「パブロフのシュレディンガー」(2)
〝パブロフがどうのとか シュレディンガーだとか
知ってる振りしたり 馬鹿を演じたり
上手くまとめてよ あのサイトみたいに
何も知らないまま 上手く終わらせてよ〟
繰り返し繰り返し聴いて、また夜が来て、また夜が来た。イヤホンの中ではメリーホルダーが世界に向かって訴えていて、それをわたしは独り占めしていた。明かりを消した部屋の中で見えない天井を仰ぎながら、わたしのための歌だ、わたしのために鳴っているメロディーだ、そんなことを思った。
いや、知っていた。これは商業で、売れることを考えて作られていて、売れるためには個性を曲げることに抵抗の無い大人が溢れるほど存在しているということを。そういう大人達からすれば着飾った表面だけを見て喜ぶ子供は格好の獲物だ。
だからわたしは、獲物になろうと思った。馬鹿な振りをして、表面だけを見て、ずっと好きでいようと思った。まだそれほど有名じゃない、流行らないかもしれないアーティストの曲の素晴らしさを知っているわたしは素晴らしい。きっとここまで言ってしまえば罪には問われない。
大人から捕食されて、同世代からはからかわれて、わたしはそれで幸せなんです。
スマートフォンをタップすると、アーリーからメールが来ていた。家の中で読んだ本の内容や、テレビコマーシャルの長さについて、まるで作家のコラムのように上手くまとめられていた。
学校に来なくなっても、世界からいなくなったわけじゃないんだよね。ごめんねアーリー、わたしは脳味噌の中であなたを天国に送っていたよ。
ほんの数行のつまらない返信を終えて、午前三時十二分。メリーホルダーは鳴り止まない。
CDに封入されていたライブの日付けと会場を確認して、わたしは目を閉じる。
「とうきょう、ね」
勢いのまま申し込んだけれど。一人で辿り着けるのか、メリーホルダーを生で見て何を感じるのか。嫌いにならないだろうか、泣いてしまわないだろうか。不安ばかりだった。
〝君だけに教えてやる 僕は僕は馬鹿だって
まとめサイトの向こうは 世界滅亡望んでる
僕だけを助けてほしいんだよ
もう既に無理だからね〟