「裸眼百景」
〝君だけを見てたよ 何も見えてなかったよ
コンタクトレンズのような 薄っぺらい愛の言葉
剥がして ぼやけて 滲んだ景色
使い捨てだから 早く忘れてね〟
幼稚な子供なんです。愚かな子供なんです。
なーんて、自分を卑下することによって「解ってるわたし」を演じているだけだよね。
そんな会話ばかりしているわたし達だった。その会話がそのまま「解ってるわたし」だったし、そのことにはちゃんと気付いていたので「解ってるわたしを解ってるわたし」だったし……のループでゲシュタルト崩壊しそうだった。あ、今のはただ「ゲシュタルト崩壊」って言いたかっただけだね。
ロックバンドは音楽性の違いで解散する、っていうのがカッコいい理由、というか解り難くてカッコよく聞こえる理由だけれど、わたし達は……。
「別れましょう」
「了解」
建前も理由もなく、記念日でもなんでもない、ただの真冬の夜に解散した。
ラストライブも打ち上げもないまま、つまらないタレントになる素質もなく、十年後くらいにCMで使われれば御の字かな、というレベルの恋だった。恋、だった。
わたし達が解散した夜、ラジオ番組ではメリーホルダーのラストシングルが初オンエアされていたらしい。
相変わらずひねくれた恋を唄っていて素敵だった、とアーリーはメールの中ではしゃいでいた。
解散から数日が経って、わたしはどこへ向かっているのかわからないまま、ベッドの上で自室の天井を仰いだり、うつ伏せになったりしていた。
アーリー。有沢ヒカリ。学校に来なくなってからも生きている彼女。わたしはどこかで彼女を見下していて、憧れていて、大好きだった。
きっと物語のヒロインはアーリーで、わたしは彼女と少し会話をする程度のサブキャラクター「少女D」。それでいい。わたしにスポットライトは似合わないし、ハッピーエンドも似合わない。
「ハッピーエンドを目指せよ」
どこかで聞いた声が耳元で鳴った気がした。
トーンの低い、少し嗄れた声。
不二咲ヌガー。手を付けられなかったコーヒーの湯気。高橋くんの手。メリーホルダー。
「あーあ」
溜息が言葉になって漏れた。
それから目を閉じて、少しだけ、未来のことを考えた。
〝剥がして ぼやけて 滲んだ景色
使い捨てなのに 替えが利かなくて〟
進学先を変えた理由を、親には話さなかった。適当にでっち上げたもっともらしい理由で納得してもらって、わたしは卒業と同時に東京に行く。
あの夜のことは、美しい秘められた記憶として、わたしの脳に刻まれていればそれでいい。
地元に留まって安定した絶望の中を生きることよりも、上京して死の宣告を受けることをわたしは望んだ。何者かになれる可能性を求めて、わたしはわたしを傷付けに行く。
「旅に出ます。捜さないでください」
旅立ちの前夜、高橋くんと短いメールのやり取りをした。
「了解。僕はたぶん、ずっとこの町にいます」
「町と心中するの? さようなら、だね」
「さようならだよ。生きていたら、いつか、またね」
「元気でね」
「了解」
〝君だけを見てるよ あたしだけを見ててよ
乾いたらさよならなんて 使い捨ての夜は終わり
剥がして 破いて 裸眼のままで
生きていけるけど ずっと憶えてて〟