しらせ
「先生のクラスの、瀬戸コウダイ君が昨夜、亡くなったそうです」
午後五時過ぎに、学校の事務員から電話があった。
中田さんの声は、上ずっていた。
「えーっ?ど、どうしてですか」
私の声も裏返っている。ドクドクと自分の心臓の音が聞こえる。
教え子の死は初めてだ。
「突然死と、診断されたそうです。……とても元気で夕食も普通に食べて……」
中田さんは泣いていた。
(私も、泣かなくては)
鼻をすすってみる。電話だから作り泣きはバレない。
私にはまだ悲しみの感情はない。
瀬戸君は私の受け持ちとは分かっている。
三年二組、三十八人のうちの一人だ。
しかし、名前を聞いて直ぐさま顔が浮かんでいるワケではない。
死んだ子は、多分小柄でちょっと癖毛(いや、それは別の子かも)。
顔立ちは……クリアに描けない。から、のっぺらぼう。
「明日の七時からお通夜で、明後日の十一時から、お葬式です」
それには、もちろん行かなければいけないのだ。
夏休みの予定が大幅に狂うと、気付く。
「お葬式の連絡は、先生からお願いできますか? PTAのですね、副会長に電話して頂いたら、一斉お知らせメールを発信してくれますから」
「あ、はい。もちろん、いたします」
成る程、こういう事態にPTAは機能するのだと、ちょっと有り難く思う。
「葬儀会場は今からメールで送ります。それでよろしいですね? 私、勤務時間過ぎてるので……丁度帰ろうとしたとき、電話あったんです。……宜しくおねがいしますね」
返事を待たずに電話は切れた。そしてメールが届く。
通夜と葬式の場所時間と副会長の電話番号。
「これは……篠山団地の、集会場?」
私は少々安堵する。とても近い。
副会長と、すぐ連絡がついた。
長い会話を覚悟していたが、事務的にあっさり話は済んだ。
「そういう事だから、明後日、頼めます?」
義母に、息子の英語塾の送迎を頼んだ。
息子のユウヤは三年生だ。
私が担任している生徒と同じ年。
大学まである私立に行かせている。
自宅近くの学校に勤めるのに、子供が公立でない方がいい。
「やった、トラックだ」
ユウヤは喜んでいる。
義母は乗り慣れた軽トラックしか運転できない。
ガタガタして乗り心地が悪いのが、息子には面白いらしい。
「久しぶりの、お休みだったのに、気を休めやしないのね。本当に大変な仕事。サッチャンは立派だわ」
義母は労ってくれる。いつも、優しい。
五年前に義父が急死して、同居してから、ずっと優しい。
義母は、嫁いでから、一度も外で働いた事がない。
「畑仕事しかできないのよ。田舎者だからね」
それが口癖。
嫁が教師というのを誇りに思い、全面的にサポートしてくれる。
まるで、女中のように、かいがいしく世話をしてくれる。
無駄なおしゃべりをしないのも助かる。
プライベートの事は聞いてこない。
一人息子である夫にも、そんな感じで接している。
翌日、黒いスーツで出勤した。
デスクに暑中見舞いが数枚置いてある。
生徒全員に暑中見舞いを書くが、住所は自宅ではなく学校にしている。
「海に行きました」
「大阪のおばあちゃんの家に行きました」
「バーベキューしました」
それぞれ夏休みの途中報告。
楽しげな絵も添えてあったり。
一枚ずつ、きちんと目を通していたが……
「なに、これ?」
汚い、葉書だった。
見ると、鉛筆で書いて消しゴムで消して……
また書いて、消しゴムは黒くなり、こすった紙は黒くなった。
その上に、筆圧の低いカタチが不明確な文字が並んでいる。
「これ、誰の?」
何て書いてあるのかより先に、どの子かが、気になった。
表を見る。
<瀬戸航太>
「せと、こうだい……」
顔がすぐに浮かばない。
いや、確か…… そう、瀬戸君が、
「先生、見ました。あの子から、暑中見舞い来てましたよ、ね」
中田さんが側に立っていた。
顔も身体も丸くてちっちゃい人だ。
いつも明るく声の大きな人が、耳元で囁く。
「不謹慎だけど」
と前置きし、
「それ書いて、すぐ死んだんですよ、ね……先生、怖くないですか?」
聞いたくせに、返事を待たずに、ブルリと震えて
足早に、離れた自分の席に戻った。
この葉書を見るのも恐ろしいという感じ。
中田さんだけではない。
職員室に居る全員が、私の手元、指の間の葉書に
忌まわしいモノを見るような視線を落としている。
どうして?
不快で、……不安な気分にさせられる。
「まだ三年だから、何書いていいか分からない。書いては消して、汚く(なっただけですよ、)」
皆に聞かせるようにキッパリ、言った。
だが、わたしの声は途中で消えていた(裏の文字を、全部読んでしまった)
中田さんのように身体が震える。
こ、わ、い。
「ヒィ」
と妙な声が勝手に口から飛び出す。
<オニがいます。
夜になってもかえりません。
きのうは、ふとんの上にのりました。
いきがくるしかった。
きょうもきます>
消印は昨日。
投函したのはその前日……彼がまだ生きていた時間にちがいない。