第9話 チュートリアル開始!
コロコロコロ……。
「ニャ~オ♪」
コロコロコロ……。
「ゴロニャ~♪」
やあ、みんな!
みんなも既に知っていると思うけど、俺はこの世界を救う為に召喚された勇者さ。
召喚されて早々に牢屋に閉じ込められたりもしたけれど、ようやく魔王を倒すための冒険の旅に出発したんだ。
そして今、何をしているかというと……。
「……何で俺が、魔王の棺を1人で曳かないとならないんだ!?」
オオカミに喰われて死んだ魔王が納められている棺を、次の町まで1人で曳く羽目になっている。
(まさか棺専用の台車が置かれているとはね……)
何故か道の端に棺専用の台車が置かれており
【ご自由におつかいください】
と立て看板まで用意されていたので、遠慮無く借りているがそれでも重い。
棺の中で眠る魔王が白雪姫みたいに眠るような姿で死んでいれば、ゆっくりと顔を眺める楽しみもあったかもしれないが中にあるのはただの骨だ。
全身汗だくになりながら進んでいる訳だが、地理を全く知らない勇者に町の場所が分かる筈も無く何度も同じところに戻ったりもしている。
そうこうしている間に、猫が1匹棺の上で気持ち良さそうに昼寝までするようになっていた。
「RPGでこんな感じにグルグル回っていると、モンスターと遭遇しそうだな」
思わず独り言を言ってしまう勇者の目の前に、その予想通りにモンスターが姿を見せた!
【スライムがあらわれた!】
運が良いのか悪いのか、出てきたスライムは1匹だけ。
すると剣を抜こうとする勇者の脳内で幾つかのコマンドが現れる。
【たたかう】
【おどる】
【ぬぐ】
【にげる】
「たたかう と にげる しか選択肢がないじゃないか!?」
勇者が【たたかう】を選ぼうとした時、頭の中で誰かの声が聞こえてきた。
『それではこれより戦闘のチュートリアルを開始します。 まずは【にげる】を選択してください』
「えっ、ちょ、待てよ!」
何者かが勝手に脳内の【にげる】の選択肢を選ぶ。
【ゆうしゃ は逃げようとした】
【だが、ひつぎが重くて逃げきれない!】
1人だけなら逃げ出せたかもしれないが、棺を曳いている今の状況で逃げきれる筈が無い。
『ざんねん、モンスターから逃げることは出来ませんでした。 次は【おどる】を試してみましょう』
「いやいやいや! この場合は【たたかう】しか選択肢はないだろ!?」
必死の抵抗もむなしく、今度は【おどる】が選択された。
クルクルクル~♪
クルクルクル~♪
何故か瞬時にバレリーナの格好に変身する勇者、しかも両足の間には白鳥の頭まで装着されており見た目の怪しさもバツグンだ!
「ねえ、ママ~! あそこに変なおじさんが居る~!」
「シッ! 目を合わせてはいけません!」
通りがかった母子が、勇者を不審者扱いしながらスライムの真横を通り過ぎてゆく。
しかしスライムは、母子を攻撃しようとはしなかった。
その代わり、身動き取れない勇者に先程から何度も体当たりをしている。
【ゆうしゃ は1のダメージを受けた】
【ゆうしゃ は1のダメージを受けた】
【ゆうしゃ は1のダメージを受けた】
肉体的にも精神的にもダメージを受ける勇者、だが最悪の選択肢のチュートリアルがまだ終わっていなかった……。
『どうでしたか? 【おどる】のコマンドは、宴会などの席で使用するのが良いでしょう』
「当たりまえだ! どこの世の中に戦闘中に踊りだす○カが居る!?」
『そこのあなた』
チュートリアルに遊ばれている気がするのは、気のせいだろうか?
『それではお待たせしました、最後のコマンド【ぬぐ】を試してみましょう』
「おい、こら待て! まだ【たたかう】のコマンドだって残っているだろうが!?」
『・・・・・・・・』
チュートリアルの声が急に沈黙した、どうやらすっかり忘れていたらしい。
『そんな小さいことはどうでも良いじゃないですか、さあ早速【ぬぎ】ましょう!』
「てめえ、絶対俺の身体を使って遊んでいるだろう!?」
【ぬぐ】の選択肢が押され、勇者はその場で着ている服を脱ぎ始めた。
すると今度は老夫婦がやってきて、その様子を見て首を振りながら嘆く。
「これだから最近の若い者は……」
「ほんにまあ、世も末じゃて……」
(もういっそのこと、早く殺してくれ……)
そう心から願う勇者の目から涙が止まらない、両手を腰に当てて仁王立ちする姿は間違いなく露出狂の変態さんである。
『申し訳ありません、とうとうお時間がきてしまいました。 これでチュートリアルを終了しますが、またの機会をお待ちください』
「もう2度と現れるな!!」
ようやくチュートリアルから解放された勇者は、すぐに剣を抜いてスライムを倒す。
そして茂みに隠れて脱いだ服を着ると、棺を曳き急いでこの場から逃げ出すのだった……。