「あの頃のあなたが好きでした(笑)」
〝顔を赤らめ あの娘が笑う
恥じらうように あの娘が笑う
「あの頃のあなたが好きでした(笑)」
いいから、ほら、もう、帰りなさい〟
結局、その夜は夜行バスで地元に帰った。大学の下見のついでに観光もしてくると親には伝えていたけれど、自宅に着いたのは真夜中だったのでそれなりに叱られた。叱られながらも心の中はよくわからない高揚感に満ちていて、これが噂に聞くライブ帰りのハイテンションか……などと思った。
羊岡さんも叱られただろうか、叱られただろうなぁ、と思いながら寝室でメールアプリを起動すると二つの通知があり、どちらも彼女からのものだった。一件目は「怒られすぎて死ぬかと思った」。二件目は「楽しかったよ。楽しかった?」。
「了解」と返信を送ってベッドに潜る。楽しかったかな……と今日一日を振り返ると、興味深かった、という感想にたどり着いた。羊岡さんのこともそうだけれど、自分の内面の深いところに触ることができたような気がした。それがどんなに悲しい事実であっても、己の中に存在しているのなら受け容れよう、とか、そんな安いポエムのようなことを思った。筆で書いてカレンダーを付けたら売れるかもしれない。そんな事を思いながら眠りに就いた。
そんな風にして僕と羊岡さんの交際は始まった。有沢さんと二股を掛けることになる、と数日経ってから気付いて羊岡さんに報告すると「了承済み」とのことだった。よくわからないけれど、どうやらこのままでいいらしい。
教室では授業中以外のほとんどの時間を羊岡さんとお喋りをして過ごした。放課後は別れ道まで手を繋いで歩き、お互いの姿が見えなくなるまで何度も振り返りながら手を振った。土日には待ち合わせをして、つまらない映画を観たり、田舎の中で流行の最先端を行くカフェに行ったりした。高校生カップルが行う、ごく当たり前の男女交際だと僕は思った。「高校生カップルが行うごく当たり前の男女交際だね」と羊岡さんは笑っていた。ごく当たり前の男女交際を行う二人の会話の中に、メリーホルダーという単語は一度も現れなかった。
〝顔をうつむけ あの娘が笑う
泣き出しそうに あの娘が笑う
「あの頃のわたしは好きでした?」
いいから、ほら、もう、帰ろうよ〟