第4話 天国と地獄
城から出てきた勇者が振り返って思った事、それは……。
(ちっちゃ!)
王が住む城にも関わらず、学校の体育館位の大きさしかないのだ。
ほとんど町役場である。
勇者は懐に手を伸ばすと、褒美の100ゴールドが入った袋を握り締めた。
武器は買わずに済んだが、次の町に向かう前に薬草などを調達しておきたい。
町に1件しかない道具屋へ向かうと、そこで信じられない事を聞かされる。
「やくそうは20ゴールド、どくけしは50ゴールドだよ」
「なんだ、そのボッタクリ価格は!? あと、他には何を売っている?」
「この町では、この2つしか売れない。 それがお約束だ」
たしかに武器屋や防具屋でも、2種類ずつしか置いてなかった。
しかしそれでも、宿屋の値段と比べるとボッタクリ感が半端なかった。
「泊まりか? 1泊10ゴールドだぞ」
1泊2食付きで10ゴールド、道ばたに生えていそうな草1本に数日泊まれるだけのお金を支払う気にはなれない。
買うのをあきらめた勇者は、町中をぶらぶらと歩いて時間を潰す事にした。
「さて宿屋の晩飯の時間まで、何をしたものか……」
表の賑やかな通りから外れて、裏通りを1人で歩いていると
「ねえ、そこのカッコイイお兄さん。 良かったら一緒に飲まない?」
見るからに怪しい飲み屋のネエチャンに、唐突に声を掛けられた。
「生憎だけど、手持ちは多くないんだ。 他の人を当たってくれないか?」
「残念だなぁ。 お兄さん、ワタシの好みだから100ゴールドぽっきりで朝までサービスしてあげるのに」
まるで懐の全財産を見透かしたような金額設定、しかしそれ以上にサービスの内容が気になる。
「ちなみに、どんなサービスをしてくれるんだ?」
「やだぁ! こんな昼間から女のワタシに言わせるつもり?」
勇者の肩を叩くネエチャン、すると耳元で小さく囁いた。
『お兄さんが満足するまで、何度もパフパフしてあげる♪』
(パフパフ、パフパフだって~!?)
パフパフ……それは漢の浪漫といっても過言では無い。
年齢=彼女居ない暦の勇者にとって、それは甘美な天使の誘惑に聞こえる。
次の瞬間には懐から100ゴールドの入った袋を取り出して、ネエチャンに差し出していた!
「これで、何卒よろしくお願いします!」
「うふふ、一生忘れられない思い出にしてあげる♪」
裏通りの人目に付かない場所に、ネエチャンのお店は在った。
店の中に入ると、怪しいマスターがジロリと睨み付けてくる。
「……いらっしゃい」
店の奥のテーブルに案内されて座る、店内は紫色の灯りが点され何やら甘い香りも漂っていた。
「まずは今日の出会いを祝して、乾杯しましょ」
ネエチャンから手渡しでお酒を受け取り舞い上がった勇者は、受け取ると同時に一気に飲み干してしまう。
それを見たネエチャンは驚くような眼差しで、パチパチと拍手を贈る。
「良い飲みっぷりね、もしかしてお酒に強い方?」
「い、いえ、そんな事はありません!」
「謙遜しちゃって! でも、もう1度だけさっきの男らしさを見せて欲しいなぁ……」
手に指を絡ませてくるネエチャン、勇者はその後も4杯ほどお酒を一気飲みさせされるのだった。
「そろそろ、良い頃合ね。 それじゃあ、お待ちかねのサービスのお時間よ」
そう言いながら、ネエチャンは勇者の肘を自分の胸に押し当てる。
正常な判断能力を失っている勇者は言われるまま、ネエチャンと一緒にお店の2階へ上がった。
「じっくりと見られると恥ずかしいから、明かりを消させてもらうわね」
真っ暗な部屋の中、衣擦れの音が聞こえる。
必死に目を凝らそうとしていると、急に軟らかいもので口を塞がれた。
何かチクチクする感触がしたが、酔っている所為か頭が回らない。
「坊や、天国の時間を思う存分味わいなさい」
何か大きくて温かいマシュマロに顔を挟まれながら、勇者は天にも昇る心地で意識を手放すのだった……。
チュンチュン、チュン……。
鳥の鳴き声で勇者が目を覚ますと、ネエチャンが腕の中で静かに寝息を立てている。
起こさないように窓のカーテンを開けてから彼女の顔をよく見ると、所々に小さな細かいヒビが有る事に気付いた。
(何だろう、これ?)
勇者が軽く指で突くと、ピシピシピシと顔中にヒビが行き渡りパラパラと顔を覆っていた化粧が落ちる。
彼女の素顔を見た瞬間、勇者は全身が凍りつくような衝撃を覚えた。
何故ならば彼女の正体は、ヒゲを生やしたおっさんだったからである!
「うわ、うわああああああ!!」
驚きのあまりベッドから落ちる勇者、その音で寝ていたネエチャン(おっさん)も目を覚ました。
「どうしたの? 大声なんかあげて」
そして部屋の鏡に映った自分の素顔に気付いたネエチャンの声が、急に低いドスの効いたものへと変わる。
「……坊や、私の顔を見たわね?」
「ご、ごめんなさ~い!」
「待てや、ゴルァ!」
パンツ一丁で店を飛び出す勇者と、それを追いかけるネグリジェ姿のおっさん。
それを遠くから見物していた町の住人達は、何事も無かったかのようにこう話すのだった。
『町の怪しい酒場で天国と地獄の両方を味わう、これも1つのお約束ですな』