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メリーホルダーは聴こえない  作者: 堀井ほうり
4/22

「謝罪請求」(1)

〝間違ってるんだ 気違ってるんだ

 互い違いに気遣ってるんだ

 可笑しいのは世界、お前の方だろ?

 許してやらないから早く謝れよ〟


 夏か始まる前に僕の青春は終わった。

 なんて書き出しの小説を思い出したけれど、残念ながら僕には主人公の素質は無いし、圧倒的な回復力が備わっているわけでもない。

 怪我をしました、試合に出られません、辞めます。あまりにも見事なホップステップジャンプを決めたものの、着地点を見失った僕はとりあえず教科書を広げる日々を漂い始めた。

 カズヤが羨ましいよ。そう言いながら溜息を吐いていたチームメイトの苦笑いを思い出す。こちらを労っているような、哀れんでいるような、その上で心底羨ましそうな表情だった。そんなこと言うなよ、俺の分までよろしくな。今頃になって自分の口から出た言葉の空々しさに寒気を覚える。まるでどこかの少年漫画から借りて来たような台詞、しかも十週で打ち切りになりそうな。それでも、あの状況で口にする台詞としては正解だったと思う。もちろん、チームメイトの為では無く、自分自身の為に。


 窓の外のオレンジ色は残り僅かになっている。野球部はそろそろ片付けを始める頃合だろう。台所では母が夕飯の支度をしていて、野菜を刻んでいるらしい音が聞こえて来る。トントントン、という小刻みなリズムに合わせて机をシャーペンで叩くと、酷く乾いた音がした。

 グラウンドにいない自分に違和感を覚えることはもう無い。あっさりと片付けたグローブやユニフォームの眠る押し入れを背にして、教科書に向き合っている。いや、一所懸命ではあったんだ。単純にその先の未来が見えなくなったから切り離しただけだ。

 若ければ若い程、人間にはより様々な未来へのルートが存在している、らしい。だったら、早い内に不可能そうなルートは切ってしまう方が効率はいいはずだ。部活動に打ち込んだ、という事実が欲しかっただけ。幼馴染みの女の子との約束を果たすために甲子園に行く気も無かったし、そもそも唯一の幼馴染みは同性だった。

 あいにく僕はイマドキのコーコーセーだから、謎の能力が覚醒したり異世界に飛ばされたりロボットの操縦士に任命されたり、そんな夢物語は胸焼けがするくらいに読み飽きている。僕の中では甲子園出場もその延長線上にあるから、最初から叶わないものとして読み飽きた雑誌のように紐で束ねて捨てていた。高校を卒業して、それなりの大学に進んで、社会に出る。最近はそれすらも叶わないんじゃないかという気になり始めた。その先のことなんて尚更考えたくもない。

 

 世界史の年表を目で追いながら、右手の中のシャーペンと思考はくるくると回り続けている。地球を中心に世界が回っているなんて、昔の人類は随分と自己中心的な性格をしていたんだろうな。間違いに気付いても認めようとしないなんて......。

「あ、」

 思考と記憶が噛み合って、小さな声が漏れた。有沢さんが貸してくれたCDのブックレットに載っていた歌詞だ。インディーズらしいペラペラの紙に刻まれた歌詞を読んだだけで、CDは聴いていないけれど「カッコいいね、このバンド」とメールを送ったらとても喜んでくれていた。有沢さんは時々愚かなところがとても可愛らしい。

 どの曲が好きか聴かれて、曲名のインパクトだけで挙げたら苦笑された。チームメイトと同じような苦笑いを見た翌日から、彼女は教室に姿を現さなくなった。まるで僕が挙げた曲が不満だったかのように。

 有沢さんが欠席していることについて、今のところクラスメイトに訊ねられたりはしていない。付き合っていることを公言していなかったし、教室で親しげに話すことも一緒に下校することも無かった。時々意味の分からないメールを送り合うことを、僕達の中では「男女交際」と呼んでいた。


 何ヶ月か前に自分で組み立てたカラーボックスの上に放置していたCDを手に取って、プレーヤーにセットする。ついでにポータブルプレーヤーに録音してしまおうと思って、ケーブルで繋いだ。このCDを聴いて改めて感想を伝えることが、ここ数日途絶えていたメールの続きを送る切っ掛けにでもなればいい。

 ブックレットを左手に持って、右手でイヤホンを耳に繋ぐ。ライトノベルのように敵を殲滅する指令は聞こえなくて、つまらないギターの音色が響き出した。ブックレットで曲順を確かめて、ボタンを押して数曲飛ばす。

「謝罪請求」

 印刷された文字を口に出すと、有沢さんとチームメイトの歪んだ口元が重なった。顔も知らない男が早口言葉のような歌声で耳を汚していく。


〝間違ってるんだ 気違ってるんだ

 互い違いに気遣ってるんだ

 可笑しいのは世界、お前の方だろ?

 許してやらないから早く謝れよ〟

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