天才は炎の中に
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「警部!」
「見つかったか」
「いえ、どこにも見当たりませんでした」
「そうか……」
俺は、ただの中年刑事だ。今日の現場は、この倉田邸。昨晩謎の火事を起こしたとの通報だったが、消防や鑑識の調べによると、どうやら事故ではないらしい。
「他はどうなっている?」
「は、はい。倉田夫妻及び倉田邸で働いていた使用人の遺体は全員分発見されました。残るは……」
「倉田夫妻の一人娘、倉田麻子ただ一人か……」
あるはずの少女の遺体が、未だに見つかっていない。まだ一桁の年齢だ。親のそばにいると踏んでいたのだが……。
「どこに眠っているんでしょうか……」
「……わからん」
◆
それから一ヶ月後。捜査が暗礁に乗り上げていた俺のもとにある知らせが舞い込んできた。
「警部! 署の受付に、こんなメモが届きました!」
「メモ? 見せてみろ。…………おい。今すぐこのメモを持ってきた人物を引き留めてこい!」
◆
署の奥にある個室の扉を開けると、引き留めてきた人物が足を組んでソファに腰かけていた。
「……倉田麻子ちゃん、だね?」
「……ああ。……お前が、ウチの事件の責任者か」
「事件」と表現しているということは、やはりあれはただの火事ではなかったということか。
「その通りだ。……このメモを読ませてもらった。『私は生きている。別に探さんでもいい。倉田麻子』。……これはいったいどういう意味なのか、教えてくれないか?」
「見ての通り、そのまんまの意味だ。ただの生存報告。それ以上の意味はない。私がそう言わないと、お前らは存在しないモノを探し続けるだろうが」
……とてもお嬢様とは思えない態度だ。本当にあの官僚家系の子なのだろうか。それとも、やさぐれてしまったのだろうか。
「……とにかくそれだけだ。あとは自分で勝手に生きていく。じゃあな」
「待ちなさい」
「あん?」
「君はこれからどうするつもりだ。両親も家も失って、どこへ行くというんだ。……君はまだ小さい。今から児童養護施設に連絡するから、そこで過ごすといい」
「はっ。嘘だろ。親を殺した奴らのところになんて行けるワケねぇだろうが」
「………………? どういうことだ? 君は、なにか知っているのか? ……ならば教えてくれ。あの日、君達家族に何が起こったのか」
「…………」
「駄目、なのか……」
「……わかった。一度しか言わねぇから…………耳の穴かっぽじってよく聞いとけよ」
◆
「…………そうか、そんなことが。だから、壁に……」
「まあそんなところだ。……今度こそ行かせてもらうぞ」
「……最後に一つだけ、聞かせてくれ」
「……なんだよ」
「……これから君は、復讐に向かうのか? もしそうなら……俺は刑事として、君を止めなければならない」
「お前に止めることはできねぇよ」
「……何故そう言い切れる?」
「………………復讐ならとっくにしたさ。とびっきり効くヤツをな。……安心しろ。殺し返しちゃいねぇよ。死ぬことより苦しいモンを置いてったけどな」
彼女が向けた、俺を貫かんばかりの視線は、およそこの年齢の少女に持たせてはいけないようなものだった。
◆
「……おいしっかりしろ。起きねぇと置いてくぞ」
その声と焦げ臭い臭いで、俺は目を覚ました。
……そうか、娘夫婦と孫と四人で買い物に来ていたんだった。
「……デパート火災、か」
「独り言はあとだ! さっさと逃げんぞ」
「ゆ、雪は……孫は……」
「孫だぁ? ……ああ、さっきのガキ共か。とっくに逃がした。次はお前だ」
なんだろう。この声、この喋り方。どこか聞き覚えがある…………。
「おいダイ! さっさと立て! このジジイを担ぐぞ!」
うつ伏せの俺を起こそうとする女性の視線の先には、泣き崩れている男性がいた。
「うっ、うぅっ……。どうしてだよ……。俺は、二度と家族を失いたくないのに…………」
「泣いてる暇があんなら動け! 死ぬぞ!」
「あ、アサコぉ……」
……アサコ。そうか。
「……そうか、君だったのか」
「あん? よく聞こえねぇよ。ったく……」
燃え盛る炎の中で、俺は違う性質の炎を見つけた。彼女の、瞳の中に。
そして、呟いていた。
「そうやすやすと、大切な奴らばっかり失ってたまるかよ」