6章-2:(4-主人公)人の戦いの中で
ー芦屋ー
現在、
芦屋、松原、ケリー
vs
三川三兄弟
の戦いが繰り広げられている。
能力による攻撃、防御の応酬が続いているが、意外にも三川三兄弟が三人を圧倒していた。
「ッ!!こ奴ら、見かけによらずなかなかの手練れだ…………」
「うむ、攻め立てる隙がない」
「………………………」
(この三人、正直言って1人1人なら大したことはないけど、コンビネーションがしっかりしてる。僕達はさっき出来たばかりの即席チームだから太刀打ちできない!)
三兄弟はぐるぐる回りながら芦屋たちを囲い込み、蒼、黄が遠方からの攻撃で一点に集まるよう誘導して、一番攻撃力のある紅が一点への集中砲火を放ってくる。そこで散らばった芦屋たちを蒼と黄が追撃する。
このパターンが続いているのだ。芦屋はこのことには気づいているが、『3 vs 1&1&1』では対応しきれない。しかも、これまで見た限り楓とケリーはどちらも近距離タイプのようで、遠距離から攻めてくる三兄弟相手ではとてもやりづらそうだった。
(この状況を打破するには…………………手を打たないと)
追い詰められて三人が背中合わせになったところを見計らって芦屋がシェル状に全方位を守るシェルターを作る。
作戦を練るための時間を稼ぐためだ。
「「「?」」」
三兄弟は不思議に思いながらも能力でシェルターを攻撃する。シェルターは徐々に壊れ始める。
「…………ちっ、面倒だ!一気に破壊する!」
「「おう!!」」
そういって三人同時に構えたときだった。
突然シェルターが音を立てて崩れ、地面に帰った。
その中では、ケリーが地面に向かって能力付きの拳撃を放つところだった。
「「「な…………!?」」」
ドゴォン! と派手な爆音をたてて地面が爆発し、大きく粉塵が巻き上がる。
そして、その粉塵が『突然吹いた風』によってさらに広がり、三人を囲んでいた三川三兄弟をも巻き込んでいく。
「く、くそ!」
「前が………見えない!」
「どこだ、兄弟達!?」
いま、粉塵によって三兄弟達の視界は周囲10mほどまで狭まっていた。よって三人ものバラバラの人間を囲い込む大きさの円上にいた三兄弟は互いにコンタクトがとれなくなってしまう。
───つまり
粉塵の中でなら1対1の戦いが可能である。
言うまでもなく、芦屋達三人も同じように粉塵の中なので視界は悪いのだが、芦屋はともかく楓とケリーは近距離タイプなので10mほど見えていればほとんど問題なく戦える。
楓は、刀に圧縮空気をまとわせて切れ味を底上げさせている。当たった相手は氷を使っていることから蒼であると伺える。
「はぁっ!」
蒼が防御のために作った氷の壁を容赦なく真っ二つにしながら接近する。蒼は距離をわずかでも離そうとバックステップで逃げる。
「くそっ!」
「く、待たぬか!」
次々と生み出される氷塊を叩き斬りながら相手を追いつめていく。
ケリーは、洋斗と同じように雷の能力を体にまとって戦う。ただ洋斗と違うのは、主にスピードに重点を置いて強化している洋斗に対して、パワーを最大限に強化しているのだ。
ケリーは拳を振り回しながら、さながら戦車のように迫っていく。
相手は紅、相手が相手なのでとてもやりづらそうにじわじわと後ろに押し下げられる。
「互いに拳をあわせて戦うことこそ戦における仁義と言うものだ。逃げていないで戦おうではないか!」
「くそ!俺が言うのも何だが、コイツ暑苦しいッ!」
消去法で残りは黄と芦屋だが、この二人も例外なく先ほどの二組とはまた別の場所で戦っていた。芦屋は基本的に遠距離タイプなので戦いづらそうにしているのだが、それは黄に関しても同じなので、芦屋もお互いにうっすらしか見えてない状態に甘んじて戦っている。
互いに照準がうまく定まらずに大雑把な攻撃で戦っているわけだが、芦屋は地面から棒状のものを伸ばして鞭のように攻撃しているため、雷撃を飛ばすという直線的な攻撃に比べて範囲が広い。さらに直線的な攻撃であるため、自分の正面のみに注意していれば当たる確率はさらに下がる。こう言ったこともあって芦屋は有利に場を進めていた。
「ぬぐ……………」
(これで大分追いつめたはず………………そろそろかな?)
蒼は、楓に追われながら後ずさっていたが、
その背中に、何かが当たった。
「そ、蒼!?」
「その声は、紅か!」
後ろを向かずに声に応える蒼。
この三兄弟の声帯は音波レベルでほとんど同じ声で一般人には到底判別できるものではないはずなのだが、そんなことは余所においておこう。
───さらに
「ぐあァッ!」
何かがぶつかる音と共に煙の中から転げ出てきたのは…………。
「「お、黄!?」」
「!?蒼!紅!!」
互いを確認したのはわずか数秒、すぐに背中合わせでそれぞれの追撃に備える。
が、一向にその攻撃が来ることはない。ザ…………、と粉塵が渦を巻く音だけが耳をくすぐった。
「「「………………………?」」」
それに混じり。
『やっと一ヶ所に固まってくれたね?』
とこからともなく、安心に満ちた声が響いた。
「む、」その声は」芦屋か!?」
まだ煙の中に紛れているのか、声の発生源は見て取ることが出来ない。
現在の状況を振り返り、三兄弟は気付かされた。
(((いつの間にか立ち位置が入れ替わっている!?)))
「ふふふ………だが」私達を集めてしまったのは」誤算だったな!」
三兄弟は高らかに叫ぶ。その声色の裏には焦りを隠すような大仰さが見え隠れしていた。
「また」私達の」連携で『残念だけど…………
『これでチェックだよ!』
その声とともに足下の地面が地鳴りを始めたと思うと、三兄弟の全方位が土壁に覆われて、完全に逃げ道を塞がれてしまった。
「!?」」」
そして、まだ日が射し込んでいた三兄弟の周りが不意に暗くなる。それにつられて上空を仰ぐと、そこには二人の、たなびくポニーテールと岩のような体の影が逆光となって落ちてくる。
「これで……………」
「「「終わりだ!!!」」」
二人の周りには、これまでは比べ物にならない程の能力をまとった雰囲気に溢れていた。今に最大級の能力を放とうとしているという事は自明。だがどこかに逃げようにも周囲は土壁、上には二人、どこにも逃げ場はない。これが狙いだったと気づいたところで最早手遅れだった。
「あ、」ああ」…………!」
楓は地盤ごと斬らんばかりの、視界が歪むほど高密度な極大刃。
ケリーは三兄弟を囲う土壁の円周一杯の大きさに圧縮された雷球。
人間相手に放ってはいけないレベルの威力を蓄えた一撃が、逃げ場のない三兄弟の頭上から迫る。
「「「う………」」」
「「「うわああぁぁァアァァ!!??」」」
攻撃は、叫びによる抵抗も虚しく直撃し、土壁が内側から爆散した。先ほどとは比べものにならない粉塵と爆風が巻き上がる。
しばらくして粉塵が晴れるが、そこには隕石の落下を疑うほどのクレーターがあるだけだった。三兄弟はダメージ過多で強制退室したのだろう。
「………………勝った…………」
芦屋は思わず地面にへたり込む。安堵で腰の力が抜けてしまったようだ。芦屋の心は安堵と達成感でいっぱいだった。
「芦屋殿」
───楓が声をかけてくるまでは。
(そうだった!まだこの二人が………………!?)
反射で身構えてしまう芦屋。
たが、芦屋の焦りに対して楓とケリーは小さく笑みをこぼすのみ、そこに闘志の類は見られなかった。
「汝のおかげでこの戦いに勝利することが出来た。感謝する」
「うむ、お前の戦術は実に見事だった」
「…………………え?あ、いや………」
「話を変えてこれは提案なのだが、拙者はここで一度手を引こうと考えておる。一度共に戦った者達だ、すぐに刃を交えるのは気が引ける」
「それには同感だ。わずかな時間とはいえ互いに背中を預けたのだ、そんな者達と戦うというのは私の仁義に反するのでな」
(…………何というか、変なところで律儀だな。まあ僕としてもその方がありがたいけど)
「そうだね、それなら三人で別々の方向に別れよう。それで、もしまた会ったら………………」
「その時は…………」
「全力で相手をしよう」
こうして戦いが終わり、三人はそれぞれの方向に歩き出した。
ー鈴麗ー
二つの鈍器をぶつけ合っているかのような鈍い音が響く。個人対個人の戦いとは思えない戦火の音が大気を震わせ、渦巻く炎が遊園地の風景を灰に塗り替えた。
「はあァッ!」
ルベールが真っ青に燃える細剣で鈴麗に切りかかる。
「ふッ!」
それを鈴麗が弾き、真っ赤な槍を横凪にふる。
数回の激しい打ち合いの末に鍔迫り合いになる。
一瞬の膠着状態が出来たが、双方互いを押し飛ばすようにバックステップで距離をとった。
「……………はぁ……………はぁ…………」
「……はぁ………………はぁ………………」
鈴麗 vs マリアナ・ルベール
二人とも、肩で大きく息をしながら睨みあっていた。その息はとてもつらそうに荒くなっている。
それもそのはず、二人とも常に全力の能力をその武器にまとわせ続けて戦っているのだから。
戦場は、二人の周りはもはや遊園地の面影はなく、更地を通り越して月面に匹敵するほどの荒れ具合。
互いにすでにかなりの量の生命力を浪費しており、観戦している先輩達ですら息をのむほどの生命力量である事を物語っていた。
何回も吹き飛ばされあっているため互いに傷だらけ、戦況が拮抗していることは明らかだった。
「………………大分ヘバってきてるじゃない…………お嬢様?」
「そ、それは……こちらの台詞ですわ。膝が笑ってましてよ……………?」
ここに来ての強がりな台詞も含めてお互いに似たもの同士であることに、二人は気がつかない(指摘したとしても全否定して再び喧嘩が始まるだろうが)。
「…………いい加減飽きてきましたわね」
「……………あんたがさっさと倒れないからよ………とっととくたばれ」
「もう………終わりにしましょう………と言っているのですわ」
「だから、あんたさえくたばれば………終わりなんだっての」
「倒れるのは…………貴方の方ですわ」
「なによ今更…………」
互いに心の中で小さく笑う。それが少しだけ表にでていることに、どちらも気づいていない。
「これで…………決着させますわ」
「それこそ…………こっちの台詞よ」
槍と細剣が、その言葉を皮切りにさらに火力を増して燃え上がる。次の一撃に向けて体の奥底からわずかしかない生命力をかき集めていく。精一杯重心を保ってはいるが共にふらふらとふらついている。体力=生命力である為、それだけ生命力が切れかかっていることを表しており、おそらくこれが最後になるだろうと固唾を飲んで見つめる観客、そして対峙している鈴麗とルベールも感じ取っていた。
「「……………………………………」」
互いに減らなかった口を閉ざし、自らの武器に意識を集中させる。
───そして
同時に駆け出し
互いに渾身の突きを放った。
もう何回目ともわからない中で、最大級の爆発が周囲を薙ぎ払う。
元の体力自体が少なかったこともあり、あまりの爆風に耐えきれず数十メートル吹き飛ばされて、これまでの戦いの凄まじさを表すすっかり荒れて凸凹になった地面を転がった。
「はぁ……………………はぁ………………」
どちらとも知れない荒い息遣いのみが戦場に響く。
二人とも倒れて動かない。
いや、恐らくここは、動けない、の方が正確だろう。
───だが
勝敗は『鈴麗の槍にのみ小さく火が灯っている』という明確な形となって現れていた。
生命力が切れたといっても、あくまで能力が出せなくなったというだけであって、生命活動が終わることに直結しているわけではない。
二人かろうじて体を仰向けにする。
「………………………………負けましたわ」
「…………………大げさよ」
「ですが、負けは負け………素直に認めますわ。ところで…………」
空に向かってしゃべっていたルベールが、静かにこちらに目を向ける。
「貴方の名を……………聞いていませんわ………」
そういえばそうだった、と鈴麗は脳裏で小さく思う。
「……………鈴麗………黄、鈴麗よ」
「…………!?」
名前を聞いたルベールが大きく目を見開いた(つもりなのだろうが実際その違いは些細なものだった)。
「あ、貴方まさか…………『中華民国の皇帝の娘』の、あの…………?」
「…………はぁ」
それを聞いた鈴麗は、何かを吐き出すように大きくため息をついて呟いた。
───違うわ、と。
ぼそり、と完全なる否定の言葉だった。
「確かに、皇帝の娘は行方不明だし、名前も似てるってよく言われる。けど、皇帝家の性は『宣』で、『光』ではないわ。日本語で言う『カラス』と『ガラス』くらい全くの別物だって、外人かぶれのアンタも分かってるでしょ?」
「…………一応、ホントに外人でしてよ?」
(確かに、その違いは把握してますわ。ですけど、身体的特徴もお父様から拝聴していたものと瓜二つ…………………………偶然とは思えませんわ?)
と、ここまで考えてこの考察は意味のないものだと悟ったルベールは、
「…………………そうですか」
と一言で締めくくった。
「少し、無駄口が過ぎましたわね───私はここでギブアップ、ですわ」
ルベールは仰向けのまま小さく敗北の意を口にする。すると身体が消え始めた。ダメージ過多による『強制退室』ではなく、いわゆる『任意退室』といったところだろう。どちらも動けないこの状況ではダメージ過多で決着がつけられないと判断されたのかも知れない。
「……………またね、スワベ」
「………………………………………………はぁ」
しばらくしてマリアナ・ルベールは終始目を閉じて無言のまま、ため息一つ残して完全に消えてしまった。戦闘が決着したことで瞬時に体に活力が戻った。鈴麗はすっと立ち上がる。先ほどまで手足に力を入れることすら困難だったことも相まってとても不思議な気分だった。
ふと、周りを見渡してみる。
これまでにも散々述べてきたとおり、依然変わらずぼろぼろの地面がむき出しのままだった。
「うわぁ、これはやりすぎたかな……………そういえば服も綺麗に戻ってる。便利だなぁ」
地面の凸凹につまずかないように歩きながら、鈴麗はそんなどうでも良いことを考えていた。
「さて、次の相手捜しますか」
ーユリアー
「……………………………うぐぅ」
ユリア・セントヘレナ vs(?) 寿 海衣
現在ユリアと海衣の、というかユリアの戦いは先刻以上に世紀の大混戦を極めていた。
対して海衣の方は至って余裕の表情。
「……………すぅ……………すぅ」
というか依然として爆睡している。均等なリズムで浅い呼吸を続けていた。
「うぅ……………」
ここまでくると、もはや何のためにここまで熟考しているのかさえ見失いつつあった。ふと抱えていた頭を上げて目の前で寝ている女の子を見る(この子の名前をユリアはまだ知らない)。そのまま銃口を向けてみるが───。
「…………ダメです、撃てません。というか……………」
改めてこの子の容姿をじっくりと観察してみる。
見るからにさらさらなショートヘアー、寝ぐせなのか所々ピョコッとはねている。小柄な身長で猫のように小さく丸まっている。そして鬼も愛でるのでは?というくらいの、無防備な寝顔。
何が言いたいのかというと。
「とても、かわいいです……………」
───どストライクだった。
改めて考えるとこんなにカワイい女の子を銃で撃てるはずがなかったのです。うん!
───このことにもっと速く気づいていればここまで思考の渦に陥ることはなかっただろう。
「やっぱり止めましょう。でも、Dクラスの人たちになんて言いましょう…………………」
どうやら軍配は天使のユリアにあがったようだ。海衣のカワイさの大健闘である。
もう降りよう、と考えて外を見る。自分のゴンドラが低いところから少しずつ上昇していく。どうやら乗り口を丁度過ぎてしまったようなので座って外を眺めることにした。いろんなところで爆発があがるのを見て、今が対抗戦の最中であることを忘れかけていた自分に気づく。
ゴンドラが頂上付近に差し掛かったところで下を見下ろす。
「?」
そこで何かに気づいた。
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「………………ん?」
その少年、Cクラスの空町 君助はキョドキョドしながら歩いていた。
正直に言うと、これまでの空町は『ヘタレ全開』だった。わずかでも強そうと頭によぎったら即退散。常に物陰に隠れながら弱そうな相手を捜していた。
───そこに見つけたのだ。
観覧車に乗っている、いかにも戦い慣れていない感じの女の子を。
(こ、これはもしかして、チャンス!?いやでも女の子だし…………)
かくして、こちらもユリアと同様に思考の渦へと…………。
「いや!これは勝負なんだ仕方ないんだ!うん!」
陥ることなくあっさりと悪魔が勝利した。
これには『ここで一勝くらいしておかないとみんなからいろいろ言われるし』という下心に溢れているのだが、必死に自分に言い聞かせる意味での先ほどの言葉である。
動いているゴンドラに攻撃するのは外して先攻の優位性を失う可能性につながると考えて、観覧車の脚を攻撃して観覧車ごと倒すことにする空町。ここにきて再び空町のヘタレ具合が表にでた作戦だった。
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「………………………あんなにこそこそして、何してるんでしょう?」
男は建物の陰を縫いながら隠密に観覧車に近づいてきている(上から見ているユリアにはバレバレだったが)。
そして観覧車の脚に走り込むと、男が能力を放った。
ガゴン!、とゴンドラが大きく揺れる。
「!?」
「…………………………んみゅぅ…………………」
(まだ寝てます!?そしてカワイいです!)
女の子はゴンドラの揺れを利用してごろんと寝返りをうつ。ユリアとしてはそんな動きもカワイかったりするのだがそんなことを言っている場合ではないことは承知である。
ここには絶賛夢心地の女の子と能力音痴のユリアしかいない。場所は観覧車のほぼ頂上で、反撃も脱出も出来ないし、観覧車が倒れたときの衝撃も下側に比べてはるかに大きい。
───ガゴン!
「きゃっ!?」
動揺しているユリアに2撃目の音が振動とともに更なる追い打ちをかけられて、衝撃でよろけてしまう。
ギギギ…………と自身の重さに耐えきれなくなりつつある観覧車の骨格が悲鳴を上げる。観覧車がわずかに、かつ確実に傾き始める。
(ど、どうしよう!どうしようどうしようどうしよう!!)
頭が限界ギリギリの警告音を鳴らし続けるが、能力の使えないユリアには最早為す術がない。
何も出来ないままヘタレな男の無慈悲な攻撃が三本目の脚を破壊した。
さすがに耐え切れなくなって、観覧車が本格的な倒壊を始める。それにあわせて、ユリアと女の子が乗るゴンドラの動きが『横移動』から徐々に『落下』に変わる。
「ッ!?」
目をぎゅっと閉じて、これから襲ってくるであろう衝撃に覚悟を決める。
『…………………んっん…………むう……………?』
───そして。
何事も起こらぬまま観覧車は倒壊し、地面に叩きつけられた。
ズドォォン!と、地鳴りのような音が遊園地中に響き渡り、各地で戦う他の選手達も観覧車があった方を見る。
遊園地のシンボルとも言うべき巨大建造物の倒壊によって、観戦している学校中の生徒から喪失感から来る溜め息がこぼれた。
倒壊した観覧車付近、土煙が衝撃波と共に吹き荒れる中から走って出てくる人影が一つ。
「げほっ、ゴホッ!」
空町 君助である。彼は観覧車を倒すとは考えていたものの、そこから離れると言うことに頭が回らなかったという、俗に言う『おバカ』なミスを犯していた。
だが、それを逐一反省しないのはそれ以上の高揚感があったからだ。
「はぁ、はぁ、や、やった!一人倒したぞ!これでクラスのみんなにバカにされずに…………す……………………………………………む?」
クラス中の生徒からの称賛を受けてふんぞり返る自分まで想像して頬を緩めていた空町だったが、それは妄想の類となって霧散し、代わりに思わぬ空白と疑問符が生まれる。
その理由は、土煙が晴れつつある視線の先にあった。
土煙が晴れるにつれて倒壊したあとの、ただの鉄くずの残骸となってしまった観覧車が見えるようになる。だがこのような有様にした張本人であるためそこには対して驚かない。
その中に、直径3メートル程の水の球体があった。
球体の中に小さく泡が浮かんでおり、流れがあるのか透けている先の視界が所々で歪む。その中には二人の女の子が浮かんでいた。
一人は逆さまの状態で浮かんだまま頭を抱えて小さくなっている金色のロングヘアーの女の子。
もう一人は、まるでそこに足場があるかのように凛々しく佇むショートヘアーの女の子だった。
水流にあわせて流れる前髪、その陰で見え隠れする半開きの目からは鋭い眼光が覗く。
女の子が前方の水を振り払うように手を動かすと、周りを囲っていた水がユリアの周りの水を残して手の中に吸い込まれていく。水の浮力を失った女の子が曲がった観覧車の支柱の上に静かに着地した。
「な、お、お前!どうして………………!」
空町は完全に動揺していた。なにせ観覧車のゴンドラごと地面にたたきつけられて無傷なのだから。
対して女の子はというと、そんな空町の動揺には一切の無視を決め込んで、口を小さく動かして何かを呟いている。
「…………い……、………ゆ……い」
「?」
ただ口が動くだけだったそれは少しずつ真意を帯びた形を得ていく。
空町の鼓膜を揺さぶる、確かな空気の振動として。
「ねむり ジャマ ゆるさない」
はっきりと呟いた女の子がとった行動は単純だ。
手のひらから水を噴出しながら、肩を中心とした円周上で手のひらをスライドさせる。
それだけで。
シュ、と。
何かが擦れるような音だけを残して。
手の動きにあわせて超高圧で噴出された水が地面、建物問わず一直線に切り裂いた。
───とある世界には『アクアジェット加工』と言う技術がある。
穴の大きさ約1mmのノズルから高圧力をかけて水を噴出することで、秒速500m以上の速度を持った水が当たった部分を『吹き飛ばす』ことで対象を切断する加工技術。水に研磨剤を混ぜればダイヤモンドも真っ二つにすることすら可能にするものである。
本来は水が分散されてしまうために数メートル先の物体すら切断することは不可能なのだが、女の子───寿 海衣は先ほど球状に水を形作ったように水を一直線状にレールを形成し、そこに音速に近い速度で水を流すという『力業』でその偉業を実現させている。
それは、さながら水のレーザー光線。
この『力業』は並大抵の実力がないと出来るものではない。寿家は代々水の能力に長けており、その中でも海衣は百年に一人の逸材とまで言われているエリートなのだ。もっとも、学校では授業だろうが実習だろうが問答無用で爆睡しているためその実力が表にでることは滅多にない。その上、先生方は2ヶ月ほどで指導改善を諦め、クラスメートからはカワイい寝姿からマスコットキャラ的な扱いすら受けている。
一度だけ、たった一度だけ実習にでたときに見せた、先生含めた全員を唖然とさせた実力が今回の対抗戦の出場につながっているというわけだ。
そんな『Bクラスの眠り姫』である海衣は、酸素と同じくらいのレベルで睡眠を嗜む。なのでその睡眠を邪魔するものが現れた時が、海衣が圧倒的な殺意をもって本気を出す時なのだ。過去、授業中に海衣をテキストで叩き起こそうとした先生が割とガチで殺されかけた伝説を持つほどである(これが先生達が指導を諦めた最大の理由だったりする)。
───そんなわけで。
邪竜の逆鱗に爆竹を放り込んでしまったことで現在進行形で絶命(?)の危機に晒されている空町は、頭スレスレを切り裂いたアクアジェットの切れ味に背筋を凍らせる。海衣の目は、まるでゴミでも見るようにただ虚ろに睡魔の敵を見つめる。
その瞳には情け容赦など存在しない。
たとえ現実だろうと仮想だろうと。
睡眠の必要性とそれを邪魔されたという事実は変わらない。
「 しね 」
「ッ!?」
海衣は、壁に文字を書くように縦横無尽にアクアジェットを振り回す。その度に地面に一直線の傷が刻み込まれ、建物は斜めに切られて断面を滑るように瓦解する。
だがそこはクラスの代表、空町 君助もただでは倒れない。
「なにくそッ!!」
空町の能力は火、眼前に火球を生み出して噴出してきた水を蒸発させる。多少通過してきた水もあったが、それは弱々しい水鉄砲程度のものだった。
(これならいける!)
と判断を下した空町は、勢いよく海衣に向かって駆け出す。
そんな空町へ何発もアクアジェットを撃ち出すが、前にあらかじめ作っておいた炎の壁に当たると蒸発してしまう。
「うおおおおおぉぉぉォォォォ!!」
海衣に向かって全速力で突っ込んでいく。
───いける!
空町の自信は確信に変わった。
だから気づけなかった。
壁の死角になるように、『何10トンという水量の大波が迫っている』ことに。
一つ、空町は忘れていることがあった───元々の相性で言えば海衣側の方が有利、ということだ。
先ほどのように、普通のRPGとは違って火が水に勝ることは工夫次第で十分可能である。しかしそれでも基本的に水が断然有利なのは紛れもない事実だ。同じ威力の二つがぶつかれば間違いなく水が勝つ。
「!!」
空町は、炎の壁にぶつかる膨大な水圧で初めて目の前の大波に気づく。
そして、もう手遅れだった。
炎の壁は圧倒的な体積を前に10秒あまりで脆くも消え去り、蒸発しきれなかった波が空町を流し、囲い、そして球状に包み込んでいった。
「がッ!ゴボッ!」
水中で呼吸が出来ず、しきりに酸素を求めてもがく。だが抵抗空しく浮力で体が浮き上がって球の中心で止まった。
(く、くそ!こうなったら自爆覚悟で一気に蒸発して───
そんなことを考えている暇すらなかった。
水球と海衣の距離はおよそ10m弱。さっさと邪魔者を排除したい海衣は手から音速の水を噴出しながら手を振り抜く。
───ザシュ、と。
水球がカプセルを割るように真っ二つに切り裂かれた。
「……………………う、ん」
落ちる恐怖から『気絶』と言う形で逃避していたユリアがゆっくりと目を覚ます。
「……………あれ?ええっ!?どこですかここ!?」
───悪い夢か何かかと思った。
気絶していたユリアは、観覧車が倒れる直前以降の記憶がない。
そんなユリアの目の前には、グニャグニャにへし曲がった大量の支柱と、窓が粉々に割れてへしゃげているゴンドラ、そして爪で切り裂かれたような跡が刻まれた地面と、門松のように斜めに切り落とされた建物とそこに繋がっていたであろう残骸が山ほど、という何ともいえない惨状のみが広がっていた。
しばらく愕然とした様子でそれを眺めていたが、ふと自分の腹部に何かの重みがかかっていることに気づく。
見ると、腹部に頬を乗せるかたちで女の子が顔を埋めて寝ていた。
「…………………えーと」
ユリアは訳も分からずゆっくりと体を起こすと、腹部にいた女の子の頭がすとんと太股の上に落ちる。
そして、女の子がゆっくりと目を覚ました。
恐らく端から見れば背筋が凍るような瞬間であるが、彼女の中に眠る邪竜の存在をユリアは知る由もない。
「あ?す、すいません起こしてしまいました!って、なんで謝ってるんでしょう私?」
ユリアは他意のない純粋な謝罪をこぼす。
「……………………………」
女の子はじーっとユリアの目を見つめる。
そして。
「上で寝てた わたし、わたし 悪い」
───頬をゆるめてそう言った。
それはこれまでの海衣を知っているBクラス、そして先ほどの戦いを見ていた観客にしてみればまさに『開いた口が塞がらない』光景だった。
「あれ わたし 起こした、きらい。あなた、わたし 起こさない。とても 良い人」
言いながらユリアの腰に両手を回して抱きつき、
「 だいすき。 」
おなかに顔を埋めながらそんなことを言ってきた。その見えない破壊力は、ユリアの心臓を貫くには十分だった。
(ふ、ふにゃぁぁあ……………!!)
耳のあたりが熱くなってくる。胸がドキドキする。女の子の目を直視できない。
(こ、これって…………………恋!?いやいやいやないないないですよ!第一相手は女の子ですし友達としてならいやけどこのカワイさは───
「あの」
「わひゃぁッ!!」
「わたし はやく 負けたい。戻って 寝たい。けど、リタイア むり。だから…………」
わずかに哀愁が混じった視線をユリアに向けた。
「───わたしをたおして?」
「…………え?」
「それで わたし、うって?」
女の子はじっとスカートのポケットからわずかに覗く銃のグリップへと目線を移して言う。
(…………この子を、撃つ…………?)
勿論のこと、ユリアに人を殺した経験などあるはずもない。
だが、ここが仮想で作られた偽りの世界とはいえ。
目の前の女の子は言っているのだ。
───私を殺して、と。
怖くないはずがない。
だが、
「わたし、たたかい イヤ」
「 おねがい 」
たった一言の言葉が、鋭くユリアの心を貫通した。
「…………………………はい」
この言葉で、不思議なくらいあっさりと銃を構えるまでに至ることが出来た。
銃口をゆっくりと横になっている女の子に向ける。その銃身は、ユリアの躊躇いを表すようにカチカチと震えていた。
「……………ごめんなさい」
ユリアがぽつりとつぶやく。
「ありがと」
海衣もぽつりとつぶやいて、そっと目を閉じる。
───。
遊園地に似つかわしくない一発の銃声が響いた。
弾丸を受けた額から大量の血が吹き出る───ということは起こらない。ここがあくまで仮想空間であることと、ダメージ過多による強制退室が迅速に行われたことが、辛うじてユリアの精神を維持していた。もし現実だったなら、脳天を撃ち抜かれた海衣の姿が目に焼き付いてしまったなら。
きっと彼女は発狂どころでは済まなかっただろう。
初めて、人を撃った。
初めて、人を殺した。
何とも言い難い感覚が、じんわりと毒のようにユリアの脳髄に染み込んでいく。
ユリアは『何であの時あっさりと銃を構えられたんだろう』ということをぼんやりと考えていた。
この場が戦場だったからか?
そうしてほしいと頼まれたからか?
どうでもいい。
理由はどうあれ、『人を撃った』と言う事実は変わらない。
背筋が凍った。
この冷たさが、この震えが、この恐怖が。
これが人の人生を奪うという行為そのもの。
これが『戦う』ということだったんだ。
戦う、という選択がどれほど過酷で、困難で、そして揺るがない決意が必要かを、たった一発の銃弾で思い知らされた。
───ここで思い浮かぶのは、何度もユリアを窮地から救ってくれたあの人の勇敢な姿。
黒服の人が現れたときに、果敢に立ち向かうことを『選ぶことが出来た』あの人は、一体どれほどの覚悟を胸に抱いていたんだろう。
いったいどれだけの困難を乗り越えてきたんだろう。
彼は、桐崎 洋斗君は、一体どんな道を歩いてその覚悟に至ったのだろう?
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「ぐ………………………ちくしょうッ」
Dクラスの黄 鈴麗は仰向けで倒れている。肩から腰にかけて大きく傷を負っている。
明らかに致命傷だった。
身体が少しずつ重さを失っていくのが分かる。スワベの時のように身体が消えていっているのだろうか?
霞んでいく視界の中で立っている双剣の男は小さく
「……………つまんねェな」
と吐き捨てて歩き去る。
(……………………………くそ)
鈴麗の意識が、完全に消えた。




