明治26年の開校
A1 テロップ
T「明治26年(1893)1月、ハワイに王政打倒の革命が起きる」
A2 ハワイ沖合(空撮)
客船「オーシャン・パシフイック号」が航行している。
A3 客船・船室
壁に張られたハワイ・オアフ島の地図。
カメラ、左にパンすると、有馬えりな、プリシラ・グラントの姿が写る。
どちらも洋服である。
えりな「(英語で)ハワイで革命が起きたそうで、この船はホノルルへは入れないそうです」
プリシラ「(英語で)アメリカ海軍の意向でしょう。海軍はハワイを基地にしたがっていましたから」
外から声が入ってくる。
外からの声「(英語で)日本の軍艦が来たぞ」
えりな、プリシラ立ち上がる。
A4同・デッキ
最初に、えりなひとりが走る姿を写す。
続いて、走るプリシラ。
大勢の船客が詰めかけている一角へ、えりな、プリシラが入っていく。
最前列の手すりのところまで来る、えりな、プリシラ、驚く。
そこから見える、巡洋艦「浪速」を捉えた映像。
A5 洋上
進む巡洋艦「浪速」の威容。
不気味だが壮大な音楽入って。
波をかき分け進んでいく。
ちょっと長めに写して。
「浪速」の側砲が一斉に火を噴く。
凄まじい射撃がしばらく続く。
A6 客船・デッキ
えりな、プリシラの頭上にも砲撃音が響く。
プリシラ「War!!」
えりな「(英語で)いいえ、あれは威嚇射撃です」
そこへ船員があわてて駆けてくる。
船員「(英語で)日本の軍艦から招待状が来ております。艦内において、軍楽隊の演奏によるダンスパーティーを開催するので、ぜひご来艦いただきたいと」
えりな「(英語で)行きましょう。日本の軍艦が何をしに、ここまで来ているのかを知るためにも」
「巡洋艦浪速のテーマ」とでもいうべき曲終わる。
A7 巡洋艦「浪速」甲板
艦長・東郷平八郎大佐とえりなたち数名の船客少女が対峙している。
東郷「(スーパー)艦長の東郷でごわす。ようきやりもした」
えりな「(スカートの裾を引いて一礼した後、姿勢を直して)日本の軍艦が、ハワイを征服に来たと、船客が口々に申しておりますが」
東郷「それが事実であるとすれば、いかがしもんそ?」
えりな「日本が国威を海外へ向かって発揚する良き機会であるかと(本心ではない)」
東郷「(豪快に笑う)おいどんたちは、あくまでも居留民保護できたでごわんど。そのような野心は毛頭ございもはん」
えりな「(何もいわず微笑でこたえる)」
東郷「では、早速、おいたちの軍楽隊の演奏を聴いていただきましょうか」
軍楽隊、ローサスの「Over the wave」を奏で始める。
A8テロップ
T「その頃、日本では」
A9目黒村・学館舎の敷地内(夜)
スーパー「東京府・目黒村」
篝火が炊かれた中、白たすきの男たちが、棒などを持ち、まるで一揆のような物々しい雰囲気。
学館舎の建物の前に、床几に座った藤宮れいかがいる。
その傍らに、山田夏輝。
夏輝「伝達!伝達!」
その声に、ざわめいた雰囲気が一斉に収まり、男たちはれいか・夏輝の前に整列する。
夏輝「これより抗議行動をする上での規律を申し上げます。ひとつ、抗議相手は殺さないこと、
ひとつ、実行委員会からの許しがない限り、放火はしないこと、ひとつ、抗議先の邸宅からは金品を一切奪わないこと、ひとつ、抗議先のお酒は一滴たりとも飲まないこと、以上を破ったものは殺します」
れいか「(立ち上がり)明治20年以来、私たち目黒村及び三田村の村民は、三田用水の使用権を巡って、海軍火薬製造所及び日本ビール会社と戦って参りましたが、本年4月に海軍火薬製造所の滝の川村への移転が決まった今、残るは日本ビール会社のみであります。私ども村民の共有財産である三田用水の豊かな水を詐取する日本ビール会社を懲らしめるためにも、本日の抗議行動を貫徹致しましょう」
男たち、「おー」と鬨の声。
夏輝「それでは、出発致します。まず、第一大隊、前へ」
夏輝、松明を受け取って、男たちの先頭に立ち、歩き始める。
学館舎の敷地内から出ていく隊列とおびただしい松明をバックに。
N「地球の全てが帝国主義の嵐に包まれていたこの年、ひとつの女子校が開校することになる。その校名は、目黒川女学館」
壮大なテーマ曲入って。
1目黒川沿いの道(夜)
対岸から、向こう岸を目黒川沿いに連なる松明の灯りを捉える。
メインタイトル「目黒川女学館物語 明治・開校篇」
以下、夜の目黒川沿いを進軍する抗議部隊、途中、松明に照らされる、まだつぼみの桜の樹などを写しながら、主要なスタッフ・キャストのクレジット重なる。
2三田用水の古地図
テーマ曲終わって。
N「三田用水は、四代将軍家綱の治世であった寛文四年に玉川上水の支流として開通、当初は飲用水であった用途が、江戸の中期・享保年間より農業用水として供されるようになり、明治期に至っている」
3海軍火薬製造所の塀(夜)
N「その間、目黒村に建設された海軍火薬製造所と激しい水争いを演じ、闘争は東京府及び市への行政に持ち込まれた。結果、同製造所は滝野川村への移転が決定」
4日本麦酒会社のイラストなど
N「残る係争相手は、日本ビール会社のみとなり、この日の大規模な抗議行動に至ったのである」
5学館舎・講舎内(夜)
助教(教師)の星野みやびが捕らわれている、といっても縛られたりせず、端座しているのみ。服装は、白の上衣に、黒の袴(心学塾助教の正装であり、以後、本編中はこれで通す)
その前にれいかがいる。
れいか「先生、申し訳ないけど、講舎を本陣とさせていただくわ」
みやび「こんなことをしてどうするの?ビール会社との水争いは、東京府に調停の申し立てをしているはず。今更、暴力沙汰を犯してどうなるというの?」
れいか「十年前の秩父、三年前の佐渡、と民権側は敗北を専制政府の前に続けてきたわ。ここで一泡吹かせないと、民衆は泣かされたままよ」
みやび「だからといって、今は議会もあれば、憲法もある」
れいか「三年前の佐渡のときも、すでに議会はあった。でも、専制政府は、私たちのいうことを聞かなかった。民党が強くても、すぐに勅令で停会を命じるようでは、議会があっても意味はないでしょう。それに」
みやび「(不安げにれいかを見る)」
れいか「佐渡では負けていなかった。暴れるだけ暴れて、自主的に解散した・・・・・それだけよ」
6西郷邸・応接間(夜)
西郷従道と山本権兵衛がいる。
スーパー「海軍大臣 西郷従道」
スーパー「海軍省主事 山本権兵衛」
西郷「村民が盛大にやっておるようでごわんな」
山本「感心していただいては困りもんそ。目黒村の村民には、海軍省も水争いでやられもした。おかげで今年は火薬庫を移転する運びとなりもした」
西郷「そいは、目下、海軍が開発中の下瀬火薬の秘密製造のためもありもはんか?」
山本「そいもありもすが、やはり民衆の力でごわんど」
西郷「明治の民衆もふとかなりもした。こいで泉下の兄・南洲(西郷隆盛のこと)も真の国民国家が出来上がったと喜んでおりもんそ」
7西野利兵衛邸(夜)
大きな門構えの家。
その前に大勢の民衆。
指揮を執っている山田夏輝。
N「三田用水は、目黒村・三田村村民の代表から構成される三田水利組合が管理していた。その組合員にビール会社と結託して不正を働く者がいるという情報があった」
掛屋で門を押し破り、突入する民衆。
戸障子を蹴破って、中へ押し入る。
二階に上がった男たち、屋内のものを手当たりしだいに外へ投げる。
落ちてきた物を踏み割る男たち。
N「西野利兵衛は、その中の有力な一人であった」
屋内から出てきた夏輝、手に巻物を持っている。
N「それは、目録であった。ビール会社から西野に供与されていたものは、小切手・貴金属ともいわれ、その一覧であったという」
夏輝の背後で、暴れ、壊す、民衆。
N「この日、数軒が襲撃・破壊されたという」
8椿山荘・森の中(夜)
軍人が走る。
9同・寝所前(夜)
軍人「(走ってきて)目黒村で百姓数百人が打ちこわしであります」
戸が開き、山県有朋が現れる。
スーパー「枢密院議長・山県有朋」
山県「東京府下で暴動とは何事か!速やかに鎮めよ」
10皇居・実景(夜)
11同常盤殿(夜)
明治天皇の前に、松濤宮・東信寺の若き皇族・公家がいる。
明治天皇「目黒とやらで民が騒ぎを起こしておるようだな」
松濤宮「ご宸襟を悩まし申し訳ありません」
明治天皇「これも議会というものができたためであるのかのう」
東信寺「おそれながら明治新代の人智が進んだ結果であると」
明治天皇「民が自我に目覚めることを朕は喜ばしく思う。だが、民党がこれを扇動することは良しとはしない。憲法ができたとき、朕は、伊藤(博文)・山県らに、民党が、憲法の規定により、内閣を組織したるときも、陸海軍はとくに朕が手許に置くと明言しておいた」
松濤宮「賢明なご判断です」
明治天皇「此度も山県は陸軍に出動を命じるであろうが、民と兵の双方にケガがあることを朕は好まぬ。宮、東信寺」
松濤宮、東信寺、姿勢を正し、低頭。
明治天皇「岩倉(具視)が将来を嘱望していた卿らにとくに命ずる。目黒村の騒動を収めよ」
12目黒村への道(夜)
松濤宮、東信寺の騎馬が疾走
13学館舎・敷地内(夜)
篝火。
民衆が握り飯を手に手にしている。
それを配っている木村咲苗。
咲苗、立ち止まり、一点に目を向ける。
ひらひらと揺れる「自由自治元年」の旗。
それを見て、咲苗、顔を曇らせる。
れいか「(来て)思い出す?十年前を?」
咲苗「いいえ」
れいか「あのとき、私は、まだ制服向上委員会に入っていなかったけど、すごい騒ぎだったって聞いたわ。三千人が立ち上がったのだから」
咲苗「今夜の打ちこわしもすごいじゃないですか。さすが、れいか様です」
れいか「まだ目的は達していないわ。そろそろ、なっちゃんがやるころね」
14社長室(夜)
社長の有馬恭平と技術主任の橋口文蔵がいる。
N「有馬恭平は、三井物産から派遣されてきた日本ビール会社の社長であり、経営不振であった同社を、ドイツからの最新機械・技術の導入と人事制度の改革により、わずか一年で立て直した功労者であった」
恭平「外が騒がしいようですね」
橋口「わが社にご協力いただいている方々の家が襲撃された模様です」
恭平「事業協力費をお配りしたのが仇になってしまいましたな」
橋口「村の人たちにご理解いただこうと努力して参りましたのに残念です」
15ビール工場・敷地内(夜)
壁から降りてくる夏輝と数人の男たち。
男たち、がんどうで地面を照らす。
そこに、くっきりと現れる土管。
N「それは口径六寸の土管であった。その口径は水利組合との契約である一日8坪の利用水量を上回る20坪の取水をもたらすものであった」
夏輝、土管を確認した後、悠々と工場本棟の前を正門へ向けて歩いていく。
16学館舎・敷地内(夜)
前シーンと直結で。
夏輝が入ってくる。
咲苗「夏輝さん、お帰りなさい」
れいか「なっちゃん、お帰り。どうだった?」
夏輝「(目録を出して)西野の家からはこれを。ビール会社では、噂通り、六寸の土管があったわ」
れいか「これでビール会社を叩けるわ。ご苦労様」
咲苗「さっ、夏輝さん、お茶でも(と誘う)」
そこへ馬のいななきが聞こえてくる。
咲苗、いななきの方を見る。
騎馬で松濤宮、東信寺が突撃してくる。
二騎に追い回される民衆。
N「このとき突撃してきた皇族と公家の姿が、往年の鳥羽・伏見の戦いのときの仁和寺宮嘉彰親王の東寺出陣を思い起こさせたと、現場にいた目黒村民の証言にある」
松濤宮、馬を止めて、下馬し、講舎の中へ入っていく。
一騎のこった東信寺が孤軍奮闘して、民衆を追い回す。
講舎から、松濤宮に連れられたみやびが出てくる。
そのみやび、手に「引き揚げ」と書いた白い紙を持っている。
みやび「みなさん、今夜の抗議行動は終わりです」
れいか「佐渡のときも、小川久蔵という警察に捕らわれていた男が同じようなことをしたわ」
みやび「この宮様は、おそれおおくも天皇陛下直接の叡慮により、ここへいらしたの。これ以上騒げば、朝敵になってしまうわ」
れいか「天皇がこわくて民権が主張できるか」
馬上の東信寺、錦旗を出す。
それにおそれをなす民衆、少しずつあとずさりする。
N「民衆は静かに収まり、引き揚げを開始したという」
錦旗。
松濤宮とみやび。
N「天皇の権威は絶対であった」
れいか、扇子を地面に叩きつけ、夏輝に腕を引かれるように去っていく。
みやび「(松濤宮に一礼し)ありがとうございました」
松濤宮「これで明日いや今日ですか、横浜へカナダから来られる先生を迎えにいけますね」
みやび「おかげさまで」
東信寺「(下馬して)いよ、ご両人は相変わらずお熱いな」
松濤宮、みやび、顔を見合わせる。
17横浜港
翌日の昼―。
明治の横浜らしい埠頭から、沖合の客船オーシャン・パシフィック号が見える。
そこからはしけが、桟橋に横付けされる。
出迎え客の中から、みやびが見ている。
はしけから上がってくる、プリシラとえりな。
みやび「グラント先生」
プリシラ「おお、星野みやびさんですね」
みやび「星野でございます。これは日本語お上手で」
プリシラ「船の中で、えりなに教えてもらいました」
えりな「有馬でございます」
みやび「有馬というと、ビール会社の社長様の」
えりな「父です」
みやび「(昨夜の騒動を思って複雑な気持ちになるが)グラント先生、まずはこの横浜でご一泊を。明日、汽車で目黒停車場までお連れしますので」
18目黒川の風景
そのまた翌日。
画面に三台の人力車が現れる。
みやび、プリシラ、えりながそれぞれ乗っている。
その三台が、ちょっと小高い所に止まる。
プリシラ「Oh!Good!wonderful!」
低い草原の中をゆったりと流れる目黒川。
所々に見える水車。
松の木の間から見える富士山。
西郷山斜面―上の方に白いラティスが見える。
プリシラ「私が生まれ育ったプリンスエドワーズ島にも劣らぬ美しい村です」
みやび「この目黒川の畔に、私たちの学館舎はあります」
えりな「星野先生。私は恵比寿前の自宅へ直行しますので」
と一台、先に走り去っていく。
19学館舎・敷地内(朝)
塾生たちの通学風景。
その中を威風堂々とれいか・夏輝のコンビが歩いていく。
れいか「なっちゃん。本日のスケジュールは?」
夏輝「(手帳を見ながら)8時20分、大地主の娘で最近生意気な幾島友香にヤキを入れます。ひと仕事終えた後で講義開始。午前中ゆっくりと体を休めていただきお昼ご飯になります」
れいか「今日のメニューは?」
夏輝「大月ハナ、鈴木イト、以上二名の弁当を没収!!」
れいか「おいしそうね」
夏輝「昼飯後、二時間ゆっくりと体を休めていただき、3時20分、最近、男関係が激しい栗野サトにヤキを入れ、4時10分、近頃、れいか様に言い寄ってくることが多い知道舎(学館舎と同系列の男子専門の心学塾)の番長と権之助坂の茶店にて会談。向こうは逢い引きのつもりですのでお気をつけられて」
れいか「フン!勘違い男は困るわね」
夏輝「5時15分、目黒尋常小学校のガキ大将女子グループの視察、以上ですわ。お姉さま」
れいか「今日もハードスケジュールですわね、ほほほほほほ」
と高笑いしながら進むと、幾島友香が歩いているのが見えてくる。
れいか「ムっ・・・・あれは、幾島友香ね」
夏輝「(懐中時計を見て)8時20分ちょうどですわ」
れいか「早速、スケジュール消化と行きましょうか」
れいか、幾島友香の前に来て、いきなり平手打ちを食らわす。
幾島「何をなさるんです!」
れいか「あなたのような小作人から搾取した年貢でおしゃれしているような女の子がキライなの」
と容赦なく平手打ちを連弾していく。
その間、夏輝が幾島の袴の紐に手をかける。
天空に翻る袴。
袴とられて、着流し姿で泣く幾島。
N「当時の日本人にとって袴は皮膚の一部であり、ことに女性がそれを奪われることは、下着姿になることに等しいものがあった」
渚の声「待って、れいれい」
れいか、振り向くと川上渚がいる。
渚「袴を返してあげて」
れいか「なっちゃん、スケジュールには太めの子と喧嘩なんて入ってた?」
夏輝「いいえ」
れいか「では追加しておいて。8時23分、川上渚とれいか様は手合わせと」
夏輝「でも、なぎさんとれいか様は無二の親友」
れいか、渚と対峙して間合いを詰めていく。
みやびの声「おやめなさい」
れいか、渚、声の方を見る。
人力車で来る、みやび、プリシラ。
人力車止まって、みやびが降りてくる。
みやび「もう講義の時間よ。早く中に入って」
いわれて、れいか・夏輝、講舎の中へ。
渚、袴を拾ってやり、幾島を誘って中へ。
プリシラ「(人力車から降りてきて)粗暴な子ね」
みやび「民権家なんですよ」
プリシラ「What?」
みやび「革命家。アクティビストのことです」
20学館舎・内部
寺子屋のような内部。
年齢もまちまちの生徒たちが講義を受けている。
それを廊下から見ているみやびとプリシラ。
みやび「元は江戸時代にできた修養塾なんですけど、今は東京市の認可を受けて、尋常小学校の教育もできるようになっています」
プリシラ「女の子しかいないのですか?」
みやび「心学塾は、元々、男女の区別はなかったのですが、女中衆の受講は羽織を着するに及ばず、と女性の受講も大いに奨励したので、自然、女の子の塾生が多くなったのでございます」
プリシラ「日本は封建的と聞いておりましたが、そんな昔から男女平等の精神があったとは」
石田梅岩の肖像画をクローズアップ。
N「石門心学は、八代将軍吉宗と全く同年齢である石田梅岩が、仕事即修行 を基本思想として創立した学問であり、江戸後期、隆盛を誇ったが、明治期に入って低迷。一時期、明治政府の宗教・思想統制政策により大成教傘下となったが、京都の明倫館のように、自治体の後援・認可により普通小学校へ転換する例も多かった」
21目黒川沿いの道
みやびを乗せた人力車が走る。
22宮邸・外観
洋館。
23同・応接間
ソファーに座って、松濤宮とみやびが向き合っている。
みやび「宮様のおかげで、文部省・東京市からの後援も得られそうで、女学校開設もうまく進みそうです」
松濤宮「当面は各種学校扱いとなりますが、東京市も正式な女学校と同等に扱うといっておるので、まあ大丈夫でしょう」
みやび「心学塾が女学校になるなんて信じられませんわ」
松濤宮「東京市内中心部にも桜井女学校など、どちらかというとキリスト教系の女学校ができていますので、それへの対抗策という側面もあるのでしょうが」
みやび「心学はあくまでも人がどう生きていくかという心構えを説いたもの。労働の価値を認め、お金儲けを肯定する、という意味では、プロテスタントに似たものはあるかとは思いますが」
松濤宮「みやびさん。そろそろ私たちのことも考えていただいては」
みやび「そのお話ですが、私のような庶民の娘が宮様の北の方になるなど」
松濤宮「公家など、所詮、ほんの25年ほど前までは、京都の狭い家で、まんま食えないと泣き言いっていた貧乏所帯の連中です。そのようなこと気になさることはありませんよ」
みやび「少し考えさせていただきます」
24目黒川の桜
満開の桜。
様々な桜の風景と行きかう人々をモンタージュで。
印象的で華やかな音楽入ってー。
ここでは音楽のみで、SEやセリフなど一切入れない。
目黒川の桜道を歩く学館舎生徒たち。
れいか・夏輝。
松濤宮・みやびなど。
25学館舎・内部
プリシラが生徒を前に話をしている。
みやびも傍らで聞いている。
生徒が大きな声で笑っている。
みやび「まあ、そのルーシーというお友達が、グラント先生に、ぶどうジュースと間違って、ワインを飲ませて酔っぱらってしまったと」
プリシラ「おかげで私の母はカンカンに怒ってしまい、ルーシーは、グラント家を出入り禁止にされてしまいました」
れいか「(夏輝と隣り合わせで座っていて)では、腹心の友を失ってしまうことになるではありませんか?」
プリシラ「私もそうなると思っていましたが、それから間もなく、私が病気になったとき、ルーシーが機転を利かして助けてくれましたので、さすがの私の母もルーシーを許してくれました」
みやび「それはよろしゅうございました」
れいかも聞いているが、ふと窓の方を見る。
外で咲苗が聞いているのが見える。
みやびも外を見る。
26同・講舎の外
咲苗がいる。
みやびが出てきて。
みやび「咲苗ちゃん。塾に入りたいの?」
咲苗、顔を伏せる。
みやび「もし、そうなら、先生がれいかちゃんに頼んであげるけど」
咲苗、顔を上げようとしない。
27山田屋敷・外観
N「山田夏輝の家は、目黒村に代々続いた素封家であった」
28同・広間
中央に、れいか、その隣に夏輝、二人の前に大勢の村民が座っている。
その中に、川上渚の父である川上孫策がいる。
N「藤宮れいかは、神奈川県中央部の出身であり、家は鵠沼の漁師だといわれている。早くから自由民権思想に感化され、当時、結成されていた少女弁士のグループである制服向上委員会に加入、その強烈な個性とパフォーマンスで瞬く間に民権運動のスターとなった」
29佐渡島・空撮
N「その藤宮れいかを一躍有名にしたのは、明治23年の佐渡占拠事件であった。米騒動で揺れる佐渡へ単身乗り込んだれいかは、もはや事件の域を超えて、地方反乱にまで拡大させて、一時は佐渡島を占拠、明治政府の心胆を寒からしめた」
30山田屋敷・広間
N「以後、れいかは全国を遊説して回り、明治26年のこの時期は、かつて民権家であり、今は文学者となっていた北村透谷の紹介で、ここ山田夏輝の家に住み込み、学館舎に籍を置きつつ、反政府活動に従事していた」
孫策「藤宮さんよ。学館舎がヤソの女学校になるっていうのは本当かい?」
れいか「誰がそのような話を」
孫策「外国から先生が来たって話じゃないかね」
れいか「たしかにグラント先生がカナダよりいらっしゃいましたが、そのことで、キリスト教を学ぶミッション・スクールになるとは聞いておりません」
孫策「しかし、そのグラント先生ってのは、塾に聖書を持ち込んで、時々、ヤソの道のなされるそうではないか」
れいか「(思い当たることがあって動じる)心学は道話を持って、その精神を教えます。その道話には、江戸時代に外国から入ってきたもの、例えばイソップ物語などがあります。それらも元をたどれば聖書の逸話に行き当たります。それを持ってキリスト教式の教育といわれても困ります」
孫策「わしも娘がお世話になっている塾だから文句はいいたくないが、新しくできる女学校がヤソ絡みとなると、村人も黙ってはいないぞ」
村人から「そうだ、そうだ」の声が起こる。
困惑するれいか。
孫策「この問題は、ビール会社の水横取りの一件と合わせて取り組ませてもらうよ。藤宮さんにも異存はないね」
みやびの声「ご懸念なく」
後ろから村人たちに割って入るように、みやびが現れ、進んでいき、れいかの前で止まる。
そして、村人たちの方へ向いて、
みやび「学館舎を母体としてできる新しい女学校は、決してミッション・スクールになることはありません。石門心学は、儒教・仏教・神道のいずれからも強く影響を受けてはおりますが、心学そのものは宗教ではありません。所業即修行 の精神は校訓に盛り込みますが、それ以外の宗教的なものは一切、排除する所存です」
孫策「星野先生。アンタ、市内芝にする北村とかいう文士に弟子入りしとるそうだが、その文士がフレンド会とかいうヤソの信徒だそうじゃないですか。そのフレンド会とやらからも金が出るって話ですぜ」
再び村人から「そりゃ、本当かい?」の声が上がる。
みやび「女学校設立資金に関しては、後日、その会計詳細を公表します(と村人にお茶を出している咲苗を呼ぶ)咲苗ちゃん、ちょっと」
といって、れいかに向かって座る。
咲苗も来て、座る。
みやび「れいかちゃん。咲苗ちゃんを学館舎に入れて」
れいか、咲苗を見る。
みやび「この子は学びたがっているの」
れいか、答えない。
みやび「日本のこどもには、小学校へ通う権利があるわ。もし、使用者であるあなたが許さないのなら、私が目黒村役場に申し立てて指導させるから」
れいか「考えさせていただきます。それよりも早く北村先生の所へ行かれたらいかがです」
孫策が写る。
N「川上孫策は旧幕臣であった。戊辰戦争では榎本武揚の幕府艦隊に身を投じて函館まで転戦、戦後は目黒村に土着し自作農をしていた」
31現在の芝公園
N「日本の文学史上初めて 恋愛 の概念を持ち込み、自然主義・浪漫主義の旗手として、島崎藤村らに大きな影響を与えて、近代日本文学の確立に寄与した北村透谷の自宅は、現在の芝公園に在った」
32北村邸・客間
北村透谷、その妻・美那子、みやびの三人がいる。
透谷「そうですか。キリスト教に反感があるとなると、明治女学校からの教師の派遣は難しくなりますな」
みやび「明治女学校はいろいろな意味で先駆的な学校ですので、ぜひ先生に来ていただきたかったのですが」
透谷「まあ、いいでしょう。教師募集については、この北村も尽力させていただきます。同僚の島崎藤村君もぜひとも協力させていただきたいと申しておりましてな」
みやび「島崎先生が!心強いことでございます」
透谷「彼は私の文学論の最大の理解者ですからね」
みやび「先生の 人生の秘鑰は恋愛にあり に大変強い衝撃を受けられたとか」
美那子「私どもは大恋愛の末に一緒になったものですから」
透谷「(笑う)」
美那子「結婚のときは、私が出た横浜女学校でも評判が大層悪くて」
みやび「まあ、そうでしたの」
透谷「それだけの騒ぎで、コレと一緒になったのですが、夫婦になってみると、最初は天使のように思っていたのが、やがて俗物として迫ってくるのものですから参ったものです」
みやび「いやですわ。そんなことおっしゃって。ねえ、美那子様」
美那子「最近は古女房となった私の悪口ばかりで(笑う)」
三人、笑う。
みやび「ところで、先日お送りいただきました『平和』の先生の投稿文を読ませていただきましたが、世上、噂される清国との戦争には反対であるように思われましたが」
透谷「私の平和主義というものは、私がキリスト教徒であるという一点から来ておりますが、その立場から離れましても、今の政府の対清外交は危ういものを感じます」
みやび「『平和』にも書いておられましたが、暴をもって暴を制することについては疑問に思われると」
透谷「すなわち戦争は戦争を呼ぶということでございます。現実的に考えて、欧州の大局も変化している今日、東洋の一隅で起きる戦争といえども列強諸国が見過ごすでしょうか?あわよく来るべき日清戦争に勝利を収めたとしても、次はロシアが出てくる、あるいはアメリカが出てくる、といことになりはしませんでしょうか」
みやび「(聞いている)」
透谷「個人の間には復讐なり、国民と国民の間には戦争なり、このことを忘れた国家と国民には破局あるのみであります」
美那子「あなた、難しい話はそれまでになさって、例のお話を」
透谷「これは失礼しました」
と机から紙を一枚とってきて、
「先日、お話しいただいた女学校の校名ですが、学館舎の名前はのこしたいとのご希望でしたので」
みやび「石門心学の塾であったことは忘れたくないと考えております」
透谷「まずは、女性が通う学館ということで、下は女学館と致しました。ただ、それでは、先に開学しております虎ノ門の女学館と同じになってしまいますから、地名の目黒川からとって目黒川女学館とさせていただきました。穏やかな流れの目黒川と優しく暖かく咲く畔の桜のような女性になっていただきたいという願いを込めた校名です」
みやび「目黒川女学館!ありがとうございます」
33山田屋敷・一間
れいか、さなに袴を着けてやる。
れいか「よし、これでいいわ。どこから見ても立派な女学生よ」
咲苗「ありがとうございます」
れいか「でも勘違いしないでね。さなは、あくまでも生徒ではなく、給仕なんだから」
咲苗「ハイ!」
れいか「目黒川女学館という正式な校名も決まったことだし、これからは教師も生徒も多くなって、学校回りの仕事が忙しくなるわ。だから、あなたのような給仕が必要になるわけ。希望すれば講義も受けられるようにしておくからお願いね」
34目黒川沿いの道
もはや新緑の季節。
プリシラが登校中の生徒に交じって歩いてくる。
そこへ男たちが石を投げてくる。
プリシラ、石を当てられる。
れいか、走ってきて、プリシラをかばう。
男「藤宮さん、邪魔しないでおくんなさい」
れいか「たとえ外国人といえども、たとえキリスト教を持ち込む人でも、私にとっては恩師です。教え子として理不尽な振る舞いは許しません」
35学館舎・内部
前シーンと直結で。
れいか「キリスト教式の授業の導入は認められません。目黒村村民一同で村役場に嘆願書を出しますので、よろしく」
と言い放って出ていく。
唖然とするみやび、プリシラ。
36目黒村役場・前
大勢の村人が待っている中、嘆願書を提出したれいかが出てくる。
37西郷邸・応接間
西郷従道と有馬恭平がいる。
西郷「学校の問題も加わりもしたか」
恭平「反対派は、女学校開校問題とも絡めて、わが社への攻撃を一層強めようとの魂胆です」
西郷「反対派とおっしゃいましたが、何に反対しておるのでしょうか?」
恭平「(答えられない)」
西郷「(窓から外を見ている)」
38山田屋敷・広間
N「女学校開校問題には、新たに学館舎が引き入れている日量15坪の水使用量の一件が加わってきた」
村民たち、れいかに詰め寄っている。
孫策「女学校に一日15坪は多すぎる。6坪だって多いくらいだ。不要な分は、下流の品川町・大崎村に与えるべきだ」
れいか「まだ女学校は開校していません。どれだけの生徒・教師が集まるかも分かりません。一日の水の使用量もまだ不明ですので」
孫策「藤宮さんは現役の塾生で、女学校にも入る予定だからそういわれるが、もし、女学校に特例を認めれば、ビール会社にもそうせざるをえなくなる。そのあたりの道理は分かるよね」
れいか、たじろぐ。
孫策「もし、塾側にこの件であんたが申し入れできないんだったら、もうあんたを頭には仰がねえぞ」
39学館舎・敷地内
足下の土管。
孫策ら村人数名が、みやびに土管撤去を迫っている図。
傍らで、れいかが困った表情をしている。
村民、みやびに水路破却を求める。
40目黒川沿いの道(夜)
数名の男が走り抜けていく。
41学館舎・前(夜)
男たち、来て、立ち止まり、松明を取り出し、点火する。
42同・宿直室(夜)
みやび、寝ている。
ガシャーンとガラスが割れる音。
みやび、飛び起きる。
43学館舎・炎上(夜)
燃え上がる講舎。
N「それは何者かによる放火であった」
立ち尽くす、みやび。
44同・敷地外(夜)
三田用水の手前、学館舎への引き込み土管が壊されている。
N「同じ夜、学館舎への引き込み水路も破壊された」
45西郷邸・洋館二階(夜)
西郷従道が窓から炎を見ている。
46焼け跡(朝)
座り込み、放心の呈のみやび。
N「全焼であった」
47山田屋敷・前
れいか・夏輝が逮捕・連行されていく。
N「目黒警察署による容疑者逮捕・拘引が早速始まり、水争い関係者が身柄を拘束された」
48西郷邸・庭園
みやび、学館舎の生徒を連れて入ってくる。
49同・洋館一階
テーブルに洋式の料理が並び、その前にみやびと生徒が席に着いている。
西郷従道も着席している。
みやび「このたびは、西郷伯には、お屋敷内での学館舎開講をお認いただき感謝の言葉もありません」
西郷「このたびは災難でしたな。こげな屋敷でもお役に立つなら、よう使ってやったもんせ」
みやび「今、再建も兼ねて、新校舎を建築中です。秋には完成する予定ですので、それまでよろしくお願いいたします」
西郷「さっ、今日は洋食の勉強でごわす。たんと食いやんせ」
生徒一同、ナイフとフォークを手にとる。
50同・庭園
みやびと松濤宮が歩いている。
柵のところまで来ると、三田用水、目黒川、桜並木、松林、芝に広がる風景が一望できる。
みやび「素晴らしい眺めですわ。こんな風光明媚な所で争いが起きているなんて信じられませんわ」
松濤宮「また何かあっては大変なことになる。渋谷の私の邸へ来ていただけませんか?」
みやび「お気持ちは嬉しいのですが、もう少し時間をください」
松濤宮「いつまでですか?」
みやび「目黒川女学館が開校するまでです」
挿入歌入ってー。
51西郷山・中腹
みやび、立っている。
ときどき下腹部を手でさする。
(このとき、みやびは妊娠しているのだが、劇中、セリフなどで直接的な表現は避ける。また、このとき胎内にいるのは、大正篇に登場する二代目星野みやびである)
挿入歌続いていて。
52首相官邸・執務室
挿入歌終わって。
伊藤博文と山県有朋がいる。
伊藤「山県さん。目黒村の水争いはどうにかならんのか?清国との関係が悪化している今日、おひざ元が動揺しておるようでは困る」
山県「そのための策は考えておる」
伊藤「ほう?どんな策じゃ」
山県「目黒村で起きた放火事件の容疑者を一斉に釈放する。そうすれば、奴らは暴発するだろう」
伊藤「かつての民権派のように追い詰めていくわけだな」
山県「左様。この際、手段は選んでおられん」
伊藤「うまくいけば、日清戦争へ突き進むことができる」
山県「秩父の一揆のときも、同じようなことをいっておったな」
伊藤「あのときは、憲法制定へまい進、だったがな」
二人、笑う。
西郷従道の声「策謀はいけもはんな」
伊藤、山県、声の方を見る。
西郷「(現れて)策でひっかけて捕らえるだけが能ではありますまい」
山県「じゃあ、どうしろ、というのだ」
西郷「この信吾(従道の通称)に考えがありもすでな。まずはまかせてもらいもんそ」
53西郷邸・庭園
海軍陸戦隊が入ってくる。
54同・洋館応接間
陸戦隊将校と兵が入ってきて、西郷従道に敬礼。
将校「山本主事の命により、大臣の警護に参りました」
55目黒警察署・前
れいか・夏輝、釈放で出てくる。
民衆に歓呼で迎えられる。
56目黒川神社の社務所
屋内で、れいかと夏輝が語らっている。
夏輝「今回の釈放は、私たちを泳がせるのが目的ですよ」
れいか「それは分かっている。私たちが追い詰められているのも事実。でも、ここで決起しなければならないのも、また事実」
夏輝「お姉さま」
れいか「こうなったら全力で討ち入りよ。村の人たちを集めて頂戴」
57同・境内(夜)
白襷・鉢巻姿の武装村民たちが集まっている。
孫策がいて、そこへ大きな箱が運ばれてくる。
蓋が開けられ、中から数丁の鉄砲が姿を現す。
咲苗「(来て、覗き込んで)これは」
孫策「秩父のときに集めた鉄砲だ。困民党が壊滅した後、ひそかに大阪へ運ばれていたものが、また、ここへ来た。さなちゃんには分かるのか?」
咲苗「この弾薬の匂いは、竜勢で使う火薬のもの」
孫策「さなちゃん、秩父の出か?」
咲苗「(答えない)」
れいか「もうそれ以上はやめて」
孫策、れいかを見る。
れいか「さなちゃんの過去は、私も承知の上なの。だから」
孫策、笑って鉄砲をとる。
れいか「本隊、出発します。目指すは藩閥の首魁・西郷邸!」
鳥居をくぐって出発する武装農民たち。
58西郷邸・洋館応接間(夜)
従道、恭平、えりな。
外からおびただしい松明の灯りが見える。
西郷「有馬さん、例の手筈で」
恭平「西郷伯もお屋敷が大変なことで」
西郷「これも維新以来の運命とあきらめております」
えりな「お父様、伯爵様」
西郷、恭平、えりなを見る。
えりな「私は新しくできる女学校の生徒になります」
恭平「えりな、おまえは」
えりな「今日の一件がお父様たちの思惑通りになるにせよ、ならないにせよ、村の人たちともうまくやっていかなくてはいけないでしょう。それを考えたら、ビール会社の社長の娘の私が目黒村の女学校に入っておくのは悪い話じゃないでしょう。それに」
西郷「(聞いている)」
えりな「それに、この女学校、なんだか面白そうだし」
59目黒川沿いの道(夜)
武装農民の隊列が続く。
先頭に、れいか・夏輝のコンビ。
途中、れいか、夏輝、お互いうなづきあって、それぞれの隊列が分かれていく。
60西郷山・斜面(夜)
れいかとその隊、すでに途中まで登っている。
眼下に、目黒川沿いに進む夏輝の隊が見える。
れいか、頭上を見上げる。
はるか上、柵のところに、海軍陸戦隊が銃を構えて展開している。
れいか、体を伏せながら進み、後ろで鉄砲を構える孫策たちに、
れいか「まだ撃たないで」
と様子をうかがいながら進むと、
海軍陸戦隊、一斉に銃撃を加えてくる。
れいか、伏せる。
孫策、鉄砲を撃つ。
続いて打つ武装農民たち。
撃った弾が柵に当たる。
れいか「待って」
孫策たち銃撃を止める。
れいか「あの兵隊さんは空砲を撃ってるわ」
孫策「どうして分かる」
はるか下の桜の樹を眺めて。
れいか「もし弾が込められていたら、十分、下の桜の樹に届いているはず。ところが、弾が樹に跳ねる音が全くしない」
孫策「なるほど」
れいか「とにかく頂上まで行ってみましょう」
孫策「おおっ」
とまた一同動き出すが。
れいか「待って」
孫策「今度は何だ」
れいか、目を凝らして、はるか頂上を見上げる。
遠くに銀色の物体が見える。
近くから大きく写すと、陸戦隊の傍らにある。
れいか「あれは機雷よ」
陸戦隊、ゆっくりと機雷を動かし、転がす。
斜面を勢いよく転げる機雷。
れいか、孫策たち、一斉に駆け下りる。
迫ってくる機雷。
走るれいかたち。
が、機雷、途中で止まる。
れいかたち、振り返って、おそるおそる機雷へ近づく。
れいか、コンコンと機雷を叩くが、何事も起こらず。
れいかたち、安心して、機雷を後ろに再び上って行く。
機雷、程なくしてまた動き、転がり、落下。
目黒川へ落水する。
れいかたちの背後、はるか下で大爆発するのが見える。
陸戦隊の将校、サーベルを抜き、
将校「突撃!!」
陸戦隊、一斉に駆け下りる。
瞬く間に、武装農民たち、陸戦隊に飲み込まれ、れいか、抵抗するが、すぐに組み伏せられてしまう。
61走る汽車(夜)
62日本鉄道・線路(夜)
N「れいかたちの西郷邸襲撃は陽動であった」
線路わきに伏せていた夏輝たち、汽車が通過したのを見届けて。
立ち上がり、線路を越えて、走る。
63塀沿いの道(夜)
夏輝たちが走る。
64日本ビール会社・正門(夜)
前に来る夏輝たち。
一斉に体当たりで扉を開ける。
65同・敷地内(夜)
真っ暗な敷地内。
夏輝たち、走り込んでくる。
あらゆるアングルで走る夏輝たちを写して。
そこへ強烈な光。
眩しそうに手で顔を覆う夏輝。
でも、次の瞬間、手を離して目を開けると。
紅白の天幕に、宴の席が見える。
その前に立つ夏輝たち。
夏輝「何、これ?何か勘違いしてるんじゃないの?」
恭平「勘違いではありませんよ」
えりな「日本ビール会社はみなさんを歓迎します」
呆気にとられる夏輝たちの前に、陸戦隊に連れられたれいか・孫策たちが到着する。
夏輝「れいか様」
恭平「江戸の昔、打ちこわしの標的にされた商家では、店の前に酒肴を用意し、散々、飲み食いをさせた後、退散させて、打ちこわしを免れたといいます」
孫策「だからといって、こんなこども騙しの策には乗らんぞ」
恭平「勿論です。私どもは提案を用意させていただいております」
れいか「どのような提案です」
恭平「三田水利組合との契約内容に違反して、規定を上回る取水があったことを認めて、その超過分の料金を支払わせていただきます。、これまで30円お支払いしてきたのを、これより25坪分として、130円に改定することを申し入れ致します」
れいかと孫策、顔を見合わせて。
れいか「それだったら、私たちものめる内容です」
恭平「では、その線で話を進めるということで」
えりな「(給仕姿で、ビールのグラスを運んできて)さあ、みなさん、当社のビールを無料で振る舞いますよ。ウインナーもたくさん焼いてますからね」
咲苗「(ウインナーの皿を持ってきて)れいか様、これをどうぞ」
れいか「(ウインナーを一本とって)さなちゃん・・・・(事情が分かって笑う)」
ビール会社の社員と村人たちが、ビール片手に談笑している。
すっかり打ち解けた雰囲気。
えりな、樽からグラスにビールを注ぎ、孫策に飲ませる。
孫策「(飲み干して)うめー」
えりな「私、学館舎の女学校に入る予定なので」
孫策「おお、そうか。でもな、ヤソは認めんぞ。学校にヤソの教えを持ち込んだら許さんぞ」
みやび、れいか、見ていて、顔を曇らせる。
66建設途上の女学館校舎
まだ骨組みだけの校舎。
大工がせわしく働いている。
みやび、れいか、進行具合を打ち合わせながら、敷地の一角で渚ら数名の生徒と話している孫策を見ている。
れいか「建設具合を見せながら、なぎちゃんたちに説得してもらおうと考えていたのですが、難しいようですね」
みやび「孫策さんだけではないわ。村民全体の偏見と疑いを払拭しないと」
67北村邸・牡丹庭
みやび、美那子がいる。
美那子「宮様に頼んで、女学校に ご真影を奉戴するというのは名案ね。さすがに天皇の写真の横にマリア様の像は置けないから」
みやび「ご皇室のご意向を借りれば、村民も納得してくれるでしょう」
美那子「それでうまくいったとして、宮様とはどうするの?」
みやび「あの方の負担にはなりたくありません」
美那子「私も北村とは大恋愛の末結ばれたけど、親の理解は得られなかったわ。だから、あなたの気持ちはよく分かる」
みやび「私は私なりに生きていきます。美那子さんとは違う生き方になるかもしれませんが」
美那子「(笑う)」
68西園寺邸・庭
松濤宮と西園寺公望が歩いている。
スーパー「西園寺公望」
西園寺「庶民の娘では、宮内庁の許可は難しいだろうな」
松濤宮「覚悟しております」
西園寺「私も惚れた女と一緒になりたいから、宮内庁の許可が必要な正妻など必要ないと考えておる」
松濤宮「西園寺公には、かつて、この国でもっとも卑しめられている階層の娘と結婚したいといっておられたと聞いておりますが」
西園寺「庶民の娘にも戸主の許可が必要だという。バカな制度だ。維新で開明的になったと思っておったが、外国から帰朝してきたら、何も変わってはいなかった」
松濤宮「誰かの許可がないと愛し合っている男女が結婚できないのであれば、私も正妻など要りません」
西園寺「その心学塾の教師とかいう娘とは、生涯、添い遂げるつもりか」
松濤宮「(頷く)」
西園寺「ご真影の件、どうなるか分からないが、宮内庁にかけあってみよう」
松濤宮「(深々と一礼)」
69西郷邸・洋館応接間
窓から生徒が遊んでいるのが見える。
みやびとプリシラがテーブル席で対座している。
みやび「もう9月ですわね」
プリシラ「そろそろ開校日を決めないと」
みやび「10月の大安吉日が良いかと」
プリシラ「いいえ、日本の暦はこの際考えてはいけないわ」
みやび「どういうことですか?」
プリシラ「10月13日がよいと思います」
みやび、立って、壁の日めくりカレンダーをめくる。
「10月13日」が出てくる。
みやび「(見て)10月13日」
「10月13日」のカレンダー。
みやびの声「金曜日」
みやび、振り返って。
プリシラ「13日の金曜日は、ゴルゴダの丘にて、イエス・キリストが処刑された日として知られております。その日を開校日にすれば、誰もキリスト教の学校とはいわなくなるでしょう」
みやび「先生(と近よりテーブルの上で手をとる)宣教師の妻であるあなたがよく(すすめてくれました)」
プリシラ「東洋の一隅に棲む少女たちに、文明の光照らし渡されることを主もお望みでしょう」
70目黒川神社・境内
みやび・れいかがいる。
松濤宮が走ってくる。
みやび「どうでしたか?」
松濤宮「ダメでした。ご真影はとりあえずは、公立の学校のということでして」
みやび「そうでしたか(落胆)」
れいか「どうしましょう?」
みやび、ニ、三歩歩いて考える。
背後の松濤宮、れいか、不安そうな顔をしている。
考え込むみやび。
が、ふと振り返る。
神社の御堂が見える。
みやび「そうだわ。この神社に官位をもらえばいいのよ」
松濤宮「神社に官位を」
みやび「学校の隣にある神社に官位を授けていただくの。神社は内務省管轄だからうまくいくでしょう」
れいか「でも、この神社は村の産土神。格式も無いし」
みやび「だから、いいのよ。格式も官位も無いから新規にいただくの。極端な話、いちばん下の官位でいいの。その官位授与式と開校式を同日同時に行えば、キリスト教がどうのなんて反対はなくなるわ」
れいか・松濤宮、頷く。
71西郷邸・洋館一階
正装の袴姿の生徒たち(山田夏輝、有馬えりなもいる)が写る。
スーパー「10月13日」
その前に、みやび、れいか、少し離れて咲苗。
みやび「本日、学館舎を改め、目黒川女学館が開校します。この開校を持って、江戸時代からの心学塾としての歴史に幕を下ろし、明治新代のふさわしい近代的学校に生まれ変わります」
再び生徒たちを写す。
みやび「みなさんは、目黒川女学館の本科一期生です。戦争の危機が近づく中、水争いの影響もあって多難な船出となりましたが、今後、幾多の困難があろうとも、本校の生徒・卒業生を含む日本女性が幸福になるように導くのが、みなさんの役割です。いつでも目黒川のように穏やかで、その畔に咲く桜の花のように暖かく優しい気持ちを忘れないでください」
生徒一同「ハイ!」
みやび「では、新たに本校代用教員となった藤宮れいかより、本日の式進行について説明します」
生徒一同、向きをれいかに変える。
れいか「本日の開校式は、隣接する目黒川神社への官位奉戴式を兼ねています。まず出発前に、開校を寿ぐ 草餅の節会を古式ゆかしく行います。その後、目黒川沿いを目黒村役場へ全員帯銃の上、行進。先に村役場に下げ渡されてある官位を受領の上、それを奉戴して、再び目黒川に沿って、目黒川神社へ官位奉納を行い、その後、来賓・村民を招いての開校記念大運動会を開催、一連の式次第をしめくくります」
咲苗、草餅が並べられたせいろを運び出す。
72同・庭園
赤い緋毛氈が敷かれた上で、草餅を盆にいただいていく生徒たち。
夏輝、えりながいる。
海軍軍楽隊が「美しく青きドナウ」を演奏している。
73目黒川沿いの道
渚が袴姿で走ってくる。
途中、孫策とすれ違う。
孫策「渚、どうした?」
渚「父上、目黒川女学館の開校式へ行くんです」
孫策「ああ、ヤソの学校かい」
渚「何をいってるんです。今日は何日の何曜日なんですか?」
孫策「13日の金曜日だ」
渚「その日はキリスト様が処刑された日ですよ。そんな日にキリスト教の学校が始まるわけないでしょ」
孫策「そりゃ、いけねえ、みんなに知らせないと(と走り出す)」
渚「ちょっと邪魔するつもり?」
孫策「(走りながら振り向かず)違う、祝ってやるのよ、みんなでな」
「美しく青きドナウ」続いていて。
74西郷山・斜面下
「美しく青きドナウ」終わる。
生徒たち、銃を受け渡されていく。
その先頭にいる、みやび、れいか(この二人は銃を持っていない)、夏輝、えりなは銃を持っている。
そこへフウフウいって、渚が駆け込んでくる。
れいかが銃を渚に渡してやる。
銃を構えた生徒たち。
みやび「じゃあ、行くわよ」
れいか「(頷く)」
生徒一同歩き出す。
さわやかなメロディーの管弦曲が入ってー。
カメラ、大きく引いて、西郷山の斜面が頂きまで見えて、その頂の柵の所で、海軍陸戦隊が空砲を撃つ。
その真下を生徒一同が行進する図。
75目黒川沿いの道
みやび、れいかを先頭に、銃を構えた生徒たちが行進する。
76目黒村役場・前
生徒一同が到着して、捧げ筒の姿勢をとっている。
役場から、松濤宮、東信寺が公家装束で官位を書いた紙を持って出てくる。
松濤宮「正一位を目黒川神社に賜りましたぞ」
生徒一同、捧げ筒を解き、一礼。
77目黒川沿いの道
松濤宮、東信寺を先頭に、みやび、れいかが続き、生徒一同が銃を構えて行進。
それを拍手で孫策ら村人が迎える。
78目黒川女学館・校舎前
新築なった校舎の前を生徒一同が行進していく。
79目黒川神社・境内
御堂の前で松濤宮が奉納の祝詞を読む。
その後ろでかしこみて聴くみやび・れいか以下の生徒一同。
80目黒川女学館・校庭
管弦曲、ここで終わる。ここからはエンディング。
リレー、玉入れ・分列行進などの運動会の光景を見せながら、シーン24で使用された曲の別アレンジが穏やかに流れて。スタッフ・キャストのクレジット。
81テロップ
T「明治26年(1893)10月13日 目黒川女学館 開校」