第五十三話 ポケベルが鳴らなくて
1990年代後半になるまで、中国では携帯電話が普及していませんでした。
では、普通の中国人がどのような通信手段を使っていたのかというと、固定電話とポケベルです。
日本と中国とでは、ポケベルの利用方法が少し違います。
日本では、発信者がプッシュホン式電話から数字の組み合わせから出来ているメッセージをダイレクト入力していたのに対し、中国では、発信者がポケベル会社のオペレーターに口頭でメッセージを伝え、相手のポケベルに中国語または英語の文章が表示されます。
香港映画の『恋する惑星』でも、金城武さんがポケベル会社のオペレーターに、「我爱你一万年」とメッセージを入れてほしいと頼むシーンがありますよね。あんな感じです。
さて、このポケベル会社のオペレーターさんですが、当然ながら、日本語や英語は出来ません。中国語対応のみです。
そのため、私が上海に駐在していた時には、あまり中国語が上手ではない日本人上司に、ポケベル会社へのメッセージを頼まれることが、時々ありました。
通常は、『折り返し会社に連絡して下さい』などの業務連絡がほとんどなのですが、たまに、『我爱你』(I LOVE YOU)なんてトンデモナイものもありました。
ちなみにそのメッセージを頼んできた上司は妻帯者で、日本に奥様とお子様を残して海外へ単身赴任されている方です。まぁ、現地の恋人へのラブラブメッセージというやつですね。
『日本で待っている家族にバレなきゃいいけど……。それにしても、照れもせずに部下に”我爱你”って伝言させる神経の図太さがビックリだよなぁ…(´Д`)ハァ…恋愛ってコワイ』
と心の中で思いながら、表面上はあくまでも冷静に、私はオペレーターにメッセージを伝えていました。
その後しばらくして、その上司は日本へ帰任となりました。
当時、私が代わりに”我爱你”と伝えた中国人女性は、上海虹橋空港にこっそりやって来て、物陰で泣きながら彼を見送っていたようです。(私の同僚が目撃)
1990年代、外国人駐在員の給与は普通の中国人よりもかなり高かったので、日本人男性は、たとえ既婚者であっても、中国人女性に大変にモテました。(中国人女性が恋人を選ぶ基準の一つが高収入のため)
だから、私の上司のように、上海で第二の青春を送ってしまう人もいました。
現在、中国ではスマホが普及したので、微信(WE-CHAT)や翻訳ソフトを使って、たとえ中国語が出来なくても、簡単に相手とコミュニケーションが取れるようになりました。
しかし、中国人ホワイトカラーのほうが日本人駐在員よりも給与水準が高くなってしまったので、今や中国は日本人男性モテモテ天国ではなくなったようです。念のため。
文章内に『ポケベル』のことを書いてしまいましたが、みなさんポケベルをご存じですよね?
正式名称を"ポケットベル"という、携帯電話が普及する前に使われていた通信システムで、携帯メールの受信機能だけが備わったような一方通行型の端末です。すでに歴史の遺物になっていて、江戸東京博物館に展示もされています(;^ω^)分からない場合は、検索してみて下さいね。




