第百話 日々是戦場
日本に生まれ育ち、異文化にあまり触れることなく日々を過ごしてきた日本人女性にとっては、中国は、かなりカルチャーショックを感じる場所のようです。
私が上海で勤務していた時、勤め先の先輩社員(日本人男性)が、同郷の日本人女性とお見合いで結婚されました。
奥様はそれまで中国とはまったく無縁の生活を送ってこられた方です。
先輩は新婚の奥様を伴い、上海にやってきました。
そして、豫園近くにある有名な小籠包店『南翔小籠包』に連れていったそうです。
このレストランに行ったことのある方はご存じかと思いますが、1階はテイクアウト窓口と大衆レストラン、2階はテーブル席の中級レストラン、そして3階は個室を備えたコース料理のみの高級レストランとなります。
実は同じ小籠包でも、3階で提供されているものが一番美味しいです。値段が高いせいか、利用客が少なめで店内も静かだし。普通、日本人のお客様をご案内するのは3階になります。
先輩は南翔小籠包店が3つのランクに分かれていることを知らなかったため、奥様を2階のレストランに案内しました。
当時、2階のレストランは、中国に慣れた私でも避けていたくらいのカオスな場所で、私が座っている椅子の背を、見知らぬ中国人客がガッシリとつかんで、『早く座らせろ(# ゜Д゜)』と全力でプレッシャーをかけてくるのは当たり前、公共のマナーなんて、これっぽっちも存在しません。
先輩夫妻は、しばらく満席の店内で立って待っていたそうなのですが、たまたま近くの席が2人分空いたので、座ろうとしました。
……とその瞬間、先輩の奥様は、”ドーン!”とものすごい力でふっ飛ばされて、尻もちをついてしまったのです。
なんと、店内で待っていた中国人客の一人が、先輩の奥様を突き飛ばして、割り込んで席を奪ったのでした。一瞬、何が起こったのか分からず、茫然とする彼女。
ちなみに、先輩自身は、中国人客との座席争奪戦に勝って、ちゃっかりと座っていました。
「ウソでしょ!?!?……( ゜Д゜)今、知らない人に突き飛ばされて、席を盗られた!」
「君がもたもたしているからじゃないか。中国は、日本みたいにみんなが順番を守ってくれる場所じゃないって、僕は前から言っていただろう?」
「だ、だってぇ……。(´;ω;`)」
「子供じゃないんだから、こんなことでいちいちメソメソしないでくれよ。中国人と毎日戦って、勝っている日本人女性達だっているんだ!彼女達なら、こんな席くらい余裕でゲットするよ。」
「……信じられない……( ノД`)シクシク…」
ちなみに、先輩曰く、”中国人と毎日戦って勝っている日本人女性達”とは、私を含む後輩社員達のことを指すそうです。確かに毎日戦ってはいますが、決して勝ってはいないと思うんですがね~。先輩の不用意な発言のせいで、会ったこともない奥様に絶対に嫌われたと思います(;^ω^)
当初、先輩夫妻は上海で新婚生活を送る予定だったのですが、この一件の所為で、奥様が『上海に暮らすなんで絶対ムリ!』と判断されて、しばらく別居婚となってしまいました。(´-ω-`)
そして、それから20年経った、ある夏の日。
香港の山頂駅で、下りのケーブルカーを待っていた私と、同僚のSさん一家と、やはり同僚のMさん夫妻。
その日、ケーブルカーの駅構内は、たくさんの中国人観光客であふれていました。
私達はたまたま乗車待ちの列の一番先頭になり、ケーブルカーのドアが開くのをじっと待ち構えていました。
「胖姐さんとSさん。ドアが開いたら、僕達がガードしていますので、車内に先に乗って下さい。先頭に並んでいても、誰かがガードしていないと、後ろから来た中国人観光客に突き飛ばされて、たぶんこの車両に乗れないから。」
突然、中国駐在経験が長いMさん夫妻が言い出しました。
確かに、後ろに並んでいる中国人観光客達は、駅員に注意されても知らん顔で、隙あれば割り込もうと、私達をギューギュー無遠慮に押してきています。
そして、ケーブルカーのドアが開いて……
Mさん夫妻が必死にガードしていたにも関わらず、同僚のSさんは、後ろから割り込んできた中国人観光客に”ドーン!”とものすごい力で突き飛ばされてしまったのです。
Sさんは身体のあちこちをぶつけながらも、何とか車内に転がり込んで、座席を確保し、ほっと息を吐きながらこう言いました。
「胖姐さんは、毎日この人達と戦って勝っているんだね……。私には無理だわ。」
何だか20年前を彷彿とさせる発言(^_^;)
まさか別々の日本人から同じ趣旨のコメントをもらうとは思いませんでした。
彼らの言う通り、過去の20年間、私は仕事上で中国とずっと戦い続けていますが、一度もまともに勝てた気がしません。よくて引き分け程度?毎日起こる信じられないトラブルを笑ってやり過ごし、心のネタ帳に書き留められるようになるまでは、ずいぶん時間がかかりました。
きっと、これからも、定年退職の日まで、私は中国と戦い続けていくのでしょう。心のネタ帳はますます厚くなるばかりです。(^▽^;)