「右往左往の作法」(2)
〝右を見て左見て右を見て左見て
行く宛のない僕を笑わなきゃ損ですよ〟
羊岡さんもメリーホルダーを観に行くらしい、というのはクラスの女子から聞いた。少しだけ茶色に染まった髪を触りながら、その子は相変わらずうつ伏せの羊岡さんを顎で指す。
「そうなんだ」
相槌を打ちながら心臓の鼓動が加速していく。僕はライブに行くことを公言していないし、有岡さん以外の誰にも伝えていない。最近聴いている音楽の話題になって、メリーホルダーの名前を挙げただけだ。有沢さんが広めた……? いや、彼女は学校に来ていないし、そんなことをするようなキャラクターじゃない。
そうなんだ、から言葉を続けられない僕に彼女は微笑みを向けた。
「いいよね、ライブに行くから休みまーす、なんて。言ってみたいよあたしも。ま、成績の都合上ムリですけどー」
目を細めた彼女が、おとぎ話に出てくる悪い継母のように羊岡さんの頭を撫でる。
「高橋くんは行かないの? ライブ。優等生同士お似合いだよー」
きゃはっ、と笑って彼女は自分の席に戻っていった。同時にチャイムが鳴って、幾つもの椅子が引かれる音が響く。心臓のリズムが少しずつ落ち着いてきた。大丈夫、僕のことが知られているわけじゃない。
最低限の音を立てて教室に侵入してきた初老の教師が、黒板の横に飾られた額縁を一瞥する。筆の書体でプリントされた「一所懸命」が収まったその額縁は使い古されていて、「一所」とは果たして何処のことなのか、僕にはよくわからなかった。
〝右を見て左見て真っ直ぐに行くはずが
気がつけば夕暮れで真っ暗な未来です〟