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Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~  作者: ふろすと
現世編
17/61

7章-4:火花と炎と幼女と

 


 ー2012.10.20ー


「それで、その時にたまたま俺を発見したのが、今の親父ってわけだ」

「…………………………」

 一通り話し終えた頃には、少しだけ日が傾き始めていた。

 太陽の位置が変わったことで先ほどよりも深く日差しが入ってくる。それによって、どこか物寂しげに手元を見つめながら語る洋斗の姿がはっきりと照らされ、そこに濃い陰をのせている。

「………………えと、その、ごめんなさい。私から聞いておいてこんな………」

「いや、俺が話したくて話し始めただけだし。気にすることはないよ?反応に困るだろこんな話」

「……………………あの、洋斗君?」

「ん?」

 ユリアはふっと洋斗の方を向いた。洋斗の向く方向は変わらない。

「その、辛かったですか?」

「…………そうだな、何がかって言われると困るけど、俺が二人の力になれなかったことが特に」

「でしたら…………今も、辛いですか?」

「…………え?」

 洋斗は憂いの表情にわずかな驚きを重ねてユリアの方を向いた。

「ご、ごめんなさい!辛いのなんて当たり前ですよね!」

「………………………」

 申し訳なさそうに笑うユリアを見ながら、ふと自分を見つめ直す。

 目の前で惨劇を起こさないために強くなると決めた。失う人を作らないために、友達も作らなかった───ただし、一名の例外を除いて。

 それほど今後の人生に多大な影響を与えるほどの大きく、深い傷だった。


 ───にも関わらず

 思っていたほど、心自体は沈んでいないことに気づいた。


(…………………………あれ?)

 何でだろう?これまでは思い出す度に怖気立ったものなのに。

(───いや、理由は一つか)

「…………………そんなことない」

「………………へ?」

 辛かった───という旨の返答を覚悟していたのだろう。きょとんとしていたユリアがどこか可笑しくて吹き出しそうになるが、それ以上に言うべき事がある。

「信じてなかったけど、誰かに話すと楽になる───っていうのは本当みたいだな。思ったほど苦しくないんだ」

 洋斗は改めてユリアの方を向き直る。


「ユリアが聞いてくれたおかげだよ。ありがとう」


 自然と感謝の言葉が口をついて出た。

 思い返せば、この事は家族以外には秘密にしていて、誰かに話したのはこれが初めてだ。

 なぜユリアに話したくなったのかは分からないままだが、もっと早くこうしていればもっと落ち着いた人生を送れたのかもしれない、そう思った。

「そう、ですか。なら良かったです」

 ふっと朗らかな笑みをこぼすユリア。だが、その顔はすぐに引き締まったものになる。

「覚えていますか?洋斗君が『見捨てたりしない』って言ってくれたこと」

「……………それはもちろん」

 洋斗は入学して間もない頃の、ユリアの震えた声を思い出す。

「私だって、時々思い出すことがあるんです。森の中に捨てられて、独りで森の中を歩き回った時を…………。けど、あの時の洋斗君の言葉が、その度に私を元気にしてくれます」

 まるで闇夜に差す朝日のように。

 晴れやかな笑顔を洋斗へと向けた。


「だから、私だって洋斗君を見捨てたりなんてしません。洋斗君は私にとって大事な人なんですから」


 言葉が出なかった。

 あの言葉がそれほど意味の大きなものだったことも驚いたが、それ以上に、誰かがそんな事を言ってくれる日が来るとは思っても見なかった。

 不意のことに鼻の奥がつん、としてくる。目頭が熱くなる。

 顔を隠すためにさり気なくユリアとは反対方向にある窓を見る。

「……………………そっか」

 それ以上のことが起こらぬように全力で我慢しながら、精一杯の感謝の気持ちを絞り出す。

 窓に映る外の夕日は、いつもと同じように眩しく輝いていた。




 ー2012.10.21ー



  昨日はあれからもう一眠りしているうちに一日が終わった。今日は日曜日である。

 今はユリアと二人で学校から出るところだ。元々能力をうまく使えばすぐにふさがる傷だったのだが、静養のためにベッドに入っていた───というだけなので何日も保健室に籠もっている必要は(はな)から無かったのだ。ここで保健室の先生の驚く顔が頭に浮かぶ。「ひ、人にしては頑丈ね……………」と、そのひきつった顔に書いてあった。

 そんなわけで───現在。

 相も変わらずバカにでかい校門を境目に、洋斗・ユリア組は、芦屋・鈴麗組と鉢合わせていた。

「「あ………………」」

 洋斗、芦屋は二人揃って躊躇いの様相を見せる。

 二人はあの時、すなわち橋の上で派手に喧嘩した時からたった今まで、一度も会っていない。何を話して良いか分からないのだ。

(うわー、どーしよー…………………)

 洋斗は、とにかく困っていた。

「どうしたんですか?」

 横にいるユリアは状況がつかめないようで、きょとんとした顔で様子を伺っている。無論捕まっていたのでこちらの事情など知る由もない。

 ───対して。

(うわー、どーしよー…………………)

 芦屋も困っていた。

「(何してんのよ、とりあえずアンタから行きなさい!)」

 ただ洋斗側と違うのは、この場で唯一の困っていない人がいることだろう。事情を大方把握している鈴麗が、仲介役となるべく芦屋の背中を物理的に後押しする。

 よろめきそうになる身体を抑えて、芦屋は洋斗に向き直る。

「け、怪我、塞がったんだね」

「ん?まぁ元々あった傷が開いただけで、それ以外の大きな傷は無かったからな」

「え?そうなの!?そんな軽傷には見えなかったけど…………」

「おう、何だかんだで打撲とか切り傷で済んだ。むしろその前の傷の方が多いぜ?」

「うっ………………で、でも元はといえば洋斗の所為じゃんか!自業自得だよ!」

「ぐ、それはその…………………」

 お互いに痛いところを突いて突かれての挙げ句押し黙る二人。

 ユリアはただオロオロしながら二人を見つめている。

 鈴麗もこの場はさすがに空気を読んで神妙に黙っている。

 洋斗がフーと息を吐いて肩の力を抜いて。

「芦屋」

 不意に洋斗が親友の名を呼ぶ。

「………ん?」

「えと、その……………………帰るか」

「…………………そうだね」

 洋斗と芦屋は小さく笑みをこぼして歩み寄る。ユリアは何事も無かった安心感を胸に洋斗に駆け寄り、鈴麗は「全く………」という感じでホッと一息。

 その安心からか、


「(…………………次は負けんぞ?)」

「(勝つよ、次もね)」

 二人の間に(ほとばし)る青白い火花を知ることは無かった。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ー2012.10.18ー


 こちらは異(元の?)世界、京都府立倉華高等学校。こちらには真っ赤な執念を燃やす一人の少女がいた。

 彼女の名前は巳島 由梨香。

 とある友人と同じ高校一年生。運動神経バツグン、けど勉強はちょっぴり苦手、持ち前の容姿端麗さで不本意ながらも学校のアイドルへとのし上がってしまった───至って普通の女の子である。

 現在進行形で彼女が執念を燃やしているのは、とある一つの悩みについて。

 その悩みは、『月が変わるごとに絶賛増加中のラブコールを如何にして受け流すか』ということでも、普通の学生らしく『苦手な数学のテストをどう乗り切るか』ということでもない。

 密かに思いを寄せている一人の少年のことだ。

 その人の名前は『桐崎 洋斗』。

 由梨香とは中学校の頃からの縁であり、彼の事を『ヒロ』と呼んで仲良くしている。

 運動神経は彼女から見ても規格外、その上勉強も上の下ほどを保っている(由梨香は下の上くらい)。いつも一人でぼーっとしてるけど、「ここ教えてっ!」と教科書片手に駆け寄ると、露骨にイヤな顔をしながらもかまってくれる結構いいヤツ。

 これが由梨香から見た洋斗像だ。


「ぐぬぬ…………………」

 そして時は放課後。

 場所は校門の前に立っている大木の陰の茂みの中だ。由梨香は息を殺して、ただじっと校門の方を睨んでいた。所謂『待ち伏せ』である。

 狙っているのはもちろん某友人ヒロである。

 なぜ他称・学園のアイドルが艶やかな金髪に木の葉まで乗せて(ちなみにアイドルのオーラが消し切れていない事に本人は気付いてない)木陰の茂みに擬態しているのか?

 その理由は、ここ数ヶ月間の洋斗の様子にあった。

(ヒロに何かあったのか……………………真相を突き止めてやる!)

 ここ数ヶ月、何だか洋斗の様子が違う気がするのだ。

 私の声に対する反応が違う気がする。

 おかずを食べる順番がいつもと違う気がする。

 外を眺めるときの肘の突き方すら違う気がする。

 よく見知っている由梨香ですら『気がする』程度の微々たるものなので他の人はそれに気づいていない。だが、それが尚のこと由梨香の心に強く引っかかっていた。そして、ついに持ち前のアクティブさが我慢の限界を超えて行動を起こしたのが今日この頃、という訳だ。

 由梨香は、洋斗が大小ある悩みを全て押し込んでしまうのを知ってる。そのため、もしかしたら何か大きな事情があるのでは?と考えこの張り込み調査に踏み切ったのだ(ただの興味本位であるのも否定しない)。

 ぐっと新たに決意を固めていると、校門からヒロが気だるげに歩いて出て来た。

(き、来た………………………!)

 ヒロは校門から道沿いに左折して歩いていく。丁度ヒロの家(道場であることは既知の事実)のある方向だ。

「……………よしっ」

 その姿を見留めた由梨香は、頭の上の木の葉を払い落とし、音を立てないようにそっと立ち上がってヒロの後ろ姿を追いかけた。



 ───後ろから背中をドンと叩いて相手を驚かせる。

 誰しも一度はやったことがあるだろう。

 もちろん中学二年生の頃の巳島由梨香もその例外ではなく、登校中の通学路の途中で実行しようとした。だが、それに対してヒロは由梨香の方を見ることすらせず華麗なターンでかわして見せた。

 ───ということがあった。

 何がいいたいかというと、ヒロは勘が鋭いという記憶が由梨香の脳裏に残っているということだ。

 故にわざわざ待ち伏せ中に頭に木の葉をかぶせ、今もヒロを見失わないギリギリの距離を測りながら後を追う、という警戒ぶりを見せているのだ。

(まだ、見つかってない……………………よね?多分)

 電柱の陰に隠れながら目を細めて、ヒロの背中を睨みつける。

 ヒロは元々、学校ではリアクションは大きくないので、感情が顔に出ることはあっても身体ごと反応することはまず無い。なので自分がバレているか否かを背中だけで見分けるなど、心眼の開かない由梨香に出来るわけがなかった。

(それにしてもおなか減ったなー、牛乳とあんパン買っておくんだった。あれ、そのセットは尾行じゃなくて張り込みだっけ?)

 そんな悠長なことを考えている内に、何事もなく家に着いてしまった。

 ヒロは特に変わった様子もなく門をくぐってしまう。

「あれれ?やっぱり思い違いだったのかなー?」

 うーん、と小首を傾げる由梨香。だがその迷いは拭えなかった。

「………………………いいや!作戦B、第2ラウンドだよ!」

 収穫ゼロでのこのこ引き下がる由梨香ではない。すぐに桐崎家の裏手へ回り込む。そこには3mほどもある木製の大きな塀が連なっているが、由梨香はその内の一角のそばにしゃがみこんだ。

 その姿勢でちょうど目の高さの辺り、そこには直径1cmほどの小さな穴がある。これは二人が中学二年生の頃に偶然見つけたものだ。そこを覗くと、桐崎家が集う居間が見える。風を通す為なのか運良く窓が開いており、その先にはテーブルに向かい合わせで座る龍治さんと世良さんを見ることが出来た。

「   して    出来て    」

「  と    るもの  」

(?さすがにこの距離だとよく聞こえないな…………)

 テーブルの傍にはヒロが立っていて、背中を龍治さんにバシバシと叩かれている。それなのにヒロはそれに対して全くリアクションをせず終始無言だった。

(どうしたんだろ?まるで人形みたい……………)


 ───その時、

「誰?そこにいるでしょ!」

 世良さんがいきなりそう叫んだ。

 キッ、と鷹のような鋭い目つきでこちらの方を睨みながら。


(え…………?うそ、見つかったの!?)

 もう逃げよう!と反射的に穴から目をそらした時だった。

 ───どすん!

 という音とともに、由梨香の視界に壁の方から、あと数センチで鼻先が当たる距離に銀色の何かが飛び出してきた。

 もうビックリを通り越して、固まってしまう由梨香。壁の方を見ると、その銀色は壁の木材を貫いて飛び出していた。

 その銀色についている鋭い刃先に、サーッと血の気が引いていく。


 ───壁の向こうから飛んできた包丁が、目の前の壁を貫いた。


 その事実に行き着いたときには、由梨香は意識を失っていた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~



「     m

      もちきんっ!?」

 なぜか某おでんの具の略称を叫びながら目を覚ました由梨香。なぜか額はびっしょりと汗で濡れており、息も絶え絶えである。

「はぁ……………はぁ………………どこ?」

 ここでようやく自分が布団の上で寝ていることに気づく。

「えと…………確か見つかって、逃げようとして、何か飛んできて、それから……………………うそ!気絶しちゃったの私!?気絶だよ!人生初だよっ!」

 気が動転した所為か、未知の体験を前に妙なハイテンションに陥る由梨香。まるで有名人と握手した後のように頬に手を当ててキャーキャー言っている。気絶なんて一般女子高生してみればSNSを飾るただのビッグイベントに過ぎないのだ!

「そうだ!マリちんにメールしよ!文は『気絶なう』?いやでも今は起きてるわけだし…………ってカバンどこかな?」

 カバンを探してさまよっていた視点は、不意にコンコンと音を鳴らしたドアに向けられる。ちなみにマリちんは数多いる由梨香の友人の一人だ。

「……………入りますね?」

 どう返事したら……………と悩んでいる間に向こう側からドアが開く。開けたのはヒロのお母さん、桐崎 世良さんだった。

「あ、起きたのね由梨香ちゃん!良かったわ…………大丈夫?怪我はなかった?」

 世良さんの由梨香を見るなりの質問責めに、由梨香は目を白黒させてしまう。

「ええと、はい、なぜか家の前で気絶しちゃっただけなので」

「………………あれは、私が投げたものよ、つい反射でね。まさか洋斗の友達に刃を向けてしまうなんて…………ッ!」

「い、いえ!元はといえば私が覗いてたせいですし「それでも!私は由梨香ちゃんに謝らなきゃいけないわ」

 世良さんは由梨香の言い分をはねのけた。

「私は元々礼儀を重んじる家系なの。返事に困るかもしれないけど、謝らせて頂戴」

 その言葉のもつ重さに、話している間のその瞳の真剣さに、由梨香は二の句が継げなくなってしまう。

 そんな由梨香の前で、世良さんは両膝をついて床にそっと三つ指をついた。


「この度の非礼は、私の至らなさが招いた結果であり、幾重にもお詫び申し上げる所存でございます。万死に値する無礼千万、どうかご容赦下さいますよう、宜しくお願い申し上げます」


 深々と頭を下げて謝罪を述べる世良さん。

 ───その姿に由梨香は思わず見とれてしまっていた。

 世良さんがとった行動の一挙一投足、今は陰になって見えないその口から紡がれる言葉の旋律一つ一つが洗練されており、そのすべてが由梨香の心を魅了した。

 だが、ポーッとしているばかりでは、世良さんが平身低頭の状態から動けない。

 それに気づいた由梨香は、苦悩の末に、

「え、えとその、ではお詫びとしては何ですが……………何か飲み物を頂けないでしょうか?変な夢を見たせいで喉乾いちゃいまして」

「え……………………ご厚意、感謝します!すぐに持ってきますね!」

 穏便にすませることにした。無駄に引きずっても何も良いことはないのだから。

 美しい挙動ですっと立ち上がって、扉を開けたところでピタリと動きが止まる。

「あ、そういえばその布団も、洋斗の以外に空きがなかったの。しばらく使ってないのもあって少し臭うかもしれないけど我慢してくれるかしら?」

 もちろん、今の一言は世良さんにとってはただの補足事項だ。

 ───だが、



「…………………………………ハヘ?」

 由梨香にとっては変な声が出るほどの爆弾発言だった。



 バタンとドアが閉まったあともしばしの硬直に浸る。

(えと、ちょっと落ち着けワタシ。私は今、布団の中で寝ています。しかも変な夢のせいでかなりの汗もかいているです。そして、この布団はヒロので…………………………………………………………って)

「∞∮%¥■@(笑)&§★〒↑《㈱$¤Å!!!!」

もう何を叫んでるのかも分からなかった。

 わずかな眠気は、そのインパクトの大きさよって身体ごと吹き飛ばされた。由梨香は半ば四足歩行状態で、布団がある窓際の反対側の壁まで瞬間移動する。

「わ、わわわた私、ひ、ヒロのふは、ふ、布団で………………!!」

 耳まで真っ赤に茹で上がった由梨香の顔。けどその目はしっかりと洋斗の布団に釘付けだった。

「………………………………」

 ここでちょっと冷静さを取り戻す。

『もしかしたら、ヒロの布団なんてもうお目にかかれないのでは?』

 悪魔がそんなことを言い始める。

 由梨香はそろーっと布団に這い寄り、枕を持ってみる。見た目ほど柔らかくなく、使い込まれているのか平べったくなったその枕に。


 ぼすっ、と。

 自身の顔をうずめてしまった。


「…………………………」

 今まで嗅いだ事なんて無いはずなのに、どことなく懐かしいような、そんな匂いがする。

「………………………………………」

 こ、これがもしやヒロの匂い?

 と、思い始めたところで、

「…………………………………………………………………………………………………………………っ」

 その体勢のまま正気に戻って、耳が発火し始めて。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!」

 枕を持ったままゴバァ!と立ち上がって、枕を床に投げつけた。枕はぼふんと音を立てて、力なく倒れた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 最早気絶していた事なんて記憶から吹き飛んでいた。

(もうダメだ!帰ろう!うん!てかさっさと帰れ私!)

「すいません!お邪魔しましたあああああああぁぁぁッ!」

 帰り際の常套句を飛ばしながら脱兎のごとく家を出る。

 その頃には、

「あら、オレンジジュースは…………………?」

 と小首を傾げながら呟く世良さんの声も耳に入らず、

 また、

(そういえば、ヒロいなかったような……………………ってこの際どーでもいいよぅ!)

 自分が何をしに来たのかも忘れていた。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ー2012.10.22ー


 今は月曜日の放課後、洋斗はいつもの四人と佐久間先生の5人が能力講習棟に集まっていた。

「『具現』?」

「えぇ…二人は素手だったのでこの講義は受けていませんが…武器を持っている生徒たちには個別に連絡していました。ですが…桐崎君はその刀を、ユリアさんはその銃を使うということなので……いわゆる補習です。説明ですが…とりあえず見てもらった方が早いと思います。鈴麗さん?」

「はい」

 返事と同時に鈴麗が取り出したのは、直径が腕の倍はある金色の腕輪。かなりぶかぶかで、赤い宝石みたいなものが埋められている。

「よく見てなさいよ…………」

 鈴麗がぐっと力を入れると、赤いフラッシュのような光が腕輪を包み、洋斗は反射で目を隠してしまう。

「もー、よく見てろって言ったじゃないの!」

「バカ野郎!そんな事したら目が焼け……………え?」

 覆っていた手をどけると、その目に映ったのは『一本の槍を持った』鈴麗だった。ユリアも瞼をしばたかせている。刃先から持ち手の棒まで全体が金色で、それに赤い布が巻かれている、いかにも年期が入っている感じの槍だ。

「も、もしかしてこれが………………」

「そう…これが『具現』です」

 まだ飲み込み切れていない現象について、傍で控えていた佐久間先生が説明を加える。

「人によっては巨大なハンマーを持って戦う人もいます。ですが…そんな人たちが移動中もずっとハンマーを持っている訳にはいきません。邪魔ですからね。そこでおよそ2000年頃に別の研究の副産物として開発されたのがこの『具現』という陣式です。これにより武器を運びやすい形に変化させることで…そういった問題を解決したのです。補足すると…陣式はまだ研究段階の技術で…入学時に用いたあの紙に書かれていたものも…偶然発見された陣式の一つです。名付けるなら『解放』といったところでしょうか」

(アニメとかにある魔法陣みたいな感じかな?『陣』式って言ってるくらいだし)

「とにかく…その銃や刀にこの陣式を刻むなり描くなり貼り付けるなりして…変化後の形を頭に浮かべながら陣式に生命力を流します。そうすることで思考が生命力を通して武器に伝わり、その姿に性質を変換させます。武器の意思次第では形が変わったり拒絶されたりしますが…………」

「武器の意思……………ですか?」

「はい。日本には八百万(やおよろず)の神という概念がありますが…それと同じようなものと考えてください。以前…ある生徒がサーベルをモンブランに変えようとしたらサーベルが爆発しました」

「あ、あはは…………………………」

「それは何だってキレるわね」

 流石のユリア、鈴麗も呆れ顔である。そんなに刃物を食べたかったんだろうか?モンブランが大好きなのだろうか?

「逆に…双方が同意なら何にでも変えられます。鞭をハムスターに変えて飼っていたり…ナイフを前歯に変えて入れ歯にしている人もいます」

「ま、マジかよ………………」

「前置きはこのくらいにして…二人にはそのお持ちの武器を具現させてもらうわけですが…無論その形のままでも構いません。その場合は…これも単位の一つなので…別のものを具現してもらいます」

「うーん、とりあえずこれでやってみます」

「はい。ホルスターをつけるところがなくて困ってたんです!」

「では…とりあえずこれを貼りましょう」

 手にしたのは二枚のシール。やはり学生なので、一番手軽な『貼るタイプ』のようだ。


 ───よっぽどやりたかったらしく、陣式シールを受けとった後のユリアの行動は驚くほど速かった。


 受けとってすぐにグリップの部分に、ぺとりとシールを貼り付ける。それから、

「むむむ……………」

 と唸り始めて数秒、

 すると、じわじわと陣式が光り始め、

「!!」

 一気にフラッシュを放った。

「………………………わぁ」

 間の抜けた声をこぼすユリアの手には、一つの指輪が転がっていた。

「で、出来ました!欲しかったんですよアクセサリー!持ち運びも便利だし、さいこーですっ!」

「わー、きれいな指輪ー!」

「は…速いですね……………いろんな意味で。まあこれ自体それほど難しいことではないので…桐崎君もあまり重く考えずにやって下さい」

 ユリアは具現させたばかりの指輪を眺めながら鈴麗とはしゃいでいる。

 佐久間先生のアドバイスも受けて洋斗は手元の刀を見つめる。

(武器の意志、か………………)

 どんな形にしようか……………。

 そんなことを考えている内に、一つの疑問にぶち当たった。

(もしかして、こいつには何か要望があったりするのかな?)

 もし仮に、本当にこの刀にも一つの意志があるとして───「こういう風になりたい!」みたいな感情があってもおかしくないのではないだろうか?こちら側に大して希望がないというのが正直な意見なのだが、出来ることなら武器側の意見を重視してみても良いかもしれない。

 洋斗は、刀の鞘にシールを貼り付け、持ち手に意識を集める。

(ええと、こちらからは特に言うことはないので、そちらの好きな形に変わって下さい)

 それから数秒経ってから刀が光り始めて、一気にその強さを増した。目の前だったこともあり、予想以上の光量に顔を隠す。



 やがて光量が小さくなり、消えた。

 洋斗は、刀があるべき場所に目を向ける。


 その刀は、長い黒髪だった。

 その刀は、細い手足がついていた。

 その刀は、幼い顔立ちだった。

 その刀は、胸がぺったんこだった。



 そこには、全裸の幼女が座っていた。



「「「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」」

『目を開けると、そこには全裸の幼女が座ってました★』

 そんな、想像の遙か左斜め上を行く奇妙キテレツな状況に洋斗はもちろん、ユリア、鈴麗、佐久間先生までもが目を点にして、大人しくぺたんこ座りしている幼女を見ている。

 対して幼女の方はうまく状況が飲み込めていないのか、自分の手を眺めたり、顔やお腹をペタペタ触ったりしている。

「…………………………桐崎君…あなたは…一体何を頭に浮かべたんですか?」

「いえ、『おまえの好きな形に変わってくれ』って念じたら、その…………こうなりました」

「ま、まさかアンタって…………ロリコン?」

「そんな、ロリコンだなんて……………って何ですか?」

「ンな訳あるかァァ!こっちだって何がなんだかサッパリなんだよ!あとユリアは知りもしないでノって来るんじゃない!どーなってんですか先生!!」

「桐崎君がロリコンである可能性も否めませんが…「だから違いますってば!」…何か人型になりたい理由があったのかも知れません。これまで色んな具現を見ましたが…人型は始めて見たので何とも言えませんが。その…………直接聞いてみては?」

「でもこの子、話せるんでしょうか?」

「「「…………………………………………」」」

 ───その時

 辺りを見回していた幼女がふるふると震え始め、

「……………………………や」

 何かを呟いた。

「「「ん??」」」

 何だ?と聞き耳を立てる一同。

 だが、そのせいで、


「やったーーーーーですーーーーっ!!」

「「「!?!?」」」

 幼女の突然の叫びにビクゥ!と身体を振るわせることとなった。


「刀に生まれ落ち、いや打たれ落ちて早九世紀と余年、よもや人の器を得るという祈願が叶う日が来ようとは思わなんだです!」

 溢れ出る歓喜からなのかぴょんぴょんと跳ね回ったり、

「これで人様が食している物も食べ放題です。ウププ…………」

 口を押さえてニヤけたりしている。

 やがて、

「他にもあんな事やこんな事を…………………はっ!」

 こちらの方を見て硬直する幼女。ようやくこちらの存在に気づいたようだ。すぐに正座状態になって姿勢を正し、こちらに向き直る。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ないです!私、刀匠・三条(サンジョウ) 宗近(ムネチカ)に打たれし刀剣、黒刀・逆薙(サカナギ)と申しますです」

 刀相手に自己紹介されてしまった。

「ふ、ふつつかものですが、今後ともよろしくお願いしますです、主様!」

「ややこしいからその言い方止めろ…………あるじさま?」

 おまけにヘンな呼ばれ方である。

「あるじさま、ってなんだ?」

「?あるじさまは主様です」

 何を今更、という顔をされてしまった。だがその目はバッチリと洋斗の顔をとらえている。やはり俺のことを言っているらしい───と洋斗は腹をくくった上で、とりあえず頼みごとをしてみる。

「その『主様』ってのどうにか出来ないか?なんかむず痒いんだけど」

「そう言われましても………………では、『ご主人サマ』?」

「却下」

「うーんと、『殿下』?」

「却下」

「……………『あなた』?」

「却下だ」

「………………………………『ダーリン』?」

「…………………………………もういいよ、主様で」

 とりあえず、俺の呼称は決まった。だがここで洋斗は気づく。


 自分が、『全裸』の『幼女』に『正座』をさせ、その上『ダーリン』とまで言わせていることに。

 ………………もう、犯罪臭しかしない。


「と、とりあえず着れそうな服探すか」



 ~~~~~~~~~~~~~~~



「なるほど、これが『ユカタ』というヤツです?」

 今、幼女が着ているのは子供用の浴衣である。近所の商店街にあったもので、夏のシーズンに売れ残ったものが店頭に安く並んでいたのだ。

「えっと、逆薙さん、着心地はどうですか?」

 ユリアが着付け、様子をうかがう。

「ふんふん、悪くないです。むしろ良いです!」

 これは浴衣の裾が膝上までしかないタイプのもので、色は紺色である。なので浴衣からすらっと伸びる健康的な二本の足がなお一層白く見えた。

 逆薙は大きな鏡の前でくるりと一回転する。それに合わせて浴衣の袖が翻って舞った。

「ですが、『逆薙さん』という呼ばれ方は気に食わんのです!他人行儀なのです!」

「うーん、それなら…………………『ナギちゃん』なんてどうでしょうか?」

「『ナギ』…………………………~~~~~~~っ!!」

 ユリアが咄嗟につけた名前を一人呟いて、表情がパーッと明るくなる、黒刀・逆薙改めナギちゃん。どうやら気に入ったらしい。

「ユリア」

「はい?」

「また居候が増えそうなんだけど…………」

「ふふっ。叔父様に相談してみますね!」


 その要求が通らないはずもなく、ユリアの邸宅に居候が一人増えることとなった。



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