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家の中にオニがいます  作者: 仙堂 ルリコ
3/6

三十年前のこと

我が家の玄関は三畳の広さ。いつもすっきりしている。

義母は、玄関は家の顔、と言っている。

三十年前も、余計な靴がゴチャゴチャ並んではいなかっただろう。


子供のモノではない靴は、大きいだけでなく、汚かったという。

「子供達の他に、大人が居ると思いますよね。

私なら、勝手に家に上がり込むなんて非常識だと文句言いますよ。

あ、でも、一緒に家にはいったかどうか、その時点では分からない。

子供達と関係ない侵入者かも」

気味悪がるレベルじゃない。

一番に泥棒を考えるのでは?


「後から、考えれば、サッチャンの言う通りよ。でも、その時は、何だろうって眺めてる間に、まだ頭が働く前に、二階から子供達が降りて来たの」

楽しそうにガヤガヤと

(おじゃましました)

(外いってくる)

(おばちゃん、ばいばい)


さっさと靴を履いて、走って出て行った。

義母はぽつんと玄関に立ったまま。

スーパーで買った食材は重いのに、

保冷バッグを肩から降ろす余裕もなかった。

そして、視線は足下に落ちる。

「大きな靴は、無かったわ」

夫が、隣でため息をつく。


「子供達の誰かが履いて出ていったのね」

私は、ちょっと笑った。

不気味でもなんでもない、

トモダチの一人が、どういう事情か知らないが

大人の靴を履いただけの事。


「その後すぐに、トモダチの一人が死んだ、元気だったのに。死んだ晩に、玄関に『大きな靴』があったらしい。朝には無かったと、リカが、言ってた」

 夫が、思い出したくなかった事のように早口で話す。

 ……トモダチの一人が死んだ。

 ……瀬戸航太と同じ突然死で。

 ……ちょっと怖いかも。


(次は、ユウヤくんかも

私が、『大きな靴』を見たと。シンちゃんは、分かります。航太と……ユウヤくんも一緒に遊んでたと、教えてあげて)

瀬戸リカの言葉を、妙にはっきりと思い出してしまう。


「あ、でも、ただの偶然よ。大人の靴を履いてた子が、また、いた。それだけの事、でしょう?」

そうだ、偶然なんだ。

瀬戸リカは突然子供を亡くし、正常な精神状態ではない。

ただの「靴」を、オカルトちっくにとらえてるだけ。

 夫と義母は今、そのマイナス感情に巻き込まれているのだ。

 私まで、引きずり込まれてはいけない。

 

「そうだよ。誰かが、履いてきたんだ。……多分、アイツだ」


「な、なんだ、分かってるんだ」

緊張が解けて、ちょっと笑った。

でも、夫の目は怯えている。

なぜ?


「僕らは大抵、四人で遊んでた。アイツは、時々……いつの間にか、仲間に加わっていた。俺はリカが連れてきた、団地のヤツと、思ってた。リカ達は、俺のトモダチと思ってた、」

「……なに、それ……」

また怖くなる。

心臓が大きくコクンと音を立てる。

急に寒気がする。

この話は、もう聞きたくないと

心のどこかで思い始めている。

「あんまり喋んないヤツで………リカの、兄ちゃんが死んだ後からは、見てない」

(リカのお兄ちゃんが、死んだ)と言った。


「元気だったのに、朝死んでた、ジュンちゃんも、」

「……ジュンちゃん?」

「二人続けて死んだんだ。リカは兄ちゃんが死んだ夜に、玄関に、アイツの、大きな靴があったと、言ってた」


「……それは、……嘘でしょ」

怖い話に頭がついていかない。

それでも、理性は事実を並べてみる。

三十年前の夏休み。

夫は団地のトモダチと遊んでいた。

瀬戸リカと

その兄、

ジュンちゃん。

それに大きな靴を履いた子。

リカの兄とジュンちゃんが………死んだ。

病死? 事故?


二人が亡くなった後に、大きな靴の子は、消えた。

リカは、兄が亡くなった夜に玄関で大きな靴を見た。


瀬戸航太は、

<オニがいます。

夜になってもかえりません。

きのうは、ふとんの上にのりました。

いきがくるしかった。

きょうもきます>

と葉書に書いた夜に死んだ。

母親は、子供が死んだ夜に(また)『大きな靴』を見た。


「三十年前の不幸と瀬戸航太の死に関連性は無い。両方に大きな靴を履いたトモダチが居ただけ。大きな靴って随分曖昧じゃ無い? 二十四センチ?……もっと大きい二十六センチ位の大人の靴?」

「……大人の靴だったわ」

と、義母。

「うん。中学生よりもっと上の人が履く大きさだった」

夫も慎重に答える。


「あなたとお母様の言う事は一致している。……でも、瀬戸君の母親が言う『大きな靴』が同じモノかどうか分からない。今回見たというのも、あの人が言ってるだけなら、事実だという確証が無いわ」

 話しながら気分が落ち着いてくるのを感じる。

 義母と夫の表情に落ちていた影が薄くなってきた。

「今までの話を聞いてると、昔トモダチに混じってた子が……ヒトではない、悪魔か鬼だったかも、って事よね。続けて死者が出たことと結びつけて……それで、ちょっと怖かったんだ」

 生徒に話しかける口調で、丁寧だが断定的に話してみる。

 よく似た、面長で上品な顔立ちの二人は素直に頷いた。


「その子が誰か、はっきりさせたらいいじゃないの。三十年前の子はわからないかも知れない。でも、ユウヤが今、誰と遊んでるかは、調べられる。その中にサイズに合わない靴を履いてる子が、きっといるわ。その子に会って、瀬戸君が亡くなった日、夜に行ったか聞いてみるのよ。多分、母親の記憶違いだと思うけど。靴を見たのは、もっと早い時間だった。でも、兄が死んだときのことを思い出して、過剰反応して記憶が錯綜したのよ」

 自分の分析に、満足した。

 恐怖の殆どは払い落とす事が出来た。

「明日の葬式にはユウヤを連れて行くわ。トモダチが団地の子なら会えると思う。名前を挙げたトモダチに会えたら、誰と遊んでいたか聞けるわ」

 簡単な事だった。

 葬式で、すべて終わらせよう。

 瀬戸家の不幸は気の毒だが

 我が家には遠い話では無いか。


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