15――現代(7) 逢瀬の章
■下手でもいい?
調子はずれのラブソングが春の山に響く。
新緑に囲まれて歌う彼の顔は、赤かった。
「な。……俺、歌下手だろ」
「ん。……何回音はずすの? て感じ」
彼が大きな体を丸め、リュックを背負い直す。
「もう歌わん」
「感情はこもってて、良かったよ!」
「なんだそれ。ただの下手でいいよ」
彼はむすっとして、ハイキングコースを歩いた。
倒木に座ってお弁当を広げると、彼が朗らかに笑った。
「なるほど」
いびつなおにぎりを片手に、焦げた卵焼きへと箸を伸ばす。
卵焼きが焦げたのは砂糖を多く入れたせい。
甘い卵焼きが好きだって言ってたから。
「気持ちがこもってると、いいもんだな」
私はミソサザイの歌声に夢中で言葉が聞こえない。そういうふりをした。
■六月のショートカット (お題元Twitter@140onewrite様)
その男は紫陽花に隠れていた。
英国式ガーデンの隅に咲く、紫陽花のそばで、のろのろ飲んでいる。陰気なカタツムリみたい。
視線の先は、笑顔の花嫁。
今朝、美容室で髪を短くした私には。
彼の気持ちが、痛いほどよくわかる。
失恋に結婚式。次の恋への近道かもしれないけれど……カタツムリ好きじゃない。
でも彼はもう泣きそうで、やっぱり放っとけない。
■二枚の紙衣
ルームメイトの彼女は七夕が好きらしい。ここのところ、ひとりで笹飾りを作っている。
折り紙とはさみ、のりなんかも使って、繊細な七夕飾りを。熱心に。
今日は千代紙で着物を作るようだ。
『紙衣』といって、裁縫の上達や衣類の充実を願うものらしい。
彼女は鼻歌まじりで、花柄の千代紙と矢絣の千代紙を、手に取った。
「ねぇ、どっちが好き?」
私は矢絣を指差した。
「帯は何色が合うかな」
矢絣は紫色だったので、私は、青が合うんじゃない、と答えた。
「オッケー。じゃあ私の帯は蝶結び。あなたの帯は立て矢結びにするね!」
そして彼女は、私の分の紙衣も作ってくれた。
花柄と矢絣が、軒下で揺れて重なる。
織姫と彦星が会えるまで、あと一日。




