第6話 魅惑の課金アイテム!?
時間を戻して町中で自称謎の少女こと魔王に声を掛けられた勇者は、未だ固まったまま動けずにいた。
(な、なんでこんな場所に魔王が!? しかも頭の角や背中の羽に尻尾まで出したままなのに、誰も見向きもしないんだ?)
勇者のそんな疑問に答えてくれたのは、やはり通りすがりの町の住人である。
「ほれ謎の少年や少女の姿形は気にしないのが、お約束じゃからのぅ」
色々とツッコミを入れたい事が山ほど有るが、この茶番劇に付き合うしか先に進む方法がないと悟ると気付かないフリをして話しかける事にした。
「ええと、謎の少女さん。 たしかに自分は冒険者みたいなものですが、何か御用ですか?」
(どうやら、私が魔王だって気付かれていないみたいね。 私の変装も中々のものね)
最初からバレバレなのだが、勇者が渋々お約束に従っている事に魔王は何故か気付いていない。
「ええそうよ。 実は祖母のお見舞いに2つ先の町まで行かなければならないのだけど、私1人では辿り着けそうも無いの。 だから、そこまで私を護衛して頂けないかしら?」
「ちょっとすいません、少しだけ考える時間をくださいませんか?」
「ええ、構わないけど?」
謎の少女から許可を得た勇者は、ツカツカと目の前の建物に近づくと建物の角に頭を打ちつけ始めた!
(LV99の魔王に辿り着けない場所なんて、他の誰だって辿り着ける訳無ぇよ! ……でも、あれ? そういえば、この魔王も最初に額を兵士に弓で撃ち抜かれたりしてるし、何か弱体化するお約束が魔王にも有るのかな?)
頭を打った事が原因かは不明だが、勇者は偶然にも魔王にもお約束が存在する事に気付いたのである。
「ちょっと、大丈夫? きゃあ! 額から血が出ているわよ」
謎の少女(魔王)は胸のポケットからハンカチを取り出すと、勇者に手渡した。
「これで止血なさい、護衛される前に死なれたりしたら寝覚めが悪いわ」
折角の好意なので、受け取るとハンカチから微かに花の香りを感じる。
どうやら、この魔王は花の香水が好みらしい。
意外な嗜好を知った勇者は、小さく笑みを浮かべる。
「何よ、急に笑みなんて浮かべて? 気持ち悪いわよ」
「いや、何でもないよ。 ハンカチを貸してくれてありがとう、後で洗って返すよ」
「良いわよ、そのまま使ってちょうだい。 あなたの血が付いたハンカチなんて、触りたくもないわ」
勇者からお礼を言われるとは思っていなかったのか、謎の少女(魔王)の頬が紅く染まった。
「そ、そうよ。 そのハンカチが、護衛の代金の代わりよ! 代金を受け取っているのだから、さっさと出発するわよ」
そう言いながら、勇者の手を掴んで町の外へ向かおうとする謎の少女。
依頼主で最強の魔王とはいえ、無防備で町の外へ行くのは流石にマズイ。
勇者は途中で進路を変え、彼女が装備出来る防具を買いに向かうのだった。
「一応護衛対象が防具を装備していないのはマズイからさ、せめて布の服だけは装備しておいてよ」
手元に残っていたお金で布の服を購入した勇者は、謎の少女にその服を手渡す。
「本当にこれ、貰ってよいの?」
「ああ、さっきのハンカチのお返し」
「そう……。 なら、早速着替えてくるわね」
そう言い残して、謎の少女は更衣室へと向かう。
すると勇者はその更衣室の奥に、暖簾が掛かっているのに気が付いた!
「ねえ店主、あそこの暖簾の奥にも売り場があるの?」
勇者からの問いかけに、店主は申し訳無さそうな顔で答える。
「はい、ですがあの奥にある品物はこの世界のお金では買えないのですよ」
「こちらの世界のお金では買えない?」
急に怪しい雰囲気になってきたので、勇者は警戒心を抱く。
「はい。 奥にある品物は【課金アイテム】と呼ばれるもので、日本という国のお金でないと購入する事が出来ないお約束なのです」
【課金アイテム】、その言葉に反応した勇者はポケットから財布を取り出した。
「もしかして、このお金で買えるのかな?」
店主の前に差し出したのは、一万円札。
すると店主の目の色が急に変わった!
「なんだ、お持ちでしたら早く言ってくれれば良かったのに! ささ、どうぞご覧ください。 素晴らしい品物が揃っておりますよ」
店主の案内で、勇者は店の奥に消えていった……。
「お待たせ~! って、あれ!? どこに行ったのかしら?」
着替え終えた謎の少女が更衣室から出てくると、店内に人の気配が無い。
しかし奥の暖簾の先から人の声がするので、謎の少女は恐る恐る入っていく。
暗い通路を進んでいくと、正面に明かりが点いた部屋を見つけた。
「どうぞ、こちらが当店自慢の課金アイテム【アバター】でございます!」
そう言いながら店主は、1冊のカタログを勇者に手渡す。
「【アバター】とは、防具の性能を損なう事無く外見を変えることが出来る課金アイテムです。 あなたのお好みの姿に変更が出来ますので、長い旅の間ずっと同じ姿で飽きた際や他の方に自慢したい時などに重宝しますよ」
カタログを開いてみると、確かに様々な衣装が揃っていた。
タキシードやスーツに武闘着など種類も豊富。
オマケに水着まである、念の入れようだ。
「大切なお金ですので、試着も出来ますが試しに着てみますか?」
「えっ本当?」
「はい、試着させる相手を目で認識すれば大丈夫です」
全身鏡の前で勇者が自身を対象に選ぼうとした瞬間、謎の少女が部屋に入ってきた。
「ちょっと、こんなところで何をしているの?」
「えっ? あっ、しまった!」
「ちょ、ちょっと。 なによこれ!?」
うっかり勇者は、謎の少女を対象に選んでしまう。
すると謎の少女の足元にターンテーブルが現れ、少女もマネキンのようなポーズを取り始めた!
「おかしいわ、身体がちっとも動かない……。 ちょっと勇者、早く何とかしなさいよ!」
「ご、ごめん! 少しだけ待って」
どうやって解除出来るか、混乱する勇者。
ここで男性用だったカタログが、いつの間にか女性用に変わっている事に気が付いた。
カタログにはセーラー服や巫女服など様々な服が並んでいる、もしも自分の選んだ姿で彼女と一緒に旅が出来るとしたら……。
ゴクリッ!
勇者が唾を飲む音を、謎の少女は確かに聞こえた気がした。
「ね、ねえ。 あなた、もしかして何か変な事を考えていない?」
自分を見る目つきが怪しくなってきたので、思わず謎の少女が問い詰める。
そして勇者から返ってきた答えは、謎の少女にとって悪夢に等しいものだった!
「君に似合うアバターを買ってあげたいから、少しの間色々と試着を試させて」