●●ちゃん
「あ、ユウヤだ」
「ユウヤ君だ」
声と共に、ツバサとマツダが走ってきた。
「コウちゃんの写真見てきた」
マツダが顔をくっつけるように話す。
ユウヤは、母親を見上げた。
(団地のトモダチを教えなさい。そう、マツダは女でツバサは男なのね。フルネームわからないの?……何年生かも? 全く信じられない。家はどう? ……遊びに行ったんだよね?)
と、朝から何度も詰問されている。
お祖母ちゃんのトラックに乗れる楽しい予定が
朝になって突然変わった。
ユウヤはトラックで山道をドライブするのが大好きだった。
いつも優しくて、美味しい料理を作ってくれる、お祖母ちゃんが大好きだった。
その上、コウちゃんが死んだと聞かされた。
これは、相当ショックだった。
コウちゃんは我が儘でバカだから嫌いだったけど、
コウちゃんの家は大好きだったから。
いつもなら一人で向かう団地への道を
黒い服着た母と、
大嫌いな母と
窮屈な制服で歩くのは鬱陶しい。
「確か、隣の1組のマツダさんよね。君も先生、知ってるわ。四年生だ」
母はトモダチ二人の肩を掴む。
「もう一人、一緒に遊んでる子がいるんでしょ? それは誰?」
二人は顔を見合わせ、困ったような顔になる。
「……●●ちゃん、だっけ」
マツダがぼそりと言った。
「もう一度、言いいなさい。先生今の聞き取れなかった」
母の顔は怖い。
マツダは救いを求めるようにユウヤの手を握る。
「分からない。違うかも知れない」
「一緒に遊んでたのに、名前も知らないの?」
母は三人に、怒りだした。
だが、そこでセレモニーが始まったので、
二人の子供は、それぞれの親の元に戻った。
ユウヤはコウちゃんに最後の別れをした。
母は、駄目だと言ったが、逆らった。
マツダとツバサに付いて行った。
花に囲まれた小さな顔は、顔の色が変で
コウちゃんではないように感じた。
コウちゃんでない、他の誰かに見えた。
「●●ちゃん?」
マツダが耳元で囁く。
「●●ちゃんに似てるけど、違うよ。コウちゃんなんだ」
ユウヤは、死んだコウちゃんが誰に似てるのか、気付いていた。
あの子に、●●に、似てる。そう言えばあの子はどこにいる?
コウちゃんの葬式だ。
来てるに違いない。
「●●、見た?」
ツバサに聞いてみる。
ツバサは集会場の外を指差す。
喪服の参列者が数十人立っている、真ん中を。
三人は、もう一人の仲間の側に行く。
そのまま四人、大人達の間をすり抜け、走った。
一番北の棟、その非常階段が遊び場の一つだった。
裏の山が近い。
雑木林が濃い影を落とし、どこからか涼しい風が降りてくる。
「すごーく、ショック。……ツバサのとこは、オジサン怖いし、私の家はゲームないし」
コウちゃんの家で遊べなくなった。
マツダは、遊び場を無くしたことがショックだという。
それはユウヤも同じだった。
コウちゃんの家は居心地が良かった。
ゲームもマンガの本も沢山あった。
お菓子もアイスクリームも、勝手に食べて良かった。
自由な遊び場だった。
「●●、明日から、どこで遊ぼうか?」
ツバサは、皆にでは無く、一人に、聞く。
何かに迷ったり、困ったりしたとき、誰に聞くか、決まっていた。
ユウヤは、爪が長い指が、自分を指差してるのを見た。
「僕の家か。そうなるよね。皆が良かったら、いいよ」
ユウヤは、母は叱るだろうかと、ちょっと思う。
でも、トモダチの事を知りたがっていたから、
丁度いいかもと考え直した。
「ユウヤ、こんな所で何してるの」
母が叫びながら走ってくる。
どういう状況で母と離れたか、どうでもいいから忘れていた。
「あら? どこ行ったの、あの子。もう一人いたでしょ。ここに」
母は非常階段の手すりの端を叩く。
「しゃがんでた子よ。帽子被って」
辺りをウロウロして、誰かを捜している。
「今まで、一緒にいたでしょ、ユウヤ、あの子の名前を教えなさい」
怒りのレベルが高い。
ユウヤは●●、と言おうとした。
でも、母親の顔をみたとたん、
●●を音声化できなくなってしまった。
最初から知らないように、
頭の中を捜しても、当てはまる文字がでてこないのだ。
「分からない」
正直に言う。
「どうして? 名前を親に言うなと、口止めされてるの? 正直に言いなさい」
今度は意味不明なことを責められる。
「センセイ、明日から、みんなでユウヤ君の家に行きまーす」
マツダがユウヤの替わりに答えた。
自分で本人に聞いたらいいと。