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32――怖くねぇさ

エブリスタさんにも投稿しています。

 わたしは自分のうちが苦手だ。

 漆喰の塀に見越しの松。

 廊下をあるけば、縁側から野鳥のさえずり。

 障子をあければ、苔むした石灯籠(いしどうろう)。かこんと音を立てるししおどし。

 自然を意識した伝統ある日本家屋。それが私の生まれ育ったうち。江戸から令和の現代まで続いている、すこしばかり広いお屋敷である。

 わたしは物心ついたときから、自分のうちが苦手だ。いるから。


 夜間、家屋がミシミシと音を立てる。時にはパキッと、割れるような音も。

 母曰く、家鳴り。

 湿気で木材が伸縮して、ひとりでに音が出るらしい。

 わたしは母の説明を、嘘だと思っている。


 庭に、火の玉が浮かぶことがある。数えきれないほど、浮いていることも。

 父曰く、蛍。

 庭にきれいな池があるから、源氏蛍が来るらしい。

 わたしは父の説明を、嘘だと思っている。

 わたしが見た火の玉は、青かったのだ。青い光の蛍なんていないだろう。

 

 うちにはいる。得体の知れないものがいる。

 生来の臆病者であるわたしは、もう十二になるというのに、毎日が怖くてしかたない。

 昼間は楽しく過ごしているが、夜間は怖くてしかたない。

 そんなわたしを、ばあさまが笑う。おまえはほんとうに怖がりだねと。


 ばあさまはわたしが眠れないでいると、寝かしつけに来てくださる。

 掛け布団の上から、わたしのおなかをぽんぽんと、優しく叩いてくださる。今夜も庭の音が怖くてふるえていたら、来てくださった。

 着物の上前を引きあげて座り、布団の上から、わたしのおなかを、ぽん、ぽん。

「みんなが言っているだろう? 家が鳴るのは家鳴り。火の玉は蛍」

 ぽん、ぽん。

「ばあさま、わたし、青い火の玉を見たことがあります。あれも蛍ですか?」

「青い火の玉。それは目の錯覚だ」

「……今、お庭が五月蝿いのは?」

 がささ、がささ。

「たいてい、(いたち)か狸めのしわざだ。なにも怖くねえさ」

 がささささ。

「ばあさま、それでもわたしは、お庭の音が怖い!」

 がささささ。ぎぇっ。ぎぇっ。

「そうかい? ……まあ鼬や狸に、鯉でも盗まれたら、たまらないね」

 ぽん。ばあさまは着物の上前を押さえて、立ちあがった。

「追っぱらってくるよ」

 ばあさまが障子をあけて出てゆく。

 わたしは敷き布団と掛け布団の隙間から、ばあさまの着物の裾のあたりを見た。

 ああ、やっぱり。やっぱり怖い。


 ばあさまが庭に出てくださったので、すぐに耳障りな音は止んだ。

「ほぅら、これでひと安心だ。もうおやすみ」

 障子をすこしだけあけて、ばあさまが囁く。

 わたしは掛け布団を頭までかぶり、寝たふりをした。

「……また明日」

 ばあさまが障子を閉めた。


 ばあさまは、わたしのひいひいばあさま。

 優しくて物知りで、着物が似合うばあさま。髪は真っ白、腰は真っすぐ。

 たいへん長生きだけれど、まだまだお元気。ほんとうは、わたしのひいひいばあさまではないかもしれない。

 ばあさまがひとりで庭に出て、なにかを追っぱらっているときは、ミシミシと音が鳴る。青い火の玉が飛ぶ。……さきほどは着物の裾から、ふさふさと、白い尻尾がのぞいていらっしゃった。


 生来の臆病者であるわたしは、自分のうちが苦手だ。

 ただ苦手ではあるが、きらいにはなれない。

 ばあさまのような、ふさふさの尻尾がほしいなぁと、思うことすらある。


(終)

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