第8話 ようやく始まるお約束(ルール)の旅
「まさかね、意識が戻ったらこんな羞恥プレイされていたとは思いもしなかったわ」
「その事については、流石に俺も文句言いたい。 君の意識が戻るまで、俺は身動き1つ許されずここで立ったまま待たされたんだ。 住人達の視線を、浴び続けた気持ちが分かるか?」
ゆっくりと町の中を歩きながら、言い合いをしている勇者と謎の少女(魔王)。
彼女が気を失った途端にその場で停止して、意識が戻るまで勇者はずっと待たされたのだ。
動けないのを良い事に、勇者に聞こえる声でアレやコレや言う住人達。
「今夜はきっと、朝までお楽しみなんだよね?」
「満天の星空の下で、愛を確かめ合う2人。 ロマンチックだわ~!」
「こらこら! そういう野暮な事は聞かないのが、お約束というものだ」
こめかみに青筋を立てながら、必死に我慢する勇者。
そして10分ほど前にようやく謎の少女の意識が戻り、町の外へ向かう儀式が再開された訳である。
更に2時間近くパレードは続き、やっと町の外に出て解放された時には2人の精神力は尽き掛けていた。
日も暮れかけていたので、仕方なく町に入り直そうとしたが入り口で兵士に止められる。
「本日に限りあなた方が再び町に入る事は、許されません」
「それは一体どういう理由でだ?」
勇者の質問に、兵士は短く答えた。
「月明かりの下で、初めての夜を過ごす。 これが新婚初夜のお約束です、時々オオカミの群れに襲われて初めての夜が最期の夜になる事も有りますが、気にしないで下さい」
(気にするわ!)
心の中でツッコミを入れながら、2人は足早に立ち去る。
日が完全に沈む前に、オオカミが出なさそうな場所を見つける必要が有る為だ。
しかし素人同然の2人に出ない場所など分かるはずも無く、結局短い草が生い茂る野原で野宿する事となった……。
パチパチパチ……。
夜の静寂の中、焚き火の音だけがはっきりと聞こえる。
勇者と謎の少女は焚き火を挟んで座り、無言でその炎を見つめていた。
「何か言いなさいよ」
沈黙に耐え切れなくなったのか、謎の少女がようやく口を開く。
勇者は何から話すべきか、少し悩んでいた。
町の中では襲われなかったが、目の前にいる少女は本来倒すべき相手の魔王である。
何故このような真似をしているのか、ぜひ知りたかった。
「そういえば聞くのを忘れていたけど、他にも冒険者は居る筈なのにどうしてなりたての俺に声を掛けたんだ?」
『それは、早く自分を討ちに来て欲しかったからよ』
などと言える訳が無い。
今度は謎の少女が、答えに窮する番だ。
「……そうね、他の冒険者だと相場よりも高い依頼料を取られそうだった。 こんなところね」
「それじゃあ、ハンカチ1枚で済んだ俺は相場よりもお買い得だった訳だ」
「ふふふ、そうかもしれないわね」
適当な答えだったが、勇者の方でも何となく空気を読んでくれたらしい。
少しだけ気が楽になった彼女は、思い切って自分の正体を話してみようと考え始めた。
「あの! ………あ…れ…!?」
言い出そうとした時、突如急激な眠気に襲われる。
ドサッ!
見ると目の前の勇者も地面に倒れ、眠っていた。
すると頭の中に、何者かの声が響く。
『序盤はお互いの秘密を明かさない、これもこの世界のお約束なのですよ』
「……おい、…おい。 起きろ!」
「あ~と~5分……」
「5分待っていても良いが、頭から齧られても知らないぞ」
勇者から出た物騒な言葉で、謎の少女は飛び起きた。
てつのつるぎを構える勇者の視線の先を見ると……。
体長1mほどのオオカミが5頭、今にも襲い掛かってそうな状態になっていた。
「グルルルル……!」
口からヨダレを垂らしながら、何度も前足で地面を掘るオオカミ達。
よく見ると掘った穴も結構深い。
不思議に思っていると、勇者が状況を教えてくれた。
「俺が目覚めた時には、既にあの状態だった。 どうやら、何かのお約束が働いて襲い掛かれなかったらしい」
『お楽しみの後、疲れて眠っている者を襲ってはいけない。 これが我らオオカミに課されたお約束だ』
(へぇ~そんな決まりごとが有るんだ?)
リーダーらしきオオカミが喋ると、勇者達はその特に必要の無い豆知識に感心する。
オオカミが人の言葉を喋った事に、普通は驚くべきなのだが……。
「でも私達夫婦では無いし、そもそも昨晩もお楽しみなんて無かったから」
謎の少女がそう言った瞬間、オオカミ達が一斉に彼女に襲い掛かった!
「な、なんで私だけ!?」
『お約束の説明に対して、言うてはならない事を言う奴にはお仕置きを。 これも我らオオカミに課されたお約束である!』
「そんなお約束が有ってたまるか~!!」
呆然と見ている勇者の前で、オオカミ達のお食事会が始まる。
やがて満腹となったオオカミがその場から去ると、謎の少女が居た場所には黒い棺が残されていた。
「お~い、大丈夫か~?」
棺の中に向かって勇者が声をかけると、変なテロップが流れてくる。
【へんじがない、ただの死体のようだ】
「ちょっと待て! もしかして俺、次の町までこの棺を曳いていかないとならないのか!?」
こうして勇者の旅の始まりは、魔王が収まった棺を次の町まで曳くことから始まった……。