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胖姐看中国  作者: 胖姐
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第十七話 ここは英国領土

香港は、今では中華人民共和国の一部(高度な自治を有する特別地区)となりましたが、1997年7月までは、イギリスの植民地でした。

私が初めて香港を訪れたのは、まだ香港がイギリス領だった時代です。


当時は入国書類の記入事項が英語のみで、中国語の併記が無かったので、よく内容が分からず、恐る恐る係官を捕まえて、拙い英語で、


「CAN YOU SPEAK CHINESE ?」


と聞いたら、


「OF COURSE!……××××××××××××(広東語のため聞き取れず)」


と、ペラペラと広東語で返答されたので、


「OH!…SORRY, I THINK YOU ARE SPEAKING CANTONESE,

PLEASE SPEAK CHINESE MANDARIN.

I CAN ONLY SPEAK JAPANESE AND CHINESE MANDARIN.」


と、大陸や台湾で使われている普通話(中国における共通語、北京官話)を使って下さいとお願いしたところ、係官はニヤッと笑って、


「FOR OUR HONGKONESE, CHINESE IS CANTONESE.

HONGKONG IS A TERRITORY OF THE U.K.」

(『我々香港人にとって、中国語とは広東語のことですよ。ここ香港は英国領土なのでね。』)


こちらを大陸からやってきた田舎者と思ったらしく、思いっきり頭からバカにした態度で言ってきたのです。私の香港に対する第一印象は、もう最悪です。


この時代、香港の中で普通話が通じることは、まずありませんでした。

香港島の中環にあるマンダリンオリエンタルホテルで、お土産にチョコレートを買おうとして、店員さんに普通話で話しかけたら、手で"シッシッ"と追い払われました……。


九龍半島の尖沙嘴にあるYMCAホテルのコーヒーショップでお茶を飲んでいたら、普通話の分かるマネージャーさんに、


「あなたは大陸からの亡命者なの?……えっ!?、生まれながらの日本人?……何で普通話が話せるの?中国に留学しているなんて、もしかして共産主義者ですか?」


と真顔で聞かれたこともあります。

ちなみに、そのマネージャーさんは、中国で起こった文化大革命から一家で逃れて、マレーシア経由で香港に移住した人で、共産主義者による迫害がどんなに怖かったのかを、しみじみと語ってくれました。


「失礼ながら、あなたのように北京で中国語を学ぼうなんて外国人は、私にとってはクレージーだとしか思えないですよ。時代が変わったんでしょうかねぇ。共産主義が怖くないのですか?」


と言われたことを今でも覚えています。


その後、香港では中国への返還が近づくにつれて、街中で普通話が通じる率が目に見えて増えてきました。

また、中国大陸でお金持ちになった人達を投資移民として受け入れしたりしたので、街中で普通話を耳にする機会も多くなりました。

今では、タクシーに乗って、普通話で行き先を行っても、まったく問題ありません。


2000年頃までは、香港の"Louis Vuitton"や"PRADA"の旗艦店の前には、日本人が列をなしていたものでしたが、ここ2~3年は、中国大陸から来たお金持ちの人ばかりで、日本人の姿を全く見なくなりました。

あれだけ高級ブランド品を買いあさっていた日本人はどこに行ってしまったのでしょうか?

何だかちょっぴり寂しい気もします。







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