学旅行
ー2013.01.06ー
2013年になりました。
今年は、晴れ着姿のユリアに頬を染める以外に大したイベントもなく年始の鐘を鳴らした。
フォートレス能力専門高等学校における新年最初のイベント、それは修学旅行である。
この学校における修学旅行の特徴は二つ。
───一つ目は、修学旅行が冬休み明けにあるという事。
───二つ目は、その行き先が、生徒会長のくじ引きで決まるという事だ。
前者は行く場所が不明である以上、『一番快適な時間』など合わせようがないから、折角だし値段が安い時期にいこう、という訳だ。
後者は『行く場所決まってたら面白くないじゃろ?』という校長の意向である。もっとも、生徒会長である沢村 豪がイベント好きなのもあるのだが。
特にこの二つ目が問題で、世界中の全ての国192ヶ国から内戦中などの理由で行くことが出来ない国を引いた枚数からくじを引き、例えいかなる理由があろうとそこが目的地になる。これまでの歴史の中で、片やドバイで遊びまくってフィーバーしたり、片やマダガスカルに行って本当に迷子になりかけたりと当たり外れが超極端なのだ。よって、このくじ引きは学生間で『リア充の分かれ目』と揶揄される。
そして、今回沢村生徒会長が引き当てたのは………………………。
~~~~~~~~~~~~~~~
「いやー良かったですね、当たりで!」
「ホントだな、それに近場だからその分多く遊べるみたいだな」
幸か不幸か、鈴麗の故郷である中華民国だった。
「……………………………………………」
「芦屋、鈴麗が一緒にいないからってそんなに落ち込むなよ?」
「そうですよ!せっかくの修学旅行ですし、鈴麗ちゃんの分まで楽しみましょう!」
「うん、そうだね……………………」
昼頃に大阪南港から約一日半かけて、上海港に無事上陸したフォートレスの一年生一同と教職員数名。
ユリアは修学旅行のテンションにノリノリ、洋斗は初めて乗った飛行機に未だ興奮覚めやらぬ、といった状況で、芦屋は暗い顔で俯いている。
「まぁ鈴麗にはいっぱい思い出話をしましょう!あ、でも中華民国の事なんて聞き飽きてるでしょうか?」
「……………………っ」
芦屋は二人の見えないところで、ぐっと奥歯を噛みしめていた。
この日は御一行がホテルに到着して終わりを告げる。
ー2013.01.07ー
修学旅行の予定としては、この日を含めた4日間全てが自由時間、与えられた金額内なら誰とどこに行っても、逆にどこにも行かなくても一向に構わない。最早有って無いような予定なのは学校の伝統らしい。
午前10時頃にホテル内での一斉朝食を済ませ、洋斗、ユリア、芦屋の三人は外へ出るためにロビーへと向かう。
三人は自分から話題提示する性格ではない。そのためか、はたまた一人の重い空気を無意識に感じたのか、ロビーまでの間はほぼ無言だった。
───そう
話題提示してくれる元気なヤツは、今ここにはいない。
そのままロビーに着いて、そのまま通り過ぎて外に出ようとしたときだった。
「…………………え、あの!あれ見てください!!」
ユリアがふとロビーの一角を見て目を見開き、驚愕とともにある一点を指差した。
ホテルのロビーには大抵椅子や机などが置いてある、いわば休憩所みたいなところがある。
このホテルもその例外ではないらしく、広々としたロビーの隅に、四人掛けの椅子が四脚、揃って一方向を向くように置いてある。
その先の壁には大画面テレビがかけてあった。
───そして、
その画面いっぱいに、豪勢な椅子に座っている鈴麗の姿が映し出されていた。
全て中国語のため、キャスターらしき人が行っている言葉は分からない。
「洋斗くんっ!あれ鈴麗ちゃんですよね!?」
「なんで鈴麗がテレビなんかに………………!」
洋斗、ユリアが二人揃って動揺を露わにしている中で。
「……………………やっぱり、二人は知らなかったんだね?」
「……………芦屋君?」
芦屋ただ一人だけが、悲しみにあふれた顔つきで画面に映る友人の姿を睨んでいた。
「芦屋は何か知ってんのか?」
「うん。鈴麗本人から全部聞いたよ。あのクリスマスイブの日にね」
芦屋はクリスマスイブの日の会話を思い返しながら話し始めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ー2012.12.24ー
「芦屋は、今の中華民国の皇帝が誰か知ってるわね?」
鈴麗は彼が分かっていると仮定した形式で問いかける。実際、芦屋がその期待を裏切ることはなかった。
「確か、宣 溥儀だよね。宣統帝 溥儀とか、宣統帝とか呼ばれてる?」
「………………知ってるとは思ってたけど、予想以上ね」
───予備知識を入れておくと、
洋斗の世界では、中国には皇帝は存在しない。
だが、秦の時代に始皇帝が誕生して以来、漢、隋、唐………………とその名を変えながらも、日本における天皇と同じ様に皇帝は存在した。この政治体制を仮に『皇帝制』と名付けよう。
しかし清の時代まで続いた皇帝制は、1912年に中華民国へと名を変えた際に終わりを告げている。
その原因は、そのとき起こった辛亥革命。
清を滅ぼし、中華民国を建国することが目的であるこの革命の果てに、主導者である孫文が掲げた民主主義によって権力の一極集中のシンボルである皇帝が廃止されたのだ。
───だが、こちらの世界では、そもそも辛亥革命が起こっていない。
辛亥革命の火種は、外国からの侵略を防ぐことが出来なかったことによる不満だ。だが、こちらの世界では『銃』と『能力』という主戦力の違いからなのか、その侵略をきちんと防げている。よって、積もった不満が爆発することもなく辛亥革命も起こらず、皇帝制は1912年に同様に中華民国へと名を変えたときも残ったのだ。
もちろん民主主義も掲げられなかったためにその後中華民国を統制するはずの二大政党も生まれず、その内の一つが主体となって作った中華人民共和国も生まれることはなかった。なので、現在も名前は中華民国のままなのである。
「じゃあ、その皇帝様には娘がいることも知ってるわね?」
「そういえばいたね。三年前くらいに行方不明になったって一時期ニュースのトップに揚げられてたけど……………………あれ、そういえばその子見つかったんだっけ?」
およそ三年前、『中華民国の皇帝の娘が行方不明になった』というニュースが全世界を駆けめぐった事があった。ニュースによると、娘はある朝に忽然と姿を消したらしく、国内全警察官に捜索命令が出されたものの行方が分からなかった。そのため、国外へ拉致された可能性を考慮して全国放送に娘の行方不明状況を公開したのだそうだ。
だが、三年が経った今でも足取りがつかめぬまま、娘が発見されたという吉報も無いままそのニュースは霧散してしまったはずだ。
「実はそれ、わたしなの」
「ふぅん…………………………………………は?」
一切表情を変えず、鼻歌を歌うようにあっさりと言われた言葉に、思わず聞き返してしまう。
今、何やらとんでもないことを聞いてしまったような気がするぞ?と改めて耳に集中する。
「だから、私は中華民国の皇帝、宣 溥儀の一人娘で、中華民国から行方不明になった張本人なのよ」
「 」
「…………………何よ、ハトが豆鉄砲くらったような顔して」
「唖然としてたんだよ!え何?三年の間ずっと日本に隠れてたってこと…………?」
「ずっとじゃないわ。一年くらいは国内をさまよってたから、二年くらい?」
「五十歩百歩だよ!」
「ごじゅ…………………?どういう意味?」
「え?簡単に言えば『どっちもどっち』って意味で、ってそんなことはいいよ!大体、鈴麗の姓は『宣』じゃなくて『光』だろ?」
「それはただの偽名よ。まぁ、時代はずれの縦ロール様にはバレてたみたいだけど」
「何でそんなことしたのさ!?」
「………………………」
当然の疑問を真正面から受けた鈴麗は、説教を受けた子供とは違う、どこか物寂しげな表情を見せた。
「…………イヤになったのよ。人の上に立つ、あの立場が」
「え?」
「私ね、小さい頃から父上の跡継ぎとして猛勉強させられたの。まぁそこは良いわ、『わたしもこーてーさまになるんだ!』って陽気に意気込んでた無邪気な頃だから」
まるで小さい頃のアルバムを見ているように、どこか物憂げに口を動かしている。芦屋はただその言葉を聞き入れていた。
「ある時ね、大体五年前かしら?御披露目だーって言って父上に連れられて、天安門の楼閣に上がったことがあるの。そこから下を見たらね、もう石畳が見えないくらいに人で埋め尽くされててね。みんながみんな私の方を見て、拍手して、歓声まで上げてる人もいて。
───それでね、子供ながらに思っちゃったの。『この人たち全員を幸せにしなきゃいけないんだ』ってね。
そう考えた途端に何だか下にいる人達がみんな怖くなっちゃったんだと思う。ふっ、て足の力が抜けちゃってその場で胃の中のもの全部戻しちゃった。それ以来、張り切ってた勉強も出来なくなった。『これをやったら皇帝に近づいてしまう』って考えたらペンを持つ手が震えて、自分の名前を書くことも出来なかった。御殿から出て遊ぶこともなくなったわ。外に出る度に周りからの視線に晒されるって考えると布団から出ることすら出来なかった。それで、三年前に中華民国から逃げ出しだの」
同じ、一つの団体を取り仕切る立場である芦屋にとっては、とても共感できることだった。
───確かに、一度は考えた。
父様と一緒に芦屋一門の総会に出席したときに、道行も門下生全員を一度に見たことがある。その時に『おまえもいつかこいつら全員を守らにゃいかん』とも言われて身震いしたのを覚えている。
───でも、
「そんな事したら、国民が心配しちゃうじゃないか。何で急にそんな…………………!」
自分の意志よりもまず門下生を最優先に考えている芦屋にとっては、『逃げられない』と考えている芦屋にとっては、彼女の選択は絶対にしてはいけないことの一つだった。
「………………ごめん」
『人を統べる事へのプレッシャー』に対して、
そのプレッシャーに耐えきれない芦屋と、
そのプレッシャーから逃げ出した鈴麗。
「私、芦屋みたいに強くないんだよ………………」
その価値観は、あまりにかけ離れ過ぎていた。
「…………随分と話がそれちゃったね」
何かから逃げるようにその場を取り繕う鈴麗。
「そんなことがあって今までずっと日本に隠れてたんだけど、フローゼル家に乗り込んだときに何人かの取材陣に顔を見られちゃってね。普通の人ならともかくマスコミがこんなスクープを逃すはずもなくて、結局中華民国の父上にバレちゃったの。それで12月の終わりに父上から直接手紙が来て、すぐに帰ってこいって言われちゃったんだ」
「そ、そんな……………………」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「という訳なんだ」
「あの鈴麗が、中国の王女か…………………」
「中国……………?でも、未だに信じられないです」
どうやらこの世界では中華民国を『中国』とは略さないらしい。ユリアは慣れない略称に違和感を抱くが、そんな事は言ってられない。
「それで、王女が無事発見されたと今ニュースになっている訳か」
それを頭に入れて改めて見てみると、そんな意味合いの漢字がテロップの中の所々に含まれていた。
「でも、そんな理由なら仕方ないですよね。中華民国の人達も心待ちにしてたでしょうし。でも、やっぱりお別れくらいは言いたかったです…………」
入学以来の一番の親友であるユリアは、涙目で俯いてしまっている。だが、それ以上に別れを悔やんでいる
「……………ごめん、やっぱり僕今日はホテルにいるよ」
一人の友人は気分が観光どころではないようで、ホテルの自室に戻ってしまった。洋斗は整理する時間も必要だろうと思い、声をかけることもせずに見送った。
内容の違いは有れど、大事な人を失う悲しみは知っているつもりだった。
「じゃあ俺達は行こうか」
「えっ……………………そうですね。行きましょうか」
そして、一人の時間を作るのと、負い目を感じさせないのを理由に、二人は大人しく観光することにした。
~~~~~~~~~~~~~~~
~北京、紫禁城東南部、文華殿~
元の世界では文化遺産としてユネスコに管理されている紫禁城だが、こちらの世界ではまだ皇帝が存在するため現在も現役で宮殿としての機能を有している。
その内の一角、皇太子の居宮の役割を担う文華殿の内の一室に、皇女・宣 鈴麗はいた。
「………………………………………はぁ」
一人で使うには有り余る部屋に一人、繊細な刺繍入りの絨毯の上にある豪勢な椅子に深々と座って、力無くぐったりしている。
何故そこまで疲れているのか?
どこで情報を仕入れたのか、北京の空港のロビーに入るなり待ち構えていた取材陣にもみくちゃにされ、雨霰とも言うべき口撃に目を回したのだ。『皇女発見』のニュースが流れている中で堂々と一般空港を使って戻ってきたことを、鈴麗は椅子の上で目を瞑りながらあながち全力で後悔していた。
(いったい何なのよあれ……………。あれほどの勢いがあれば下克上だって出来そうなくらいじゃない……………)
ふと、兵馬俑がこちらに向かって進軍してくる様を連想して身震いする。どうやらマスコミの進軍は鈴麗の胸にかなりのトラウマとして刻まれてしまったようだ。
そのトラウマから逃げるように、窓の外を見やる。昔懐かしい景色が、三年を経た今も変わらずそこにあった。
(あんなことがあっても、懐かしいものはやっぱり懐かしいのね…………………)
その景色を見ると、やはりここが生まれ育った故郷なんだという実感がわいてくる。それと同時に、
(アイツら、今ごろ修学旅行か……………。アフリカとかに行かされてないと良いけど)
思い出が少しずつ遠くなっていくのも鈴麗は実感していた。芦屋に『さよなら』と言い放ってしまった以上、もう『黄 鈴麗』としてあの学校に帰ることは出来ないのだ。帰ってしまうと、自分が芦屋に嘘を言った事になってしまう。これは最後まで友達でいてくれた彼に対する彼女なりの『けじめ』だった。
そのとき、コンコンと二回、扉をノックする音が部屋に響いた。
「どうぞ」
「失礼します」
城門のように重苦しい扉を開けたのは、生まれた頃からずっと自分の世話をしてくれていた趙 飛龍だった。
「フェイ…………………より一層老けたわね」
「リン様は、暫く見ない内に御美しくなられて。時代の流れを痛感いたします」
二人はお互いのことをリン、フェイと愛称で呼ぶほどの仲だった。
「溥儀様が太和殿にてお待ちです」
「!!分かった、着替えてから行くわ」
太和殿は歴代皇帝の即位式や結婚、それに元旦や冬至などを祝う時と重要な朝会、そして皇帝の葬儀───といった宮廷の重大な式典を行う時に使われるところだ。何か大事な話があるのだろう。そう鈴麗が判断するには十分の舞台だった。
目的は挨拶と伝言だけだったのだろう。フェイがすぐに出て行ってしまってガチャン、と扉を閉めたのを確認して、鈴麗は上着のボタンを外し始めた。
~紫禁城中心部、太和殿~
───太和殿
紫禁城の中心部に位置する、最も重要な建物。
一般人なら触るのも躊躇うような豪勢な扉を、正装に着替えた鈴麗は店のドアのようにあっさりと開け放った。
そこにいた人物は計3人。
一人目は先ほど鈴麗を呼びにきていたフェイ。
二人目は鈴麗の父親であり、中華民国の現皇帝である宣 溥儀。
そして三人目は、階位としては参謀長に位置する中華民国の頭脳とも言うべき男。名は慈 恩来という。
『鈴麗。無事に帰ってきてくれて良かった』
『ご迷惑かけて、申し訳あ『親の前で堅くなる必要はない。本当に、無事で良かった』
『………ごめんなさい、父上』
『ガッハッハ!まぁまぁ、良いではないですか!フェイの言ったとおり、一層麗しくなって帰って来られたのですから!』
『…………お褒めに与り光栄に存じます』
『………………ふんっ』
溥儀に対しては、『父上』と呼んでいる所を除いては普通の親子の会話をし、恩来に対してはかなり他人行儀な会話を交わす。恩来はその事が不服だったらしく、耳を澄ませば舌打ちが聞こえてきそうな形に顔をゆがめていた。
ざまぁみろ、と。
鈴麗は心の奥で口角をつり上げた。
正直に言って、鈴麗はこの慈 恩来という男が嫌いだ。どこが嫌いかを語らせたらキリがない。
まず見た目。
ふくよか、というか贅沢な暮らしで無駄に脂肪を蓄えた体型。存在だけで暑苦しい。今アイツの体重を支えているあの椅子を心の底から可哀想だと思う。もちろん、そんな男がイケてる面子、つまりイケメンであるわけがない。『成金』というイメージがついても何も文句が言えない、何というかすごくタチの悪そうなデブ。あ、言っちゃった。
服装のセンスもゼロ。やけにふかふかした服のそこかしこに金が散りばめられて、それに反射した照明の光がピカピカと邪魔くさい。
何より嫌いなのは、その性格の悪さだ。父上の前ではかなり媚びへつらっている(猜疑心で出来ている鈴麗の目にはバレバレだ)ようだが、その裏では、自分に舞い込んでくる金の事しか考えていない節がある。
かなり色々と語ってきたが、鈴麗が言いたいことは一つ。
(やっぱり私、コイツが遺伝子レベルで大ッッ嫌い!!)
『ところで鈴麗、一つ聞きたいんだが』
『どうしたの、父上?』
鈴麗は顔に暗い影を落としていたどす黒い感情を一瞬で胸の奥底に押し込んで、素の朗らかな笑顔で応対する。
『ずっと日本にいたのは、間違いないんだな?』
『えぇ、二年ほど。それまでの一年間は国内にいたわ』
『なぜ日本に二年もいたんだ?私たちに見つかりたくないなら各地を転々とするのが得策だと思うが?』
『うーん、そんな事できる蓄えがなかった、ってのと日本が思いの外住みやすかった、ってのがだいたいの理由ね』
『……………………拉致されたわけでは、無いんだな?』
『そんなニュースが日本でも流れてたけど、全くの嘘っぱちよ。心配いらないわ、安心して』
『そうか……………………そうか、っ』
それを聞いた溥儀は大きく肩の力を抜いて椅子に腰を落とした。自慢の娘が三年間も行方不明になっていたのだ、溥儀の心労は外野には計り知れないものだろう。その重圧は、彼の震える声や涙をためた瞳が如実に表していた。
感動の再会に彩られた空気は、しかし男の一声によって打ち砕かれた。
『…………何だと!!』
親子二人で会話を交わしているときに、途中から入っていた伝令を聞いていた恩来が、突然驚嘆の声を上げた。
『殿下、大変ですぞ!』
恩来は焦燥感極まる伝令の内容を溥儀につたえる。
『どうやらこの中華民国に賊が入り込んだようでございます!』
『………………何だと?』
内容が内容なだけに、溥儀の顔つきも父親のそれから皇帝のそれへと変わっていく。
『現在は、大人数で上海のホテルに居座っている模様です!如何なさりますか、殿下!』
『…………………恩来が中心となって、対処に当たってくれ』
『御意!』
恩来は溥儀に対して両手を組んで頭を下げる。
そして、踵をかえして扉の元へ向かう。その時に鈴麗の横を通るのだが、そのとき、恩来の口がわずかに笑っているように見えた。
(………………………まさか)
流石のアイツでもそこまで不躾ではないだろう。
───このときはまだ、その程度にしか思っていなかった。
『ねぇ、あまり刺激しすぎるのも良くないんじゃないの?恩来に直接指示したってことは軍を送るんでしょ?』
慈恩来は参謀長であると同時に、軍の総司令官でもある。つまり、恩来に対処させるという事は軍を用いて対処しろ、と指示しているも同義なのだ。
もちろん、そんな事もわからない皇帝ではない。
『もちろん、ただの賊なら上海の自警団にでも通告する。だが…………私の娘が帰ってきたこのタイミングだ。もしかしたら情報を聞きつけてお前を攫いに来たのかも知れない。皇帝であると同時に私は一人の父親であり、愛する娘を守るのも私の使命だからな』
『皇女の帰還』と『謎の来訪者の到来』、この二つの一致が、皇帝には偶然と掃き捨てることが出来なかった。そのため、軍を用いてこの不安分子を排除する事となった。
───実際の所、この二つの事柄の一致は完全なる偶然だ。
そして皮肉にもこの行動が一連の事件の引き金となるのだが、そんな事は誰一人として知るものはいなかった。




