赤の女
人間、失格。
もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。
ー太宰治「人間失格」よりー
「まただ。」
目の前を、燃えるような『赤』が過る。
赤い帽子、赤いブラウス、赤いスカートを身につけ、全身真っ赤な彼女は、春先のうららかな陽気に、深紅の雨傘をさして、うつむき、何かブツブツとひとりごちながら、商店街を行き過ぎる。
買い物帰りの私は、わざと焦点をずらし、何事もなかったかのように、彼女の横を通り過ぎる。
頻々と、この商店街で見かける奇異な彼女に、私は憐憫と共に、一種のシンパシーを感じていた。
私は、ひそかに彼女のことを『お友達』と呼んでいた。
日によっては、幾度も見かける『お友達』は、商店街のみならず、私の利用するスーパーの休憩所、パン屋の軒先、果ては、図書館にまで、その赤い姿を現すのだった。
ある日中、市内に出掛けようと京阪電車に乗り込んだ私の目に、強烈な赤が飛び込んできた。
車内の斜向かいに『お友達』が座っている。
お世辞にも清潔とは言いがたい脂じみた長い髪を赤い帽子からゾロリと下ろし、相変わらずブツブツと独り言を言いながら、『お友達』は袋菓子を抱え込むように持ち、食んでいた。
そんな『お友達』の姿を食い入るように見詰めている私と、彼女の目がカチリと合った。
彼女はおもむろに口を開いた。
「今、笑ったね。」
思わず目を伏せた私は、内心冷たい汗をかいていた。
ー彼女は知っていたのだ。ー
彼女と私を重ね合わせている、『私』を。
その実、彼女を嘲笑している、『私』のことを。
私はそのまま顔を上げることができず、うなだれたまま固まっていた。
彼女は何事もなかったかのように、又一人ブツブツと何かをつぶやきながら、袋菓子をほおばっていた。
気まずい沈黙をうちやぶるように、車内アナウンスが響いた。
「祇園四条ー祇園四条です。お忘れ物のないようにお降りください。」
あわてて降車した私の後ろをついて降りた彼女が耳元で素早く
「笑ったね。」
と囁いた。
私は真っ青になり、その場にいつまでも立ち尽くしていた。
お目通しいただけましたら、恐縮に存じます。
作者 石田 幸