第七十九話 相撲取りとスプリンクラー
旅先で、誰でも絶対に遭いたくないのが”火災”だと思います。
私は宿泊先のホテルの部屋に入ると、必ずドアのところにある避難経路図と火災報知器、スプリンクラーの位置を真っ先に確認することにしています。
2000年頃に中国・杭州市で外資系ホテルの総支配人をしていた知人Dさんから聞いた話です。
日本から親善試合のため、ある高校の相撲部の学生さん達が杭州にやってきました。
ただでさえ食べ盛りの男子高校生、しかも運動系の学生さん達なので、食べる量がハンパない!ホテル内のレストランでは、炊いたばかりの白飯がすぐに食い尽くされ、事前に予測してメガ盛りの料理を出したはずなのに、あっと言う間に平らげられてしまい、主厨が、
「総支配人~~。いくら料理を作っても、彼らの食欲に追いつきません!奴らは一体何なのですか!もう規定予算枠を超えました(゜Д゜;)」
と、悲鳴を上げる始末。
仕方がないので、Dさんはポケットマネーで厨師に白飯だけ大量に炊いてもらい、夜の厨房で一人、塩むすびをせっせと握り続けたそうです。(学生さん達の夜食)
頑張って大量のおむすびを作り、高校生さん達に差し入れをした後、くたくたに疲れたDさんはホテル内の自室に戻り、ベッドに入りました。
そして、その晩、Dさんはホテルの夜勤の警備スタッフから、突然たたき起こされました。
「総支配人、お休みのところ申し訳ありません。ある部屋でスプリンクラーが作動したと連絡がありました。日本の高校生が泊まっている部屋のようです。日本語の出来ない我々では意思の疎通が難しいので、総支配人から状況を確認して頂けませんでしょうか。」
「……分かりました。すぐに向かいましょう。万が一の場合は、館内のお客様の避難誘導をお願いします。」
Dさんはマスターキーを持って、警備スタッフと一緒に、問題の部屋に向かいました。
当該フロアには火災が起きているような様子は全くありません。
問題の部屋のチャイムを鳴らして、ノックもしてみたのですが、反応はありませんでした。
Dさんは、『まずいな……。お客様が部屋の中で意識を失っていらっしゃるのか?』と、最悪の事態を予測しながら、マスターキーで部屋の鍵を開けました。
幸い、ドアチェーンはかかっていなかったので、そのまま部屋の中に入れたのですが、そこでDさんが目にしたものは…………。
ベッドの上にパンツ一丁で立ち、震えながら半泣きで、壁に取り付けてあるスプリンクラーの噴出口を両手で押さえている超巨漢の高校生男子でした。(◎_◎;)
急いでスプリンクラーを止めて、泣きべそをかいている高校生から事情を聴いたところ、
洗面所で手洗いしたTシャツを、部屋干ししようと場所を探していたら、ベッド上方の壁から横向きに突き出ているスプリンクラーの噴出口がちょうどよい大きさだったので、ハンガーを掛けてみたら、重みで噴出口のストッパーが壊れてしまい、突然、すごい勢いで水が噴き出してきたそうなのです。
どうしたら水を止められるか分からなかった彼は、とっさに両手で噴出口を塞いだのですが、水の勢いは止まらず、結局、部屋中がびしょびしょになってしまったのでした。
「……事情は分かりました。火災ではなくて安心致しました。故意になさったことではないので、当ホテルとしては、室内の損害については、請求を致しません。すぐに別のお部屋をご用意致しますので、今夜はそちらでお休み頂けますか?」
「ず、ずびばせん……(>_<)」
大きな身体を縮めて、パンツ一丁で震えながらペコペコ謝る超巨漢の高校生。
そのシュールさにDさんは可笑しさを堪えながら、すっかり水浸しになってしまった部屋の惨状をみて、ため息をつくのでした。(´Д`)ハァ…




