「パブロフのシュレディンガー」(1)
〝僕だけが知ってるんだ みんなみんな馬鹿だって
まとめサイトに載ってた 世界滅亡Xデー
君だけは助けてあげるからね
今はまだ無理だけどね〟
地元のCDショップ、なんて気軽に言わないでほしい。テレビコマーシャルで見るような店舗はこの町には数件しかないし、その数件の中にCDショップは無い。ファミリーレストランとデパート(という名のスーパーマーケット )くらいだ。
駅から少し歩いた所にあるレコード店の棚をわたしは眺めていた。開店した当初は大盛況だったこの店も、今ではすっかり閑散としてしまっている。CDのジャンルが偏っている上に、どこにニーズがあるのか分からないジグソーパズルが売られている。
新譜、と手書きの紙が貼られている棚の隅でメリーホルダーは眠っていた。平積みされることもなく、狭い棚の「め」の段に一枚だけ。まるで今日が発売日じゃなくて、何年も前からずっとそこに差し込まれていたみたいだった。
きっとわたしに見つけてもらいたかったんだね。そんなメルヘンな気持ちになった。いや、そんな気持ちにでもならなければCDをレジに運べそうになかった。BGMに演歌が流れているし、壁に貼られた着物姿の男性歌手が流し目をこちらに向けているのだ。
会計を済ませたCDを手にバスに乗り込む。あのお店ももうすぐ死んじゃうんだろうね。お釣りを渡してくれた店長の「また来てね」が震えていた。ごめんね店長、わたしに出来ることは通販サイトを使わないことくらいだよ。
バスの車窓の向こう側は、青空の下なのに薄暗く煤けていた。
〝僕だけが嫉妬してる 馬鹿が馬鹿が良いなって
まとめサイトに載ってた 世界滅亡Xデー
君だけは助けてあげるからね
何もかも嘘だけどね〟
六月二十七日、梅雨のど真ん中、珍しく晴れ。メリーホルダーのメジャーデビューアルバム〝不愉快なフォーユー〟発売。
この日の夜、わたしは決意する。レコード店で流れていた演歌のように「わたしの命、捧げます」って。