「無回答」
〝空欄のまま提出します
空欄のまま提出します、が
空欄のまま提出した意味を
わかってくれますか?
無理ですか そうですか〟
夏を越えて秋を越えて、冬がかすかに匂い始めた頃、俺はまだ何者でもないままだった。
自称音楽家、不二咲ヌガー。
「くだらねぇ」
昔組んでいた連中と夢を見る素振りで、実際は埃っぽい過去の輝きについて語り合い、慰め合うだけの生活。
「くだらねぇなぁ、ほんとに」
ヌーディストピーチが空中分解してから、いや、そのずっと前から俺は知っていた。俺には輝きは似合わない。幸福は似合わない。スポットライトを浴びて好きな歌詞を唄う人間に、俺はなれない。思い込みなのかもしれないが、そう思い込んでしまうことがそもそもの俺の敗因だ。誰に敗けたって? 知るかよ。
安い居酒屋からの帰り、歩きながら思い出すのは決まってあの夜のことだ。
ミラーボールの下、田舎者感丸出しで手を繋いでいた二人。何者でもなく、未来を夢見ているわけでもなく、ただステージを見つめて、睨みつけて、駆けるように去っていった。
あいつらはいつかの俺だったし、今の俺だった。諦めの底にきらきらした何かを求めて、けれど何も知らない振りを続けている。
その二人をわざわざ捜して、どうでもいい話をしていい気になる自称音楽家。あいつらの目に俺はどう映っていたのか。安っぽい詐欺師、それならばいい。あのステージの景色なんて忘れちまえ。夢を見るなよ。憧れるなよ。たまたま上手くいった人間を見て「いつか自分も」なんて思うなよ。
〝空欄のまま提出します
空欄のまま提出します、が
空欄の上、名前だけは書くよ
許してくれますか?
笑うなよ 笑うなよ〟
冬が始まり、ミラーボールよりも幾分派手なイルミネーションが街を輝かせる夜に、メリーホルダーは解散を発表した。
その夜、珍しく俺はシラフで、それなのに朝が来るまで独りめそめそと泣き続けた。部屋の角に立てかけていたギターが街灯の明かりに照らされて、少しだけ美しかった。
「ラブソングだろ、」
朝日に誘われて窓を開けると、刺すような冷気が頬を撫でた。
「安っぽくていいから、くだらなくていいからよ……」
自分なりのハッピーエンドを目指して、俺は部屋を出る。
〝空欄のまま提出します
空欄のまま提出します、が
空欄の上、名前だけは書くよ
花丸を待ってるよ〟