第六十八話 もしもし、北京図書館?
中国文化に多少理解のある私でさえ、今でもちょっとムッとしてしまうのは、中国人の電話応対マナーの悪さです。
日本人は、電話をかける時に、まず自分の名前や企業名を名乗りますが、中国人は名乗りません。いきなり、『××さんは?』という感じです。
日本語が話せる中国人でも、日本での就労経験(※アルバイトを除く)がないと、日本の電話応対マナーをまったく知らない人が多いです。
私が中国語で電話する時、つい日本風に、自分の所属企業、部署名、氏名をきちんと名乗ってしまうのですが、これは中国人に言わせると、”丁寧すぎる”、あるいは、"よそよそしい"らしい……。
どうやり教科書通りの電話応対マナーは現代的ではないようです。
今から20年以上前の中国では、まだ携帯電話は普及しておらず、電話をかける時には、固定電話か公衆電話を使うしかありませんでした。
一般家庭にある固定電話からは、市内通話は自由にかけられるのですが、国内長距離及び国際電話は、電話局に申し込んで順番を待ち、オペレーターに順次回線をつないでもらうシステムになっていました。当時、ダイレクトに国内長距離や国際電話がかけられる電話は非常に少なかったと思います。
また、街に公衆電話が少なかったため、普通のプッシュホンが数台並んでいるだけの、民間経営による”長距離電話屋”が大繁盛していました。
民間の長距離電話屋を利用する場合、まずは店員に、どこへ電話するのか告げてから、指定された電話機で電話をかけます。係員の手元にはそれぞれの電話機のタイマーがあり、どの電話機がどこに何分間かけているのかが一目でわかるようになっていました。電話が終わったら、タイマーの表示をもとに、係員に通話料金と手数料を支払うのです。
北京留学時代、私が暮らしていた大学内の招待所(大学関係者宿泊用のビジネスホテル)の部屋には、珍しいことにきちんとダイヤルインの固定電話が引かれていました。
私の部屋の電話が鳴ることはめったになかったのですが、それでも時々おかしな間違い電話がかかってくることがありました。
「もしもし、北京図書館かい?」
「いえ、違います。」
「……えっ?この番号は北京図書館だろ?あなた誰?」
「そちらが電話をかけてきたのだから、あなたが先に名乗るのがマナーじゃないですか?……ともかく、電話をかけ間違えていますよ。ここは中国〇〇大学の第二招待所です。」
「おや?いつから番号が変わったんだ?……ところで、アナタは言葉遣いが北京の人じゃないね。どこの出身?」
他人から指摘されても間違いを認めない(そして謝らない)うえに、電話口に出たのが北京出身者ではないと分かると、ただの好奇心から、まったく見ず知らずの相手とそのままおしゃべりしようとするなんて、中国人ってアンビリバボー( ゜Д゜)
ちなみに、その間違い電話の主は、その後もちょくちょく電話してきて、そのたびに、
「もしもし、北京図書館?」
「……また、あなたですか。だから、この番号は図書館じゃないんですよ。ちゃんと調べて下さいよ。」
「おや、またいつものアンタか。久しぶりだね。元気かい?」
と、お約束のコントみたいなやり取りが繰り返されるのでした。




