7章-3:希望の光が
~フローゼル家最奥部中央大礼拝堂~
薄暗い廊下と打って変わってこの部屋はとても明るい、という域を通り越して眩しかった。手の枷はそのままなので目に飛び込む光に抵抗する術がない。なので、せめて陰になるように顔を伏せるのが精一杯だった。
この部屋の広さも桁違いだった。景観からして用途は教会なのだろうが、大量の長椅子がなければまさに体育館と呼べるくらいある。牢屋という狭い空間にいた所為もあってか、そのイメージよりも遙かに大きなものに思えた。
さらに桁違いなのが、そこに存在する人の数だった。今歩いている中央を挟むように、両サイドを人が埋め尽くしていた。恐らく延べ2、3百人というレベルだ。
そんな人たちの視線を一心に受けて(みんな揃ってサングラスだったため本当に見ていたかどうかは分からない)、ユリアは鎖を持った男とともに中央のレッドカーペットを歩く。
その先───豪華で煌びやかなステンドグラスの下の祭壇の側には、裕福層の住人であると一目で分かる、ふくよかな体型の男が立っていた。
「いやぁ、よくいらしてくれましたねぇ!」
男は大げさな手振りも交えて大仰に喋る。
ユリアも元は貴族の端くれ、この男の子とは知っている。というか、忘れるはずもなかった。
フローゼル家はセントヘレナ家に破滅の引導を押し付けた主犯であり、この男───ライド・フローゼルはその計画の主導者なのだから。
「久方ぶりですなぁ随分と大きくなられて!」
ユリアが小さく、まだ純粋に幸せな時間を過ごしていた頃、時々屋敷に来て話をしていた。だがこの頃から、ユリアはこの男が嫌いだった。十年ほど経った今でも軽く吐き気がこみ上げてくる。
ライドは優越感に浸ったねっとりと張り付くような笑顔で、
「親御さんは元気にしておりますかなぁ?」
「…………っ!!」
そう言った。他人事のように、白々しい口調で。
ユリアは目の前で喋る男を睨みつける。内心は、屈辱、憤怒、悲嘆、様々な感情がごちゃ混ぜになって今にも潰れてしまいそうだった。
ライドは、これまたふくよかな体格の少年、息子であるゾドム・フローゼルに首輪がつながった鎖の一端を渡させた。
ライドは壇上にあがる。そして、
「ではこれより、ゾドム・フローゼルとユリア・セントヘレナの、結婚の儀を執り行う!」
結婚式の開催を、高らかに宣言した。
「え………………」
このとき初めて、自分がなぜ誘拐されたのかを理解した。
「結婚って、どういう………………!」
その上でユリアは自身の耳を疑い、聞き返さずにはいられなかった。自然と声が震えているのが分かる。対してライドのそれはとても軽快で優越感に溢れていた。
「何と言われましても、ユリア様がフローゼル家に嫁入りするのですよ。と言えば、お分かりですよねぇ」
ライドは壇上で不敵な笑みを見せる。
「心配はご無用ですよ───セントヘレナ家は、私が責任を持って管理しますから!」
「………ぁ………………あぁ………………」
セントヘレナ家には、もちろんフローゼル家に対抗する術はない。抵抗しようにも、ユリアの発言は世間的にはかなり小さなもので、恐らく誰も助けには来てくれない。
結婚式は、止まらない。
ユリアはこの結婚が意味するものを理解している。しているからこそ、その絶望感は大きかった。
(もう、終わりなのですか?)
ユリアの全身から、力が抜ける。
(お父様の、大事なもの……………)
重みに耐えきれなくなった膝が、床の上に落ちる。
(失って、しまうのですか?)
勢いそのままに、ユリアは冷たい床に座り込む。
(いや…………いやです……………)
驚愕に揺れる瞳が、涙で滲む。
(そんなの……………………いやです!)
溢れた涙が床に落ちる。
それはまるで。
誰かの叫びに応えるように。
誰かの祈りが、形となって舞い降りるように。
檀の向かい側にあった扉が、凄まじい轟音を響かせて吹き飛んだ。
「「!?」」
衝撃波で、扉付近にいた男達が吹き飛ばされる。扉の一部が、ユリアの横をすり抜けて、天井の高さまで飾られたステンドグラスを突き破る。
色とりどりのガラス片が部屋中に舞い落ち、少しばかりユリアやライドに降りかかるが、そんなことは気にも止まらなかった。
扉があった場所にぽっかり空いた穴。
その先にいたのは───。
「ひろと…………………くん……………?」
ユリアは、そこに佇んでいるのが桐崎洋斗であると言う事実に自信が持てなかった。
土煙で霞む少年の姿は、血まみれの人形のようだった。その身体の半分は血で真っ黒に染まり、もう半分も所々血が滲んでいた。顔も、横の方から飛び散ったような血痕もあれば、頭から流れ落ちたような血痕もある。
その表情にはもはや生気など一切含まれておらず、その姿は「捨てられたら人形」を連想させた。
───一言で言うと、桐崎洋斗はすでに『崩壊して』いた。
体はもうぼろぼろだった。
塞いでいた傷は元の傷以上に開き、そこから滴るほどの血と、疼くような痛みをまき散らす。
だが、それ以上に洋斗の心は壊れていた。
人を殺す度に発狂しそうになる心を押し殺し続けて、心そのものを消し去ってしまった。
ユリアのことも目に映っていなかった。ユリアを目にしても一切表情が変わらなかった事からもそれは明らかだった。
そんな洋斗の姿を目の当たりにして、
「………………………」
ユリアは、絶句していた。
洋斗君が助けに来てくれた。
それが嬉しいのは心の底からの事実だ。
けれど、
それ以上に───今の洋斗を見ていられなかった。
「何だテメェ!」
「おらァ!」
近くにいた男が二人、侵入者の排除のために得物を構えて走り込む。それを洋斗は、蚊を払う程度の動きで斬り伏せる。洋斗の身体にまた一つ血の跡が刻まれる。
そこに、思いやりの気持ちなど一切見られなかった。
脚から切り離された上半身が宙を舞い、ドチャッと音を立てて落ちる。これが、争乱の開始の合図となった。
脱力して軽くふらついている洋斗に向かって、殺気に満ちた人の壁が押し寄せる。その壁の厚さを見て、それを一人一人斬り崩す───ということはしなかった。そんな面倒なことはしなかった。
洋斗は壁を見据えながら手に能力を込め、雷撃の槍を投げつけた。
ズドンッ!!、と。
雷撃はその向こうの礼拝堂の壁ごと人の壁の一角を吹き飛ばし、風穴を開ける。
ユリアは風圧に負けそうになるが、必死に踏ん張ってこらえる。壇上でふんぞり返っていたフローゼル親子は、いつの間にかいなくなっていた。
先ほどの雷撃でかなりの動揺はあったものの、相手は兵士だ。すぐに統率を取り戻し洋斗を追い詰めようとするが、『大きな範囲攻撃で列を乱し、ばらけたところを各個撃破する』という戦法を本能的に行使していた洋斗を、中々捕らえることができない。
一方で、洋斗の方も苦戦していた(そんなことを考える思考は無かったが)。先程の戦法は当然生命力の消費が激しいため、今の洋斗にはかなり堪えるはずだ。
洋斗が少しずつ黒の列に押し返されていく。圧倒的な数の暴力が傷だらけの少年を呑み込んでいく。
「ひ、洋斗君!」
洋斗が圧されているのを感じ取ったユリアは叫ぶ。その声は、目の前で起こっている喧騒にまみれて消えた。
洋斗に駆け寄りたいが、ゾドムが持っていた鎖が大きな瓦礫の下敷きになっていて、首が締まるのも覚悟で鎖を引っ張るが、ユリアの力では引き抜くことはできなかった。
そんなユリアの目の前で、とうとう洋斗が能力をまともに受けて壁に叩きつけられてしまう。ずるずると壁により掛かる洋斗に向けて、男たちがとどめを刺そうと手に能力を溜め始める。
能力が生み出す様々な色の光が洋斗を照らす。洋斗は魂が抜けたように動かなかった。
光の大きさが最大になろうという、
───まさにその瞬間だった。
地震のような爆音を轟かせて
体育館ほどの大きさがある礼拝堂、その横の壁が、外部からの力を受けて崩壊した。
───それは、巨大な土色のドラゴンだった。
ドラゴンが外から突っ込んできた。
それだけで礼拝堂の壁の大半や天井の半分ほどを瓦礫に変え、そこにいた男たちも巻き添えにして吹っ飛ばした。
そこに乗っていたのは、数人の人。
芦屋、鈴麗に加えて、生徒会の面子、更には校長先生まで乗っていた。
それら全員がドラゴンの背から降りて、未だ動揺を隠し切れていないスーツの男たちを見据える。
一時の静寂の中で、火口を斬ったのは校長先生、魁ヶ峰丘 玄呉柔郎だった。
「やれやれ、いくら造型が得手じゃといったって、流石にこれほどの大きさとなると骨が折れるんじゃがな……………」
相変わらずの曲がった腰を軽く叩きながら、それでもはっきりとした口調で語る。
「あんたら、ただで済むと思ってんのか…………?」
スーツの男の一人が発する虚勢に対して、玄呉柔郎は蔑むような笑いで返した。
「フォッフォッ…………今どこの坊主が言ったかは知らんが、儂らはフォートレス能力専門高等学校の代表として来ておる」
ここでわずかな間。玄呉柔郎はわずかに瞼を開く。そこに鋭い眼光を宿しながら。
「お主等こそ、国家権力に喧嘩売って、ただで済むと思わんことじゃな」
その一言を狼煙と見るや、生徒会長、沢村 豪がすかさず周囲に指示を送る。
「芦屋と光はユリアの保護!素原とミッち………江ノ元は俺と玄ちゃんの援護を頼む!ダイアナは………指示しても聞かんだろうから好きにやれ!邪魔だけはすんなよ頼むから!」
「「はい!」」
「「了解。」」
「…………なぜ江ノ元は言い直して儂はあだ名のままなのじゃ?」
「ィやッたー!存分に暴れちゃうよー!」
後半は若干投げやりになっている沢村の指示に、一同は四者四様な応答を示した。
玄呉柔郎が杖で床を叩くと、カツーンという音とともにドラゴンが大蛇へと形を変え、男たちに突っ込んでいく。その隙間を縫うようにダイアナと沢村が走り込む。その後方で江ノ元と素原(素原 金光、生徒会書記で影が薄いことで有名)が、いつでも能力を放てるよう構える。
そして、芦屋と鈴麗は生徒会たち(特にダイアナ)が派手にやっているうちにユリアのもとへ駆け寄る。
「芦屋君、鈴麗ちゃん……………!」
「大体十日ぶりくらいかな?やっぱり痩せたわね」
「無事でよかったよ!待ってて、すぐ助けるから」
そういって二人はユリアの後ろに回る。瓦礫に挟まった鎖と後ろ手に拘束している枷を解くためだ。
「うーん、これは壊すしかないね」
「ごめん、ちょっと熱いけど我慢してね?」
鈴麗は槍の矛先を慎重に枷に当て、ガツン、ガツンとぶつける。芦屋は、土壁で押し上げる形で鎖にのしかかっている瓦礫をどかす。
ガツン、
ガツン、
…………ガシャン!
十回ほどぶつけたところで枷が真っ二つに割れ、左右の手が自由に動くようになる。同時に瓦礫をどかすことにも成功し、遂にユリアは永い束縛から解放された。
───その瞬間
ユリアがバッ、と立ち上がり、荒れ狂う戦場の方へ走り出した。
「ちょ、ユリア!?」
引き留めようとする鈴麗の声も振り切って一心不乱に戦場を駆ける。
ずっと牢の中にいた所為で、脚がうまく動かないのがもどかしい。
周囲で起こる衝撃で何度も転ぶが、すぐに立ち上がって先を急ぐ。
目に溜まった涙で視界がゆがみ、瓦礫につまずいてしまう。
その先にいるのは、壁により掛かってへたばる一人の少年。
全身血まみれで、それでも立ち上がろうと身体を振るわせている一つの人形。
───そして
ユリアにとって、かけがえのないたった一人の存在、桐崎洋斗その人だ。
戦場の中を無事通り抜け、洋斗のところまであと5m程に迫る。洋斗がゆっくりと顔を上げて、駆けてくるユリアを、遂にその虚ろな瞳に捉える。
それを把握しながら、ユリアは速度を落とすのも億劫だった。
「洋斗君!!!」
できる限りの全速力のまま、へたばる洋斗に抱き付いた。
ずっと無表情だった洋斗の仮面が、その時初めて、ほんの少しだけ歪んだ。ユリアは、真っ赤に染まったローブの襟足をぐっと握り、顔を洋斗の腹部に埋めたまま涙をこぼす。
「どうして…………………」
しばらくして、ユリアがそのままの体勢で語りかける。というより、心からの叫びだった。
「どうしてそんなになるまで戦ったんですかっ!!そんなにぼろぼろになってまで、どうして………………っ!!」
出てきた言葉は、『感謝』や『慈悲』ではなく『叱責』だった。
これがユリアの本音。
助けが来てくれてのは素直に嬉しい。だがそれ以上に、自分の大切な人が傷つく様を見るのが何よりも辛かった。
頬を伝う涙を拭うように顔を押し付ける。顔に付いた血など気にしている余裕はなかった。
───ごめん
そんな声を聞いた。
ユリアは埋めていた顔を上げ、その声がした、頭上の方を見上げた。
「……………………ごめん」
目は虚ろなままだ。だが、眉間にしわを深く寄せて『自責』や『後悔』に近い表情を見せている洋斗の姿が、そこにはあった。ユリアの心の温もりは、押し殺していた洋斗の心をわずかに解きほぐしたようだ。
表情を和らげ、そっとユリアの視線と重ねる。だがユリアを見て、正確には、『ユリアの顔についている血の跡』を見て───洋斗の表情が一気に『驚愕』へと変わっていく。
「洋斗君?どうしたんですか?」
ユリアは不思議に思って身体を腹部から離す。洋斗はその表情のまま、今度は自分の両手へと目を移していた。
手にはべっとりとした血にまみれていた。
再び視界が揺れ始める。
鮮血の赤色を残して、それ以外の色が失せていく。
その両手をそっと顔に当てる。
ベチャ、と粘質な音が耳を揺らす。
視覚触覚聴覚を通して洋斗を叩く。
「……………ぅ……………うぁ…………」
それをきっかけとして───。
ここまで押し殺してきた感情が、
一気に洋斗の心を飲み込み、炸裂した。
「ああああぁあぁああぁあああぁああぁあああああああぁああぁ「ああ洋ぁぁあ斗君あああ!あ」ああああああぁああああああぁああああああああああああぁあああああああぁあぁああぁあああぁあああああああぁああああああぁああああああああああああぁあああああああぁあぁああぁあああぁああぁあああああああぁああぁああああああぁああああああぁあああああああぁああぁああああああぁあああああ「洋あ斗あああ君あぁっ!ああぁ!あ」あぁああああああああああああああぁあぁああぁあああぁああぁああああアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!!!!!!」
顔を両手で覆いながら体を丸めてうずくまり、腹の底、いや、心の奥底から咆哮を撒き散らす。
何か聞こえるが、その程度しか耳には入らず、頭には届かない。
───身体が何かに埋もれていくような錯覚に飲み込まれていく。
───意識がゆっくりと絶望の中に沈んでいく。
───少しでも上へ上がろうともがくが、そもそも岸がない。
───底が見えない。救いもない。そんな絶望の中。
うずくまる洋斗を何かが包み込んだ。
「…………っ」
そこから伝わる確かな温もりが、冷め切った体をじんわりと暖めていく。
───救いを求めて彷徨っていた手を光がそっと包み、上に引き上げた。
目を覆っていた手を離すと、目の前に誰かの膝が見えた。
───真っ黒だった視界に、少しずつ光が点り始める。
どうやら、うずくまっている洋斗の上に覆い被さるように抱き込んでいるようだ。
「………おさまりましたか?」
───『もう、大丈夫ですよね?』
洋斗の背中のあたりで
───光の中で
ユリアは確かに、そう言った。
すぐにでも顔を上げたい衝動に駆られるが、ユリアが上に覆いかぶさっている所為で頭が上がらない。
それをユリアが察したのか、それとももう大丈夫だと結論づけたのかは分からないが、洋斗を抱えていた両手をほどき体を離す。
洋斗が顔を上げ、二つの視線が重なり合う。
涙を流しながら唖然とした表情で固まっている洋斗の顔が可笑しくなって、ユリアはふっと笑みをこぼす。
「言いたいことはたくさんありますけど…………今は一言だけ」
洋斗の血で汚れた赤い手に、絹のようなユリアの白い手が触れる。
「助けに来てくれて、ありがとうございました……………!」
(…………………あぁ)
ぼんやりとユリアを見つめる洋斗。
ずっと暗闇の中にいた洋斗には、今の彼女の笑顔はあまりに眩しすぎた。
(この言葉のために、ここまで来たんだった)
頭の中ではこんなことを考えていた。
すると、ユリアが再び腹部に寄りかかってきた。というより、倒れこんできた。
「…………………ゆりあ?」
「………………」
返事がない。疲れて眠ったのか?こんな所で?
それを知って静かにため息をつく。
心身共に緊張が解けたからか、少しずつ意識が薄れていくのがわかった。
(今回は、守れたのかな……………父さん……………)
ここで、意識が、途切れた。
この頃には、フローゼル家の制圧はほとんど片づいていた。
ー2014.10.20ー
『
ユリア・セントヘレナ氏の誘拐、及び婚約を強行しようとした罪で指名手配されていたゾドム・フローゼル容疑者が昨日未明、市郊外の森林地帯で確保されました。
三日前の10月17日、セントヘレナ家の長女であるユリア・セントヘレナ氏をフローゼル家が拉致監禁し、福知山警察がフォートレス能力専門学校の協力を得てフローゼル家に強行突入する事態となりました。
これにより、フローゼル家はほぼ壊滅しましたが、その主であるゾドム・フローゼル、及びその父であるライド・フローゼルは逃走、警察及び学校側は、十日間の監禁によって衰弱状態のユリア氏と囮となって先に突入し、出血多量で意識不明となっている重傷者一名が最寄りの病院に搬送されましたが、それ以外は目立った被害はありませんでした。
なお、ライド・フローゼル容疑者は未だ逃走中で今後は懸賞金を賭けたうえで情報を募るとのことです。
ゾドム氏はこの後、京都府警に身柄を引き渡され、事情聴取を受けるとのことです。
』
「なんだよ、囮って………………」
「協力って、警察の方なんていましたっけ?」
ここはニュースで言っていた通り最寄りの病院───ではなく学校の保健室だった。能力を使うこの学校の保健室はけがの規模が普通の学校とは違うため、国から降りてくる補助金の半分ほどがここに費やされており、設備も大規模な病院程のものが備わっていた。むしろ傷の大小こそあれ、傷を塞いで静養をとるだけならここの方が安上がりな分快適なのだ。
そんな保健室のベッドルームで洋斗とユリアが隣り合わせで横になって、備え付けのラジオでニュースを聞いていた。
洋斗は全身包帯とガーゼだらけで困り顔、ユリアは右手首に点滴のチューブをさして呆れ顔で、どちらも笑っていた。
少し幼稚で単純な文面で飾られたこの『嘘』は大方坂華木先生が帳尻を合わせた表向きのシナリオだろう。頑張って頭を働かせて文章を組み上げている姿が目に浮かぶ。
どちらかといえば佐久間先生の方がその手の作業は得意そうなのだが、そこは何かしらあったのだろう。ニート教師が率先してこんなことをするはずがない。
ともあれ、今回の一連の事件は『フローゼル家がユリアを拉致して引きこもったのを、警察が国家機関と協力して救出した』という形で世間に流されたようだ。これなら他の貴族とのいざこざも最小限で済むだろうし、警察の強行突入なら不法侵入の罪には問われない。
「あの………………洋斗君」
「どうした?」
「その、何か、いやな思い出でもあるんですか?」
「………………え?」
「あのときの洋斗君は何というか、すごく辛そうでした。だから、えと………………」
「………………………………」
「い、いや!話したくないならいいですよ!そもそもそんなつもりは……………」
「……………いや、最初から話さなきゃいけないことだとは思ってたんだ。それに…………」
ラジオの内容はニュースの後番組である歌番組に変わっていて、有名なシンガーのバラードを振りまいていた。その中で洋斗は、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
「ユリアには、知って欲しいと思っていたんだ。聞いてくれるか?」
ユリアの方を向いたその目は真剣さと躊躇いに包まれていた。
(私も、知りたい。洋斗君に何かあったのか。洋斗君がどんな人で、どんな道を歩いてきたのかを)
その意志を、ユリアは首を縦に振ることで洋斗に伝える。
「じゃ、話すよ。昔の俺の話」
それは、『嵯鞍 洋斗』の、過ちと、未熟さと、出逢いと別れの物語。




